桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)

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  • 集英社
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レビュー : 1392
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087468175

感想・レビュー・書評

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  • 昔読んだけど、2回目
    読書感想文の宿題を手伝うために再読

  • 書き方がいい。全体的にずっと良かった

  •  まず、タイトルがうまい( ´ ▽ ` )ノ
     これだけ広く世間に知れ渡り(かつパロられた)タイトルは、「限りなく透明に近いブルー」「塀の中の懲りない面々」以来かも( ´ ▽ ` )ノ(「セカチュウ」てのもあったけど、あれはそもパクリだからな……)

     そして、体育会系・文化系・帰宅系、各部活部員の生活・心情をこれだけ緻密に描写した力量に感服(゜o゜;
     どれかひとつだけならまだしも(゜o゜;
     しかも、性別まで超えて(゜o゜;
     19歳でここまで書けたとは、末恐るべし(゜o゜;

     テーマは「スクールカースト」=自分たちで勝手に作り上げた「檻」の中での安息・馴れ合い・現実逃避……「自由・成長・自己変革」への恐怖( ´ ▽ ` )ノ
     この檻を破って外界に一歩踏み出す瞬間が、各章のクライマックスになってる(迷いに迷って、結局それができなかったやつもいるけど)( ´ ▽ ` )ノ
     なかなか見つけられないけど、じつはどこにでも潜んでいる「ひかり(突破口)」、これと遭遇するチャンスに出会えるか否かで、その後の自分の中での「青春」の定義がぜんぜん違ってくるんだよね( ´ ▽ ` )ノ


     特に序盤、描写がくどかったり、構成にぎこちなさがあったり、キャラクター各人が素直すぎたり、傷も多くて百点満点の作品とはいえないけど、記憶に残る愛すべき作品であることはたしか( ´ ▽ ` )ノ

     続編、桐島視点の作品をちょっと期待したいけど、でもそれは各読者が自分なりに想像すべき物語なのかもね( ´ ▽ ` )ノ

    2018/07/29
     

  • 今の高校生は大変だな。

  • 朝井リョウの感性の鋭さに驚かされる。
    高校時代の何気ない日常が鮮明に蘇ってくる作品。
    色褪せない名作。

  • 主人公が登場しない青春偶像劇。読者は主人公について伝聞の情報で想像するしかない。桐島はなぜ、熱心だった部活を辞めたのだろう。答えは出ない。しかし出すことは出来る。噂話に興じた事のある人へ。ところで私、桐島くんと同じ部活だったのだけれどさ(新情報)

  • 現代の高校生の「高校」という空間における不思議な生きづらさを、さまざまな位置の高校生の視点から見事に描いている。僕は95年生まれで2011年に高校に入学したが、自分が当時(あるいは今も)感じていたいろんな生きづらさを、この本の中で再確認した。
    大きな筋としては、「桐島」というバレー部のキャプテンが突然部活を辞めるといった事件が起こる。その事件自体が主題ではない。ただし、ここに登場する5人の高校生(桐島本人はリアルには登場しない)の高校生活に、その事件は少しずつ変化を与え、その変化から5人自身が何かを感じ受け取りながら少しずつ変化していく、そんなちょっとした変化の描写から高校生の生きづらさを巧みに描いていく。
    中でも存在感を持っているのは、前田涼也と菊池宏樹、そして1人だけ中学生時代で登場する東原かすみである。前田の心理描写から、高校生の生きづらさが集約的に伝わる。

    ”僕にはわからないことがたくさんある。/高校って、生徒がランク付けされる。なぜか、それは全員の意見が一致する。英語とか国語ではわけわかんない答えを連発するヤツでも、ランク付けだけは間違わない。大きく分けると目立つ人と目立たない人。運動部と文化部。/上か下か。/目立つ人は目立つ人と仲良くなり、目立たない人は目立たない人と仲良くなる。目立つ人は同じ制服でもかっこよく着られるし、髪の毛だって凝っていいし、染めていいし、大きな声で話していいし笑っていいし行事でも騒いでいい。目立たない人は、全部だめだ。/この判断だけは誰も間違わない。どれだけテストで間違いを連発するような馬鹿でも、この選択は誤らない。/なんでだろうなんでだろう、なんて言いながら、僕は全部自分で決めて、自分で勝手に立場をわきまえている。/僕はそういう人間だ。そういう人間になってしまったんだ。”pp89-90

    僕にはとても共感できる描写だった。「下」の人間が「上」を真似しようとすると、「痛いね」などとささやかれる。「下」の人は「下」らしくあらねばならない。そして、そんな風に周りの目ばかり気にしてしまう自分のことも嫌いになる。。。
    実は、前田は中学の時には「下」「目立たない人」ではなかった。それどころか”それなりに「上」のグループ”に属していた。高校で同じクラスとなった東原かすみとも中学時代には仲が良かった。でも高校では話さなくなる。そして「下」になってしまう。不思議なもので、僕自身、中学時代には高校ほど生きにくさを感じていなかった。高校生の独特の生きづらさが描かれていてとても面白い。
    前田の描写から「下」であることの生きづらさが強烈かつ鮮明に描かれるが、この本のすごいところは、実は「上」も生きづらさを抱えているのだということをきちんと描写するところだ。菊池涼也の視点からそれが描かれる。
    菊池はクラスで最上級に属する人だ。しかし、「上」や「下」を気にしながら生きることの空虚さ、「上」であることに必死になり「下」を「下」であるということだけでバカにすることの空虚さを感じている。でもそんな感情は矛盾もしている。その矛盾をも菊池は感じている。

    ”だけど俺は、本当にたまに、だけど強烈に、沙奈(菊池の彼女--引用者)をかわいそうだと思う。(…)沙奈はきっと、これからずっとああいう価値観で生きていくんだろう。(…)ダサいかダサくないかでとりあえず人をふるいにかけて、ランク付けして、目立ったもん勝ちで、そういうふうにしか考えられないんだろう。だけどお前だってそうだろうが、と、夕陽に長く伸びる自分の影を見て思った。”pp188-189

    そして圧巻なのは、菊池と前田の「交錯」の瞬間である。それは、前田に、同じ映画部に所属している武文が「今日から撮影やっぞ!」と呼びかけた瞬間の前田の表情を見た時の菊池の心理描写に表現される。

    ”そのとき俺は、ひかりを感じた。ひらいた扉の向こう側からこぼれ出た光の線を見た気がした。「わかってるよ」と言って、前田は武文と呼ばれる男子と共に足早にグラウンドから去っていく。/見たことのない表情だった。俺はあのふたりが、教室の片隅で肩身狭そうに雑誌を読んでいる姿しか、見たことがなかった。できるだけ目立たないように、誰の目にも留まらないように、雑誌を広げてあいつらにしかわからないような話をしている姿しか、見たことがなかった。/風は、俺の背中を押すわけでもなく吹いていった。なんだか、イライラする。これをイライラと呼ぶのかどうかわからないけれど。”pp200

    それは、菊池が「あわれ」だと思っていた「下」の2人が放ったひかりだった。「上」や「下」を絶えず気にしながら生きている自分自身のちっぽけさを感じさせる「ひかり」だった。
    菊池と前田の交錯の瞬間はもう一度訪れる。前田と武文が撮影をするための移動中、カメラのレンズカバーを落とすが、それを菊池が拾って前田に渡すのだ。

    ”そのレンズを覗く映画部ふたりの横顔は、ひかりだった。ひかりそのもののようだった。俺は緊張していた。普段は話しかけようとも思わないふたりを相手に、じっとりと手のひらに汗をかいて、指を震わせていた。精一杯の勇気を振り絞って、やっと、トントン、と右肩を突っつくことができた。光が振り返って、俺を照らした。「これたぶん、落としとるよ」俺はぶっきらぼうにそれじゃ、というと、前田に背を向けて歩き出した”pp208
    ”一番怖かった。本気でやって、何もできない自分を知ることが。ほんとは真っ白なキャンバスだなんて言われることも、桐島も、ブラスバンド部の練習の話も、武文という男子の呼びかけも、前田の「わかってるよ」と答えた時の表情も、全部、立ち向かいも逃げもできない自分を思い知らされるようで、イライライライライライラして、背中でひかりを浴びる。”pp209

    菊池は、前田との交錯を経験しながら、自分の「イライラ」の正体に気づきながら、変化していく。そして、「大丈夫、お前はやり直せるよ。と、桐島に行ってやろう。お前は俺と違って、本気で立ち向かえるものに今まで立ち向かってきたんだから、そんなちっさなことで手放してしまったらもったいない、って、言ってやろう」と決意する。
    菊池は、スポーツ万能で野球部だったが、しかし練習にはほとんど出ず、それでもキャプテンから「試合だけでも来てくれ」と頭を下げられるような人だった。菊池の章の前半では、部活に打ち込む人たちについて、

    ”校庭ではなんやかんや言いながらボールを追いかけたりラケットをふりまわしている生徒がたくさんいて、俺は全員まとめて馬鹿だなあと思うときがある。別にそれで食ってくわけじゃないんやし、別に全国大会に行けるわけでもないんやし、友達なんてクラスのやつらで充分やし、なにが楽しくて毎日夜まで汗かいとるんやろ、なんて思う”pp185

    という。しかし、前田との「交錯」を通じて、成長していく。体裁を気にして、何かに打ち込むことのできない自分を自覚していく。そして桐島に働きかけようとする。
    最後に出てくるのが東原かすみだ。彼女は、中学生でも存在している「上」と「下」といったランク付けを、自覚的に乗り越えようとする。このかすみの描写を最後に持ってきたところに、このランクの越境を後押しする筆者の意図を感じる。
    (書くことに疲れたのでいったん中断します)

  • 軽く読めるけど、それだけではない。若者の揺れる心を描いているけど、それだけではない。世代に関わらず共感できる感情が描かれていたと思う。
    構成も面白かった。人って、こんな風に同じ時間や場所にいながら、それぞれの思いを抱えているんだろう。
    個人的に映画部の人は生き方が器用で、若さが眩しいと思った。

  • 妙な期待が大きかったみたい。2010年の本なのか。7年前。自然とランクづけしたりするこの高校生の頃の感覚を思い浮かべながら、それでも当時はランクづけする子とそれを全くなんとも思わない子がいて、ランクづけする方が少数派だったからよかったなあと思ってしまった。

    この7年前に高校生だった子たちは、今は社会人なんだと、この感覚の子たちが後輩なんだと思うと、自分の言動などの接し方を注意しないといけないと、思ってしまった。

    7年前の高校生だった子たちは、今、社会人となって、社会に適応できたのかな。そういうことを考えさせてくれた。

    自分の高校の時と7年前の高校生との違いを改めて認識させてくれた、リアルで多分、現実的な小説なんだと思った。

  • 言うまでもない朝井リョウの代表作のひとつ。
    タイトルにも出ている「桐島」の周辺の人物たちにスポットを当てた連作短編。
    現在の高校生の間では、「スクールカースト」というものがこんなに歴然とし、また表立って見えているものなのかと驚いた。
    勿論そういった「ランク分け」のようなものは昔からあった。
    吉田秋生の「ハナコ月記」でも似たようなエピソードはあったから、誰しも多かれ少なかれ経験はしていることなのだろう。
    ただ、最近触れる若手作家の作品内の学校生活には必ずこういったものが出てくるので、昔に比べて明確に意識されてきているのかなと思う。
    そうだとすると、今の中高生って本当に大変だな。
    「優秀なバレー部部長が部活をやめる」という事件が、ある人には大きく、ある人にはささやかではあるが影響を与えていく。
    様々な立場の人物の物語だが、思春期特有のひりつくような痛みを巧く拾っている。
    しかしどの話も基本的に読後は爽やかで、いい意味でまっとうな「青春小説」だなと感じた。
    個人的に気に入ったのは「小泉 風助」と「宮部 実果」。
    実果の話は結末は予測できたものの、そこに至るまでの彼女の心理描写がよかった。
    花屋であることを自覚し、愕然とするシーンが秀逸。

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著者プロフィール

朝井 リョウ(あさい りょう)
1989年、岐阜県生まれの小説家。本名は佐々井遼。早稲田大学文化構想学部卒業。
大学在学中の2009年、『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー、後年映画化された。
大学では堀江敏幸のゼミに所属し、卒論で『星やどりの声』を執筆。2013年『何者』で第148回直木賞を受賞。直木賞史上初の平成生まれの受賞者であり、男性受賞者としては最年少。『世界地図の下書き』で、第29回坪田譲治文学賞受賞。
その他代表作に『少女は卒業しない』、映画化された『何者』がある。

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