新選組裏表録 地虫鳴く (集英社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (584ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087465365

感想・レビュー・書評

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  • 『幕末の青嵐』を読了した後この作品を読むと、更に新選組について深く知ることができる。
    新選組って、幕末って、本当に奥が深い。
    決して一言では語り尽くせない。

    前作は新選組のメインのメンバーの語りが多かったのに対し、今作品は表にあまり出てくることのなかった阿部十郎、篠原泰之進、尾形俊太郎が俯瞰的に見た「新選組」。
    「新選組」の裏話のようでとても面白い。
    3人共、局長の近藤勇よりも副長の土方歳三を意識している点が共通していて、土方がいかにすごい人物だったのかが伺える。
    常識と非常識の境界が曖昧だったり、味方と信じていた仲間が突然敵になって裏切られたり、何を信じてよいのか分からなくなる時代。
    「振り回される暇に、自分がここにいる理由を持て」
    もつれ合う時代の波に飲み込まれ行き先を見失いそうになる時、土方のこの言葉が世の中を渡る指標となり得る。

    「死にませんよ。私は、新しい世が来ることをこの目で見るまでは死ねないんだ」
    新選組のメインもサブも裏方も、もちろん敵も、己の信念を胸に抱き新しい世に希望を持ち、「幕末」という激動の時代を生き生きと駆け抜けた。
    そんな若者達全てを愛しく思えた。
    特にラストのシーンはしみじみとした温かな想いが込み上げてくる。
    そこには木内さんの優しさが詰まっていた。

  • 新撰組について書かれたものは多くあると思いますが、「地虫鳴く」は、阿部十郎の、実際の談話録のさわりを皮切りに、物語は始まります。阿部十郎、篠原泰之進、尾形俊太郎の3人が語り手です。

    描かれている時期は、池田屋事件などで新撰組が有名になった後から始まっていて、鳥羽・伏見の戦いの前くらいまでなので、短い期間を、じっくり描いているという感じです。

    他のレビューを見て、「幕末の青嵐」を先に読みましたが、正解でした。この順だと、すごく自然にしっくりきます。「地虫鳴く」は、「幕末の青嵐」を読んでもなお、新撰組のことを知りたい人向けです。

    語り手3人の立場が全く異なる上、篠原視点では薩長側、尾形視点では幕府側、と、外部の人間も、たくさん登場するところもいいです。篠原、尾形は、どちらかといえば成熟した人格で、どちらも、自分なりの客観性を持っていて、静かな、確かな観察眼なので、安心して読んでいられます。

    対して、阿部は、未熟な人格。暗くて、激しく迷っています。しかしある種の純粋性もあり、共感できる部分もちゃんとあります。

    「幕末の青嵐」で、あまりいい印象のなかった伊東甲子太郎のいい面が見られたり、同じくちょっと単純すぎた近藤局長が、単純ながらも魅力的に描かれていたのも、よかったです。

    土方、斉藤は、いつも格好よく描かれてますね。沖田の病気のことは、いつも悲しい。語り手の一人、監察の尾形俊太郎と、同僚の山崎がとても好きになりました。もっと、この二人のこと書いてほしい!そして伊東の弟、三木三郎が怖っ!

    作者の木内さんの書き方、とっても好きなので、この方が、維新後、生き残った、永倉新八や斉藤一のその後を書いてくれないかなと、思えてきました。

    どの登場人物も、誇張を感じさせない、抑えた描かれ方で、とてもリアルなので、精一杯生きながらも、多くの隊士が若くして死んでしまうという歴史的事実が、本当に悲しくなってしまうんです。だから、生き残った隊士のその後に救いを求めてしまうんでしょうね。

  • とても人間的に描かれています。
    読んでいて、端から少しずつ焼かれていくような苦しさ、切なさを覚えるような

    苛立ちや葛藤を覚えながら読みました。
    読み終わって、この人たちは形はどうであれ、生き抜いたのだなあと言う当たり前のようなことが思い浮かんだ。

  • 新撰組の中でも、英雄的な有名どころの面々を眩しく見つめるしかないいわば凡人隊士の視点から、時代の激動を、、、というよりは心の葛藤を描いた作品。面白かった。作者は、優しい人なんだろなあと思う。
    ある程度新撰組について知っていた方がきっと読みやすい。同じ作者の「幕末の青嵐」がおすすめ。

  • 『幕末純情伝』や『壬生義士伝』など様々な新撰組ものの傑作を読んでしまい、もう新撰組もので面白い小説には出会えないんじゃないかと思っていた。見事にその予想を裏切ってくれました。

    “裏表録”というだけあって、阿部十郎、尾形俊太郎、篠原泰之進、伊藤甲子太郎、山崎蒸、三木三郎などメインの人物選びからして絶妙。とくに三木のキャラクターは秀逸。
    伊藤たち御陵衛士を中心に書いているので初心者向けでないかもしれない。新撰組について多少知ってから読む方が楽しめる。

    描かれているのは時代を切り開いた英雄ではなく、時代に翻弄された男たち。
    とくに主人公のひとりである阿部十郎の生き方は「己の行く先に、なんら光を見出していない」と言われるほど。

    何が正しいのか、そして自分が何をしているのかもわからない激動の時代。
    誰もが自分のしていることが国のためになると信じて行動してきたのに、自分の重ねた罪だけが確実に積み重なっていく。

    努力するほど報われるのでも正義が勝つのでもない時代。それに翻弄されてしまった人たちは馬鹿でも何でもなく、ただひたすら悲しい存在だと思う。
    美化して気休めの希望を付け足すより、こうやって歴史の持つ暗さも書いてくれた方が読んでいて落ち着く。

  • 新選組を試衛館組以外の立場から描いてみると、実際はこんな感じなんだろうけどちょっと切ない。夢見すぎですな。
    時代の変化に置き去りにされた悲哀と諸行無常を感じます。
    でもまぁやっぱりかっこいい人の生き様は誰から見てもかっこよかったってことだな。
    弱りゆく沖田総司の明るさとか、土方歳三の意志とかやっぱり泣けてしまう。
    斉藤一もかっこいいし、監察方の尾形俊太郎と山崎丞がとてもいい味出してた。

  • 地味な立場の人から見た新選組の裏側のあれこれ。
    キャラクターは基本的にできあがっていて、読みやすい。
    斎藤一はオダジョーで読んでしまうなあ。
    沖田は意外に顔が定まらないけど。
    新選組を全然知らなかったらちょっと、とっつきにくいでしょうけど。

    変わった角度からの眺めで、細部に興があります。
    一般人には激動の時代は辛い。
    何もない所から作り上げられる人もいる。
    土方はものすごく怖い。
    傍にいるのは大変そうだけど、一瞬の輝きを見ることも出来る…?

  • 新撰組を舞台にした歴史群像小説。
    600ページ近い分厚い本ですが、それ以上に悪戦苦闘。仕事がバタバタしていた事もあるのですが、通常なら3-4日程度で読了するはずが2週間近くかかりました。

    重厚なのです。
    近藤、土方、沖田といった何時もの面々は違和感無く生き生きとしています。
    ただ、主人公を悩み多き平隊士に置き、話の主眼を内部闘争に置いたため、颯爽とした感じは無く重苦しいのです。どこかカラリとした雰囲気のエンディングで随分救われますが。
    時代の背景や隊員達の心理を元に、見事に新撰組の盛衰を描き出した小説です。

  • 「新選組」という舞台装置で、弱きヒトの葛藤と苦悩をえがく人間ドラマを儚き筆致で堪能できました。
    この作家の個性とも言うべき味なんでしょうが、どこかしらのハカナサみたいなものがあると思えまして。この小説の場合特に、ひたすらに男ばかりのお話を、書いているのが女性と言う異化作用も理由なのかなあ、と。
    決して悪い意味ではなく、素敵な読書でした。

    「茗荷谷の猫」「櫛引道守」がどちらも大変に面白かったので、引き続いて木内昇さん三昧。
    木内さんには新選組を舞台に「新選組 幕末の青嵐」という小説もあります。
    「青嵐」の方が、新選組有名幹部のお話だそうです。この「地虫」の方は、同じ新選組でもより泡沫隊員を主人公にしたお話。
    と、いうところまでは知っていて読みました。
    新選組については司馬遼太郎さんの小説などで割と知ってしまっているので、泡沫の方から読んでみようかな、と。

    阿部十郎、という貧しい農民出身の新選組隊士。
    イデオロギーに酔って身命を賭けるほどの学もなく、剣一筋に生きるような腕もない。
    身より頼りも係累も無く、孤独と淋しさ、無力さからの虚無に苛まれる一隊士。
    阿部は流されるままに隊務に就き、川下に下るように自然と派閥争いに巻き込まれていきます。

    時代が変わっていきます。価値観が変わっていきます。
    徳川幕府がえらい、ということが当たり前じゃなくなっていきます。
    百姓からでも武士になれちゃったりします。
    何より外人さんたちが日本に開国と貿易を迫ってきます。
    お隣の中国が欧州列強に食われてぼろぼろだ、という噂が来ます。
    外国では民主主義ってのがあるらしい。
    国を変革する、という遙か彼方に思えたことを、大真面目にやるつもりになっているエリートたちがいます。

    そんな中で、近藤勇や土方歳三と言った有名幹部ではない、泡沫隊士の阿部十郎。
    そして、新選組の幹部ではあるけれど、あくまでサポート役である、尾形俊太郎、山崎烝。
    そして、阿部十郎と友情で結ばれた浅野薫。

    こういう比較的無名な、そして人としての強さ、というコトで言えば、弱い者たち。
    決して英雄ではない、弱さを一杯抱え込んだ人間臭い主人公たちの目線で、新選組の「晩年」が描かれて行きます。

    何と言っても、阿部と浅野の交流が切なく胸にせまりました。
    (ま、心理的同性愛というべき愛情なんですが。女性作家ですから、一歩下品なるといわゆる同性愛もの…ま、それも新選組という舞台装置の味なんですが)

    「汚れて崩れた阿部にとって、浅野のまっすぐな好意だけが生きるよすがだった」
    といういじましくもツンと来る心理が、ほろほろと描かれて。
    丁寧に淹れた一服のお茶を味わうような。

    そして、阿部の心理、浅野との関わりを軸としながらも、どんどん物語は拡散して群像劇になっていきます。土方歳三の下で働く尾形俊太郎、山崎烝。伊東甲子太郎の下で働く篠原、服部。
    そういう、「正史なら必ず脇役でしかない」人の気持ちと目線がハッキリしています。

    そしてそういう凡人たちを取り囲む、近藤、土方、沖田と言ったおなじみのキャラクター。
    会社の職場のような狭い世界での生き残りに俗物臭を放つ隊士。
    まっすぐに、職人のように剣にのみ生きる隊士。
    さまざまなキャラクターが、講談的な(つまり実は、司馬遼太郎さん的な)世界観や性格付から逸脱せずに。
    「底辺の者=地虫」の目線から見上げた世界観の中で、ケレン味たっぷりと言っても良いくらいに輪郭豊かに活躍します。
    そして、その描写がケレン臭を放たないのが、木内昇さんの文章力というべきか。
    具体的には、アクションのケレンよりも、各章でするっと各々の気持ちを心理描写しているところから、飽かさず素直に読ませてくれているのだろうなあ、と思いました。

    特に阿部と並んで、尾形俊太郎のキャラクターはなんだか愛着持てました。
    尾形俊太郎の後日譚の入れ方も、悲惨な中に救いのある風味。

    なんですが、正直に言うと、幕末という時代や新選組という位置づけについて、どうしても自分は司馬遼太郎さんのコトバによる俯瞰図と理解が前提としてあります。
    それが無かった場合にこの小説がどのくらい、同じように味わい深いのかは、ちょっと予断を許さないところだとは思います。

    新選組、という枠組み自体が初心者な人には、やっぱり、小説「燃えよ剣」か、三谷幸喜ドラマ「新選組!」から入る方が、とっつきやすいだろうなあ、と…。
    で、次に木内昇さん…

    あ、でも「新選組 幕末の青嵐」を読まないと、早計に断じるのは失礼、か。


    #######

    粗筋の備忘録。

    と、言っても「新選組」の晩期の歴史が縦軸ですが。

    京都で猛威を振るう、池田屋事件以降の新選組。
    そこに入隊した隊士・阿部十郎。
    ですが、天涯孤独で学も無く、生きる芯が無いが故、厳しい規律などに嫌気がさして、脱退。
    だからと言って生きる術も目的もなく、俗物隊士・谷三十郎のツカイッパをしながら大阪で無為に生きているところからはじまります。

    そこに、同じ隊士の浅野薫が友情から、戻ってこいよ、と。
    まっすぐな浅野がまぶしいけど、唯一信じられる無垢な友情を見出し、阿部は戻ります。

    一旦阿倍の視点を外れて、尾形俊太郎の目線から。
    阿部復帰後の新選組。新たな異分子・伊東一派と土方の対立。
    その背景にある、長州征伐以降の玉虫色の京都の政治状況と情報戦。
    異彩を放つ新選組の職業的密偵・山崎の個性、ユニークさ。

    阿倍の、生きがいの無い彷徨を交えながら、徐々に視点は伊東一派の篠原・服部に行ったり、
    土方近くの尾形に戻ったり。

    とにかく、近藤・土方・沖田・永倉・斎藤・伊東の6人の、ちょっと下の、地べたにいる人間の目線からひたすら描かれる。

    伊東一派との冷戦が深まり、つまらない失敗から浅野薫が除隊になる。

    長州と薩摩と土佐と岩倉具視と一橋慶喜が遙か上で暗躍する移り変わりの中を、悲しく滑稽に右往左往する新選組幹部たち。
    そして伊東の焦りと脱退。

    阿部は伊東一派に。そして浅野を救おうと。
    そんな浅野が非業の死を遂げると、もう物語はアナーキーな迷走状態を描きながら、
    伊東暗殺、そして近藤勇暗殺未遂と濁流を描いて終結します。

  •  主人公は、阿部十郎、篠原泰之進、尾形俊太郎。
     新撰組のいわば負の部分が、彼らをとおして描かれていると思います。
     近藤、土方、沖田、斎藤あたりはこの作品では脇役なんですけど、それぞれの濃さがいい具合に出ています。尾形さんが監察方なだけに、山崎さんの出番がかなり多いです。ピリリとした美味しいところをもっていきます、山崎さん面白い人です。

     土方さんがやっぱりカッコいいです。そして、いいひとなんです。これは尾形目線の土方さんという描かれ方で「いいひと」なんですけど。鬼の副長の「苦労」をね、尾形さんと一緒に垣間見る感じです(笑)。伊東さん離脱の後、伊東さんについた隊士が案外少なかったことを指して、「近藤さん、あんたは勝ったんだぜ」と土方がそっと語る場面が物凄く物凄く好き。

     沖田さんは腹黒不思議ちゃん。ただ、篠原あたりから見たら腹黒いんだけど、本人に腹黒いつもりはないんだろうな。フリーダムなひと。無邪気で動物的なひと。けったいなこと言って尾形さんを困らせたり、篠原さんをイラッとさせたり、三木三郎の地雷をふんじゃったり。主にひっかきまわし役。そして、するどく真実を語る人(笑)。

     あと、個人的にこの斎藤さんがすごくよかったな! 斎藤さんの不気味なところというか剣客としての凄みがしっかり描かれていると同時に、朴訥なかわいらしさが垣間見えたりして。この斎藤さんは萌ゆる。御陵衛士の中でいろいろあって浮いてしまった阿部に、斎藤さんらしい分かりにくい優しさを見せるんだけどもちろん全然伝わらなくて(笑)。そんな不器用さも堪らない。
     あと、伊東さんのことがほんとうによく描かれているな、と思いました。上から目線な言い方ですみません。
     正論でまっすぐな伊東さんの強みと弱みとか、生きることに精いっぱいで苦労のしどおしだった十代、やっと人心地ついた江戸の道場主時代、そしてはじめて若者らしく夢を追いかけようとしたこと。そこらへんは主に篠原目線で語られるのだけれど、伊東さんのいっぱいいっぱいの姿がいじらしく思えてきます。
     油小路の決闘のあと、命からがら逃げこんだ商家の二階で、篠原が顔をおおって泣くシーンがほんとうに切ないです。

     阿部十郎の、闇雲で流されっぱなしでそれでいて負の感情でいっぱいの屈折したところも上手くハマっていたと思います。彼との対比みたいに浅野薫が描かれているんですが、浅野はほんとうにいい人!なんです。あれ、君って天使?みたいな(笑)
     浅野のまっすぐな心をなにかと重荷に感じながらも、阿部にとって、彼は大事な拠り所な人になっていきます。それだけに、浅野が迎えた結末はつらい。

     男の人たちの錯綜する思惑やら、大切に守りたいと思うものと現実との乖離やら。
     悩んで、間違って、掴んで、喪って、走って―――。
     一生懸命な姿は決してカッコいいものではないのだけれど、人にはそれぞれの真実があり、現実がある、っていう、人生の当たり前のことが深く語られていました。
     
     会津で消息を絶った尾形さんが、しぶとくひっそり生きているのかも(・・!?)という終わり方がよかったです。
     全体暗い話ですが、尾形さんが出てくるとかなり和みます。

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著者プロフィール

1967年生まれ。出版社勤務を経て、2004年『新選組 幕末の青嵐』で小説家デビュー。08年『茗荷谷の猫』が話題となり、09年回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞、11年『漂砂のうたう』で直木賞、14年『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞。他の小説作品に『浮世女房洒落日記』『笑い三年、泣き三月。』『ある男』『よこまち余話』、エッセイに『みちくさ道中』などがある。

「2019年 『光炎の人 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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