軽蔑 (集英社文庫(日本))

  • 集英社 (1999年2月19日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (512ページ) / ISBN・EAN: 9784087470178

作品紹介・あらすじ

トップレス・バーで働く美人の真知子と遊び人のカズさんが、夜となく昼となくくり広げる愛欲の日々…。新しい愛の形を必死に生きる男と女の運命を鮮烈な感性でとらえた長編。(解説・四方田犬彦)

感想・レビュー・書評

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  • 地方の御曹司(だめなボンボン)と歌舞伎町の踊り子が織りなすメロドラマだが、最後までタイトルの意味がわからないままストーリーが進む。
    最後の最後で、タイトルの意味がわかるが、男性はどこまで行っても男性であり、女性はどこまで行っても女性である、という感じになる。
    中上健次は、作風に似合わず、すごくフェミニストだったのではないかも思う。
    熊野サーガから一風変わったこの作品は、彼が亡くなる一ヶ月前に発刊されたとか。
    もし、この本の続きがあったら、と思うと、とても惜しい。
    中上健次の少し外した感じを読みたい方は、是非。

  • 中上健次の「完結した」長編としては遺作にあたる小説で、1992年に46歳で他界した中上健次が、この世を去るその年に上梓した。一連の「紀州サーガ」から離れた小説であり、中上健次としては珍しい「現代」を舞台にした作品。それゆえ彼をよく知る読者からは風変わりな作品として迎えられ、失敗作とも評される。

    作家46歳での作品でもあり、病にむしばまれなければ、その後「現代」をめぐる後続の作品群を先導した小説だという立ち位置を得たかも知れず、早世が惜しい。

    文庫版の裏表紙にある「内容紹介」が、悲しいほど酷い。

    ー「俺と高飛びするんだよ。お前と一緒になりたい」男前でセクシーなカズさんのことばに、トップレス・バーの踊り子の真知子は軽く返した「どこ?ラスベガス?」

    この小説を読み終えた人なら、どうして上記の個所をインビテーションとして引用するのか、ねらいについて理解に苦しむことが必定では。

    作中には例えば「人を殺したいと思う気持ちは、人を愛しているという気持ちと似ているのだろうか。」というような印象的な文章がある。ほかにも山ほどある。

    「一枝の木槿が、人の生活を変えるなどということがあるだろうか?あると答えれば、随分、ロマンチックな話になってしまうし、ないと答えれば、実質一点張りの綾のない話になってしまう。」という一文などは、この小説の胆だろうと思う。

    『軽蔑』が失敗作と評価され、中上読者の中でも未読の人が多いその理由の一端は、謎の「セクシー」紹介文にも原因があるのではないか、などと思う。

  • 中上健次最後の長篇。そういえば読んでいなかったのだが、映画化されるらしく文庫になったので、買ってみた。
    中上健次の小説の魅力は、なんといってもその文体にある。泉鏡花、古井由吉などと共に、文体そのものに芸が凝らされていて、実におもしろく、やはり「純文学」としての価値はそこにあると思われる。
    ジャズを模しているという中上の文体は、「○○だというように、〜した」などと、その表現内容は、描写の対象の意図をあらわしているのか、視点となっている人物の主観をあらわしているのか、それとも、「物語る」作者の情動が込められているのか判然としないままに、ともかく過剰な情感がめくるめくエネルギーの塊となって、迫ってくる。
    そしてそのエネルギーが押し寄せ波しぶきが上がるかのように、作中人物はよく泣く。この号泣は、中上健次が気に入っていたらしいアルバート・アイラーの、あの嗚咽のようなビブラートを想起させるだろう。
    この作品は珍しく「純愛小説」になっている。
    男(カズさん)はヤクザとつながりをもつチンピラだが、実は田舎の旧家の、資産家のぼんぼん。女(真知子)は東京でヌードダンサーをやっている。
    「二人は相思相愛、五分と五分の男と女」
    というフレーズがかなり執拗に繰り返され、二人の恋愛のスタイルを強迫的に定義している。
    しかし、この「五分と五分」のバランスは、東京から男の故郷である田舎に移動した時点で崩れてしまう。
    男の過去や家族、幼なじみの仲間たちに囲まれて、しがらみに絡め取られるため、もはや「五分と五分」すんわち一対一で対峙するという純粋な関係が壊れてしまう。そこで真知子は東京に舞い戻り、カズさんは賭博に熱中し巨額の借金をつくった末、あっけなく自滅してしまう。
    たぶん中上健次は意識していなかったろうが、「五分と五分」で向き合うためには網野善彦のいう「世俗の関係からは縁の切れた場所」すなわち「市場」が必要なのだ。全面的に市場であるような場所、つまり東京でなら、二人は「五分と五分」で対峙できたはずなのに、ひとたび田舎に行ってしまうと、世俗のもろもろのものとの「縁」にはめこまれ、影響され、「純粋な二人の関係」は維持できなくなってしまうというわけだ。
    なるほどメロドラマふうの展開であり、中上らしい神話的な語り口はここにはないが、私にはじゅうぶん面白かった。それは何よりも文体の脈動によるのであり、おそらく、映画化されると抜け落ちてしまうものであろう。

  • 身体と容姿とダンスを資本に、関係のない男たちの前に立つ女。
    遊び人、大地主の箱入りやんちゃモテ男。

    勤め人には、理解できない世界。
    トップレスバーで働く女だから、この男に出会い惚れる。
    先が見えない、危うい、儚い、世間体が良くない職業に就いているから、相手に真っ当を求めないし、世間体など気にしなくて良い、家族のことも気にかけなくていいし、職場で変な噂がたつなんて気にしなくていい、店のマネージャーはホテルをとってくれるから帰る家さえ縛られない。
    だから、この女は本能で男を見る、誰にも制限されないし、自分で抑制もしなくていい。
    そんな人がこの世にいるだろうか?

    男は、東京で兄貴と慕う暴力組織幹部と繋がっており、故郷では大地主の息子で、祖父の代からのモテ男、祖父の妾に可愛がられ、妾の開いた店に通い、兄貴の妹と親しみ、いいところの娘と縁談の話もあり、やんちゃな遊び仲間がおり、ものすごい関係性の中にいる。
    それを苦にするでもなく。

    経済的に安定し平穏に暮らし続けることを目指さない2人。

    平穏になんとか暮らしたいと願えば、堅気の職についた安定した稼ぎのある男を求める。
    死ぬまで平穏にという気持ちが、男に経済力と性格の穏やかさを求める。
    カズのような、男らしさは得られないだろう。
    退屈して不倫するんだろうか?
    死ぬまで平穏にという願いを持つことはどうなんだろう?
    理想がない、課題解決がない。
    本音と建前、世間体と本当の心、の問題になってくる。
    平穏を求めることで得られる、堅気の生活の世間体、平穏を求めることで失う感情、切望、愛情、恋心。

    余裕のなさ、社会不安、貧しさ、は平穏を求めるのか?
    いや、どんな社会状況でも燃えて散っていく者たちがいる。

    平穏より、尾崎豊や中村正義や三島由紀夫、のように早く死んだっていい、法を犯して捕まったっていい、社会問題になったっていい、それでもいいから、、、という何か強い思いの方が大事。
    でも、その何か強い思いが分からない。



    【徒花】あだばな
    咲いても実を結ばずに散る花。転じて、実 (じつ) を伴わない物事。むだ花。
    季節はずれに咲く花。

    【破瓜】はか
    性交によって処女膜が破れること。

    【閨】ねや
    夜寝るための部屋。特に、夫婦の寝室。

    【生殺与奪】せいさつよだつ
    生かすも殺すも、与えることも奪うことも自分の思うままになること。絶対的な権力を握っていることをいう。

    【内儀】おかみ
    他人の妻を敬っていう語。多く、町家の妻にいう。

    【トポス】
    場所。また、文学・芸術などにおける主題。

    銀杏boyz 「銀河鉄道」

  • p268

  • 軽蔑
    (和書)2011年06月14日 17:53
    1992 朝日新聞 中上 健次


    映画化されて興味を持ちました。映画は観たいけど金欠なのでDVDになったら借りよう。

    中上健次さんの本をまとめて読んでみたいけど、今は柄谷行人さんの朝日書評に載っていた本をまとめて読んでいる。

    本を読む速度は人並み以下だろうと思うが、読書を継続することは苦にならない。

  • 「何も要らないよ、わたし。カズさんだけ、いてくれたら」「大きな胸だし、太い腕だし。でも、カズさんだったら何されても怖くない。どんな事したって、ひとつも怖くない。だってわたしはカズさんを好きだから。愛してるから」

  • 男のアマエがどうしても。真知子がもっと今風でいて欲しかった

  • R、t.がRを”軽蔑”を”無効”にしたくて、しじ。
    (読ませる。)

    そしたら、

  • 「相思相愛、男と女、五分と五分」
    この言葉が何度も、それはもう何度も繰り返されます。
    「もう分かったわ! 」という程繰り返されます(笑)

    しかしながら、これが重要なのです。
    主人公の真知子は、カズさんと五分と五分でありたいと願っていますが、これがなかなか上手くいかない。
    周りの目や、カズさんの生まれ育った環境や、いろいろなものに邪魔をされます。

    いい意味で、中上健次さんの作品らしくなかったです。
    女性視点だからでしょうか。それとも紀州の泥臭い感じが描かれていないからでしょうか。

    ラストは、人によって賛否分かれると思いますが
    自分好みでした。


    そして、この感動を引きずったまま、実写映画を
    見たのですが・・・
    なんで、こーなっちゃったの? という感じです。
    最後の方は、原作無視どころの騒ぎじゃないし
    真知子役が鈴木杏さんっていうのはどーも・・・
    (ルックスとかスタイルとか)
    あ、高良健吾さんのカズさんっぷりはなかなかでしたよ。

  • 初めて中上さんの作品を読みました。途中までは面白かったな。最後はやっぱり・・という感じも受けました。純文学は久々に読んだな。内容は面白いと思ったんですがどうも読みにくい。私と中上作品の相性の問題だろうか。

  • 中上作品の中では、いわゆる「路地」ものではないこの長編は、ちょっと異色かも。ひとことで言ってしまえば恋愛ものですが、まあこの作者らしい部分もありつつ、好きかと言われれば、こういうものは別に求めてないかなっていう。

  •  映画にもなったし、まして作家は村上龍もリスペクトしているあの中上健次なのだ。長編ということもあり気合満々で読み始める。だが、はじめの期待をあっさり裏切り、あっけなく話しは終わる。死ぬ数ヶ月前の作品らしい、駄作と呼び声が高いのもうなずける。時間を無駄にしたい方はどうぞ。

  • ルノアールはフランス語圏の姓。2つの異なる綴りの仮名表記。
    カメオとは、瑪瑙、大理石、貝殻などに浮き彫りを施した装飾品。
    一彦 真知子 ピー 芸者 妾 酒蔵 六本木 墓参り ヤクザの兄貴 アルマンバタフライ トップレス ダンサー 海 東名高速 五分と五分 高良健吾 鈴木杏
    カトレヤ(カトレアCattleya)とは中南米原産のラン科植物の1つの属、あるいはその近縁属との交配品種を含む1群の植物である。美しい花を咲かせることからよく栽培され、最も有名な洋ランである。洋ランの女王とも言われる。
    大森 遺作

  • 読みづらい

  • 映画でみるよりカズさんがダメ男すぎて呆然。ぜんっぜん五分五分じゃない、まちちゃんの苦悩。田舎町の描写は和歌山人ならかなり共感度高いかと。

  • 和歌山、新宮などを舞台とした作品です。

  • 嫌いじゃないけど、ちと長過ぎ

  • 相思相愛の男と女、五分と五分。
    愛する人がいれば、そうありたいと思う。
    相手に頼るわけではなく、かと言って支配したいわけじゃない。
    そう願っているのに、それは実現できない。
    ヒロインの真知子は、まさにそれに悩み苦しんでいたのだろう。
    彼女とカズさんのカップルは、欲望渦巻く東京では若さゆえに強い光を放つが、カズさんの故郷では、彼が育ってきた地方の因習に知らず知らずに縛られてしまう。
    それであっても対等なスタンスを求む真知子、彼女を抱えながらも堕ちていくカズさん。
    彼らのような生き方にあこがれるわけではないし、かといって批判はできない、強烈な恋愛をただただ見守るだけであり、それに心揺さぶられたのであった。映画も楽しみだ。

  • 中上が残した最後の長編。とんでもないものを残していったな。

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著者プロフィール

(なかがみ・けんじ)1946~1992年。小説家。『岬』で芥川賞。『枯木灘』(毎日出版文化賞)、『鳳仙花』、『千年の愉楽』、『地の果て 至上の時』、『日輪の翼』、『奇蹟』、『讃歌』、『異族』など。全集十五巻、発言集成六巻、全発言二巻、エッセイ撰集二巻がある。

「2022年 『現代小説の方法 増補改訂版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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