「笑っていいとも!」とその時代 (集英社新書 1206)

  • 集英社 (2024年3月15日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784087213065

作品紹介・あらすじ

日本人にとって「いいとも!」とは何だったのか?
国民的人気番組で司会者タモリが媒介したテレビと戦後民主主義の歴史的邂逅――

1982年から2014年まで約32年間にわたり放送された国民的人気テレビ番組『笑っていいとも!』。
戦後の闇市から発展した新宿でスタジオアルタを拠点とし、タモリが司会を務めた、いまだ語り継がれるテレビ番組である。
司会者タモリおよび『いいとも!』を考察することは、テレビのみならず戦後日本社会を考察することにもつながる。
それは、現在のネット社会におけるテレビの可能性をも浮き彫りにさせることになるだろう。
衝撃のグランドフィナーレから10年を迎える今、改めて『いいとも!』とは何だったのかを問う。

◆目次◆
第1章 「密室芸人」タモリが昼の司会に抜擢された理由
第2章 「テレフォンショッキング」という発明
第3章 「国民のおもちゃ」を演じたタモリ--「仕切らない司会者」と「無」への志向
第4章 視聴者を巻き込んだテレビ的空間--芸人と素人の共存と混沌
第5章 聖地・新宿アルタ--「流浪のひと」タモリが新宿で芸人になった理由
第6章 『いいとも!』と「フジテレビの時代」--80年代テレビの熱狂と冷静のあいだ
第7章 『いいとも!』と「お笑いビッグ3」--タモリ、たけし、さんまの関係性
第8章 『いいとも!』の個性的なレギュラー陣たち
第9章 SMAPが『いいとも!』にもたらしたもの
第10章 「グランドフィナーレ」を振り返る--なぜテレビ史の伝説となったのか
終章 『いいとも!』は、なぜ私たちのこころに残るのか?--戦後日本社会とテレビの未来

◆著者略歴◆
太田省一(おおた しょういち)
1960年富山県生まれ。
社会学者。
東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。
テレビ、アイドル、歌謡曲、お笑いなどメディア、ポピュラー文化の諸分野をテーマにしながら、戦後日本社会とメディアとの関係に新たな光を当てるべく執筆活動を行っている。
著書に『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『SMAPと平成ニッポン―不安の時代のエンターテインメント』(光文社新書)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)など。

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

この作品は、日本の国民的人気番組「笑っていいとも!」を通じて、戦後のテレビ史と社会の変遷を考察しています。タモリを司会者に選んだ背景や、番組の人気コーナー、さらには豪華なレギュラー陣についての解説がな...

感想・レビュー・書評

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  • #「笑っていいとも!」とその時代
    #太田省一
    24/3/15出版
    https://amzn.to/3wROL5T

    ●なぜ気になったか
    『タモリ倶楽部』が終わり、『ブラタモリ』も終わり、タモリさんがフェードアウトしている。今このタイミングで「笑っていいとも!」の時代を振り返ってみたい

    ●読了感想
    タモリさんは僕の人生に多くの笑いや興味を与えてくれた。僕がひかれる理由、芸人たちがひかれる理由、感覚的にしかわからなかったが、具体的な言葉の表現で納得することができた

    #読書好きな人と繋がりたい
    #読書
    #本好き

  • 「いいとも」を軸にタモリの人物像や芸能史についてかたる内容。

  • 立ち位置の難しい本だなぁ、と思った。
    著者はメディア論を専門とする社会学者ですが、新書向けに社会学独特の論理展開と言い回しを抑えめにした結果、「第三者がそれっぽく分析するよりも、タモリ氏本人に語らせればいいのでは?」という内容になっている。
    本文で社会学的な切り口の提示が散発的だった分、終章で「『いいとも!』とは何だったのか?」の問いに集中的に答えを示そうとはしているが、紙幅の制限もあって不完全燃焼な感じは否めない。

    本書の内容を研究ノートとして、問いを深めブラッシュアップした論文を読みたくなる。

  • ・タモリはルールに対してリズムを対置する。ルールが「守る、守らない」ならば、リズムは「合う、合わない」である。リズム感は人それぞれ。

  • 東2法経図・6F開架:699.6A/O81w//K

  • 699.6

  • 「笑っていいとも!」をわりと観ていた世代としては、その時代を振り返ることで懐かしさを感じた。テレビ雑誌を買って、観る番組を赤ペンでチェックするという著者の体験は、私も大学時代ずっとやっていて、自分のことかと思ったよ。とはいえ、ガッツリファンという感じでもなかったので、最終回もグランドフィナーレも観ていない。ただ、テレビ業界でどんなことが起きていたのか、今更ながら知ることができて知的欲求が満たされた。言わずもがなですが、タモリさんはすごい人ですね。

  • 1982年から約32年間、お昼の茶の間を楽しませてきたテレビ番組「笑っていいとも!」。タモリを司会に多くのタレントや著名人が関わり、斬新かつ新たな笑いのスタイルを生み出してきた。その番組成立における時代背景、フジテレビやタモリ含む出演者が果たした功績を振り返る。

  • 「笑っていいとも!」とその時代

    著者:太田省一
    発行:2024年3月20日
    集英社新書
    初出:ウェブ「論座」(2022年2月10日~12月6日)連載の「『笑っていいとも!』の時代」を修正・加筆

    どこでこの本を知ったか覚えてはいないが、発行が4ヶ月前なので驚いて借りてみた。「はじめに」も、なぜいま「笑っていいとも!」なのか?から始まっている。理由は簡単、番組が終わって10年だから。10年前は「いいとも」終了に絡めて〝タモリ本〟が色々と出た。読んだが、多くが読む必要のない自己満足本だった。本書の著者は社会学で東大の博士課程まで学んだ人物。そういう自己満足本の類いとは少し違う、社会学的な分析で時代を語っていくのかと期待したが、そういうのはあるにはあったがそればかりでもなかった。

    著者はテレビ大好き、僕とほとんど年齢の変わらない、タモリのリアルタイムウォッチャーで、仕事はライターのようだ。テレビ文化に関する本を出している。ただし、単なるテレビ好きではなく、やはり正確な資料を調べ上げて書いている点が評価できる。直接取材は、一部の放送作家に限られるようだ。

    この手の本は、芸能界事情や芸能文化に詳しい人間、例えば小林信彦のような人が、芸能文化の側面で分析していくまともなものを期待するものの、名前もよく知らない人が書く結局は個人的な感想にしかなっていないという、三文書であることが多い。本書を読もうとした理由はそのどちらでもない。著者による社会学的な分析を期待したから。しかも、番組「笑っていいとも!」そのものでも、タモリでもない、「その時代」とあるので、あの放送期間中の日本や世界の社会について、番組やタモリの芸風などを通じて論じているのではという期待があって、読んでみたのである。

    期待は、少し充足されたが、残念ながら全編そうなってはいなかった。分析が段々疲れてきて、途中で何度も個人の感想になってきているのである。確かにずっと弁証法で論じていくのは大変すぎる。

    笑っていいとも!は1982年10月からスタートしたが、その前にも、同じスタジオアルタでの生公開バラエティ番組があった。B&Bが総合司会をした「笑っている場合ですよ!」で、1980年10月からスタートし、低迷していた70年代のフジテレビを転換させる番組となったが、「いいとも」と同じプロデューサーの横澤彪はある時から不満を持つようになった。それは「知性の欠如」だった。出演者の多くが漫才ブームで大人気の若手芸人ということもあり、観客も若いファンが多く、何を言っても、何をやっても笑いが起きた。それに対し横澤は、笑いの基本はすごく知的なもの」と考えていて、受け入れがたかった。そして、この番組を打ち切って、もう一度知性が感じられるバラエティ番組を作ろうと決心した。「タモリしかいないんじゃないか」と考えるようになった。

    そのあたりの詳しい事情は、今回、初めて知った(過去の出版物にも紹介されているらしいが)。そして、初めて知った事情のもう一つが、「いいとも」を支えたのがフジテレビの「ポツダム社員」だったこと。

    敗戦時の日本では、ポツダム宣言受諾後に士官候補生を一律に士官へと昇進させる温情人事が行われた。将来の恩給額などに配慮したため。彼らは自らを「ポツダム少尉」と自嘲的に呼んだ。フジテレビは、それまで社の方針で制作部門を別会社にして制作部員はその社員だった。それが士気の上がらない原因となっていたため、80年代になってフジテレビ本体に制作部門を戻し、簡単な試験と手続きでフジテレビ本社復帰をさせた。それを「ポツダム社員」と呼んだ。給料も上がり、彼らは奮起したと露木茂氏。ディレクターと、後のプロデューサーも務めた佐藤義和も「ポツダム社員」だった。なお、横澤は分社化の際に労働組合運動の中心にいたため、フジサンケイグループ内の産経新聞出版局への出向を命じられるなどの経験があった。

    著者は「笑っていいとも!」は、誰もが参加できる開放的な広場だったと評価する。そして、タモリは決して出過ぎないその管理人だったと。そして、今、一部で出ている番組復活の声も不思議なことではないという。いいともが終わって、YouTubeでの発信が主流になったが、それをしたのがまさに「いいとも」だったのだ、とまで言う。余白の存在をフル活用する番組づくりをすればいい、ネットに対して独自性を示し続けることができるはずだ、と。

    正直、それはどうかなあと感じる。


    ******

    横澤は「いいとも」を始める際、タモリが昼の顔になれるような工夫をしていた。日本テレビ「今夜は最高!」のチーフプロデューサーである中村公一にも電話をしている。横澤から事情を聞いた中村は、夜の顔のタモリは出さないように頼んだ。それで横澤は、わざわざ番組のサブタイトルに「森田一義アワー!」とつけて「昼の顔」を強調した。

    横澤は「笑っている場合ですよ」で若い観客がアイドルと同じ反応を芸人たちにしてしまったため、観客ではなく視聴者を相手にしようと考えた。タモリもそう感じていて、最初タモリは、アルタの観客は18歳未満禁止でいきたいと考えていた。それは実現しなかった。
    *iadutika注:実現しなかったとあるが、実際は募集要項に18歳未満お断りという条件があったので、少なくとも途中からはそうなっているはず

    「いいとも」開始から2ヶ月ほどたち、タモリとスタッフが新宿・歌舞伎町でサラリーマン風の男性が「課長、もう一軒いってもいいかな!」と叫び、課長が「いいともォ!」と応える場面にでくわした。その場に居合わせた横澤によると、最初は3ヶ月だけという約束で司会を引き受けたタモリだったが、それ以降はそのことを口にしなくなったという。

    テレホンショッキングは、歌手がゲストの場合、その持ち歌を歌ってもらっていた。でないと出演させないというプロダクションがあったから。それを崩したのは梓みちよで、1982年10月20日、せいぜい2、3分の曲を歌うより、その間しゃべっていた方が番組のためにもなるし、自分自身のためにもなる、と歌わなかった。ここから歌うシステムは自然解消した。

    「世界に広げよう、友達の輪」を一斉にやるようになったのは、1982年11月17日に出演した坂本龍一が、JALのマークの話題になった際に、その意味が「世界に広げよう、友達の輪」なのだと解説し、自分の手で輪をつくったところ、客席から「輪!」と反応があり、それがきっかけだった。

    タモリは幼稚園を拒否した。自分で物事の判断ができない子供へ自分の価値観を押しつけて満足する大人たちの「偽善」に気が付いたため。タモリは「精神年齢が一番高かったのは、4歳から5歳にかけて」と言う。

    本番前の前説でADは観客に「思ったことは即、口に出してください」と言っていた。ナンシー関は観客として言ったときにそれを聞いたという。

    歌舞伎町は「角筈(つのはず)」と呼ばれていた頃の町会長が、敗戦直後に民間主導の復興計画を立て、歌舞伎の劇場を建設してそれを中心とした街にしようとしたことからその名がついた。

    タモリのイグアナの真似は、山下洋輔が一緒に温泉に行った際、山下の演出に従い、タモリたちが風呂の奥で目だけを出してじっと見ているワニの真似をしたことから発展したもの。

    山下洋輔たちが九州のホテルでタモリと偶然出会い、東京に呼ぼうと新幹線のチケットを送った時、タモリは30歳だったが、すでに仕事を辞めていた。30になったら今やっていることをすべてやめてしまおうと以前から考えていた。

    氏素性を問わず受け入れる新宿の街。タモリは、そこに流れ着いた人間のひとりだったのでは。タモリも「流浪のひと」だったからこそ、1980年代のお祭り騒ぎ的なテレビのなかにいながらも決して飲み込まれることなく、むしろテレビへの醒めた距離感をずっと保ち続けることが出来たのではないか。

    「THE MANZAI」は、それまで演芸番組に欠かせない年齢層が高めの「笑い屋」をサクラで観客に入れず、大学生を中心とした若者にした。

    フジテレビは1981年に「楽しくなければテレビじゃない」のキャッチフレーズを使い始めた。それまでは「母と子のフジテレビ」だった。「ママとあそぼう!ピンポンパン」など中心だった。

    「27時間テレビ」が始まったのが1987年7月。総合司会はタモリとさんまで、たけしは前年のフライデー事件により謹慎中だったが、ゲスト出演した。

    タモリは写真がうまいが、横澤はその写真に人が写っていないところを見て「人間嫌い」と評した。

    ダウンタウンはレギュラーだったが自主降板した。自分たちの求める笑いと「いいとも」の観客の反応に埋めがたいギャップを感じたから。彼らにとって笑いの基本は漫才だったが、それを存分に発揮できる空間ではなく、アイドル的な受け方をしている面があったから。

    「笑っていいとも!グランドフィナーレ 感謝の超特大号」は、平均視聴率28.1%、瞬間最高視聴率は33.4%。

    「いいとも」には、一体、誰につながるのだろうというような、予測できないからこそ生まれる人と人との「つながり」の魅力があった。日本テレビの徳光和夫、小林完吾、TBSの安住紳一郎なども出演。

    外国人出演者は、みんなオーディションで選んでいた。番組デスクに「コバヤシサン、イマスカ」という電話が掛かってきて、小林豊(ブッチャー小林)ディレクターにつないでくれという。みんな素人ばかり。その中に、デーブ・スペクター、ケント・デリカット、オスマン・サンコンなどがいた。

    関西弁と関西的笑いのさんま、東京下町弁と下町で鍛えた笑いのたけし、それぞれの風土からくる笑いのエッセンスをいかして地位を築いた。タモリはそのような土着的要素との結びつきが極めて薄い。そもそもタモリは根無し草。デタラメ日本語であるハナモゲラ語、かつての名古屋批判、そのような土着性を排除したところにタモリという芸人の立ち位置はある。

  • タモリのすごさはまったく書いてあるとおりで、時代やその時代の人々が共鳴したという捉え方。私が少し気になるのは、その人々が今どうなってるのかということだ。非寛容だったり陰謀論にハマったりになってないのか

  •  終了から10年、笑っていいとも!とタモリとは何だったのか。

     「楽しくなければテレビじゃない」というバラエティ全盛期の中心にいながら、タモリは分かりやすいお笑い芸人とは微妙に違い、お笑いと視聴者や素人をつなぐ仕切らない司会者として時代を象徴する存在となっていく。それは戦後から一億中流、ネット社会を経ていく日本の近代ともつながっている。
     この本を読むと、タモリが22年に口にした「新しい戦前」という言葉が戦争が近いという意味は薄く、自分達がつくってきた戦後というテレビ文化の流れが一つの区切りを迎えたという意味が強いのがよく分かる。

     特異なタモリの存在から近代テレビの流れを俯瞰できる素晴らしい一冊。

  • 長寿番組だったいいともとタモリの芸風を分析する。

    「仕切らない司会者」という前提が理解出来なかったため、終始筆者の一方的な解釈を伝えられただけ。
    ひたすらタモリといいともを大絶賛し続ける内容。文献だけでなくせめて1人でも関係者への取材、インタビューがあればもっと立体的に検証できたのにと思う。

  • テレビの歴史といいともについて分かりやすく書いてある本。
    時代についての考察もされており、読んでためになることも多くあった。

  • 有り S699/オ/24 棚:13

  • 笑っていいとも、タモリの考察はとても深く、全てが腹に落ちる。こういうエピソードあったな、とか思い出して単純に楽しめる一方、その事項の意味や背景を考察してくれる。

    そして笑っていいともの時代背景、世相とのリンクが腑に落ちる。テレビの青春期、祭りとしてのテレビ(特にフジテレビ)。

    じっくり読んでしまった
    読了120分

  • <目次>
    はじめに
    第1章  「密室芸人」タモリが蛭の司会に抜擢された理由
    第2章  「テレフォンショッキング」という発明
    第3章  「国民のおもちゃ」を演じたタモリ~「仕切らない司会者」と「無」への志向
    第4章  視聴者を巻き込んだテレビ的空間~芸人と素人の共存と混沌
    第5章  聖地・新宿アルタ~「流浪の人」タモリが新宿で芸人になった理由
    第6章  『いいとも!』と「フジテレビの時代」~80年代テレビの熱狂と冷静のあいだ
    第7章  『いいとも!』と「お笑いビッグ3」~タモリ、たけし、サンマの関係性
    第8章  『いいとも!』の個性的なレギュラー
    第9章  SMAPが『いいとも!』にもたらしたもの
    第10章  「グランドフィナーレ」を振り返る
    終章  『いいとも!』は、なぜ私たちの心に残るのか?~?戦後日本社会とテレビの未来

    <内容>
    分析は浅いが網羅的。懐かしく読ませてもらった。『いいとも!』一時代を作った番組であり、タモリをスターダムにのし上げた化け物番組だったのだ。   

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著者プロフィール

社会学者。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビ、お笑い、アイドル、歌謡曲などメディア、ポピュラー文化の諸分野をテーマにしながら、戦後日本社会とメディアとの関係に新たな光を当てるべく執筆活動をおこなっている。著書に『萩本欽一 昭和をつくった男』『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』『紅白歌合戦と日本人』(いずれも筑摩書房)、『「笑っていいとも!」とその時代』(集英社)、『水谷豊論』(青土社)、『木村拓哉という生き方』『中居正広という生き方』『社会は笑う・増補版』(いずれも青弓社)など。

「2025年 『アイドル・オーディション研究』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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