おしまいのデート (集英社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087451887

感想・レビュー・書評

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  • 色々な形のデートをテーマにした短編集です。デートというと男女としか思いませんが、本作は色々な組み合わせのデートです。祖父と孫、恩師と生徒、同級生男子、捨て犬を世話する男女、保育士と園児と父親。
    僕は恩師と生徒をテーマにした「ランクアップ丼」で不覚にも落涙。胸にグイっと切なさが迫り感動してしまいました。
    全体的に瀬尾まいこさんらしい優しさに溢れていて、読んだ後心が柔らかくなった感じがしました。

  • どの短編も心がほわっとする話です。

    個人的に好きなのはランクアップ丼、ファーストラブ、デートまでの道のりの3作。5作のうち3作が良いって短編集でなかなかすごい。

    普段、解説って読んでも「ふーん」くらいにしか思わないですが、解説がまた良かった。

    ちょっと疲れた時なんかにオススメです。

  • 挟み込み小冊子は2014年のもの。『るろ剣』実写映画の時の佐藤健さんがイメージキャラクター。

    内容は短編5話収録、いずれも‘デート’がテーマ。
    面白いのは男女の恋人同士に限らず恩師と教え子であったり、祖父と孫であったり男子高校生同士であったり。それらの少し不意をついた取り合わせ2名の交流を描いた小説。

    私は中でも「ランクアップ丼」が語感の珍しさもあってか非常に印象深く、良かった。
    あらすじ自体は平凡だと思うが、ダシの効いた麺つゆの余韻が心地よい読後感。


    1刷
    2020.12.30

  • やはり、瀬尾まいこさんは、夫婦の愛を語らない。ここまで語られないと、あえてそれが明示的にも感じる。

    解説が薄っぺらくて、ぶん殴りたくなる衝動に襲われて、気が狂いそうになる。違う。薬膳スープなどではない。うまく、それっぽくまとめるな。

    瀬尾まいこさんの作品は、一見暖かい、ハートウォーミングな物語にみえるが、決してそんな陳腐なものではない。うまい言葉が、見つからない。ただ、彼女の作品は凶器でもあるのだ。

    愛に飢えた人間にとって、純度の高いフィクションの愛は(享受することのできなかった愛の、フィクションは)、心をえぐる凶器なのである。

  • おいまいのデートを読む前と後で、思い描くデートがガラッと変わった話

    ・今日でこんなふうに会うのは最後だ。そうしようって約束したわけじゃないけど、そうなのだ。晴れ晴れした心地もするけれど、やっぱり寂しい。
     頭の上には、きっぱりと夏を待つ決意をした空が見える。p9

    ・私は顔を窓の外に出した。潮をいっぱい含んだ重い風が髪の毛をさらう。もうすぐ海だ。漁師の孫だから、界面が見えなくても風の匂いをかげばどれぐらい離れた場所に海があるのかわかる。p17-18
    →相手との関係性の中で出来た自分を見つめるのも、デートがくれるひとつの大切な機会なのかもしれない。

    ・「なんだ。又聞きの情報か。そいつは不確かだ。よし、実際に見せてやろう。地球が球形だってことを」
     じいちゃんはそう言って、私を経ヶ岬に連れてきた。
     岬からは、遮るものがなく、顔を向けるところ全てに海が見えた。どこまでも続く海と水平線を端から端まで見渡すと、不思議と地球が丸いことがわかった。
     漁師のじいちゃんより、教科書に載っているガリレオ・ガリレイのほうがたぶんすごい。だけど、海と共に暮らすじいちゃんは、ここの海が何を見せてくれるのか誰よりも知っている。私はその時、じいちゃんをちょっと尊敬した。p18-19

    ・「まぁ、ハゲもチビもデブも治せるからいいじゃないか」
     じいちゃんが陽気に言った。
     「治せるの?」
     「毛生え薬もカツラも、シークレットブーツも、うさんくさいダイエット食品も日本には溢れるほどある」
     「それって治せるんじゃなくてごまかしてるだけじゃん」
     「おお、中学生ともなると鋭いね」
     じいちゃんは笑った。
     「だけど、ごまかせる程度のことだったらいいじゃないか。たいして問題はないってこと」
     「まあね」
     原口さんの容姿が端麗でも、気の重さには変わりはない。母さんの再婚は経済的な面から見ても悪くないし、とりあえず賛成だけど、一気に父親と弟ができるのはヘビーだ。
     「母親と二人だけで暮らすのも、他人が参入して暮らすのも、煩わしさはそう変わりゃしないさ」
     じいちゃんの言うとおりかもしれない。母さんと二人の不自由さと気楽さ。人数が増えた家族の気詰まりと豊かさ。プラスマイナスにすると、同じぐらいかもしれない。その収支の結果はもっとずっと先にわかることだろうけど。
     「どうしてじいちゃんはカツラにしないの?」
     私はじいちゃんのほうを見てにやりと笑った。
     「まだカツラをかぶるほどハゲてないだろう」
     じいちゃんはきれいさっぱり髪の毛がなくなった頭をなでた。p25-26
    →こう言う悩みを言えて、笑い飛ばしてもらえて、優しい言葉をかけてくれるのも、誰かといるから出来ること。

    ・俺がさっそく箸をつけようとすると、上じいに、
     「食う前には、いただきますと言え。作った人に失礼や」
     と頭をはたかれた。なんなんだよ。と言いたかったけど、何より早く食べたかった俺は、素直に「いただきます」と手を合わせた。一人で飯を食べる時に、「いただきます」なんて言うことは、まずない。手を合わせるなんて、小学校の給食以来でなんだか照れくさかった。p44

    ・俺がスーパーで働くことに決めたのは、上じいからのアドバイスからだった。
     就職先を決める時、高校生だった俺は、人付き合いも下手だし物腰も良くない、だから、自転車修理業とか運送の仕事とか、自分の腕だけで勝負できる仕事を探した。
     一人でコツコツできる仕事。それが性に合っていると思っていた。
     でも、上じいは、
     「三好はそういうのは向いてへん。お前は人が集まる場所で働かなあかん」
     と言った。
     当時の俺には、そんなことまったく信用できなかった。友達も少なかったし、教師にどちらかと言うと嫌われていた。あまり人受けするタイプではなかった。
     「三好は人と接してな、絶対あかんようになる」
     たいていのことは、「それでええ」とか「思うようにやったらええ」と流してしまう上じいが、この時ばかりはきっぱりと断言した。上じい以外に、俺にアドバイスするような大人は周りにいなかったし、上じいがあまりに強い口調で言うので、まあそんなもんなのかなあと、俺はスーパーでの仕事に就いた。
     だけど、働きはじめてすぐ仕事にうんざりした。
     青果売り場に配属された俺は、品出しや商品の陳列はすぐにマスターできた。ところが、接客はなかなかうまくいかなかった。サービスカウンターにいるわけでもないのに、客に質問されたり、文句を言われたりする。そのたびに俺は戸惑った。嫌な客も多かった。店員という自覚を持って、きちんと対応しているつもりだったけど、上司には、「三好は口の利き方は悪い」「お前は客をなんやと思ってるんや」と度々怒られた。でも、半年が経ち、一年が経ち、俺は少しずつこの仕事にはまっていった。
     すごくたまにだけど、客に「ありがとう」と言われたりする。「こないだ兄ちゃんが言ったとおり、きのこ炒めて食べたらおいしかったわ」などと、感謝されたりする。そのたびに、おおげさだけど、俺は胸がジーンとしてしまうのだった。お客さんの嬉しそうな顔を見る。たったそれだけのことで、俺はこの仕事をやっててよかったと思えた。p53-54
    →人との関わりの中で、自分の知らない一面に気づく。自分の世界が広がる。それもやっぱり人と会うことの大切な部分。

    ・「俺のこと、人に好かれるなんて言うてくれるんは、日本広しといえども、上じいだけやけどな」
     「そらそうやろうなぁ。そやけど、日本は三好の思っとるほど広くもないし、それに、もうぼけとるで、わしの言うこともあてにならんで」p54-55

    ・「…三好がゆずなんて知ってることに、仰天しとるんや」
     上じいは失礼なことを言うけど、そのとおりだ。
     「そういえば、俺、ゆずなんか知らんかったな」
     「そうやろう」
     「そうや、スーパーで働きはじめて、野菜の名前がわかるようになったんやわ。昔はレタスとキャベツの違いもわからへんかったのになぁ」
     働きはじめて知ったことは、いくつもある。別に誰かに直接教えられたわけじゃないのに、野菜の種類、調理法、保存法、包丁の使い方、挨拶の仕方、お金の計算、敬語の使い方などなど。いろんなことが少しずつ、俺の中に染み付いていった。うっとうしいことも多いけど、やっぱり人の集まる場所で働くのはいい。
     「上じいのアドバイスどおり、スーパーで働いてよかったんかもしれんな」p55-56

    ・「どうでもええけど、しっかりまともなもん食わなあかんで」
     「なんや、三好。結婚するとなったら、突然偉そうなこと言うようになったな」
     上じいは笑った。
     「当たり前や。食べることは基本や」
     「そないなこと、三好に言われんでもわかっとるわ」
     「そやったらええけど」
     俺は玉子丼を上じいと食べるようになって、一人の時もましなものを食べるようになった。キャベツしか入っていない焼きそばを炒めたり、ぐちゃぐちゃの卵を焼いたりする程度のことだけど、何かをおなかに入れようと思うようになった。上じいにとっても俺との玉子丼が、一人暮らしの中でちゃんと食べるきっかけになってくれたらいいのだけど。
     「俺が結婚しても、子どもが生まれても、みんなにホモやって言われても、借りや貸しやとか面倒なこと言わんと、こうやって一緒に玉子丼食おうな」
     俺がそう言うと、
     「ああ、そやな」
     と、上じいは今日は素直にうなずいた。p64-65

    ・「ええやない。父さんに花もたせてやってよ」
     「そやけど」
     「それに、十分すぎるほど借りを返してもらったわ。あなたとの玉子丼があったから、父さんは告知されていたより、長く生きたんよ」
     娘さんはそう笑った。優しい笑顔だ。上じいと同じ笑顔。俺はその顔に思わず涙ぐみそうになって、慌てて天丼を口の中に押し込んだ。全然味のない天丼。いつもの玉子丼の半分も美味しくない天丼。
     俺にはまだまだ天丼は早いんやな。本当に誰かと天丼をゆっくり味わえるようになるまで、まだまだ頑張らなあかん。
     つゆがしっかり染みたご飯をほおばりながら、俺はそう思った。p74

    ・「ところで、広田って、何が好き?」
     「何が好きって?」
     「食べ物。好物は何?」
     野球の話から一転して、今度は食べ物の話。宝田は何を訊きたいのだろう。俺はますますわからなくなった。
     「そうだな…。米かな」
     「米?いいねぇ。健康的だ」
     俺が不思議な顔のまま答えるのに、宝田は満足そうにうなずいた。
     「じゃあ、嫌いなものはある?アレルギーを起こす食べ物とか?」
     「いや、なんでも食えるけど…」
     俺は首をさらにかしげた。
     「おお、すばらしい。やっぱ、高校生はそうでないとね」
     「あのさ、なんの調査か知らないけど、俺、あのバスに乗るから」
     宝田の訳のわからない話はまだ続きそうだけど、バスが向こうのほうにやって来るのが見えた。
     「え、そうなんだ。じゃあ、急いで用件を片付けないと。広田って、今度の日曜日、暇?」
     宝田は少し早口になった。
     「暇は暇だけど?」
     日曜日は部活の練習も休みだ。遊ぶ約束もない。
     「じゃあさ、遊びに行こう」
     「遊びに行こうって、俺とお前で?」
     「そうだよ」
     「そうだよって、二人で行くのかよ?」
     思いもしない宝田の申し出に、俺の声は大きくなった。
     「あぁ、もちろん二人で。まぁ、簡単に言えばデートみたいもんだな」
     宝田はへへへと笑った。p80-81
    →なんか良いよね。男同士だけど、照れ臭くて。お互いのことをよく知らない二人が近くには、こーゆー思い切る場面も必要かもね。

    ・一体どんな格好をして行ったらいいのだろうか。ばっちり決めていって、はりきっていると思われるのは困る。かといって、あまりにラフな格好ではなぁ。学校での様子を見てると、宝田はおしゃれなやつだ。一緒にいて、俺のダサさがめだってしまうのはいやだ。はぁ。デートって面倒くさい。それに、お金はどうしよう。いくらぐらい持っていくべきなのだろうか。男同士なんだから、当然割り勘だよな。だいたい宝田はどこにいく気なのだろうか。普段交流がないから、行動が読めない。女の子とはデートしたことがあるけど、男とはない。どうしたらいいのかわからないことだらけだ。p84
    →めっちゃデート前って感じ。いろいろ考えた結果、面倒になるのわかるなぁ。

    ・「ああ。いただきます…。っていうか、お前ってめちゃくちゃ器用なんだな」
     俺がつかんだおにぎりは、きれいな三角形になっている。
     「めちゃくちゃってことはないけど、そこそこね。料理なんて、やってみたら案外簡単なんだよ」
     「へぇ」
     感心しながらかぶりつくと、おにぎりの中にはほんのり甘辛いかつおが入っていた。
     「すごい。中身入りじゃん。俺、調理実習でおにぎり作ったことあるけど、こうはいかなかったな」
     「一回こっきりじゃうまくいかないって。二、三回続けてやってみないとな」
     宝玉はミートボールを口に入れた。俺も同じようにほおばる。ミートボールの中にうずら卵が入っていて、俺はまた驚いた。卵焼きもコロッケも、どれもおいしい。
     「本当にすげえ」
     「広田って、単純だなぁ」
     「いやいや、本気ですごいって。野球部のやつらに食わしたら、みんな同じような反応するぜ」
     「野球部って、単純なやつらがそろってるんだね。僕、マネージャーにでもなろうかな」
     「おう。なればいいって…。あ、俺、飲み物買って来るわ。お茶でいいよな」
     夢中で次々に口に放り込んでいたから、飲み物がないことに気づかなかった。温かいお茶でもあると、もっと弁当がおいしくなる。俺は、公園の入り口にあった自販機に向かった。
     「広田って、いいやつだよな」
     宝田は俺が買ってきたお茶をごくりと飲んだ。
     「え?」
     「広田って、やっぱりすごくいいやつだ」p94-95

    ・「これはさ、お礼だよ。お礼」
     「お礼?」
     「うん。広田さ、こないだ僕のことかばってくれたじゃん」
     「こないだ?」
     そんなことあっただろうか。宝田にかかわらず、俺は人をかばうようなやつじゃない。必死で記憶を呼び起こしてみたけど、思い当たる節はなかった。
     「そうやって、忘れてるところが広田のいいところだよね。ほら、先週のテスト週間に、僕が学習委員会の報告をした時だよ」
     「テスト週間の時…?」
     …「そんなことで、俺を誘ったの?」
     「ああ。すごい嬉しかったんだよね。ちょっと、胸がじーんとしちゃってさ。あの時の広田ってかなり格好良かったよ。僕に恩を着せることとなく、何も言わず一目散に教室出ていくんだからさ」
     それはテレビのためだ。爆に乗り遅れないため必死だったのだ。
     「いや、なんていうかさ。あれは、たまたまだ」 
     買いかぶられた俺は、まごまごした。
     「そんな謙遜しなくたっていいじゃん。同性でも、仲良くない相手でも、いいことしてもらえると、胸は勝手に動くんだよね。ぞくっとしてから、じーんと熱くなった」p99-102

    ・「俺は軽音楽部だからいいけど、やきゅうぶでそれはまずいだろう」
     俺のバッティングを見た宝田は、隣のブースからでかい声で言った。
     「いいんだよ、俺は。守備専門だから」
     そう言いながら何度も打っているうちに、やっとタイミングが合ってきた。そうなれば、気持ちよく球が当たる。部活でやる野球と同じように、こういうバッティングも楽しい。やっぱり俺は野球が好きなんだなと思う。p103-104

    ・「なんか、めちゃくちゃ楽しくなってきた」
     感覚さえつかめば、後は簡単だ。一球当てることができた宝田は、その後はバンバン打ちはなっていた。
     初めて付き合った女の子とも、バッティングセンターに行ったことがあった。やっぱり彼女は全然打てなくて、教えてくれと言われてアドバイスした。それなのに、何度か注意しているうちに、「もう、ほうっておいて」と逆ギレされたことがある。
     「おお、今の逆転満塁ホームランだよね」
     宝田がでかい当たりに歓声をあげた。
     「お前、センスあるじゃん」
     「こつさえつかめばね」
     「すごいすごい」
     「広田のおかげだ。広田って、教えるのうまい」
     「そんなことないけどさ」
     「またまた謙遜しちゃって」
     すっかり上手になった宝田と俺は、気の済むまで球を打ちまくった。p105-106

    ・「おう。とにかく、汗流せるところに行こう」
     「それって、もしかして?」
     「いいじゃん。風呂入るだけだって」
     「なんか、やらしい」
     さんざん汗をかいた俺たちは、コンビニでパンツを買い、げらげら笑いながら銭湯に向かった。
     駅前のスーパー銭湯は、まだ夕方だというのにたくさんの客がいた。湯気の立ち込めた浴場にみんなの声がこだましている。
     宝田はさっさと身体を洗うと、いろんな種類の風呂があるのが面白いのか、あちこちの浴槽につかっては移動していた。
     俺はしっかりと汗を流すと、一番大きな湯船につかった。広い風呂は気持ちいい。固まった筋肉がみるみるやわらぐ。家だと風呂なんて5分で済ませてしまうけど、銭湯だといつまでもつかっていられそうだ。
     「やっぱり、露天風呂は寒いな」
     全種類の風呂を制覇した宝田が、俺の隣にやってきた。
     「忙しいやつだな」
     「せっかくだから、どの風呂にも入りたいじゃん。普段、あんまり銭湯なんて来ないし」
     「まぁな」
     「へへへ。ゆっくり風呂に入れるなんて、良いデートだ」
     宝田が満足げに言った。p106-108

    ・「そっか。ごめん。じゃあ、何か他のを買ってくる」
     「いいよ。飲む飲む」
     「でも、炭酸だめなんでしょう?」
     「せっかく買ってもらったのに悪いじゃん」
     「無理しなくていいのに」
     「無理しないよ。こうやって振って、炭酸抜けてから飲む」
     内村君は缶を開けると、静かにコーラを降り始めた。
     「なるほど、賢いね」
     「だろう?」
     私もコーラを振ってみた。炭酸は好きだけど、内村君の様子を見ていると楽しそうで何だかまねしてみたくなった。
     ごくたまにダイスケが私に何かを買ってくれることがあった。洋服だったり、ハンカチだったり。けれど、ダイスケはセンスがなく私は始末に困った。洋服やバッグだけでなく、タオルにしてもティッシュペーパーひとつにしても、ダイスケの買ってくるものはいまいちのものばかりだった。そのたびに、私は文句を言い返品に行くことすらあった。
     こんなふうに寄り添うことができたら、もっとダイスケとうまくやれたかもしれない。趣味の悪いタオルだって使い道があったはずだ。コーラの炭酸を抜きながら、そんなことを思い出した。
     「よし、もういいだろう。飲もう」
     内村君の合図で、私たちはコーラを飲んだ。気の抜けたコーラは、甘いだけの水になっていたけど、何とか飲めた。
     「まぁ、まずくはないね」
     「うん。お子様用コーラとして、売り出そうかなあ」
     「絶対売れないだろうけどね」
     甘ったるいコーラを飲む私たちのそばで、ポチは静かに座っていた。夕焼けの下で見ると、ポチが弱っているのがよくわかった。
     「本当に。ポチはおばあちゃんだったんだね」
     私がそう言うと、内村君は静かに「そうだね」とうなずいた。p156-157

    ・今の時代、父子家庭も多いし、お母さんの方が仕事が忙しい家もある。だから、お父さんのお迎えもめずらしいことではなかった。だけど、修平さんは目立っていた。
     すらりと背が高くてスーツをきちんと着ていて、保育園の中にいると浮いて見えた。若く見えるというわけではなかったけど、子持ちという雰囲気はまるでなかった。ところが、自分の子どもを見つけたとたん、修平さんはがらりと変わった。修平さんはいつも、「おお、幹一」と、何年かぶりに息子に会うかのように、大きく手を広げてわが子を迎えいれる。カンちゃんのほうは、面倒くさそうに、でも、やっぱり嬉しそうに父親へと近づく。感動しながらカンちゃんを迎えにくる修平さんは、生粋の「お父さん」という感じだった。
     「今日もいい子にいていたか?」
     修平さんは大体そう訊く。カンちゃんはたいして良い子にはしていないのだけど、「まぁね」と返事をする。すると、修平さんは大満足してカンちゃんを抱きしめる。毎回見るその様子は滑稽で笑えたけど、すごくいいなと思えた。
     奥さんがいないことがかわいそうだという気持ちや男二人の暮らしは大変だろうなという気持ちで惹かれた部分もある。けれど、一目ぼれに近かった。こういう人が私の理想だったんだ。そう思った。p170-171

    ・「それより、おやつにしよう」
     修平さんは冷蔵庫からヨーグルトを出してきた。修平さんは誰かが来ると、すぐ「おやつ」にしたがる。子どもがいる証拠だ。
     りんご味の甘いお子様ヨーグルト。それを機関車トーマスのプラスティックのスプーンで食べる。甘い食べ物は好きじゃないけど、こういう愉快なものをごく日常で食べられるのって、子どもと関わっている特権だと思う。p176
    →自分だからこそ分かる。相手が自分でも気づいてない一面を発見できることもあるよね。

    ・「そうよ。そんなに塞がないで。これから先、カンちゃんは風邪だっていっぱい引くし、熱だって何度も出る。いちいち落ち込んでたらついていけないよ。今日一日寝たから、明日にはカンちゃん元気になるからさ」p189-190
    ・「そうだよ。これから先、幹一はたくさんぐれるし、たくさんわがまま言うだろうし。こんなことで落ち込んでたらついていけないよ」
     修平さんはさっきの私の口ぶりを真似てそう言った。p192
    →お互いがお互いのことを見てるから、優しくできるし、優しさを返してもらえる。相手のことを自分のように大切に思ってこそ。

  • ★4.0
    全5編が収録された短編集。全てに共通しているのは、その関係性に関わらずデートを扱っていること。そして、解説でも書かれている通り、タイトルの“おしまい”は単純に最後を思わせるものではなく、新たな始まりを予感させる“おしまい”であること。中でも、「ランクアップ丼」がホロリとさせてくれる良作で、確かに本作だけは最後ではあるものの、悲しみよりも三好の成長にほっこり。また、男子高校生の友情を描いた「ファーストラブ」も、勘違いや胸の疼きが微笑ましい。様々な食事も魅力的で、特に玉子丼とおにぎりが食べたくなる。

  • うすピンクな本。
    暖かい気持ちにさせてくれる本。
    だけれど、オレンジではないし桃色でもない。
    桃色でも薄い薄い、うすピンク。

    おしまいのデートって甘酸っぱくて少し切ない。
    でも、解説に吉田伸子さんが書かれているけど
    決して「最後のデート」とはわけが違う。

    いいな、デートしたいって思わせてくれる心あたたまる一冊。

  • デートというのは、男女でなくてもドキドキしたり、きゅんとしたりするものなんだと初めて知った。
    思い返せばわたしにもデートと呼べる瞬間はたくさんあって、そのたびに様々なことを感じてきたように思う。

    人との出会いは不思議で、貴重で、自分の人生に大きな影響をもたらすものだ。
    そんな瞬間を切り取ったような短編集は、とても心に沁みる。あたたかい気持ちになれる。

    解説に書かれていたことがそのとおりだと思った。
    おしまいは、最後じゃなくてひとやすみ。
    また明日へ向かうための、大切なひとやすみ。

  • 変わったデートを描いた短編集。
    どれもホロッとしたりする場面もあるけど、温かい気持ちになる。
    癒されたい時に読みたい!

    2017.11.30

  • 読みやすい。玉子丼が食べたくなる。

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著者プロフィール

1974年大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒業。2001年『卵の緒』で「坊っちゃん文学賞大賞」を受賞。翌年、単行本『卵の緒』で作家デビューする。05年『幸福な食卓』で「吉川英治文学新人賞」、08年『戸村飯店 青春100連発』で「坪田譲治文学賞」、19年『そして、バトンは渡された』で「本屋大賞」を受賞する。その他著書に、『あと少し、もう少し』『春、戻る』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『その扉をたたく音』『夏の体温』等がある。

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