桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)

著者 :
  • 集英社
3.41
  • (436)
  • (1172)
  • (1391)
  • (395)
  • (111)
本棚登録 : 9615
レビュー : 1391
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087468175

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • さすがにあれだけ話題になって映画化もされた作品はうまいなぁー、というのが一読しての感想。
    映像のようにみるみるうちに目の前に景色を描き出す情景描写、一度も登場しないのに皆の中に色鮮やかにその影を落とす頼れるバレー部キャプテン桐嶋の存在感、高校生たちの想いが絡み合い、それぞれに膨らんで行き違っていく様。
    スクールカーストの下層に居る映画部前田の登場により、今までに登場した華やかに青春を謳歌する人物たちが彼らを当然の如く蔑む『上位』である事が作中で告げられた辺りから残酷さと色鮮やかさ、疾走感がどんどん増していくなぁと。
    これを書いた時の筆者は19歳だと言うのだから、振り返るには早すぎる青春の残酷さと酷たらしさ、その中の煌めきをこれだけ抉り出す話をよく書ききったもんだ、と感心させられたり。
    (その時だから書けた、というのはあるのかもしれないけれど)
    男の子たちだけじゃなく、女の子の特有の閉塞感、計算高さのようなものまできっちりリアルに描写される所が本当に上手いし、ヒリヒリさせられて引っかかりました。

    結局、熱血なんてはた迷惑だ、といつしか孤立して居場所を追われてしまった桐嶋、「ダサいおたく」と蔑まれ、嘲笑の対象にされても自分だけに残せる物を追いかける映画部連中を通して、何かに夢中になって自分だけの物を掴もうとがむしゃらになれるヤツが一番かっこいい、という『何者にもなれない』者たちの焦燥感ともどかしさを一番描きたかったのかな、と思ったり。
    戻らない日々の煌めきが、懐かしくも胸に痛かったです。

  • 割と周囲の評価が高かったので読んだ。

    読んだ結果、僕にはイマイチ良さがわからなかった。
    所々、言葉のチョイスとかは良かったと思う。キレイな表現、はっとするような表現もあったと思う。
    でも、いったいなにが伝えたかったのか、良くわからなかった。明確なメッセージ性がないにしても、何か考えさせられるようなものがほしかった。高校生独特の人間関係であったり、よくわからないモヤモヤだったりはうまく描き出せていたかもしれないけれど、逆に言うとそれだけだった気がする。
    構成にしても、日常に於ける様々な葛藤を描き出すという意味で多視点を入れたのは良かったと思うけれど、それらに共通して感じられる軸のようなものは少なくとも自分には伝わらなかった。多視点で構成するなら、なにかそれらが一つにまとまっていく感じが欲しかった。青春に特有の様々な感情を盛り込みすぎて、逆に主題が見えなかった(その混沌がテーマなら仕方ないけれど)。

    当たり前の日常を、当たり前に羅列しただけではそれはただの叙述であって、小説ではないと思う。なにか大きなテーマ、伝えたいことが感じられるのが僕にとっての良い作品だし、それがこの本ではあまり感じられなかった(または共感できず気付かなかった)から、☆2つ評価です。

  • 巻末の書き下ろしかすみの14歳時の話が読みたくて、単行本持ってるけどこちらも購入。高校生の時ってほんとどう考えても下らないことに心血注いで、ステータスだと思って、ひどく狭い世界で生きて、それが全てなんだよね。それが下らないって気付いていたってその狭い世界からは抜け出せないそんな高校時代。2013/189

  • 「桐島、部活やめるってよ」というタイトルだが、本当は「桐島、部活やめたってよ」が正しい内容だ。
    桐島は、部活をやめることを登場人物たちに誰一人として相談しておらず、それでも皆の中に桐島がどこかにひっそりといる。それは桐島という名前が記号として存在するだけで、本当に重要なのは「自分で決めたこと」という行動だ。本人たちはわかってないけど。
    高校という白いキャンバスで、たくさんの可能性があり、パワーもあるときに見かけだけで地位が作らる残酷であり、退屈な世界において、
    「部活をやめる」という決断をした桐島。実はこの物語の根っこなのだ。何かを決めるということは、他を捨てるということで、それは覚悟の話だ。
    何をしても一日が過ぎていく毎日で同じ繰り返しの中、何かをやると決めたものには、光が差し込む。だから、桐島の部活をやめるという決断は、さざ波のように小さな高校という社会の中で、ざわざわと広がっていくのだ。やめたってよ、ではなくて、やめるってよ、というところが味噌で、誰か人生における決断を行ってほしくない、先延ばしにしてほしい、可能性をとっておいたまま、なんとなく一日を平穏に暮らし、いつか卒業したい。そんな単調な生活の繰り返し。昨日と今日の違いもなく、今日と明日の違いもない。ただ、桐島がやめたことによって、ほんの僅かな生徒たちは、自分で何かを決める、やりたいことを見つけるということが重要であるかを、直接的ではないにしても、なんとなく感じ始めた。そんな生徒たちの物語。子供でもなく、大人でもない舞台が高校だからこそできる、この時代でしか話すことのできない物語。きっと桐島は誰にも相談せず、部活をやめた。それは、きっと一度も出てこない彼が、自分で自分のことを考え行動したこと。そして周りの「ほんとにそれで大丈夫なの?もったいねー」という傍観者として我がごと化できない想像力の欠如(まぁ高校生だし)と焦りを端的に表した素晴らしいタイトルだと思う。

  • まだ現役学生のわたしにはこの小説の中の世界が息苦しくなるほど共感できた。いわゆる「上」の人間たちって、ほんとに小さなひとつひとつが可愛くて、かっこよくて、絵になるんだよね。前髪を分ける仕草も、ポケットに財布を入れ込む動作も、なにも考えずに出たであろうリアクションも。わたしも「上」の人間ではないと自覚していたので、映画部の涼也と自分の高校時代が重なった。あんなふうに異性と自然にスキンシップできたらなあ、先生と堂々と会話できたらなあ、なんて羨ましがったところで、高校時代のそういう「上」とか「下」とかってほんと外見、というか入学式の第一印象でほぼ決まるし、いくら「下」の人間が「上」に憧れたところでどうしようもならない、というか調子に乗ってるって笑われちゃうんだよね。。だからただ自分の憧れてる気持ちとか「上」の人間たちの楽しそうな笑い声を消して、自分たちの殻にこもった生活を送るしかなかったなあ。
    正直小説のストーリー性とかは特別面白かった、という訳ではないけど、当時19歳だった作者のセンスには脱帽。この気持ちをこんなに具体的な言葉にできるなんて。こんな感性持ちたかった。

  • 以前映画を観てなかなか印象に残ったので今更ですが原作を購入。

    映画とは違うところで軽く涙。
    解釈も少し変わってみたり。

    10代と言う青春時代、私は常に好きなものがあり続けたタイプだったのでなんだかんだ辛いことがあっても振り返ってみればやはり楽しい時代でした。
    そう考えるとこの作品の中ではある意味結果的青春時代の【勝組】的な前田(本人はいまいち気づけていませんが)と同じ立ち位置になりますがさてはてそれから10数年後、
    大人になった今【勝組】で居続けているかと言うとそれは。。。。笑


    10数年後の前田や菊池たちはどうなっているのか。怖いもの見たさで気になります。

  • 当たり前のことかもしれないですが、読む人の年齢や経験によって印象が全然違って来ると思います。高校生たちの心理描写が非常に細かく描かれていますが、それが退屈に感じる方もいるでしょう。私も読み始めた時は、比喩表現なんかが非常に(言ってしまえば無駄に)多く、又文が若すぎるように感じられ、これは途中で読むのをやめるかもな、と思いながら読み進めていました(実際に筆者が19歳の頃執筆した作品だそうです)。しかし、自分の高校時代を思い出すにつれ、この文体がずっしりと私の中に抉る様に入ってくるようになりました。ああ、そういえば高校にはこういう人たちがいた、私も確かにその一人だった、高校生だったなあ。
    この作品に、この年齢で出会えたこと、この本で感じたことを大事にしていきたいです。

  • 青春のひりひりちくちくする感じが堪らない。自分の学生時代と自然に結びつけてしまうほど繊細でリアル。学校という小さな世界が全てだった時代。その外側にあるでっかい世界の存在を肌で感じながらも制服の着こなしで「上」「下」が決まる世界に身をゆだねていたあのころの感覚がそのまんま詰まっている。胸がぎゅっとなるような言葉の後にすっと情景描写がきたりして余計に切なくなる。一方でタイトルも含め、途中で立ち止まり読み返したくなるような巧さや秀逸さも光る良書。

  • 朝井さんが描いた高校生たちは驚くほどにリアルで痛いほどに眩しかった。

    普通の高校生活を過ごしてきた人なら、クラス内の特別なやつとそうでないやつとに自然にグループが分かれることがわかると思う。その基準は、制服の着方がかっこいいか、ダサいか。運動部か、文化部か。そんなもの。でもそこにいる全員の心を開けてみたら、みんな同じ17歳だった。

    チャットモンチー、aiko、ジャンプ、ミサンガ、カラオケ、100円マック、カーディガン、色付きのリップクリーム、シトラスの制汗剤、ヘアピン、自転車、ラッドウィンプス、ホワイトウォーター。いかにも「高校生です」と主張するアイテムたちを本来なら懐かしいと思いつつ見ることができるんだろうなあ。

    帰国の私には憧れと羨望の眼差しでしか見られなかった、17歳の話は、きっと日本の高校生にはきっと響くんだろう。19歳で描いたからこそ、このリアルさがあるんだろう。あたりまえにあることを深く深く掘り下げて見ているその視点が、すごくいい。

  • 17歳という若さの中にある
    純粋さ、幼さ、優しさ、世界の狭さ、あせり、漠然とした不安、
    他人との違い、自分であるということ、
    そういったものを異なる視点で、スマートに描いているな、という感想。
    若者は共感や反発を覚えて、オジサンでも同じかな。
    反面、その視点の周りにある人たちは、
    おなじ思いであるはずなのに、結構単純さ、残酷さや
    薄っぺらさ強調気味に描かれていて、
    この人たちだって、それだけじゃないはずと思ってしまう。

    みんな、それぞれ違う事情やシチュエーションのなか、
    強弱はあっても共通の要素で悩んだり、迷ったりして進んでいく、
    否応無く大人になって忘れたり、振り返って思い出したりしていく。
    そういうことを考えたり、思い出したりさせてくれるのが
    青春小説なのかな、と思った。

全1391件中 51 - 60件を表示

著者プロフィール

朝井 リョウ(あさい りょう)
1989年、岐阜県生まれの小説家。本名は佐々井遼。早稲田大学文化構想学部卒業。
大学在学中の2009年、『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー、後年映画化された。
大学では堀江敏幸のゼミに所属し、卒論で『星やどりの声』を執筆。2013年『何者』で第148回直木賞を受賞。直木賞史上初の平成生まれの受賞者であり、男性受賞者としては最年少。『世界地図の下書き』で、第29回坪田譲治文学賞受賞。
その他代表作に『少女は卒業しない』、映画化された『何者』がある。

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)のその他の作品

朝井リョウの作品

ツイートする