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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784087213546
作品紹介・あらすじ
旧ジャニーズ事務所の性加害事件や、ダイハツ、ビッグモーター、三菱電機、東芝などの企業不祥事、自民党の裏金問題、宝塚、大相撲のパワハラ、日大アメフト部の解散、そしてフジテレビ…、近年、日本の名だたる組織が次々と崩壊の危機に直面した。そこには共通点がある。
「目的集団」であるはずの組織が、日本の場合は同時に「共同体」でもあったことだ。
この日本型組織はなぜ今、一斉におかしくなってしまったのか? 日本の組織を改善させる方法はあるのか?
組織論研究の第一人者が崩壊の原因を分析し、現代に合った組織「新生」の方法を提言する。
はじめに
第1章 二〇二三年 崩れ始めた支配構造
<絶対君主型> ジャニーズ、ビッグモーター…
<官僚制型> ダイハツ、三菱電機、東芝、自民党派閥…
<伝統墨守型> 宝塚、大相撲…
「事件」は共同体で起きる!
第2章 共同体が「もの言わぬ集団」に
かつては模範的だった日本型組織
ぶら下がり始めたメンバー/地獄への道
第3章 身近な組織に迫る危機
身近な組織ほど危険/「ホワイト離職」は崩壊の予兆?
PTA、町内会は最後の聖域/学校や家庭は大丈夫か?
第4章 組織の「再生」より「新生」を
デジタル化が変える組織のカタチ/「個立」する時代
「共同体」から「コミュニティ」へ
おわりに
太田肇(おおた はじめ)
経済学博士。同志社大学政策学部教授。組織論・日本人論の第一人者として、著作は約40冊、メディア出演や講演など幅広く活躍している。
著書に『「自営型」で働く時代─ジョブ型雇用はもう古い!』『何もしないほうが得な日本 社会に広がる「消極的利己主義」の構造』『「ネコ型」人間の時代 直感こそAIに勝る』『同調圧力の正体』『「承認欲求」の呪縛』など。
みんなの感想まとめ
日本の組織が直面する崩壊の危機を、歴史的背景とともに深く掘り下げた一冊です。著者は、日本型組織が本来の目的集団としての機能を失い、共同体の要素が強くなりすぎたことが、今日の不祥事や崩壊の原因であると指...
感想・レビュー・書評
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日本における組織のあり方は世界的に見てかなり特異であること、本来目的集団である企業に基礎集団の要素が入っている。高度経済成長〜の時代は基礎集団として、みんなが恩恵を受けていた。ここまで成熟した世の中において、組織の形だけ時代遅れになっているようだ。
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長年「組織論」「日本人論」を研究されて来た方(大学教授)の著書であり、日本の多くの組織における変容についての考察は私自身の仕事柄一読に値しました。
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大企業の不祥事ってどうして起きるのか。高度経済成長期を支えた日本型組織が、なぜ今「ドミノ崩壊」を起こしているのかを構造的に解説。著者は、職務を限定せず「丸抱え」にする日本独自の雇用慣行が、現代の価値観の変化やデジタル化に適合できなくなっているとしていた。特に、優秀な若手層が組織の論理に縛られることを嫌い次々と離脱していく現象を、単なる離職ではなくシステム全体の崩壊として捉えているのがよかった。組織が個人を縛る力を失った今、必要なのは無理な引き止めではなく、個人の自律を前提とした新しい関係性の構築なんだと思う。日本企業の転換点を冷静に分析した、示唆に富む一冊。
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2025/04/13「日本型組織のドミノ崩壊」太田肇
SNSに代表されるDigital化が社会の情報フローをオープンに変えたことが、「内向きの情報統制」を得意とする日本型組織を劣化させた。
90年代バブル崩壊による経済成長の停滞は男性コア社員から非正規雇用者を分離し、組織の維持発展力を喪失させた。その弊害が30年を経て組織解体となっているのではないかという問題提起として受け止めた。
著者の答えは、「組織より個」であるが、大組織が既得権益を放さないうちは難しくないか? 株式公開=IPOに向かうのもありだが、個人的解決でしかない。社会システムの革新の方向は見えない。 -
様々な組織で不正が起こり、毎日の様にニュース報道で取り上げられている。会社の不正であったり、大学をはじめとした学校、スポーツの団体やチーム内での問題など、組織の種類問わず大きな問題を抱えている事が連日報道されている。人は孤独で生きるのは難しいから、何かしら組織に所属またら縛られながら生きているのは当たり前の事だが、組織自体の体質や風土に問題を抱えている事が容易に想像できる。とは言え一昔前の問題とは異なる様相を呈している。
以前はよく問題となっていた、学内でのイジメや地域によって甚だしかった差別的な話、企業内でよく見られた超過労働や自殺の問題。この辺りは法制度の整備や人々のそれを排除する様な人々の意識の醸成などにより、多くは解消されつつある様に思える(かといって全てが解消されたわけではなく、場所によっては未だ未だ問題としては残る)。昨今騒がれている様な問題の多くは、人と人との繋がり、人間関係の希薄や、逆に表面には出てこないものの同調圧力の様な組織からの阻害を恐れた無言の服従の様なものから来ているのでは無いだろうか。特に会社ではハラスメントの防止が叫ばれる中で、表面上強く言葉や態度に出さないまでも、察せよとでも言わんばかりの空気感が支配したりする。不正を見たり聞いたりしたら当然、然るべき通報窓口に言えば良いだけの話だが、それにより所属組織が崩壊したり、ひいては自分の立場も危うくしかねない。であれば、皆んなと協調して安全に波風立てずに生きている方が楽だ。何よりただでさえ人員不足で忙しい中で、各所からヒアリングされたり、制度改定でやり方の変更に追随しなければならなくなったり、多少の我慢で今の給料もらえるなら…。私がその立場に立った時アクション起こせるか、忙しい最中では考えることから逃げてしまうかもしれない。
本書は日本型組織のドミの崩壊という表現で、壊れ始めを感じさせる様々な組織体の崩壊事例を挙げ、その原因や社会的な背景、人々の意識の変化などに迫る一冊だ。「日本型」と言っているのは、海外、特に個人主義や個人の能力重視型の社会とは根本的に異なる日本人、そして日本の企業を始めとする特異な共同体を題材にしているところに理由がある。
グローバル化により世界が同質化する中にあっても、未だ未だ独特の社会を形成する日本。海外から来た人と仕事をする機会が多いが、彼らから見ると日本の文化や社会、考え方などは参考になることも多いが、やはり独特のものに感じる部分が多いそうだ。良い部分も悪い部分も含めて、社会や組織を形成する人がそうである以上、その共同体の良い部分も悪い部分である問題点も独特だ。超高齢社会に足を踏み入れ、労働人口の減少や過疎化による地方の崩壊など様々な課題に溢れる日本。本書が扱う様な組織崩壊の原因を取り除き、世界にプレゼンスを示し続けられるかは、組織を形成する一人ひとりの意識にかかっている。 -
「集団浅慮」と同じ、個々人が優秀なのにどうして組織は間違うのか、というテーマを扱っている。「集団浅慮」ほどのえぐるような迫力はないが、その代わり、これからの組織運営に関する示唆を与えてくれる。「集団浅慮」がジャーナリズムによる本で、こちらは経営学的な視点と考えれば当たり前の違いと言える。
町内会やPTAなどにも類型を求めて論じるのも面白い。 -
■感想
TOPPOINTで読了。 -
日本型組織の特徴とその原因を分析し、その問題点を見事に明らかにしている。
組織を崩壊の危機に陥れる背景には、独裁的な権力を握るトップが存在する絶対君主型、制度化された権限の序列構造がある官僚制型、伝統の継承を大義名分として堅固な上下関係が受け継がれる伝統墨守型の3つのタイプがある。どれも、内部に厳格な命令・服従の関係が存在することが共通している。
マックス・ウェーバーは正統的支配の方法として、ある人物に対する帰依に基づくカリスマ的支配、成文化された秩序による合法的支配、伝統や日常的信念に基づく伝統的支配の3つをあげており、上述の3つのタイプにそれぞれ対応している。
本来、企業は目的集団だが、崩壊したか崩壊する危機に瀕した組織には、利害を共有する仲間である共同体としての側面が色濃く現れている。目的集団と共同体の両方の性質を備えた「共同体型組織」は、日本型組織と言える。
日本の組織が共同体型になる理由として、新卒者の一括採用や終身雇用、正社員の制度による閉鎖性があげられる。集団が閉ざされていれば、仲間内の利益を優先しようという動機が生まれる。また、社員を採用する際に選別することによって同質性が生まれ、それが利害の共通性を生む。仕事の分担が曖昧で、個人が未分化であることは、同僚同士が協力したり、助け合ったりする半面、相互に仕事ぶりを監視し、牽制し合うことにもなる。
共同体型組織は、高度成長期のように少品種を大量生産することによって企業と社会の発展をリードするという時代には適していた。
暴力行為やハラスメントが明るみに出た事例では、組織から脱退した人や外部者による告発によって発覚したケースがほとんどで、内部からの告発や抗議が発端になった例は少ない。個人が未分化の共同体型組織では、ひとりひとりの成果や貢献度を把握することが難しいため、減点主義になりがちになる。そのため、組織の中では、リスクを冒して自ら行動することなく、何も言わずに無難な道を歩もうとする態度が働く人たちの処世術として定着している。この傾向は、組織の内外格差が大きく、メンバーにとっては組織を去ることの損失が大きい一流の組織において見られる。
共同体では、メンバー同士がひとりひとりを受け入れること(受容)と、メンバーが主体的に共同体に貢献して、責任を果たすことによって成り立つ。また、外に向けては、社会的な正義と自治を果たすことによって、その存在と独立性が認められる。しかし、組織の中で不正があっても告発したりしなければ、共同体を健全に保つ自治が果たされないことになる。今や、共同体型組織は自治の機能を失い、メンバーは上からの要求を無批判に受け止める忍従に変わった。自治は共同体を健全に保つためのものだが、忍従は個人がメンバーとしての身を守るためのものという点で異なる。
組織が利益共同体となって、メンバーの既得権益を守ろうとする意識が強まると、積極的に異分子や反逆者を排除するようになる。しかし、このような共同体は権力者や体制側にとって都合がよく、強権を行使したり、ルールや慣行を盾に無理難題を押し付けることができるようになり、自戒の精神も鈍らせる。不正やハラスメントに対する抑止力も働かない。一方、メンバーにとっても、上からの要求をエスカレートさせて、それが心身のストレスや不調をもたらしたり、過労死や過労自殺に追い込まれる事例もある。
このような組織を改革するためには、構造的な要因である閉鎖性、同質性、個人の未分化に対して、手を加えればよい。閉鎖性を改める方法として、企業の場合は通年採用や中途採用の比率を高めること、PTAや町内会では入退会のハードルを下げたり、幹部の任期に制限を設けることがあげられる。同質性を改めるには、性別、年齢、国籍などが多様になるよう、少数派の人たちがそれぞれ一定割合を占めることをルール化するアファーマティブアクションが有効かもしれない。ひとりひとりの分担を明確にすれば、個人の仕事や活動、発言の自由を拡大することができ、組織内で受ける同調圧力を小さくする効果がある。
ギャラップ社の調査によると、日本の従業員のうち、自分の仕事と職場に深く関与し、熱意を持つ人は6%で、そうでない人が70%、全くそうでない人が24%に達する。
日本経済が長期にわたって低迷しているのも、日本型組織から脱却できないことが大きな要因になっているとしか思えない。 -
明快に書かれた文章は
日本型組織の持つ特性と不祥事を生み出す弱点を浮き彫りにする
特にJTC(伝統的な日本企業)で働いたことのある人には刺さる内容ではなかろうか
日本企業の「今までとこれから」を考えたい方におすすめの一冊である
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落書き①:
ある時、同僚が一月近くサボっていたため痺れを切らして上司に協力を働きかけるよう相談し、同僚へのヒアリングが行われた
その結果『「メンタルヘルス不全だからあまり働けません」と言われたため来年度に別部署に異動させる。業務協力もできないらしい。』と言われた
その時は「お前は何を言ってるんだ」と思ったものだ
しかし日本型組織は「企業」(目的集団)であると同時に「共同体」(基礎集団)でもあるため「目的」を果たせない(さない?)人間も保護されるのである
組織をよくしよう(自治)としなくても護ってもらえる(受容)
つまり、「出来るやつがやればいい、出来なければやらなくていい」ということだ
これはまさしく「空洞化」した共同体型組織である
この気味悪い”寛容さ”の理屈を教えてくれたことに感謝している
落書き②:
本書の第1~3章の内容は私には大凡納得いくものだったが「消極的利己主義」を語る文脈(75P)で高校球児や生徒を「無関心な群衆」扱いしていた所はおや?と思った
実際の映像を見てみると周りの球児らの中には心配そうに見つめている者もいた(女子生徒は数秒後にスタッフが駆けつけて救護されていた)
運営が伝統を重視して熱中症対策を怠ったことを非難するなら分かるが、あの場に緊張して立っている高校生達に人命救助を求めるのは筋違いだろう
落書き③:
インフラ型・自営型組織に回帰するのも業界によりメリットはあるだろうが危険な感じがする
属人化がより進むだろうし着いていけない人が間違いなく増えて社会が不安定化しそうである
日本型組織は低能力者のセーフティーネット的側面もある(非正規雇用の増加で変質しつつあるが)
それに本書ではパソナグループや吉本興業の不祥事に触れていないがあれはインフラ型的ではないか
結局どの組織でも不祥事は起こるのである
身も蓋もない話をすればどんなに洗練された組織でも問題は起こるだろう
なぜなら組織を構成するのは人だからだ
※とはいえ組織変革が不要とは思わない
学者でない私にはいい案など到底浮かばないが、周囲に感謝を伝える同僚と働いた時は居心地良かった
社会の分断が叫ばれる昨今、大切なのは「自分への敬意ひいては他人への敬意」ではないか
それには日頃から読書や芸術・スポーツ、社会活動などの文化的活動や人との交流を通じて思慮を深め、自身を取り巻く環境の有り難みを理解することが必要だ
自己肯定/効力/有用感を高めることだ
それはスマホをいじっても身につかないものである
※組織論から外れるため深く言及はされていないが筆者も「あとがき」などでコミュニティの大切さに触れていた
自分でも引くほど落書きが長文になった
これだけ考えを巡らせるほどの良書だったという証左だと思う
ここまで読んだ方ならすぐ読めると思うのでぜひご一読ください -
若者だけでなく管理職、上司も積極的にマネジメントしない消極的管理になってしまっているのは、少しわかる気がする。
日本型組織は日本人の風土に馴染んで形成されたものなので、それを時代が変わったから、といきなり壊すのはどの大企業も官公庁も難しいんだろうなぁ。特に「外圧」の少ない官公庁には…。
よく分析されていた1冊でした。 -
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フジテレビ、ジャニーズ、宝塚…。かつてのあこがれの組織、団体が音を立てて崩れていく。どうしてこうなったの?
日本型共同体は自治と受容のバランスが崩れて空洞化し、いつのまにか「もの言わぬ集団」になってしまった。「何もしないほうが得」になってしまった。空洞化した共同体は、権力者や体制側とっては大変都合がいい。他人事ではない。一流企業だけの話ではなく、身の回りの組織はみんな同じ状況だ。いつのまにか「上」から理不尽な要求をつきつけられて、周囲は知らんぷりで助けてくれない、最後は自らが不正に手を染める…。なんて悲劇がいつくるかわからない。
ではどうすれば?
個人ファーストの「インフラ型」組織へ転換すべし、その本書の主張は、イメージがわかない。とはいえ、組織を根本から見直し「新生」せよ、との主張は正しい。 -
日本型組織を共同体型組織と位置付けて、その閉鎖性、同質性、個人の未分化、共同体主義を特徴として挙げているが、1990年代以降その欠点が表面化した.消極的利己主義が蔓延り空洞化が進んできて、様々なスキャンダルが表面化した.対応策として企業として自営型社員を活用する案を提案しているが、納得できる考え方だと思った.
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長い年月をかけて内側から腐り、突然、巨木が倒れるような、日本の組織の現状を容赦なく描いている。ジャニーズや、ビッグモーターなど事例分析は納得感が高い。処方箋部分が既刊書参照扱いなのは、やや肩透かしだが、一読の意味がある本。
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ジョブ型雇用ではない
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フジテレビ、ジャニーズ、ビッグモーターなど、様々な日本型組織が今なぜ崩壊しているのか。
本書では、「共同体」をキーワードにその原因を深掘りしていきます。
著者の主張のポイントは、主に次の点に集約されると思います。
・これまでは、共同体型組織の必要条件となる「受容」(メンバー同士の支え合いや包摂)と「自治」(共同体のために自らが責任を果たす)が、いわば権利と義務のように車の両輪の役割を果たしてきた。
・しかしながら、「自治」が「忍従」(上からの要求を無批判に受け止める)に変わってしまうと、消極的利己主義や集団無責任体制が蔓延し、組織の崩壊が始まる。
つまるところ、組織に自治が働かず、一部の権力者が強い力を持つことにより、その意向が組織のルールとなり、構成員が誰も逆らわず責任も負わないという無責任体質がはびこる、ってのが崩壊へのルートなのか。
それ以外にも、組織の規範や常識が社会のそれよりも優先されてしまう(フジテレビがまさに好例)ところに、大いなる問題が潜んでいるのだと思います。
日本人は個人としては優秀なのに組織になるとダメだ、とも言われます。
日本型組織にはもちろんいい面も多々あるのですが、組織も人もダメにならぬよう、今こそ体質改善が求められているのでしょう。 -
【配架場所、貸出状況はこちらから確認できます】
https://libipu.iwate-pu.ac.jp/opac/volume/580805 -
大企業や芸能社会にみられる閉じた組織の崩壊から、地縁をベースとする町内会やPTAの組織崩壊まで、著者による分析は、落ち着きどころを見据えての整理にも見えるかもしれませんが、とても腑に落ちる説明でうなずけるものが多いと感じた。さらに、組織の構成単位となる個々人の働き方の変化による不都合を解消するための提案も含めて、参考にしたい内容が多かった。
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とても勉強になりました。
これからの対応として掲げられているところは、なかなか難しい部分があろうかとは思いますが、今ある組織の体制をわかりやすく分析をしてくれて、なるほどとうなずける内容でした。 -
ほとんど得るものがない珍しい本。そもそも議論の立脚点を間違えている。2023年になって組織が崩壊し始めたというが、多くの不祥事はもう何年も続いていて、最近外部に情報が漏れただけである。これは明らかにSNSを始めとした情報発信のベースが拡大したことと、組織に対する忠誠心の低下、良く言えば組織との共犯化を忌避する真っ当な感覚を持つ人が増えたからに他ならない。組織論の専門家としては何でも組織の問題に結びつけたいのだろうが、そのような問題ではない。
著者が言う『空洞化』とは組織に対する構成員の貢献低下と同義だが、これも当たり前である。世の中Give&Takeで成り立っているのに、組織の方から一方的に与えるものを減らしておいて、Giveだけを要求されるようになってきた事への当然の反応だ。成果主義とリストラのコンボで人をバンバン切り捨てる組織に、今さら共同体ヅラして一方的な貢献を求めても誰が応えるものか。完全に自業自得。PTAや自治会も同様である。負担ばかりで得られるものがない組織に貢献を求められても、はぁ?ってなるだけ。結局は損得の問題に行き着く。
最後の処方箋も的を射ていない。インフラ型組織は個人請負的な要素が強く『空洞化』の極致にあるわけだが、それで空洞化対策になるとはどうしても思えない。
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