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本 ・本 (176ページ) / ISBN・EAN: 9784087446456
作品紹介・あらすじ
【第45回すばる文学賞受賞作】
【選考委員絶賛!】
小説の魅力は「かたり」にあると、あらためて感得させられる傑作だ。――奥泉光氏
この物語が世に出る瞬間に立ち会えたことに、心から感謝している。――金原ひとみ氏
ただ素晴らしいものを読ませてもらったとだけ言いたい傑作である。――川上未映子氏
(選評より)
【絶賛の声続々!】
「言葉にならない」が言葉になっていた。掴んだ心を引き伸ばして固結びされたみたい。今もまだ、ずっとほどけない。――尾崎世界観氏(ミュージシャン)
いまだに「カケイさん」の余韻が、胸の奥をふわふわと漂っています。生きることの全てが凝縮されている、とてもいい物語でした。――小川糸氏(作家)
カケイさんの心の中の饒舌に引き込まれているうちに、小説としてのおもしろさと力強さに頭をはたかれました。読み終わった時には、自分自身が癒されて、私ももっと小説を書きたい、頑張りたい、と強く思いました。――原田ひ香氏(作家)
カケイさんの中に亡き祖母を見た。祖母もきっと見ただろう花々に私も出逢えると信じて、これからも生きてゆこう。――町田そのこ氏(作家)
認知症を患うカケイは、「みっちゃん」たちから介護を受けて暮らしてきた。ある時、病院の帰りに「今までの人生をふり返って、しあわせでしたか?」と、みっちゃんの一人から尋ねられ、カケイは来し方を語り始める。
父から殴られ続け、カケイを産んですぐに死んだ母。お女郎だった継母からは毎日毎日薪で殴られた。兄の勧めで所帯を持つも、息子の健一郎が生まれてすぐに亭主は蒸発。カケイと健一郎、亭主の連れ子だったみのるは置き去りに。やがて、生活のために必死にミシンを踏み続けるカケイの腹が、だんだん膨らみだす。
そして、ある夜明け。カケイは便所で女の赤ん坊を産み落とす。その子、みっちゃんと過ごす日々は、しあわせそのものだった。それなのに――。
暴力と愛情、幸福と絶望、諦念と悔悟……絡まりあう記憶の中から語られる、凄絶な「女の一生」。
【著者略歴】
永井みみ ながい・みみ
1965年神奈川生まれ。2021年『ミシンと金魚』で第45回すばる文学賞を受賞しデビュー。同作は三島由紀夫賞、野間文芸新人賞にノミネートされ、「ダ・ヴィンチ編集部が選ぶプラチナ本 OF THE YEAR! 2022」に選出された。その他の著書に『ジョニ黒』がある。
感想・レビュー・書評
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認知症で意識もまだらになっているなかBBA目線で語られる半生はドロドロすぎて消化不良気味でした。
カケイさんが語る壮絶な人生。とわいっても幼少期から長女を出産してしばらく位までなので前半20年くらいで残りの60年くらいは語られてないのですが、多感な時期の辛い記憶のほうが残っているようです。
大ちゃんの乳を飲んで大きくなったって、よくよく話を聴けば雌犬らしい。ヤクザもんの兄貴に男をあてがわれ夫婦になったとか。ディサービスのヘルパーさんたちのことを、みっちゃんって呼んでいる。
ヘルパーがないときは鬼嫁が自宅にきて介護しているようですが虐待をうけてるように語っています。
記憶が混乱してるとこもあり被害妄想もあるようで信憑性は疑われるし、誇張してるところもあるかもしれないですが、本人がそう感じているのだから幸せにはみえないですね。
兄貴の恋人だった広瀬の婆さんも同じディサービスに通っていて真相を告げられた時、知らないところで守られていたんだと幸せそうな思いに包まれていました。
人は自分のために苦労した人がいたとか聞かされると恩義を感じてしまうのですが、守る人のために苦労することができたとゆうのもウィンウィンな関係でよかったって思うのです。
老後を迎えやがて訪れる死に対してどのように向き合うべきなのか考えさせられる作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
本屋でふと買った。買わなきゃいけないように。
1時間前、読み始めたら止められなかった。
全体的な感想として、正直「怖い」。
でも、そう感じる中に現れる「幸せ」な瞬間。
幸せな人生ってなんだろう。
ちょっと混乱するぐらいの衝撃的な読後感。
人生の最後、カケイさんのように思えるのだろうか。 -
介護される側の切ないお話。
身内の問題を抱えたおばあちゃんの語りがつらい。暗い。悲しい。
私も老後、1人になった時何を思うのか。
明日に希望を持って日々を送れるのか。
幸せな人生だったと思える最期になるのか。
素敵なヘルパーさんがたくさん出てきてありがたい気持ちになったな。
仕事だからじゃなくてちゃんと人として向き合ってくれる、何より嬉しいことだ。
認知症になって大事なことは忘れるのに嫌だった記憶は残るのって、人間の脳はどうなってるんだろう。 -
短い物語でしたが心にズシンとくるものがあった。
カケイさんは認知症を患った一人暮らし。
カケイさんはしあわせを奪われていたわけではなかった。周りのみんながカケイさんのことを思い続けていた。
だからこそ一人暮らしが平穏な生活だった。
しあわせだったか?と聞かれたら、しあわせでしたと答えてやろうと思う気持ち。なかなか言えることではない。 -
文体は独特なのにリアルに感じてしまう描き方が見事でした。
苦しいけどリアルで短いながらも何度も読む手が止まって考えさせられました。 -
⚫︎感想
認知症のカケイさん視点で書かれた一冊。介護される側の視点や洞察は、著者が元ケアマネだからこそリアリティをもって書けたのだろう。読むのが苦しかったが、目を逸らすことはできない現実感と、幸せな人生だったと呼べる人生にするには、自分で幸せだと思えることを意識して日々送ることが大切だと改めておもった。
⚫︎あらすじ(本概要より転載)
認知症を患うカケイは、「みっちゃん」たちから介護を受けて暮らしてきた。ある時、病院の帰りに「今までの人生をふり返って、しあわせでしたか?」と、みっちゃんの一人から尋ねられ、カケイは来し方を語り始める。
父から殴られ続け、カケイを産んですぐに死んだ母。お女郎だった継母からは毎日毎日薪で殴られた。兄の勧めで所帯を持つも、息子の健一郎が生まれてすぐに亭主は蒸発。カケイと健一郎、亭主の連れ子だったみのるは置き去りに。やがて、生活のために必死にミシンを踏み続けるカケイの腹が、だんだん膨らみだす。
そして、ある夜明け。カケイは便所で女の赤ん坊を産み落とす。その子、みっちゃんと過ごす日々は、しあわせそのものだった。それなのに――。
暴力と愛情、幸福と絶望、諦念と悔悟……絡まりあう記憶の中から語られる、凄絶な「女の一生」。 -
カケイさんの壮絶な人生…認知症を患って最近の記憶はすぐ忘れるのに、昔の思い出したくないような記憶だけははっきり覚えてる…でもその中にも一瞬でも幸せな時間は確かにあった…その記憶さえあれば幸せなのか…本当は兄たちに守られていたカケイさん、もうすぐ死を迎える最後の最後に広瀬のばあさんから真相が知れて、幸せな花を見ながら人生の幕を下ろせて良かったんだと思う。
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重い、暗い、でもページをめくる手が止まらない。
カケイ婆ちゃんのおしゃべりは、延々と続くけどこれまでの人生の中で一番悲しく辛くしんどいことはふたをしたまま。なぜならそれは自分のせいでどうしようもなかったことだと思っているから。我慢に我慢を重ねてやっとお迎えが来た時、自分の人生は幸せだったと手のひらを眺める。
デイサービスの描写には、認知症の義母の姿と重なって、こんな気持ちでいるのかなぁと考えさせられ反省もした。
年老いていき、できることが減って来て、忘れることが多くなってしまう自分に最期まで付き合ってくれる人は周りにどれほどいるのだろう。
最期に思い出す顔、お迎えに来てくれる人は誰なんだろう。その時、この本のことを思い出せるのか?
何もかも忘れ去ってしまっているのか?
色々と考えさせられる本だが、読後感はやっぱりしんどかった。 -
「あい。」「わかりましぇん。」
〜ミシンと金魚〜
認知症のカケイさんの現状と過去を回顧する物語。
1人の女性が生きていくには、あまりに厳しい時代に生きたカケイさん。
大切な娘「みっちゃん」だけは、色んなことが分からなくなってからも根っことして記憶に残る。
ミシン で生き抜いたカケイさんと
金魚 がどういう意味をなすのか。
読み進めると繋がっていきます。
この物語は、多くを考えさせられる物語だと思います。
人は誰しも必ず老い、死んでいきます。
カケイさんのように、色々なことを忘れて亡くなる方もいれば、
広瀬のばーさんのように、
老いても、しっかりした意識のもと、色んなものをきちんと抱えて亡くなっていく方。
今は現場を離れていますが、私は過去に長く医療に携わり、このような方々をたくさん知っています。
そこで、
冒頭の調停中のヘルパー「みっちゃん」の問いです。
〜カケイさんの人生は、しあわせでしたか?〜
答えは、その人にしか分からないのですが、
晩年の姿は、本当のその人自身の姿なのかもしれないとよく思いました。
働き者で、ミシンがあったから生き延びてこれたカケイさん。
家族も大切な子どもも失ってしまったけど、
(忘れる)ことで生き延びて来た部分もあるでしょう。
その(忘れゆく記憶)の中に残る、
大切な「みっちゃん」が彼女の生きる術だったのかな。。。それは、カケイさんにしか分からない。
誰にも分からないこと
それは、その人だけの思い出です。誰にも支配されてはいけない。
それだけはきちんと間違えずに、
これからも分かっていたいと思います。
日頃好んで読む小説と一味違い、
ハッと気持ちを正してもらえた一冊になりました。