カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」 (集英社新書 1208)
- 集英社 (2024年3月15日発売)


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本 ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784087213089
作品紹介・あらすじ
【どこにでもある「インドカレー店」からみる移民社会】
いまや日本のいたるところで見かけるようになった、格安インドカレー店。
そのほとんどがネパール人経営なのはなぜか?
どの店もバターチキンカレー、ナン、タンドリーチキンといったメニューがコピペのように並ぶのはどうしてか?
「インネパ」とも呼ばれるこれらの店は、どんな経緯で日本全国に増殖していったのか……その謎を追ううちに見えてきたのは、日本の外国人行政の盲点を突く移民たちのしたたかさと、海外出稼ぎが主要産業になっている国ならではの悲哀だった。
おいしさのなかの真実に迫るノンフィクション。
【目次】
はじめに 「ナン、おかわりどうですか?」
第一章 ネパール人はなぜ日本でカレー屋を開くのか
第二章 「インネパ」の原型をつくったインド人たち
第三章 インドカレー店が急増したワケ
第四章 日本を制覇するカレー移民
第五章 稼げる店のヒミツ
第六章 カレービジネスのダークサイド
第七章 搾取されるネパール人コック
第八章 カレー屋の妻と子供たち
第九章 カレー移民の里、バグルンを旅する
おわりに カレー移民はどこへ行くのか
【著者略歴】
1974年生まれ。
週刊誌記者を経てタイに移住。
現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイ及び周辺国を取材する。
帰国後はアジア専門のジャーナリストとして活動。
「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。
現在は日本最大の多国籍タウン、新大久保に在住。
外国人コミュニティと密接に関わり合いながら取材活動を続けている。
おもな著書は『北関東の異界 エスニック国道354号線 絶品メシとリアル日本』(新潮社)、『ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く』(角川文庫)、『日本の異国 在日外国人の知られざる日常』(晶文社)、『ルポ コロナ禍の移民たち』(明石書店)など。
感想・レビュー・書評
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インネパ料理の愛好家の私にとって、一読すべき本であった。なぜ、美味しさに対して客数が少ないか、あるいは、他の国の料理よりも出店が多いのかといった疑問を根本的に理解するのに役だった。ネパールの国の産業と、日本の構造を理解した上で、インネパの成り立ちを理解すると、現状は非常に腑に落ちるものであろう。兎にも角にも、これからも美味しく食べ続けよう。
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本書に出会うまで、なんでこんなに金太郎飴みたいに、同じようなカレー屋さんが増えてきたのか分からなかった。
もちろん何度かお店に入って食べた事はあるが、特別に感心もしなかったし、職場のそばにも自宅のそばにもあるがリピーターにはなってない。
そんないわゆる「インネパ」のカレー店の実態を、働いている側と受け入れている日本側から見たルポ。
丁寧に取材しているので、実態や問題点をよく理解できる。
日本の移民政策や外国人の労働問題には全く無知な自分だが、日本の人口減や労働力不足を考えると考えなければいけない問題が本作には隠されている気がする。 -
子供の頃母に連れられて行ったインド料理店。異国情緒たっぷりの特別な雰囲気。メニューも最近あるお店とは違ってたなぁと思ったら、それはムグライ料理(インドの高級外食料理)でした。現在日本中にあるのはインネパ、ネパール人経営のインド料理店。日本人好みにアレンジされたインド風カレー、巨大でふわっふわの甘いナン。近所にも低価格で美味しいお店があり、お気に入りです。なんと4000〜5000店舗もあるそうです。
「インド料理の歴史」
1、幕末〜明治初頭
鎖国を終わらせ、開港した横浜にイギリス人がカレーを持ち込む
2、明治〜大正時代
ライスカレーが定着
3、昭和
本場インドスタイルのカレーが上陸
4、戦後
1949年、日本初のインド料理専門店開業
5、1980年代〜
インド人によるムグライ料理をベースとする豪華なレストランが人気
6、1990年代
コックのビザ緩和でネパール人シェフが増加
インド人はカースト制度のためワンオペ出来ないが、ネパール人なら可能
7、2000年前半
小泉内閣による規制緩和で、外国人が会社を作りやすくなる(500万以上の出資で可能)
インネパが増加していく
※既存店の模倣がビジネスポリシー
現在は、日本に見切りをつけ、他国(カナダが人気)へ移るインネパ経営者が増加中だそうです。円安だし、日本の国力の弱体化が寂しいです。
カレー移民の背景、社会生活や日本での問題点、ネパールの現状等描かれていて、奥深い。とても面白かったです。おすすめの一冊
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昔、都会にしかなかったインド料理屋は高級な店でした。今、街を歩くとどこでも見かけるインド料理屋はネパール人が経営していることが多いらしい。国内産業が育たないネパールの国情を反映した出稼ぎで、著者はヒマラヤの奥地の村を訪れると、“私も日本に行ったことがある…”、“今は休暇で日本から帰ってきてるところ、また行く…”と多くの村人から声をかけられたらしい。何故、インド人ではなくネパール人なのかの理由の1つにカースト制があるらしい。インド人ではオンオペが成立しない。
私は高級感のあるインド料理も、あまり辛くないバターチキンカレーとナンがおおきなインネパ料理も、どちらも好きです。南インドのミールスも大好き。 -
副題は「日本を制覇する『インネパ』』「インネパ」とは「ネパール人経営のインドカレー店」のことだという。我が町でもかなり前、まさにこの表紙にあるようなメニューのカレー屋がオープンし、店はネパール人がやっているとのことだった。
「インネパ」カレーの味の誕生と伝達、ネパール事情、日本でのインネパカレー店の事情、ネパール人の出稼ぎ事情などについて、ジャーナリストの室橋裕和氏がリポ。
この日本でよくあるカレーのメニューは、インドのムガール朝の宮廷料理がもとになっているという。日本にカレーが入ってきたのは、明治初年でイギリス人が持ち込んだといわれるが、表紙にあるようなカレーは、新宿の「アショカ」という店が初めだという。1964年の東京オリンピックを機に日本でも食の国際化が進むだろうと、1968年に創業し、いろいろあった末、ムガール朝の宮廷料理を基にしたメニューを作ったというのだ。
そしてネパール人はインドの飲食店に出稼ぎに出て重宝されるという。インド人はカースト意識が強く、料理する人は店の掃除はしないが、ネパール人にはそれがなく、雇えばなんでもするところで重宝されるという。で、修行して味を覚え、親戚知人を呼び、また味を教え、さらに独立し、そして日本へ、という流れがあるのだという。
しかし日本へくるネパール人家庭では働きづめで、子供たちが言葉の問題などで地域になじめず、反グレになってしまう例もあるようだ。特に10代半ばあたりで親に呼ばれると語学習得も幼児にくらべ難しくなるという。
いろいろあるが、ともかく「インネパ」はおいしいので、長く店が続けられるような状況を祈る。
2024.3.20第1刷 図書館 -
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「カレー移民の謎」室橋裕和さんインタビュー なぜインドカレーの店にネパール人経営が多いのか?|好書好日(2024.04.26)
https:...「カレー移民の謎」室橋裕和さんインタビュー なぜインドカレーの店にネパール人経営が多いのか?|好書好日(2024.04.26)
https://book.asahi.com/article/152421982024/05/13
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俗に「インネパ」と呼ばれる、近年日本各地で見られる、主にネパール人がコックや経営者として「インドカレー」を出しているレストランについて、その爆発的増加の背景と付随する社会的問題が考察されている。
私自身、なにげなく安くて美味しい気軽に入れるお店として、「インネパ」のレストランに入り、大きなナンとカレー+サラダ(謎のオレンジ色ドレッシングがよくかかっている)+ラッシーのランチセットを頼むことはよくある。
そこに対して深い考えはなかったので、これがインドカレーそのものと思っていて、まして今やそのコックはインド人よりネパール人が多いとは思いもよらなかった。
大元は1980年代以前から、日本でカレーのお店を開いているインド人とみられている。彼らがコックとして、次第に出稼ぎのネパール人を多く雇うようになる。そこで出されているのは、インド人たちが日本人の舌に合うように日々調整していったもの。
そのネパール人が、独立して自分の店を出すようになると、やはり安全策として本来のネパール料理やアレンジを加えたものよりも、インド人たちの日本人に合わせたカレーを模倣して提供するようになる。
次第に、日本人の懐事情にも合うように調味料の質を下げてでも、安価に提供できるランチセットを出すことを志向する店も増えていく。
出稼ぎのネパール人は、母国の未来を案じて日本に来たのであり、家族の生活もかかっている。「模倣」や、ネパール本来の料理とはかけ離れたものを提供することに対するネガティブな考えもあるかもしれません。
私自身も、そのような考えが全くないわけではありません。
しかし、ネパール人が出稼ぎに来ている背景まで想像してみると、彼らの優先順位として、強かに日本で生活していくには止むを得ないことなのだとも思います。 -
いつのまにか増えていたインドカレー店は、そのほとんどが
ネパール人経営で、同じようなメニューが並んでいる。
何故「インネパ」が急増したのか?
その経緯や移民たちの実情などの真実を探るノンフィクション。
・はじめに 「ナン、おかわりどうですか?」
第一章 ネパール人はなぜ日本でカレー屋を開くのか
第二章 「インネパ」の原型をつくったインド人たち
第三章 インドカレー店が急増したワケ
第四章 日本を制覇するカレー移民
第五章 稼げる店のヒミツ
第六章 カレービジネスのダークサイド
第七章 搾取されるネパール人コック
第八章 カレー屋の妻と子供たち
第九章 カレー移民の里、バグルンを旅する
・おわりに
・あとがき ・参考文献有り。
ネパール人によるインドカレー屋「インネパ」。
彼らはいつ頃から来日し、カレー屋を開いていって、
現在、日本全国津々浦々に増殖していったのか?
言語の異なる、生まれ育った地域の環境とは違う場所に、
遥か遠くからカレー移民として日本を目指す理由とは?
多くの人々からの話の中に見えてくるのは、
ネパールという国の姿、初期のネパール人たちの努力、
この国でいかに成功するか&失敗はしたくない事情、
日本での様々な規制緩和、提供するメニューが似通る理由、
ウラ事情と家族の犠牲、移民第2世代と家族滞在で来日した
2世のセカンド・ジェネレーションにある問題など。
読めば多くの問題がひしめいて、複雑な思いが生まれます。
近所で10年近く通っているのは日本人経営でインド人コックが
いる、インド料理店。ドーサやビリヤニなど、ランチでも提供。
従業員にはネパール人がいて、挨拶交わせるフレンドリーな店。
また、インネパなれどネパール料理を提供、ダルバードなどの
ネパールメニューで夜は特に賑わっている店もある。
他に、インネパなメニュー中心ではあれど創意工夫と
地域交流で長年経営を続けている店が数軒ある。
経営でも料理でも、そして人間自身でも、努力と情熱は大事。
なのに、国の事情や金の問題等で振り回されて生きる
ネパール人の悲哀の深いこと。特に子供の問題は厳しい。
そして、現在の日本の経済状況では、ネパール人が
日本以外の他国に移るのも、さもありなん。
これは日本人だって遠い目で見るだけのことではないと思う。
「インネパ」の里バグルンの訪問記は、
日本国内の僻地の過疎化が重なって見えてしまう。 -
インドカレー屋にはよく行くが、行く店の殆どにネパール国旗が飾ってあるのには疑問を覚えていたところ。
本書を読んでその理由がよくわかった。
「インネパ」とはよく言ったものだ。
まさか、そこに資本主義の潜在的問題が潜んでいたとは。。。
数年前、ブータンの幸福度を取り上げるメディアを見て抱いた違和感と不安がまた芽生えてくる。
それでも、「インネパ」のカレー店に足を運ぶ。なぜなら安くて美味しいから。
日本人好みに合わせて甘くしているそうだが、自分はもっと辛いほうが好きで、よく行く店では辛くしてもらっている。 -
学生時代(今から20数年前)にインド料理店でバイトをし、その後海外に出て30台半ばで帰国した私にはずっとなんとなく抱えていた違和感があった。いつの間にか、インド料理屋はみんなネパールの人がやってるし、メニュー構成が同じ。標準的にはおいしいけど、以前のような発見や意外性が消えておもしろくない。新宿三越脇の地下にあった店も、三越裏の2階にあった店も、消えてしまった。インド料理店のランチタイムといえばビュッフェだったのに、セットメニューだけの店ばかり。安いのはありがたいけど、つまらない…。
その違和感にズバリ答えてくれる本だった。一気に読んだ。
私がかつてハマっていたインド料理はムグライ料理で、つまりインドの人々にとっての外食の味だったこと。三越裏の2階にあった店には確かに「宮廷料理」と書いてあって、ディナータイムは学生がおいそれと入れる料金帯ではなかった。バイト先もこの類だった、ということを認識できた。そこはオーナーがパキスタン人(別に中古車輸出業もやっていたらしい)で、同僚のホール担当君と、広い厨房を1人で回していたコックはインド人だった。ホール担当君は独身だったが、コックさんは国に家族を残して来ている出稼ぎ者だった。ラッシーやチャイの作り方を教わったし、初めてビリヤニという料理を食べたのもバイト先でだった。店のメニューにないその料理は、「お祭りとかお祝い事の時の特別な料理」だと言っていた。今日はインドでは大きなお祭りかなにかなの?と聞いたら、「君がバイトで来る日だからだよ」と言われてものすごく嬉しかった。初めて食べたビリヤニの感動は忘れられない。最近はずいぶんいろんなところで食べられるようになったけど、今でもあの時のビリヤニが一番おいしかったと断言できる。
その後ネパール人コックの流入があって、出稼ぎ大国のネパールからどんどん人がやってきて、独立して増え…。なるほどなるほど、となんどもぶんぶんうなずいた。以前岡山で入ったインド料理店は典型的なインネパで、グリーンカレーやパッタイも出すという「エスニックひとくくり」みたいなタイプ(最近じわっとタイ料理やベトナム料理を出すインネパ店、これまた増えてきていると感じる)だったのだが、これがまあびっくりするほどおいしくなかったのだ。マズいというか味がない。マトンカレーかなにかを食べたと思うのだが、とにかくおいしくなくて驚いた。インネパってまあ標準的なものを出すというイメージだったから。
でも、後半の章を読んで納得した。
筆者は冷静に、客観的に起きていることを観察しているが、その視線には彼らへの純粋な興味と温かさがある。陽があれば闇もある。どこからの移民でも2世は苦労するものだけれど、今まさにその問題にぶつかっているのが大量のネパール人2世なのだと初めて知った。
最近はダルバートが静かにブームだし、スリランカカレーという新勢力もいる。インドで修行した日本人が作る、パレットのように色鮮やかで美しいミールスを出す店や、インドの各地方料理に特化した店も増えてきた。私にとっては嬉しい変化だが、インネパど真ん中のコック、経営者にとっては厳しい流れなのかもしれない。でも、より本流へと移行していくのは当たり前のことのようにも思う。どんどん細分化され、本格化していく。
インネパはやがて、ごくごく一部を除いて淘汰されていくのだろう。それが自然な流れのように思う。少なくとも今のような、どこの駅にも必ず一軒はインネパがある、ような状況はなくなっていく。
その時、適切な教育を受けられなかった2世はどこへ行くのだろう。
著者プロフィール
室橋裕和の作品





