ワーカーズ・ダイジェスト (集英社文庫(日本))

  • 集英社 (2014年6月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784087452006

作品紹介・あらすじ

大阪のデザイン事務所で働く奈加子と東京の建築会社に勤める重信。一度だけ仕事で出会った二人は、お互い32歳で同じ誕生日という事実を心の片隅に、仕事や日々の暮らしに立ち向かう。(鑑賞/益田ミリ)

みんなの感想まとめ

日常の疲れや葛藤をリアルに描いたこの作品は、働く人々の共感を呼び起こします。主人公たちの微妙な仕事との距離感や、日々の中での小さなイライラや思索が、まるで自分自身の独り言のように感じられ、心に響きます...

感想・レビュー・書評

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  • 年相応の疲労度に見えるかどうかって、小綺麗にしているとかよりも気になるポイントかも。
    自分と近い疲労度を感じる人とはやはり仲良くなりやすいしなあ。
    少し違う境遇の同級生の近況を聞いている感じで読めた。

    また、このお話の主人公たちは仕事との距離感が近すぎず遠すぎず、ちょうどいいなと感じた。

  • 奈加子と重信、二人の誕生日が同じの佐藤さんの生活と仕事。働く大人の日常をたんたんと描いたお話。大きな事件はないけど、なんとなく同僚が自分には冷たくなってきて理由がわからないとか、現場の近所の旦那さんにから個人的に苦情がきて現場責任者を辞めなくてはならなくなったりして。この二つとも最後まで明確な理由がわからないのがなんとなくすっきりしなくて・・・これははっきりしない方がいいのか。。。

    そんなモヤモヤした感じからこの二人のロマンスの予感で終わる。からよいのかな・・

    併録の『オノウエさんの不在』がよかったな。。シカタがいい・・「オノウエさんは頑張れとか言わずにちゃんと細やかに対処の方法を教えてくれる」仕事にとっての先輩はこうだよなと~とつくづく納得

    と最後の解説の益田さんの漫画が楽しかった。

  • 勤め人の毎日ってこういうものだよなあと思う。
    世の中には緩急の激しい毎日を送っている人もいるだろうけど、私にとっては、特に目新しいことのない仕事をこなし、たまに嫌な気持ちになるようなこともあり、日常のこまごましたどうでもいいことをつらつら考えたりぼやいたりしながらも悪くはないという、派手な起承転結なんてないのが働く日々だという気がする。
    そんななんてことない話なのだ。
    でも仕事の打ち合わせに現れたニット帽姿の相手について、「自分にとって快適なやり方で防寒をすることは譲らん」とか、誰のものか分からない絵に関して「とりあえずラッセンではない」とか、絶妙に的を射た表現がツボにはまって面白かった。
    解説は益田ミリさんが「鑑賞」として漫画で内容を紹介していて、そうそうそんな話と頷いてしまい、うまいなあと思う。

  • ずっと読みたいと思っていた津村記久子さんの作品を初めて読んだ。冒頭から、いつも頭の中でぐるぐると思い巡らせている独り言がそのまま文字になったような感覚で読み進められた。

    仕事をするなかで些細なことが気になったり、イライラしたり、この事について考えていたと思ったら、あの事について考え始めていたり。この人、なんでいちいちそんな言い方をするんだろうと辟易しながら、そう言えば、別の誰かはあのときこうしてたよなぁと思いを馳せたり。ぐるぐるぐるぐる、色んなことを考える。
    大人になって、仕事をして、色んな人を見て、関わっていくと、これから歳を重ねていくなかで、人に嫌われることはあっても、好かれることはもうないんじゃないかなぁと感じることがある。自分自身のリズムができて、許容範囲が狭くなったり、面倒だと思われることが増えたり、自分次第の問題ではあるんだけど、えいやっで片付けられないものばかりに覆われてしまうような、重たさを感じてしまう。それでもやることはきちんとやって、日常のひとつとして仕事をする。たまにつながる、誰かのことを思いながら。

    正直、この小説は、読む人を選ぶかもしれない。日々を前向きに、ポジティブ思考で積み重ねていける人たちには、あまり響かないかもしれない。だけど、少し落ち込んだときや余裕もなく鬱々としてしまうとき。すぐには立ち直れないけど、とりあえずなんとか日々を乗りこなしたい。そんな気持ちになったときには、きっと、何かのきっかけをくれる一冊になるはず。

  • サイン本に惹かれて買ってしまった。
    読み始めから「私だ!」と思うほど共感する事が多く、面白い面白いと思いながらあっという間に読了。毎日毎日理不尽な事に振り回され、もう嫌や~と思っていながらも、ふとした瞬間に些細な幸せや自由さを感じ笑みがこぼれる…特に大きな事件は起こらない日常の一コマだけれど、この本に共感する人、結構多いんじゃないかな。
    最後に益田ミリさんも鑑賞と言う名の解説で印象的に書かれていたけれど、「特に幸せではないけれど、不幸でもない」そんな普通の毎日が一番理想だ。

  • 『ワーカーズ・ダイジェスト』というタイトルに納得。
    なるほど、うまい。

    のっけから共感の嵐だった。
    いや、まだここまで疲弊していない気もするのだけど、でもこの感覚は今の私のすぐお隣さんだろうなと思う。
    毎朝同じ時間に起きて、同じ行動をして、同じ人と笑い合って、同じ時間に寝ることは、惰性というか慣性というかそういう類のものだ。
    そんな毎日を悲惨と感じることなく淡々と働いているサラリーマンのための小説だと思う。(男性、女性問わず「サラリーマン」という単語がしっくりくると感じる人のための)

    私にとってこの本は「面白い!」と広めたくなる本ではないけれど、職場で交わす(なかなか真意が理解出来ない)会話よりもすんなりと頭に入ってきた。
    そして深層心理の深めのところ(いろいろ間違ってるけれど感覚として)で吸収出来た気がする。
    この本を読んだことでこれからの仕事の仕方は間違いなく変わる。
    私にとってこの本はそういう本だ。

    もしかしたら今こそ津村さんの本を読むタイミングなのかもしれない。

  • 10年ほど前に読んでいるのにほとんど覚えていなかった。私の中の津村作品では地味な方だったのか?再読してみてじわじわくる味わい深さがたまらないと感じる。微妙な気持ちの揺れやなんとなく感じたささいな違和感もつぶやきも全て拾い上げて言語化してくれる心地よさ、やめられません。そしてほのみえる希望にホッとさせられる。

  • なんやこれ、私の生活見られてた!?って焦るぐらい自分のこととリンクする感じ。そして、自分に馴染みある梅田のとか地下鉄の描写とか大阪弁とか、そういうのもあってか、時々そうそう、ほんまや、と言いながら読み進めてました。

    つながり深めたいなーでもぶつかりたくないな、でもいい感じやねんなー、結婚とか考えたら気重いなーっていう間で堂々巡りになる異性がいるって、楽しいけどしっかりせーよ自分とカツ入れました、この本読んだあと。

  • 取るに足らない仕事小説なのだけれど、
    奈加子の言葉と自分の状況が重なり
    辟易してしまった。
    毎度のことながら、食い扶持のために働くと言うキラーフレーズに心を落ち着かされました。
    益田ミリさんの漫画がおまけみたいで嬉しい

  • アラサーに読んでほしい。ただただ2人の日常を追っているだけなんだけど、主人公たちと年齢が近いからか共感できる部分が多かった。描写の仕方が好き。読書って、ビジネス書みたいになにかを得るためやミステリーみたいにどきどきわくわくするためだけじゃなくて、穏やかに人の生活の一部を見る楽しみ方もあるよねと思わせてくれる一冊。文庫版の表紙のイラストは中身のイメージと少し違った。

  • この小説は、好きです。間違いなく好きですね。「こういうのが好きなんだよ俺は」というのが、ガッツーン詰まっておりました。良い!有り難い!ということで、津村さんに、抜群に感謝です。

    だが、この文庫本のこの表紙のイラスト。この絵。うーん。何なんだコレ?という表紙で、すげえ謎。うーん。謎です。謎のエロさがあります、この表紙には。でも、、、この作品の登場人物、うーん。謎のエロさを持つ人物、いたか?と思うと、まさに謎。何故にこのイラスト?女主人公側の奈加子の部屋なのか?コレは?このエロさを醸し出している脚の女性が、奈加子なのか?そうなのか?そんなキャラか?とか思うと、うーむ。マジで謎な表紙イラストだぜ。

    で、自分にとってはこの作品は、なんともオシャレな恋愛小説でした。この内容を、俺は、オシャレだと感じるのか?と思うと、それってどうなん?とか思うのですが、自分にとっては、オシャレな短編なのです、コレは。うむ。そう感じたのだから、しゃあない。仕方がない。

    作品の終盤で、奈加子が、タウン誌の出版社から、月に一回、旧作でいいので、肩の凝らないロマンチックコメディーを一本ずつ紹介して欲しい、って依頼を受けるやないですか。あの感じ。まさにあの感じが、この作品に対する、僕のイメージなんですよ。

    この作品、肩の凝らない筈はない内容なんですが、あの依頼のイメージが、まさにこの作品には、あるんだよ何故か。何故かなあ。何故にこの作品を、肩の凝らないロマンチックコメディーと認識してしまうんだ?俺は。という謎の自問自答です。でも、まさにあの依頼の感じが、この作品に対するイメージなんです。どうしても。

    もう、最後の最後の場面。中之島公園で、重信が鍵盤ハーモニカ吹いて、奈加子がそこに辿り着いてしまう場面。恋愛の神様か恋愛の女神様か、ニクいなあ~って、思うんですよね。オシャレ以外の何物でもないぜ、って思うんですよね。めちゃくちゃエエなあ、って思います。

    なんだか、やっぱ、洋画化して欲しいな、って気がするイメージが、あるんですよね。この作品。邦画、ではない、雰囲気を、勝手に感じてしまうんです。単館系のミニシアター系の、すごいちょっとしたオシャレな人間ドラマ的洋画。それがもう、抜群に似合う。津村さんの作品には、何故かそんなイメージを、抱いてしまうんですよねえ、、、

  • 好き!
    奈加子のさっぱりした人柄、重信のほっと安心する人柄。
    津村記久子の描く気怠さもわかってきた仕事人が好き。
    共感する。職場の微妙な人間関係とかうざったい上司とか。
    主人公たちのことは嫌いになれない、むしろわたしだ!!!って思う。
    31歳32歳33歳の頃に読みたい。
    若くてはこの嫌な感じは伝わらないんじゃないかな。
    41歳42歳43歳になったら若いなぁって思うのかしら。
    とても面白かった。
    オノウエさんの不在も本当にそうなの?と訝しみながら読み進め、終わりについてはわたしは好きだった。

  • シンプルに言うと、面白くて一気に読んだ。
    それで、読んだあとに作者の津村記久子さんについて検索してみたら(拙い私の知識では芥川賞作家という記憶しかなかった)津村さんは“お仕事小説”というものを得意としているらしく、この小説もそのうちの一冊。

    デザイン会社に勤める奈加子と、建設会社に勤める重信(ともに独身アラサー)が主人公で、二人の日常が行き来しつつ物語は進み…
    仕事、恋愛、結婚のこと、など、考えることがたくさんの日常。

    私自身は、物心ついた時には両親が自営業者だった影響もあってはじめからそちらに向けて進んだから、就職も就活も経験したことがなくて、組織で働いたのはいくつかのアルバイトでしか経験がない。
    だから組織での仕事の苦悩については身をもって理解できない点も多々あるとは思うけれど、この小説で描かれてる数々の苦悩や苦労はとてもリアルに感じた。きっと実際こういう大変なことってたくさんあるだろうと。
    だからそういう仕事をしている人のほうが深く理解できるし身につまされるものもあるのかもしれない。
    とくに二人のそれぞれの朝の描写が秀逸で、読んでるだけで「仕事行きたくない…」と思ってしまった。朝から働く職業じゃないくせに。笑

    理解に苦しんだり自分を煩わせる人間が現れるのが現実的で、でもそれらとどうにか折り合いをつけたりたまに避けてみたりしながら進んでいくところもとても現実的。
    主人公たちと似た年代だから解ると思うところも多かった。
    それでも、果てしなく続くような日常の中、何かが始まりそうな予感がする希望的な感じも良かった。

  • 事件も恋もなく、淡々と続く日常の話なのにぐっと読ませる構造をとっていて、素晴らしかったです。

  • 働くって嫌なことがあったり嬉しいことがあったり、自分の誕生日があっという間にきたり、そういうことなんだなと改めて思った。
    働くために生きるんじゃなくて、生きるために働きたい。

  • 年齢って蓄積された疲労の漂いなのかも、と考えた。

  • うまく生きられない、男女の主人公が入れ替わりで立ち回るお話。男女は同じ名字で、運命的な出会いをする。ただ、これは2人の恋愛についてではなく、主に仕事上での人間関係や仕事の話である。

    心の廃棄物を捨てるのは、誰に対しても良くないと思う。すごいなぁと思う反面、「ああはなりたくない」と反面教師のように思っている主人公がよく描かれている。

    男女は2人とも不器用なんだけど、どこかしたたかで何とか生きている。私も含め誰だって何とか生きている状態なのかもしれないけど。生きづらい世の中だもの、悩みがない人なんていないよね…

    そして私的にオススメは、益田ミリさんの巻末の漫画。益田ミリさん大好きなので、知らずに読んでいて最後ビックリ!!益田ミリさんが本で津村さんのことをオススメしていたので、コラボにびっくり。この小説、10年以上前なのだけど、全然古くない。


    以下は気になった文の引用です。

    「いいかげん、いつでも人に話を聞いてもらえる状況ではないのだということに馴染まなくてはいけない。誰かに何かを伝えたい衝動を、ちゃんと管理できるようにならなければならない。」
    「関係が穏やかな時の凪より、もう争わなくてすむという安寧を選んだ。」
    「「意味がわからない」とすぐに言うやつにろくな人間はいない」
    「富田さんは自分より一枚上手だと思う。どこで誰に心の廃棄物を捨てれば適切か、よくわかっている。」
    「誰かて自分のことは自分が見られたいように話すよ」
    「音楽が鳴り始める。何の根拠もないけれども、自分は自由だと感じた。」

  • 自由な文体だ。
    会話が地の文に溶け込んでいる。
    しかもコテコテの大阪弁だ。


    『ワーカーズダイジェスト』 津村記久子 (集英社文庫)


    体温低めな脱力系だけれど、力の抜け具合がわざとらしくなくて、変に構えたり戦いを挑まなくて済む作品だった。


    大阪のデザイン事務所で働く奈加子と、東京の建設会社に勤める重信。
    お互いに上司の代理として仕事の打ち合わせで出会った二人は、なんと、名字も年齢も誕生日も同じだった!

    出会いの妙。
    なんでここで出会ったのか、必要とか不必要とかそんなものも飛び越えた偶然。


    誕生日は、会社の初出の日となる一月四日。
    だからだろうか、“ひとつ歳をとること”と“会社に行くこと”が、場面場面で絶妙に縒り合されて、ちゃんとお仕事小説になっている。


    さてこれは、そんな二人が三十二歳になる直前から三十三歳になった日までの約一年間の物語だ。

    この年齢って、結婚に関してだけでも一番いろんなパターンがあると思う。
    結婚して子供がいる人、結婚しているが子供はいない人、結婚していないがいずれ結婚したいと思っている人、結婚をそもそも考えていない人。

    そのうえ職種やキャリアもさまざまで、百人いれば百通りの生き方がある。
    若くもないけどそんなに責任をしょってる年代でもないし、ほどよい諦めと開き直りがうまく描かれているなと思った。


    奈加子と重信との最初の出会いが、恋愛にも友情にも発展しないところがまたいいんだよなぁ。
    そのままお互いに自分の生活に戻り、色々とあって、でもふとした時に、歳も誕生日も同じもう一人の佐藤さんのことを思い出して、ちょっとふふってなるところ、いいなぁ。
    「生まれてからほとんど同じだけの古さになってる人」という言い方が好きだ。


    同僚の富田さんの、旦那さんに注ぐものすごいエネルギーの分、排出される心の廃棄物の捨て場所が奈加子だった、というのはすごい表現だ。
    仕事相手の篠塚氏が奈加子に向ける「敬意に対する欲望」というのもすごい。

    毎日のもやもやがつらつらと綴られていく中、時折スパッと鋭い表現で斬り込んでくる。

    「社員とは、どんなに冴えない色でも欠けていると途端に持ち主の機嫌を損なう色鉛筆のようなもの」

    妙に納得してしまう。

    帰りの電車の中で、晩飯を作るか食べて帰るかいっそ食べないかで鬱になりそうなくらい悩む重信とか、にんじんとインゲンの肉巻きを炊いているその隣のコンロで枕カバーと布巾を煮る奈加子とか、何気なくてどうでもいい日常が描かれているのは、あーあるある、そうそう、と笑ってしまいつつも安心する。


    さて、そんなこんなで一年がたち、三十三歳になった一月四日、二人は再会する。

    ……というところで物語は終わる。


    重信が公園で鍵盤ハーモニカを吹いているところに偶然奈加子が通りかかる、というちょっとよく分からないシチュエーション。

    奇跡の再会なのにもかかわらず、泌尿器科の先生がペレはEDじゃありませんと言っていた話をしてしまう重信と、知らんかった、と答えて思わず笑ってしまう奈加子の二人がとても可愛らしく微笑ましい。

    全然ドラマチックじゃない静かなハッピーエンドに心が温まる。


    「良くもないけど、悪くもない。特に幸せではないけど、不幸でもない。」

    その奈加子の言葉は、決してプラマイゼロではなく、ちょっと上を向いている。ちょっと明るい。
    そんないい気分で読み終えた。


    併録されている『オノウエさんの不在』は、かなりクセのある話だった。

    「オノウエさん」と「サカマキ」と「シカタ」は片仮名なのに、「万田さん」は漢字なのが不思議だし、「しぎ野」に至ってはどうでもいい感じなのが笑える。

    オノウエさんのために話し合いをする三人の変なテンションの面白さが、日常に対する非日常をうまく表している。

    ずっと不在なのに、その分ものすごい存在感のあるオノウエさんの仕事に対する姿勢が、みんなを励まし前に進ませる。

    いい話じゃん。

    失敗を悔やむ後輩をサカマキが励ますラストシーンにじんときた。

  • ひさびさのお仕事ぽい小説。大阪の地名や具体的な場所がたくさん出てきて、びっくり。よく分かった。粛々とお勤めしよう。

  • "通勤電車に乗る時に思い出すのは決まって、鮭の切り身や明太子という、海鮮系のやや色が生々しいものを詰め込んでいる時の映像だった。
    自分たちもあの鮭の切り身や明太子と同じだ、と奈加子は思いながら、必死の形相で吊り革に辿りつく。"
    "一人はどこで暮らしたって一人だと思う。"
    "後ろ暗いことはない。何も悪いことはしていない。白状することは何もない。それでどうしてこんなに立っているのがやっとなんだ。"
    "なんにしろ、自分を甘やかすことが少しは必要なのだと思う。そんなに自分に厳しくしている自覚もなかったけれど、本当は自分はどうしようもなく甘ったれた人間で、だから無理していることの綻びが出てきて、周囲の人とうまくやっていけなくなってしまうのだろう。"
    "「なんか、結局は社畜なんやねんけど、ときどきはうまいこと気遣われて、あーまあいいかって思ってしまう。二十代やったらそれでも、この会社でええんかとか、ステップアップしたいとかいろいろ考えたんやけど、今はもう出勤するだけで精一杯やわ」"
    "でももういいや、と奈加子は思う。もういいや、元に戻らなくても。何でもいいや。
    去年と比べて、ますます体は重くなったように感じるけれども、少しだけ落ち着いたような感触もある。良くもないけど、悪くもない。特に幸せではないけど、不幸でもない。"


    読んでいて「あ〜分かる」と何回思ったことか…。
    頭の中では思っていても、上手く言葉には表現できない気持ちを、見事に小説に表してくれた。

    辛いことや報われないことがあっても、美味しいご飯に出会って満たされたり、友達と話して楽しくなったり…。
    もっと良い人生があったんじゃないか?と思いながらも、でも今のままでいいやと思うこともある。
    幸せを感じること、辛いと思うこと、人生はその繰り返しなのだろう。

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著者プロフィール

1978年大阪市生まれ。2005年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で第21回太宰治賞。
2009年「ポトスライムの舟」で第140回芥川賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2023年『水車小屋のネネ』で谷崎潤一郎賞受賞、2024年「本屋大賞」第2位となった。
他著作に『ミュージック・ブレス・ユー!!』『ワーカーズ・ダイジェスト』『サキの忘れ物』『つまらない住宅地のすべての家』『現代生活独習ノート』『やりなおし世界文学』『ディス・イズ・ザ・デイ』などがある。

津村記久子の作品

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