- 集英社 (2015年5月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (264ページ) / ISBN・EAN: 9784087453164
作品紹介・あらすじ
家出した父、家庭を顧みない母。ずっと欠落感を抱えて生きてきた“私"だったが、ふとしたきっかけで出会った額装屋の仕事に惹かれ、次第に心を開くようになる──。等身大の成長小説。(解説/植田真)
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
欠落感を抱えながら生きる主人公が、自分の居場所を見つけていく過程を描いた物語は、心に温かさと共に深い感動をもたらします。小さな出来事の中にこそ、人生の大切なことが隠れていることを教えてくれるこの作品は...
感想・レビュー・書評
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誰かが僕のドアをノックしている。
佐野元春の名曲がよみがえってきた。本作のヒロイン佐古は、家庭に恵まれず、自身にたくさんの欠落がありすぎて全てのことを諦めている。喜びがあってもその陰にある悲しみにも気づいてしまうから何も感じぬように19年間生きている。自分で自分のことをダメだと思ってしまうなんてどんなに悲しいことだろう。どうせ人とはわかりあえないなんてなんて寂しい思いだろう。
そんな佐古は「額装」の仕事に出会う。そこで出会った人々から、ありがとうやごめんねの言葉を思い出す。究極的に言えば、人と人が本当にわかり会えることってない。でも閉ざした心のドアをノックしてくれるのもまた人であるという厳然たる事実がある。佐古は今の自分の延長線に明るい未来を感じるに至る。
私だって欠落している部分がある。自分のことって意外とわからなくて靄がかかっているように感じることがある。
それをうまく言語化するために、いろんな見方考え方を知るために読書をする。やったことないことにチャレンジしてみる。大抵のことは努力でなんとかなることに気づいた。でもなんとかなるのはある程度のレベルまでだけ。そうまでしてやっと自分にはどうしたってできないことがあることを認め諦めがついた。佐古のように自分の足りない部分は諦めて、勝負できるところで生きていく、それでいいと思う。
高度に専門化、分業化されている社会だから全てをできるようにするなんて無理。合わない人ともわかり合う必要もなし。そう思えたら自分を肯定できる気がする。佐古は佐古の心のドアを開いてくれる人や仕事に出会えてよかったと思う。求めれば居場所はどこかに必ずあって、こうした出会いが自分を大きく変えることがある。そんなことを考えさせられた。
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ガーシュインの歌劇「ポーギーとベス」、この作品名は知らなくても、メロディを数秒聴けば誰でもああ、あの曲ね、となる名曲「サマータイム」を書名に冠したこの作品。不思議感漂う表紙とともに、とても気になって読むことにしました。
未熟児として生まれ、親の希望で保育器に入れられなかったために発育が遅れ言葉が上手く理解できないという『私』。『私には何かが足りないのだ。』そういう思いに囚われ、『人は私の言葉を聞かないし、私も人の話がわからない、そういうものだと思おうとしていた。』と、周囲との関わりを避けて人生を送ってきた『私』。
そんな中で出会った祖父、父、息子の3人の男性との関わりを通して、『私』の中に変化が起こり始めます。『私の中の乾いていた糸が潤って太っていく感じがした。』という瞬間の訪れ。それは、『私』が初めて知った額装という仕事に接し始めたことが大きく気持ちを動かしていきます。
自分に何ら自信の持てなかった『私』が、『ここで聞こえる、ここで聞きたい、聞かせたい声を拾って額装していけばいいんじゃないないか。私の目で見て、私の耳に聞こえたものを信じよう。』と意識できるようになっていく気づきの瞬間の訪れ。
歌劇は三幕で構成され、「サマータイム」は三度歌われます。この作品でも三度この作品に光が当たります。いずれも異なるシチュエーション。1920年代の米国南部地域、黒人解放ままならぬ土地で貧しい暮らしを送るアフリカ系アメリカ人の人たち。この曲はそんな土地で赤ん坊をあやして寝かしつける母の子守唄と歌われていました。同じ曲なのに、劇中で三度歌われる度、随分と印象が変わってきます。この作品でもその同じ歌詞がどこか違って聞こえてくる、メロディの響きが違ってくるように感じました。『父さんは金持ち』で『母さんは美人』という歌詞、子守歌に託された儚い理想、希望、夢。
『炊飯器の言葉を聞くことができる人は貴重です。』という祖父の言葉など、作品は全編に渡って、特に後半になって、宝石のように大切にしたいと思う言葉が次々と登場します。
大きなことは何も起こりません。起伏の全くない平坦な物語。でもそのかわり一つひとつの大切な言葉が読む人の感情に大きな起伏の波を生みます。また、あまり使わないような漢字も作品に新鮮な変化を与えてくれます。『薬缶(やかん)に水を汲む』『お昼ご飯のお菜(さい)』『気持ちが萎(しお)れそうだ』『炭が熾(お)きて網が焼けたら』思わずメモをしてしまいました。
『今を楽しむために額装するんですね。』そう、今を味わう、今を大切にする、今を生きる、明日ではなく今という瞬間の大切さ。過去をどう捉えるかを考えるのは今、そして未来を決めるのは、作るのは今。
溢れるような気づきの言葉の数々とともに、今を楽しみ、そして明日に繋げていこう、今が明日に繋がって行くように、今のしあわせを感じて生きていきたいと思いました。 -
いつも宮下奈都の本を読むと
悲しいような、あったかいような空気感に包まれる
別にストーリーを必要としているのではない。
ただ大切なことがあるということを教えてくれる。
未熟児として足りないままに生まれてきた。
それでもいい。
それも個性として受け止めていく
足りないからこそ、優しい気持ちを持っている
他の人のことをすべて個性として受けとめる。
なかなか現代においては
そんな気持ちにならない。
どの作品を読んでも優しい気持ちになるのは作家の個性なんだろうね。 -
自分を「何かがたりないから」と感じ、周囲に馴染めず19年生きてきた私。ヘルパーとして出会った「先生」の穏やかで、ちょっと謎かけみたいな会話で何かが開いていく感じがとても好き。老いを深めていく先生との穏やかだけど切ない時間。その孫の中学校の同級生でやんちゃだった隼は仕事が長く続かない悩みがあり、、 でも穏やかで優しく前を向ける読後感。ちょっと気持ちが疲れている時にもおすすめです。
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小さな世界で大きな出来事は起きないけれども主人公は1つ1つに何故だろうと自分の答えを見つけていき、今まで何かが足りないと思っていた自分を、居場所を見つけていく。
小さな世界、繰り返される平凡な日常にあるからこそ1つの事について深く考えたり感じる事が出来少しずつ足元が固まっていく。
他の人には当たり前でも主人公には今までには自分とは関係の無い、手に入らないと思っていた事が周囲の人が彼女を受け入れてくれた事で彼女自身で考え選ぶ機会がもてるようになる。
ハッピーエンドというわけではないけれども彼女ならこの先も彼女のペースで生きていける幸せを祈りたくなるような作品でした。 -
未熟児で生まれた20%前後に発達障害があるという。そんな“私”が出会った先生、あの人、隼たちとのかかわりによって様々なことに気づいていく物語。読後、サマータイムの歌詞が深く胸に刻まれる。私も毎日おかえりと応えてくれる声を願っている...。
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全体の印象としては、
若干、とてつもなくやさしい哲学書(私は読んだことないですけど)のような印象。
物事の本質をやさしい言葉で突いてくるような。やさしすぎてたまに眠たくなってしまうほど。
瀬古さんの感覚はとても変わっているらしい。それは、両親が未熟児でおうまれになったわたしを保育器に入れなかったから。
と、思っている。
とても変わっているとされているけれど、私はわかる部分が結構ありました。彼女は先天的なものなのかおうまれになった時のエピソードの印象のせいなのかわかりませんがある意味心を殺して感じないようにすることが染み付いている感じ。そこに何の不満やフラストレーションもないところ。
先生やあの人、隼人との出会いで目覚めていく、生き直ししていくのですが。そのあたりの描写がとても優しくさりげなく好きです。
あんころ。ってなんて可愛いんだろう。
ここまでくるとやっぱり瀬古さん変わってるけど変わってる瀬古さんは好きだし、額装のセンス云々抜きに好きだなと思います。
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優しい空気感のなかで進むストーリー。
普通のカテゴリーの、ギリギリ端っこの人たちの、優しい優しい物語です。
みんな愛されているんだなぁ。
それぞれのペースでいいんだなぁ。
時にクスッと笑ってしまうエピソードがまた秀逸。
鋼と羊の森 で初めて宮下奈都さんの作品を読みましたが、穏やかな文章を書かれる方なのだと感じました。
ジェットコースターみたいな展開はないけど、満足度高いです。オススメ。 -
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温かいか、と言われるとそうではない気がする。
自分は足りない人間だと思い、上手く社会と関わることのできない「私」。
父は突然失踪し、母も夜遅くまで帰って来ない。
横江家にヘルパーとして出入りするようになり、額装という仕事の中で彼女は彼女の姿を見出す。
正直に、足りないと思っていた人が何かを見つけ出すストーリーは羨ましい。
足りないと思っていても見つけ出すことが出来ない自分が、いるからなんだろうと思う。
だから、額装には向いていないと言い切られた隼のほうが、共感できるのだった。
横江家の、刻々と変わり続ける時間の中で、自分を確立してゆく「私」を素直には見つめられない。
けれど、毎日をていねいに見つめ、聞き続ける作品だと思う。 -
明言はされてないけど、受診を促されることもあり、発達障害の特徴がうかがえる主人公。
他人の言葉が意味のあるものとして聞き取れず、自分自身の感情にも鈍い。
ヘルパーとして派遣された先で、利用者である先生、先生の息子で額装の仕事をしているあのひと、そしてその息子の隼と出会い、先生の生活を見守りながら、額装の仕事に触れ、少しずつ、膜が張ったようだった自分自身の感情に気づいていく。丁寧に掬い取ったものを更に目を凝らして見つめたような心理描写がとても良い。額装を通して、様々なものを発見し、これまで諦めてきた他者や家族との関わりにも一歩踏み出していく。大きく展開が動くわけではないけれど、じんわり伝わってくるものがある、好きなお話。 -
『羊と鋼の森』や『メロディ・フェア』のように仕事と向き合い先達のお仕事哲学に触れながら成長していく作品なのだけれど、読了後に抱く印象は大きく異なる。
本作は他者との距離を掴みかねている主人公が、「先生」宅の人々との交わりの中で、感情の発露を伴うやりとりの”仕方”を学んでいく、という筋がある。
額装というお仕事、つまりフレーム作りが、自分と他人の適当な距離感を測るための境界だったり、自分と他人の色彩など美的感覚が交差する場の比喩としても機能しているように感じる。 -
ななんということもない毎日が
宮下奈津さんの手に掛かると
なぜこんなにも温かくじわっとくるのだろう。 -
静かな本。
本当、ずーっとコソコソコソコソと、
小さな声で話してる感じ。
よーーーく耳をすまさないと聞こえないくらいの、静かさ。
でも、ほんの少しその声に耳を傾けて世界観をのぞきたくて。
そーっとそーっとページを捲る。
大きい声だしたら、文字が逃げて行きそうな。
そんな臆病な本で。
逃げないように、静かに、ゆっくり丁寧にページをめくり。
なかなかこんなそーーーっとした気持ちで読む本。
久々だなぁ。
と、思ってしまった。
とっても臆病な本ですので、優しい気持ちで、お手柔らかに読んでもらいたい。
優しくしてほしい。
そんな一冊です。
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#なんとも言えない臆病な本
#文字が逃げ出しそうなくらい
#そーっと読んだ
#優しくしないと読ませてくれなさそうな
#臆病な本
#宮下奈都 -
以前半分くらいまで読んで、読み進められなくなってそのままにしていた本。
また最初から読み直してみた。
主人公の心情が丁寧に描かれていた。
ちょっと独特な感性で。
でも、独特じゃない人なんていないと思う。
みんなちょっとずつ違っていて、感性が近い人と遠い人がいるだけではないか。
少なからずそのことはみんなわかっていると思うのだけれど、他人の気持ちを推し量れない人、うまく伝えられない人に世間は冷たい気がする。
理解できない言動をする人も、色々なことを感じたり、考えたりしているのにね。
そんな世間から気持ちを守るために感情を無意識に押し殺してきた主人公に胸が痛んだ。
最初は読みづらいな、と思って閉じてしまった本だけど、主人公が変化して行く様子に心が暖かくなるお話だった。
時間が経ったらまた読み返してみたいと思う。
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言葉の一つ一つが風景のような小説
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2024.1.9
“色弱だから色のことはわからない。ばかだから考えられない。早産だったから半人前だ。それはそうかもしれない。だけど、誰もが偏っているじゃないか。ばかだから、早産だったから、見える景色や聞こえる音もあるんじゃないか。いつまでも聞こえないふりをして耳を塞いでいちゃつまらない。”
著者プロフィール
宮下奈都の作品
