五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後 (集英社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087456677

作品紹介・あらすじ

旧満州に設立された満州建国大学。「五族協和」を掲げ、五つの民族の若者達がともに青春を過ごした。満州国崩壊後、卒業生はどのような戦後を送ったのか。その実態に迫るドキュメント。(解説/梯久美子)

感想・レビュー・書評

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  •  この本を読むまでは、建国大学の存在を知らなかった。「五族協和」を掲げた満州国は日本が造った傀儡国家であった。その満州国のリーダーを育てる目的で設立されたのが、この建国大学である。そもそもは満州事変を起こした関東軍の板垣征四郎と石原莞爾の「アジア大学」構想が元になっている。

     建国大学では、日本、中国、朝鮮、モンゴル、ロシアの各民族から選ばれた、いわばスーパーエリートの若者たちが学費無料、全寮制で6年間寝食を共にして学んだ。そこでは「言論の自由」があり、日本政府の政策を批判することもできた。教養主義、現場主義が貫かれ、図書館には社会主義関係の書籍も置かれていた。そして毎晩のように学生たちの「座談会」とよばれた討論会が開かれていたという。

     事件も起きた。中国人の学生の一部が、北京や重慶の中国人の抗日グループと密かに連絡を取り、蜂起の計画を練っていたことが判明したのだ。さすがに逮捕、投獄となる。
     
     建国大学は、日本の敗戦とともに8年余で亡くなってしまい、記録の多くは破棄され忘却の彼方へと。そして卒業生らはそれぞれの国で数奇というか激烈ともいえる人人生を送る。シベリアに抑留された者、韓国の首相になった者、台湾で製紙会社を立ち上げた者等。また、中国では取材に対して暗に当局から圧力が加えられ、十分なインタビューが出来なかった。前述の逮捕、投獄された人物に対してである。

     作者(朝日新聞記者)は同窓会名簿を頼りに、時代の闇に埋もれた歴史を丹念なインタビューを通して掘り起こしている。日本、韓国、中国、モンゴル、カザフスタンで存命の卒業生、もはや老人となった彼らの言葉の重みに圧倒される。

     また建国大学の卒業生は、その主義主張や、戦後の立場を超えて、困っているかつての同窓生を助ける。「座談会」で本音をぶつけあった「仲間」なのだ。
     作者は「あとがき」で、(五族協和は)無数の悲劇を残したが、「彼らが当時抱いていた『民族協和』という夢や理想は、世界中の隣接国が憎しみ合っている今だからこそ、私たちが進むべき道を闇夜にぼんやりと照らしているのではないか」と記している。ロシアとウクライナの戦争をみるにつけ、まったく同感である。第13回開高健ノンフィクション賞受賞作。

  • 著者の『白い土地』を読んでいた時に、本書のことが書いてあり、知ることとなった。
    福島の帰宅困難地域の自宅周辺に短時間だけ立ち寄ったお婆さんに著者が付き添ったのだが、お婆さんは満州からの引き揚げ者だということと、偶然にも著者は2010年から震災が起きるまでの間ずっと「満州建国大学卒業生たちの戦後」(本書の副題)の取材に取り組み、その後本書を出版したことが書いてあった。

    博識な著者ですら2010年に初めて耳にしたという「満州建国大学」など、満州のことも全然わかっていない私は知る由もない。
    そういう状態で読んだ。

    2010年時点で取材対象者は若くても85歳以上、ほとんどが90歳代。
    著者がこのことに取り組んで記すのにあたり、残された時間は少ないということだ。

    私は、ウランバートルの章の最後と、カザフスタンの空港で宮野さんを迎えるスミルノフさんがずっと塾歌を歌って待っていたところで涙が出た。
    スミルノフさんは同期ではあるが実は宮野さん個人のことを覚えてはいなかった(もしかしたら宮野さんの方でも同じだったかもしれない)が、2人の65年ぶりの再会はものすごい出来事だった。

    本書の本筋の部分とはだいぶずれてしまうのだが、私が感動したのは、以下の2点。

    ①スミルノフさんの消息が日本の同窓生達の知るところとなったのは、カザフスタンで2003年に偶然出会った日本大使にスミルノフさんが忘れかけていた日本語で話しかけ、日本大使がその後ちゃんと行動してくれたお陰だということ。

    ②戦後日本へ帰ってこられず、世界中を転々として最終的には南米のスリナムで暮らしていたジョージさん(日本人)。
    1960年頃スリナムで「華僑と違って折り目の正しい感じの人を見つけた。もしや日本人ではと思って、半ば忘れかけていた日本語の片言で話しかけたところ、味の素のセールスマンだという。」(274ページ)
    そこで彼は正確な本籍地を忘れていたので、何々県のどこどこの両親を探して欲しいと頼む。(実に大雑把な依頼である)
    ところがその味の素のセールスマンが両親を探し出してくれ、両親から手紙が届き、やり取りができたのである。
    彼は戦後22年経ってやっと帰国した。
    (結局その時には両親とも亡くなってしまった後なので生前の再会は叶わなかったようだが)1960年当時にそのような行動をした味の素セールスマンを私は尊敬する。

    著者の取材時は2010年という現代であるのに、中国当局の介入が非常に恐ろしい。
    監視・盗聴・検閲(そしてたぶん手紙を抜き取られてもいる)がまかり通り、突然の取材中断・禁止と、本当に恐ろしい。

    著者は、全く知識の無い読者(私)にわかりやすく、当然知っていることとせず説明をしてくれる。
    「関東軍」の関東は日本の関東ではないとか、「白系ロシア人」とは白人のロシア人を意味するのではないとか。(白系ロシア人と言われたら、私はまさに白人のという意味だと思った人)

  • どんどん読み進めた。このような作品を前にいい加減な感想は書けないと思う。
    満州建国大学の存在など全く知らなかった。
    三浦さんが布施祐仁さんとお書きになった「日報隠蔽」に感銘を受け、トークショーまで行って、サインいただいて、この本の前に「五色の虹」という本も出されてるのだと知り。。。
    ギリギリ間に合った感じがすごいと思う。戦後悲惨な経験をされた方々、よく長生きしてくださった、という感じだ。お亡くなりになってしまったら、お話は2度と聞けない。何も話せないまま、お亡くなりになった人の方が圧倒的に多いのだが。
    建国大学卒業生のそれぞれの戦後。
    と、それを取材なさり、一冊の本にされた記者さん。
    どちらも違う意味ですごくて言葉にならない。
    あとがきを読んで、本として出版されるまでも大変な苦労があったと知る。

    トークショーの時、「本として残したかった」とおっしゃった(「日報隠蔽」のことだけど)。この形で、誰でもが手に取れる形で完成したことは本当に良かったと思う。

  • ページをめくる手が止まらなかった。キルギスに抑留記念館を建てる計画があるから取材しないかという誘いから始まる長い旅。日本、中国、朝鮮、モンゴル、ロシアの建国大学生がたどったそれぞれの戦後。収容所に入れられても、良い人生だと言える強さ、いつかロシアと対峙したときロシア語が必要になるのではと、新潟で農家をしながら勉強部屋をロシア語教材で埋めつくす老人。彼は、最後は65年ぶりの同期生との再会のため、ロシア語を飛行機の中でも寝ずにおさらいする。150人の定員に対して2万人の応募があった試験から選ばれた彼らは、平和な時代だったら、どれだけ活躍できた人たちなんだろう。

  • 日本が満州国を設立した際、将来の満州国の運営を担う人材を育成するために満州建国大学が設立されました。学費、生活費は支給され、日本だけではなく、朝鮮人、中国人、モンゴル人、白系ロシア人と満州の関わる広範な地域から選りすぐられたエリートが在籍した当時の日本としては稀有な国際教育機関でした。定員150名程度に対し応募は2万人を超えていたという数字が、いかに優秀な人材を集めていたかを物語ります。
    建国大学では「民族協和」の理念のもと、20数名の小グループに全ての出身国の学生が振り分けられ、当時の日本の施策を批判することも自由という、完全な言論の自由の保障のもと、国際感覚を養う教育が行われていました。
    これほどの規模と先進的な教育機関でありながら、その存在はほとんど知られてきませんでした。敗戦後、日本人学生は日本の満州における傀儡国家運営を担う教育を受けたとして戦犯として扱われる危険性から口をつぐみ、朝鮮人や中国人の学生は日本の政策に一時加担したという疑いをもたれることは自分だけでなく家族までも危険に晒す可能性があり、在籍したことを隠し通すケースが多かったからです。
    著者はあるきっかけから建国大学の存在を知り、数少ない在籍者への取材を試みます。日本国内だけではなく、中国、台湾、韓国、モンゴル、カザフスタンに在住する建国大学の元学生のインタビューに成功します。
    本書にも記載がありますが、満州など日本国外にいた日本人の場合8月15日をどこで迎えたかがその後の人生の大きな分岐点となっています。本書で紹介されている日本人元学生さんも中国国民党に捉えられ、そのまま中国共産党との戦闘要員として駆り出されたり、ソ連軍に捉えられた人はシベリア抑留を経験されたケースもありました。
    中国、台湾などでは元学生は「日本帝国主義への協力者」とみなされ当時の政府から厳しく弾圧されたりしたケースが多いのですが、韓国では建国大学に在学したスーパーエリートを国家の中枢に組み込もうとしました。その結果、韓国の首相にまで上り詰めた卒業生も本書に登場します。
    このような大学が存在したことは、私も本書を読むまで全く知りませんでしたし、その卒業生の敗戦後の人生の振れ幅の大きさも想像以上でした。当時の日本の国策と結びついたエリート養成機関に関する取材だけに、当事者の口の重さもあり、困難な取材であったことは本書からも伝わってきます。ただ、卒業生の多くが非常に高齢であり、「今、話しておかなければ永遠に記録が失われれる」という気持ちと「今取材しておかなければ永遠に取材機会が失われる」という著者の熱意が結びついた、昭和史、近代史の今まで知られてこなかった一面を知ることができるノンフィクションだと思います。2015年開高健ノンフィクション賞受賞作です。

  • 日中戦争が激しさを増している時期に満州に設立された国策大学の卒業生を取材したもの。あの石原莞爾が発起人、辻政信が設立責任者とくれば、自ずとイメージができてしまうが、実態は全く異なるもの。「五族協和・大東亜共栄圏」の実現とその将来を担うエリートを要請する大学で、日本人、朝鮮人、中国人、モンゴル人、ロシア人を対象に、授業は各国語、国籍を混ぜた寮生活、そしてこの時期には信じられないことに学校の中では言論の自由が保障され、共産主義の著書も自由に読めたという。中国侵攻や傀儡国家の設立を避難する中国人の激しい追及に、日本人学生がたじたじとなる場面や、ロシアの南下政策を警戒するモンゴル人との激論が、毎晩のようにあったという。一方で、終戦後、当局に拘束された中国人卒業生に、多数の差し入れを行なった日本人がいるなど、強い連帯感を長年にわたって維持している。グローバル人材の育成とか多様性を身につけようという活動が、もしかすると最も活発で実践的だったのが戦時下の満州とは、なんとも皮肉なこと。終戦後何十年にわたって続いていた「同窓会」も、2010年をもって終結となり、卒業生の年齢等を考えると、この画期的かつ不幸な運命に翻弄された大学でどんなことが起こっていたのかを知る機会は全く失われることとなった。とても貴重な一冊。

  • 朝日新聞の記者である三浦英之氏が、かつて満州の最高学府として実在した建国大学と、その卒業生たちの戦後を取材した作品。

    建国大学は1938年に石原莞爾らの起案により、満州国のリーダー育成を目的として設立される。五族協和のスローガンのもと、アジア各国から優秀な生徒が学費免除で集められ、学内では当時としては珍しく言論の自由が許されており、社会主義の研究なども行われていたそうだ。

    この建国大学の存在があまり知られてこなかった理由としては、終戦と同時に学校に関する資料がほとんど焼却されてしまった事、そして卒業生の多くが、日本帝国主義の協力者として母国から迫害を受けた事が大きい。三浦氏が取材で中国を訪れた際にも、実際に当局から妨害を受けており、いまだに特定の話題はタブー視されているらしい。

    本作の取材を開始した時点で、卒業生はみな80代半ばを過ぎており、このタイミングがまさに最後のチャンスだったのだと思う。戦場や収容所で絶望しそうになった時、大学で学んだ教養が悲しみの淵から救い出し、目の前の道を示してくれた、という卒業生の言葉がとても印象的だった。

  • 満州に日・中・朝・露・蒙・台の若者が一緒に学ぶ大学があったのね。日本敗戦後は皆さん苦労されている。掲載されているお写真の皆さんがとてもいいお顔。

  • すごかった。
    私は世界史とくに近代史についてあまり多く知識がなかったので、この本を読んで色々なことが知れてよかった。
    色々な建国大学の卒業生の戦後を見て、時代の流れと国々の思惑に圧倒された。

  • 民族協和、今、この言葉の持つ重み。

    だれでも、人生の年月を重ねれば、自らの希望の方向とは全く異なる道を歩まされた経験をも持つ。
    満州建国大学の学生もまた、あらゆる物事が即座に中断され、否定され、排除されるという境遇を直面している。正確には、ひと以上にだが。
    この作品を読んで共感するのは、希望の道を閉ざされるという不条理の連続に誰しもが遭遇してきたからであろう。彼らほどではないけれど。しかも、80代の彼らは凛としている。そこに救われた感じ。
    ジョージ・戸泉如二は4期生。日本人の父とロシア人の母を持つハーフ。敗戦後、波乱万丈の人生を送った。異質な建国大学生。学生は個性豊かで多様。

    卒業生の戦後の人生に触れて、ロシアも含めたアジアの歴史を知った。ほんの一端だとおもうが。我の視野の狭さを痛感した。

    満州国は傀儡の国、日本の恥ずべき侵略の歴史。それはそうではあるが、満州国の建国大学校に集った人たちの人生のありようは、皆の心にひびくものだと思う。
    「満州建国大学」について、初めてこの本で知った。

    https://momodaihumiaki.hatenablog.com/entry/2024/02/04/212920

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