- 集英社 (2024年2月16日発売)
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感想 : 7件
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784087213003
作品紹介・あらすじ
本邦初!英国のアングロサクソン七王国時代を描いた新書。
滅ぼすか、滅ぼされるか。八人の王の決断とは――。
栄枯盛衰の道を辿った七つの国々と、その国王らの波瀾万丈な生涯から英国史の出発点が明らかになる。
【主な内容】
イングランド王国成立前、6世紀後半から10世紀前半までの約400年間。
ブリテン島は戦乱の世を迎えていた。
アングロサクソン七王国(ヘプターキー)時代だ。
激しい抗争が繰り返され、7つの王国は栄枯盛衰の道を辿る。裏切りと策略が飛び交う中で、問われる王の決断。
本書では、七王国時代を生きた8人の王の生涯を読み解く。最初にキリスト教に改宗したエゼルベルト王や、イングランド王国の礎を築いたアルフレッド大王といった個性豊かな王の生き様を通じて、英国史の出発点を解き明かす。
【目次】
1:フランクの圧力をかわし、七王国に号令
―エゼルベルト(ケント王国)―
2:奥さんに尻を叩かれながら、覇王
―レドワルド(イーストアングリア王国)―
3:もしも、確かさを約束してくれるのなら……
―エドウィン(ノーサンブリア王国)―
4:覇王になれなかった異教の王
―ペンダ(マーシア王国)―
5:シャルルマーニュと渡り合った「アングル人の王」
―オッファ(マーシア王国)―
6:ライバルを制し、新たな戦いの時代へ
―エグバート(ウェセックス王国)―
7:無数の矢を射られ、ハリネズミのようになって殉教
―セント・エドモンド(イーストアングリア王国)―
8:デーンを叩き、イングランド王国の土台を創った末っ子王
―アルフレッド(ウェセックス王国)―
【著者プロフィール】
桜井 俊彰(さくらい・としあき)
1952年、東京都生まれ。
歴史家、エッセイスト。
1975年、國學院大學文学部史学科卒業。
1997年、ロンドン大学ユニバシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)史学科大学院中世学専攻修士課程(M.A.in Medieval Studies)修了。
著書に『イングランド王国前史』『消えたイングランド王国』『スコットランド全史』『イングランド王国と闘った男』『長州ファイブ』など多数。
感想・レビュー・書評
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戦国物語は肯定的に語られがちだが、戦争は否定的。これは恐らく、未形成の秩序が融合していく必要な過程とされた前者に対し、片方により他方の秩序を破壊する後者を社会的に許容しなくなったから。よりプリミティブな状態では「必要悪」とされた戦いが、歴史のあるタイミングから拡張を許されなくなり、殺戮を許さなくなった。歴史の発展段階が遅く、まだ「必要悪」の地域だとしても最早それは許さない。つまり、戦国物語のポジティブな語り口は、コンテンツとしては遺物となり今後誕生しないことになる。
三国志や春秋戦国時代、ナポレオン戦争、アメリカ独立戦争、ローマ内戦、日本では源平合戦、戦国時代や戊辰戦争など。本書が解説するアングロサクソンの戦史もその一つだ。
アングロサクソンの七王国時代とは、5世紀末から9世紀ごろ、現在のイングランド南部・中部に成立したアングロサクソン系の七つの王国(ノーサンブリア、マーシア、イースト・アングリア、エセックス、ケント、サセックス、ウェセックス)が並立していた時代。ローマ帝国撤退後の権力の空白を埋めるべく、ゲルマン系民族が移住・建国し覇権を争った群雄割拠の時代。
ローマ支配の終焉により、ブリトン人の地にアングル人、サクソン人、ジュート人が流入し各地に独立した王国が成立。王国間で頻繁に戦争・同盟・婚姻が行われた。最終的にウェセックス王国が台頭し、統一王国(イングランド)の基礎を築く。この間に異教からキリスト教への改宗、アングロサクソン語の発展、初期の英語文学、慣習法の形成など、後のイングランドの文化基盤が育まれていく。
終盤、9世紀にはデーン人(ヴァイキング)が襲来し、アングロサクソン王国との衝突がイングランド統一の契機になる。
イングランドの原風景。島国の中で、何が国家を形づくるのか、人間はどう秩序を作り出すのかという問いを突きつけてくるような時代。ヴァイキング系のノルマン人、ゲルマン系を基礎とするアングロサクソン、ブリテン島の先住民であったケルト系など、今のイギリスの成り立ちをも考えさせられる一冊だった。
ー なぜイングランドは、いやイングランドのみならずヨーロッパは、デーン(ヴァイキング)にほとんど歯が立たなかったのでしょうか。イングランドに関しては、わずかにアルフレッド大王とアゼルスタン王の治世を除き、もう軒並み完敗といっていい状態です。挙げ句の果ては、イングランドはデーンを先祖とするノルマン人に国を奪われ(ノルマンの征服)、王様も貴族も上級聖職者も皆、フランス語を喋るノルマン人になってしまいます。イギリスの現国家元首であるチャールズ三世率いる英国王室は、その開祖をノルマンディ公国からやってきたウィリアム征服王としています。よって、チャールズ三世の遠い祖先も、あえて言えばデーン、すなわちヴァイキングということになります。とにかく国を乗っ取ってしまうほど強かったデーンは、はじめは後年ほどの大船団ではなく三~四の単位でやってきました。彼らが、言葉は悪いですがツイていたのは、当初襲った対象が守りも何もない赤子の手をひねるように容易な、しかもたくさんの財貨がある場所だったことです。修道院でした。修道院はキリスト教の聖職者が修行し自己鍛錬する場所です。人々にキリストの教えを伝え広める教会とは違って、修道院は町や村の中心には普通、建ちません。たいていは世間から離れた、断崖絶壁、半島の先といった海に面した場所、あるいは山中に建っていました。これは基本的に今でもそうです。修行の場は、俗世から隔離されなければならないのです。つまり、辺鄙な場所にあるということは、いざというとき、危険が迫ったとき、容易に助けを呼べない、すぐに人々や兵が駆け付けられない、ということでもあります。そんな修道院には、神の加護と魂の安寧を願って王や裕福な人々、そして庶民までもが競って寄進をしました。宝の山でもあったのです。 -
大⭐︎興⭐︎奮!!
正直なところアングロサクソン七王国時代の詳しい事って全くと言っていい程知らなかったが、こんなにも熱く魅力的な時代だったとは!
何と言っても桜井俊彰先生の語りが凄く読み心地が良くて、失礼ながら、まるで居酒屋でビールを酌み交わしつ歴史に詳しい友達の話を聴いている感じのわかりやすさと親しみやすさ。
七王国時代は史料も散逸しているケースが多く未解明な部分も多いのだがそれだけに想像や妄想が入り込む余地があるとも言える、ロマンとパッション溢れる歴史がブリテン島に於いて繰り広げられる。
ちなみに本書の「後編」にあたる書籍『消えたイングランド王国』(9784087208146)が同じく集英社新書より先んじて刊行されている。読みたい。
以下、色々とメモなど。
●七王国最初のキリスト教国王となったケント王・エゼルベルト。非常に厳格だったゲルマン人社会の変容とキリスト教的「許し」の教えの浸透。
●「サトン・フーの船塚」(p77)の歴史的意義。『ベーオウルフ』の世界が実際にあったという証。
●「アイドル川の戦い」(p71)熱い。イーストアングリアの腰抜け?王・エドワルドと獰猛なバーニシア王・エゼルフリッドの戦い。このⅡ章はオチまで面白い。
●「雀の話」(p97)やっぱりゲルマン人社会は厳しかった。心の、魂の拠り所を求めた人々。
●ケルト系キリスト教とカソリックの違い(p131)。修道院と教会。「ケルト系は前頭部を剃り、カソリックは頭頂を剃髪する。」(同上)。そうなのか!
●イングランドの由来。「これはアングル人の国を意味するAngle Landが由来」(p144)。
●Ⅳ章のセント・エドモンド王の話はめちゃくちゃ面白い。これまでのブリテン島内部の抗争から、新勢力・デーン人との戦いへと図式は変わっていく。「大異教徒軍団」(p184)来襲という大事件。喋り出す生首、それを守る灰色狼。うーんファンタジック。
●「モルドンの戦い」(p189)読みたい。ビュルフトノースの勇戦。
●ロリコン親父・エゼルウルフ王(p213)。12歳はすごいな…。
●パンを焦がして怒られるアルフレッド大王(p222)。落ちぶれていたけど急浮上!どこから兵が湧いたのか??
●デーン人の強さは「船という機動力で常に有利な奇襲戦を展開できたから」(p240)。これに対抗してアルフレッド大王は水軍を創設、「英国海軍の創立者」(p230)といわれる。
すっかり桜井先生のファンになりました。
こういう新書を読みたいんだ!
1刷
2024.4.28 -
星の数:★★★★★
イングランド王国成立以前、六世紀後半から十世紀前半まで、アングロサクソン七王国時代の本です。
この時代の本は情報ライブラリーに少ないと感じたため選びました。
ブリテン島の戦乱の世、八人の王の生涯を紹介しています。
(有名なのはエゼルベルト王やアルフレッド大王ですかね)
(Fさんからのおすすめコメント)
TEA-OPACへのリンクはこちら↓
http://opac.tenri-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/BB00619855 -
本書は、アングロサクソン七王国時代に活躍した人物を紹介した本。この時代は日本の戦国時代に似た状況で、略奪が当たり前の時代であった。そんな中、七つの王国が戦を交えて、各王国の指導者の実力次第で、勢力が増したり減退したりした。しかし、外部からの侵略、すなわちヴァイキングの外征により、同盟を結ぶこともあり、イングランド統一までの過程にさまざまな出来事があった。1066年のノルマンの征服以降、イングランドの公用語は百年戦争の後半までフランス語であった。その影響もあって、フランス語由来の英語は多い。
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【配架場所、貸出状況はこちらから確認できます】
https://libipu.iwate-pu.ac.jp/opac/volume/572946 -
233-S
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著者プロフィール
桜井俊彰の作品

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おはようございます。有り難うございます。いえ私のレビューは著者の影響を受けながら、自らの関心と妄想世界に結び付けた「査読なき一人遊び」ゆえ、世間の目を忍んでこそ許される類の駄文。勿体なきお言葉です。
近代の戦争は真に文学的な美しさはないのか。死への恐怖や嫌悪を乗り越えるような、宗教やイデオロギーによる「戦いを正当化する力」が最早なくなり、「戦争の肯定的な描き」が許されなくなっただけとも言えるかも知れません。プロパガンダとの境目は曖昧だが、たしかに戦前までは鼓舞するように戦争を描いたわけで。
また、単に。徐々に差別的表現が禁じられていく流れにも近いのかも知れません。我々はそうやって経験から学び続け、「究極的な浄化世界」へゆっくり直進していく。しかし、浄化を司るものが強大な国家や企業である場合、大衆を骨抜きにし操りやすくしているだけではないか。クリーンな社会は個人単位の武装解除でありそれは素敵なことだが、人間の生々しい本質は変わっていないはずだと思っています。