東京自叙伝 (集英社文庫)

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  • 集英社
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レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (470ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087455854

作品紹介・あらすじ

明治維新から第二次世界大戦、バブル、地下鉄サリン事件、福島原発事故まで、帝都トーキョウに暗躍した謎の男の無責任一代記! 滅亡する東京を予言する一気読み必至の長編小説。(解説/原武史)

感想・レビュー・書評

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  • タイトル通りまさに「東京」の自叙伝。といっても東京を擬人化したわけではなく、東京の地霊のようなものが、ときに人間に、ときにネズミや猫その他の生き物や虫に、憑依するかのように乗り移って、なお「私」であり続けている状態。自叙伝を記すからには人間であったときの記憶が中心だけれど、輪廻転生とはまた違い、同時に複数の「私」が存在したり、その複数の私も、人間同士のこともあれば片方は猫のこともあり、二人に限らず三人四人複数の「私」が偏在していたりもする。

    この基本設定はとても面白い。そうしてさまざまな人間や動物に憑依したりしながら東京の地霊である「私」の生きた幕末、明治、大正、昭和、平成までの近代史のおもな出来事を網羅、大きな事件の裏には必ず「私」が絡んでおり、あれは実は私であった、あれも私であった、と、自慢話が続く(苦笑)。

    正直、着想が面白いだけで、語られている内容自体はあまり面白くはない。なぜなら語り手である「私」は、困ったことに何度別人に成り代わってもおおむね性格がクズなのだ(苦笑)自己中心的で卑怯、楽観的といえば聞こえはいいけれどつまり無責任。本人も認めているように、記憶力は抜群なので別人だったときの記憶はあるが、それが経験として蓄積はされない、つまり私は「学習しない」ので、同じような過ちを何度も繰り返す。

    ゆえに読者は結構イライラしてしまうわけですが、たまたまみつけた著者インタビュー(http://news.ameba.jp/20140529-400/)を読むと、まさにそれこそが狙いらしい。

    「あの特攻にも等しい戦艦大和の出撃やノモンハン事件にしても、我々は未だ反省も歴史化もできてはいないわけです。そこに起きたのが福島の原発事故で、繰り返される無反省と現状肯定に人格を与えると、この小説になる」

    なるほど、そういわれると確かに、この「繰り返される無反省」こそが現在の東京、そして日本を作ってきてしまったものであり、確かにそれを人格化して歴史を語れせればこうなるよなあ、と納得。ただ、それを小説として読んでる時間が愉快かというとそうでもないので、そこが難しいところ。意欲作だし、色々考えさせられはするけれど、ちょっと退屈だった。

  • 単行本は確か見出しが岩波新書ふうに配置されていた。
    単行本の真っ赤=火事のイメージ、帯の言葉溢れ出る感じ、に比べると、文庫の表紙はすっきりしすぎているかな。
    でも、背表紙の水色+表紙のピンクにちょこなんといる鼠を見て「カワイイー!」とジャケ買いしたほんわか女子が、読後ガツンとやられている光景を想像したりして。実際にその頭を「漫画マウス」にやられてしまえばなおよいが……いや、ないか。

    読み始めて当初連想したのは三島「豊饒の海」の輪廻転生、中上「百年の愉楽」の反復。
    中盤で、違うな、転生でも反復でもなく、鼠の群れのように同時存在する私の語りなのだな、と気づく構成になる。
    また特異な視点から歴史の語り直しをするだけでも価値があるのに、さらに東京の地霊が日本の自画像だと浮き彫りになっていく小説でもあるのだ。
    無責任の体系そのもの、中心は空っぽ、「なるようにしかならぬ」とは「勢いで成っていく」ことだ、といった批評は大東亜戦争に引き付けてずっと論じられてきたが、
    それが戦後にもそのまま続き、高度成長、バブル崩壊を経て311へ。
    そう、ひねりにひねった311後文学なのだ。

    それにしてもこの地霊、なんとなんと奥泉的な人物?なのだろうか。
    饒舌で軽薄で激しやすく冷めやすく責任感なし。ユーモラスでアイロニカル。
    蛹の私を孵化させる火事は野次馬根性的に好き。
    地霊にとってみれば諸行無常など当然なのだ。
    彼の行動原理は唯一、愛着のある東京にいたいということで、それ以外はどうでもいい。無責任一代記。

    この私が拡散と凝集を繰り返す。
    前半は業が深いゆえの悲劇的な死を迎えるのに対し、
    後半、日本が東京化し日本人が鼠化することで視点物の特徴は薄れていく。
    このあたり、やはり「豊饒の海」の尻すぼみと似ている。

    思い返せば奥泉はいつも暴力を描いてきた。
    理不尽に振るわれる暴力と、暴力の内面化。システムとしての暴力。
    あっけらかんと陰惨の同居。
    その代表として最たる例が、最終章の「凄まじい光景」。
    言葉を失ってしまったよ。

  • 奥泉光『東京自叙伝』は東京での事件外観である。

    江戸末期から、現代に至るまで、東京で発生する怪しげな事件はすべて私が起こしたあるいは私が関与したのである。

    私とは、どこからが私かそれはわからないが、ある時から自分が「私」であると認識するのだ。つまり、ある時からは自分は「私」ではなくなり、別の人物が「私」になる。

    ある時は柿崎幸衛門の養子、柿崎幸緒であり、ある時は陸軍参謀になる榊春彦、そしてある時は放火犯の戸部みどりなのである。それぞれの人物はそれぞれ当人としての人生を全うしているが、その一部期間が「わたしなのである。」。しかもその人物が「私」になるきっかけはいつも二つある。一つは大量に発生する鼠が現れること、もう一つは大地震とそれに類する大火災だ。これらをきっかけに、人物を渡り歩き、場合によっては、当人同士が同時に「私」でありながら、対峙するというもう訳が分からない状況が。

    もう一つ特徴がある。それは東京に絡むということである。東京にいる場合はよくも悪くも大活躍するが、東京を離れると急に肝が冷え急にやる気が薄れるのである。

    私にかかるとあらゆる事件やイベントが私が絡んでいる。そう、すなわち「私」とは実は東京そのものであり、東京で発生する事態にいずれも絡むのは当然なのだ。

    東京がもつパワーを、複数の私が共有しながら歴史が形作られていく、そんな荒唐無稽な物語でありながら、奥泉光の筆致力でひとつの物語にまとめられていくのは流石だ。

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著者プロフィール

奥泉光(おくいずみ ひかる)
1956年山形県生まれ。1986年に『地の鳥 天の魚群』でデビュー。1993年『ノヴァーリスの引用』で野間文芸新人賞、1994年『石の来歴』で芥川賞、2009年『神器』で野間文芸賞、2018年『雪の階』で毎日出版文化賞文学・芸術部門をそれぞれ受賞。

「2018年 『夏目漱石 増補新版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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