漂砂のうたう (集英社文庫(日本))

  • 集英社 (2013年11月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784087451306

作品紹介・あらすじ

明治10年、根津遊郭。御家人の次男坊だった定九郎は、過去を隠し仲見世の「立番」として働いていた。花魁や遊郭に絡む男たち。新時代に取り残された人々の挫折と屈託、夢を描く、第144回直木賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 大政奉還、明治維新、そこから10年。根津遊郭の美仙楼(心淋し川のご近所でしょうか)の立番となり、客引きをする男は、元御家人、定九郎。出自を百姓と偽り、今の仕事に流れ着いた。日本の変化に取り残された男と、自由は名ばかりの遊郭の女達。
    明治維新の主役とはなれなかった人たちを取り上げて、自由という言葉だけが先走る空虚な日々。
    定九郎が、ずーっとふわふわしているので、物語もふわふわしてる。行きどころの無い、遊郭の女達の覚悟した雰囲気との対比で、その不甲斐なさが際立つ。武士がその立場を失った当時が偲ばれる。
    情景とか歴史感はとてもしっくりと読めるのだけれど、所々に挟む「学問のすすめ」や「自由民権運動」が、あまり物語にハマってこないなあと思う。
    花魁の失踪と圓朝の噺を重ね合わせて幻想的で良いんだけど、失踪の顛末は、あまりに想像通りでした。

  • 「さあ、徳川の時代は終わった。みんな自由だ」
    自由ってなんだ?何をしろと云うんだ。
    明治の新しい世に放り出された元武家の定九郎。
    焦燥感と諦めを抱えてもがく姿がよく描かれている。
    怪談調に導くポン太と凛とした小野菊とキャラクターも抜群に効いていて、直木賞受賞作品では久しぶりに夢中で読み耽った。読後感も爽やかでまさしく傑作である。

  • 作中常に漂う閉塞感、倦怠感、息苦しさ。とてつもなく気怠い空気がまとわりついてくる。
    加えて、ポン太が作り出す得も言われぬ奇妙で妖しいムード。

    アッと驚く何かが起こるでもない淡々とした進行なのだがページを捲る手が止まらない。まじないにでも罹ったように摩訶不思議な読み心地。

    御一新により、これまでの価値観・常識が覆った事でわかりやすく無気力に陥った定九郎の白けた様子がなんだかまるで現代人っぽくておかしくも共感出来る部分がある。

    癖になるなあ。


    1刷
    2022.4.5

  • 時は明治維新後、所は根津遊廓。登場するのは、客引きとなった元武士・定九郎、人気花魁・小野菊、噺家の弟子・ポン太。前半はダラダラ話が進む。後半は話が動くが、一体何が起こるのか?どう展開するのか?まるでミステリー。

  • 「自由」なんて聞こえはいいが、これほど「不自由」なものはない。

    御一新から10年の根津遊廓。
    武士の身分を失い遊廓の客引きとなった定九郎は、ただただやるせない日々を送っていた。
    新政府の造り出した「自由」という厄介な柵に縛られながら…。

    時折挟まれる落語や都々逸が物語の儚さをどんどん煽っていく。
    捨てたはずの過去の柵の中でもがき逃げてばかりの定九郎。
    それに対比するかのような花魁・小野菊の凛とした佇まいと華やかな笑顔が素敵!
    時代の波に翻弄されても自分を見失わずに生きていきたい!

    「自由」とは楽なようで、実はほんと難しい。

  • 読み終わるのに2週間もかかってしまった。
    すごく不思議な読後感の本。
    根津に、今はもうない遊郭があった頃が舞台。
    遊郭の客引きの定九郎。
    遊郭の中の権力争い、人気の花魁小野菊、切れ者の龍造。

    夢うつつや幻が半分を占めていた昔の感じが所々に描かれながら、遊郭の現実、人権なんてなかった時代で、自由を追い求める人たちがいた。

    手にしたものが、ずっとあるわけでもなく、手放したものが永遠に去ってしまうわけでもない、ポン太の、その人の芯にあるものは奪えないという言葉。

    薄ら恐ろしいような、見通しているようなポン太。

    途中で読むのをやめないでよかった。
    面白かった。

  • 定久郎は元武士、維新後家族捨て出奔。そして名を変え廓に身を潜めた。女は根津廓に売られてきた。どんなに美しくとも籠の鳥。小野菊花魁という名で生きている。彼女の情人、噺家ポン太。彼もまた名を捨て生きている。名を捨てた3人、カタチは違えど自由を求め行動をする。定久郎は翻弄されすぎて途中自由に負けそうになるが、小野菊とポン太がしかけた謎が明かされ全てに納得できた時、彼も彼なりの自由に出会えたのではないか。話に漂う面妖さは砂のよう。はらはらこぼれ心の片隅に塚を築いていく。塚が大きくなったその時、訪れるか私の自由よ。

  • 読み終わって、ストーリーを思い出し追ってみても
    起承転結、驚きの展開、心踊る出来事などはなく
    淡々と進んでいったような気がする
    それでも、この小説の世界に静かにずぶずぶと浸り
    なんとも言えない世界観に酔って読み終わる
    浮かれたところも、落ち込み過ぎるところもなく
    不思議な出来事も、すんなりと受け入れて
    小説という架空の世界を経験する醍醐味にひたった時間

  • 御一新後に時世のお荷物となった「昔のお武家」の定九郎は、江戸の香りが残る遊郭の下働きに身を置く。 「これからは誰しも自由に生きりゃあいいんです」と言われても、世の中の変化に自分の変化が追いつかない。 部屋でゴロゴロするニートが「幕末に生まれてりゃなぁー」と言う飯尾さんのネタがありますが、 定九郎は「幕末に生まれてこなければなー」と思ったに違いない

  • 読売新聞に連載の作品が面白いので読んでみた。ポン太の正体がぼんやりだけどこれはこれで良かったかなとも思う

  • 読後感の良さ。4人が良い。

  • 江戸から明治に変わった直後の根津遊郭の話。主人公が、知らず知らずに体に刻んだ自分の歴史に気づくところがいい。小気味いい語り口で当時の文化に想いを馳せることができる。

  • 今の今までずっとポン太や圓朝の噺を聴いていたかのような夢現な小説。
    どんどん引き込まれてお話と現実の境目が曖昧になっていった。

    小野菊さんのきっぷの良さ、大変素敵でした。
    こんな人に出会えることはお話の中でも現実でも、中々ないような…

    それに憧れはすれど、私にとっては定九郎さんの気持ちが大変わかるお話でした。

    1万円選書の一つ。

  • 始めの数十頁は、気が入らずなかなか読み進めなくて、何度か本を置いた。しかし、後半は興に乗り、明治初期の、根津遊郭の雰囲気に浸りながら、たちまち読み終えた。
    さすが、直木賞受賞作。
    幕府互壊により、武士の身分を失い、空虚な日々を送る定九郎、遊郭に身を置きながら凛とした佇まいの花魁小野菊、等々、人物造型が見事。

  • ■読むまでの経緯
    「茗荷谷の猫」で知り、好きになり、その他三作くらい読んでさらに満足し、直木賞受賞というこの本も気になっていた。そして中野翠さんの歌舞伎本か落語本かのどちらかで、「三遊亭圓朝の文化的存在感が(この本を読むと)よくわかる」というような紹介を読んだときには、私はこれは絶対読もう!と心に決めたのだが、どう検索しても単行本しかヒットしない。本屋にいくたび思い出して調べては、まだ文庫化されてない…と落胆。そんなある日、ふと電車で顔をあげたら、集英社文庫の中吊り広告に「漂砂のうたう」の文字が!

    ■残念な点
    時代ものだし、遊郭が舞台の話、聞き慣れない用語が多い。こういうとき、司馬遼太郎は物語の勢いを止めずに物事の説明をしてくれるのがうまいと思う(楽しいだけじゃなく知識が増えた感覚が得られる)。折しも司馬作品を読んだ直後だったので、そこのところの置いてきぼり感が気になり、消化不良な感触が残る。読んでたらなんとなくわかるし、雰囲気でじゅうぶんでもあるのですが。
    英雄的な人物を小気味良く書いて惚れさせるような司馬さんのタッチとはそもそも違う、って、わかっちゃいるのだが、読み始めは特に重さに馴染めず、熱中して読み進むことはあまりできなかった。単純に直前の読書との比較の問題かどうかはわからないけど。
    つまりはっきりいって、難しくてよくワカンナイ、と思いながら読んだ部分も少なくない。

    ■良かった点
    明治維新という大転換のその直後、西南戦争とか、自由民権運動とか、世は激動なんだが、俺には係わりねえって言っていながら人一倍拘っていたり、自由だ平等だなんて嘘っぱちだと噛みついてみたり、閉塞感、鬱屈、惨め、諦め、そんなこんなの存念がうずまく、そんな雰囲気を、理屈じゃなく、味わった。基本、木内昇さんは「ヒーローじゃない」ものの人だと思います。
    最近、幕末~明治初期ものが続いているので、なお楽しい。
    圓朝という人が、この時代に、今にも残り歌舞伎にもなったような新作落語をたくさん作ったということ、これは、この本のおかげで忘れないと思う。

    ■追記メモ
    舞台となった根津遊郭は根津神社のあたりにあったが、作中でも語られた通り、近くに東大ができたため移転させられる。その移転後の場所は洲崎。洲崎アイランドの洲崎、現東陽一丁目。縁があるなあ。

  • 明治10年吉原遊廓。武家の出であった主人公は出自を隠しながら見世で働く。過去と現在との葛藤、縁を切った家族、縁を得た知人。皆御一新を経て変わらなくてはいけない壁や諦めと闘っていた。
    木内氏の名もなき過去の人物の描写は、やはり、まるで見てきたかのような、それ以上にその時代に居た登場人物かのような繊細さと緻密さ。それによる時代の背景を味わえる。

  • 最初は何の話かという感じだったが、最後の方の龍造との会話が美しすぎて泣ける。終始 感情の起伏を抑えた描写をしておいて、最後に落とす。あの数ページだけでも読む価値ある。

  • 読み始め…16.5.18
    読み終わり…16.5.19

    東京根津遊郭の仲見世「美仙楼」の客引きに身をおく定九郎は、うだつが上がらず行き先の見えない空虚な日々をやり過ごしている。御一新から十年という明治の始めに武士の身分を失った定九郎は、変わりゆく時代のなかを彷徨い翻弄されながらもどこかで「自由」を追い求ている――

    明治初期という時代背景がそもそも未知の世界であることに加えて、現実の中にありながらもどこか異空間を感じさせる「遊郭」が舞台となっていたことで、読んで広がる想像の世界はまるでファンタジー小説の異空間に入り込んたときと同じような感覚でした。なかでも噺家の弟子というポン太の存在はなんとも神出鬼没。その謎めいた言動には、結末をみるまで読み手までもが翻弄されてしまいます。

    「漂砂」とは、海や河川で波が押したり引いたりした時に流される土砂のこと。
    なんどもなんどもただただ繰り返し、波打ち際の砂浜に描かれては消える砂模様。。
    その様子を人間模様になぞらえて繰り返される、漂砂のうたう行き着く先というのはいったいどこにあるのでしょうか...。
    .....なんだか少し虚しい気持ちにもなります。

    「漂砂のうたう」は直木賞受賞作品。
    木内昇さんの穏やかな流れが大好きです。

  • 籠の鳥とは、身体のことか、心のことか。

    明治維新の頃の根津遊廓が舞台。時代はわかるけど、根津の遊廓のことは全然知らなくて、もっといえば廓のことは雰囲気しか知らなかったので、最初はちょっと難しかった。でも、読みとおせた。主人公の定九郎は、かっこいいというより心の弱さを見ているみたいで見たくない、かっこよくない。ここから逃げたい、でも逃げられない、逃げられなくても心は自由とは、そんなテーマ。

    泥の中に身を置きながら、美しい小野菊。小野菊の強さ、美しさは、どんな悪意に晒されていても揺るがない。出られないのは、龍造も同じで、彼もまた揺るがない人。神出鬼没のマイペース、噺家の弟子のポン太。最初はこの人幽霊かと思った。自由とは、揺るがないことか。

    直木賞ということですが、確かに読ませるな、と思った。木内昇さんの時代物は『新撰組幕末の青嵐』を読んだけど、これもなかなか面白く、他も読みたいと思った。

  • 終始鬱屈とした雰囲気だった。定九郎が鬱々としている分、小野菊の気高さが際立っていた。
    江戸と明治って別物だと思うし、時代の変化に順応できない人が多かったのかな。「しっかりしろ定九郎!」と何度も思ったけど、自分が当時の人間だったらどう生きていたのか想像もつかない。
    どんな時代でどんな場所でも真っ直ぐ生きる小野菊はとてもかっこよかった。

    歴史ものは言葉に慣れるのに時間がかかってしまう、辞書と当時の地図を用意して読めばもっと理解が深まるのかな。

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著者プロフィール

木内 昇(きうち・のぼり):1967(昭和42)年東京生まれ。出版社勤務を経て独立し、インタビュー誌「Spotting」創刊。2004(平成16)年『新選組 幕末の青嵐』で小説家デビュー。11年に『漂砂のうたう』で直木賞、14年に『櫛引道守』で中央公論文芸賞・柴田錬三郎賞・親鸞賞、25年に『奇のくに風土記』で泉鏡花文学賞を受賞。著書に『茗荷谷の猫』『よこまち余話』『光炎の人』『球道恋々』『火影に咲く』『化物蝋燭』『万波を翔る』『占』『剛心』『かたばみ』『惣十郎浮世始末』『雪夢往来』他多数。

「2025年 『転がるように 地を這うように』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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