月曜日の水玉模様 (集英社文庫)

著者 :
  • 集英社
3.61
  • (126)
  • (203)
  • (356)
  • (17)
  • (5)
本棚登録 : 1596
感想 : 188
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087473742

作品紹介・あらすじ

いつもと同じ時間に来る電車、その同じ車両、同じつり革につかまり、一週間が始まるはずだった-。丸の内に勤めるOL・片桐陶子は、通勤電車の中でリサーチ会社調査員・萩と知り合う。やがて2人は、身近に起こる不思議な事件を解明するというもう一つの顔を持つように…。謎解きを通して、ほろ苦くも愛しい「普通」の毎日の輝きを描く連作短篇ミステリー。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 『毎日、毎日、乗り降りを繰り返す通勤電車の中で出会う、数百、数千の人達。彼らの一人一人はいったいどういう暮らしをし、何を考え、どこへ向かっているのだろう?』

    このレビューを読んでくださっている方の多くは毎日の通勤・通学に電車を利用されているのではないかと思います。もちろん、お住まいの地域によってもその事情は異なるとは思いますが、その時間を”痛勤”と捉えていらっしゃる方は多いのではないでしょうか?そんな”痛勤”で、あなたの”あるある”を当ててみましょうか?

    『毎朝乗る電車も車両もおおよそは決まってくる。すると当然、乗客にもなんとなくお馴染みの顔ぶれが出てきたりする』。

    どうでしょう?人の習慣というのは恐ろしいものです。しかし、そんな風に”お馴染みの顔ぶれ”になってもお互いが挨拶をすることはありません。それはある意味当然です。たまたま同じ時間、同じ電車の同じ位置に乗り合わせている他人同士だからです。でも、そんな他人も毎日見ていると思った以上に意識するものです。『何を考え、どこへ向かっているのだろう?』ということは分からずとも、どんな傾向の服を着ているというようなことが自然と印象付いてきて、普段と異なる身なりだと、あれ、今日はどうしたんだろう?と気になってもしまいます。

    さて、ここにそんな他人のことがとても気になる一人のOLがいます。『観察が細かい』という、そのOL。この作品は、そんなOLが、通勤電車で毎朝見かける〈彼〉について『見たところ、彼が所有する背広は現在三着』、『ネクタイの推定保有数は全部で五本』と意識していく物語。そんな〈彼〉の『鮮やかなイエローの地に黒の水玉』模様というお決まりの『月曜日』のコーディネートを意識するその先に、身近なミステリーを解決していく一人のOLの姿を見る物語です。

    『窓の外にはぼんやりとはっきりしない曇り空が見える。朝っぱらからうっとうしいことこの上ない』と不機嫌なのは主人公の片桐陶子。その原因は『目の前で、一人の若い男が気持ち良さそうにすうすう寝入っている』ことにありました。『ほんの何日か前までは…彼のことがこの上なく愛しく思えていた』という陶子は、『ただただ小憎らしいばかりの存在と化し』たその男を見ます。『陶子が〈彼〉の存在に気づいたのは、半年ばかり前のこと』でした。『毎朝乗る電車も車両もおおよそは決まってくる』中で『いつも同じ車両の同じ席で、この上なく幸せそうに眠りこけている』その男を意識する陶子。『彼が所有する背広は現在三着』、『ネクタイの推定保有数は全部で五本』と、男の身なりを頭で整理する陶子は特にネクタイについて『多くは無難な色と柄なのだが、中に鮮やかなイエローの地に黒の水玉などという、かなり目立つ代物もある』と思います。そんな陶子は『毎週月曜日のぼんやりした頭で…ふと視線を落とすと目の前に派手な黄色の地』を目にし、『そこに散る、規則正しい黒の点々』を見て『何だか以前にもそういうことがあったような』と思い『それが〈月曜日専用〉であることに気づ』きました。しかしそれよりももっと大切なことにも気づく陶子。『彼は決まって登戸駅で下車する』、『つまりは彼の真正面に立ちさえすれば、登戸から代々木上原までの約十五分間、柔らかなシートにゆったりと腰を落ち着けることができる』という『大変な発見』に喜ぶ陶子。『二日に一度、あるいは三日に一度くらいの割合で、陶子は〈彼〉の恩恵に浴するように』なり、男のことを『愛しの君』と思うようになりました。しかし、『ある日を境に、状況が一変し』ます。登戸に到着するも『まるで目覚める気配がない』ある日の男は結局、『代々木上原に着いてしま』いました。『知ぃらないっと』と思い電車を降りた陶子は千代田線の行列に並びます。すると『あのう…』といきなり声をかけられた陶子。それがあの男であったことに驚きます。『少々お聞きしたいんですが、こっちの列は何なんでしょう?』と訊く男に『この時間は始発が二本続けて来る…』と行列が分かれることを説明する陶子。『なるほど、なるほど』と頭を下げた男を見て『今日だけなんでしょうね、千代田線に乗るのは』と心の中で思う陶子。しかし『結論から言えば、陶子は翌日も翌々日も、少しばかり不機嫌な朝を迎える羽目にな』ったという結果論。すっかり『〈愛しの君〉から〈卑劣な裏切り者〉へと転落を遂げた』男。そして、陶子は職場で起こった『ビル荒らし』事件をきっかけに、そんな男とまさかの再会を果たします。そして…と展開するこの短編〈月曜日の水玉模様〉。シリーズ化もされていくこの作品の主人公・片桐陶子、そして憎めない相棒のように彼女の周囲に出没する萩広海(はぎ ひろみ)の出会いを通勤電車の”あるある”にも絡めてサクッと描いた好編でした。

    「小説すばる」に、1995年4月から1998年7月に渡って連載された7つの短編をまとめたこの作品。“陶子シリーズ”として、加納さんの代表作の一つともなっています。そんな7つの短編の主人公の片桐陶子は丸の内に勤めるOLという設定であり、そんな彼女の身の回りに起こる身近なミステリーをサクッと解決していくというのが基本的なストーリー展開です。OLが主人公ということで当然に舞台は会社のオフィスということになりますが、今から25年前のオフィスの状況がどんな様子であったかを垣間見れるのが、この作品の隠れた魅力だと思います。まずは、仕事道具です。『昨日筒井さんに頼んだワープロのフロッピィ、どこにあるか知ってる?変換ミスがあってね、ちょっと直してもらいたいんだけど』という自然な会話。恐らく今の時代に過去をそれっぽく振り返って書いた場合には、”フロッピー”は登場させても”変換ミスを直してもらいたい”という表現は出てこないのではないかと思います。細かいですがその時代にリアルに書かれた物語だからこその生きた表現だと思いました。また、そんな次元を超えて驚いたのが『ちょっと咳き込みすぎて、胸が苦しいけど…』、『それはいかんなあ…さすってやろうか?』という男女の先輩・後輩の会話のシーンです。オフィスの中での”えっ!”と思うようなその発言に対して『セクハラ発言に対してはどんな仕返しをしてもいい…』と続くそのシーン。『どんな仕返しをしても』という以前に、このような発言がオフィスで出ること自体、違和感しかありません。他にもこういったセクハラ発言がサラッと登場するこの作品。加納さんもわざと特異なシーンを描いているはずがなく、25年前のオフィスの日常は、まだこんな会話が普通に存在する時代だったんだとある種の驚きを感じさせるシーンでした。

    そんな風にオフィスの日常の中に時代を感じさせる描写が絶妙に登場するこの作品ですが、一方で時代を経ても変わらないものがありました。それが、〈月曜日の水玉模様〉の陶子と広海の出会いの場ともなった通勤電車です。陶子が通うのは町田から代々木上原を経て丸の内という経路。首都圏にお住まいでないとピンとは来ないと思いますがこれは小田急線という90年代には遅延と混雑率で悪名高かった鉄道です。『赤の他人と密着すること数十分』という時間を『背中や後頭部に遠慮なく当たるスポーツ新聞』、『きつすぎる香水や整髪料の匂いや何やら得体の知れない悪臭』、そして『その他のあらゆる不愉快な事態に耐え忍び』という”痛勤”風景は時代が変わっても未だ基本的には改善されていないように思います。『ストレス、イライラ、疲労困憊などといった言葉は、今この状態の自分たちの為にある』という毎日の”痛勤”。そんな『不自然な体勢で延々とおしくらまんじゅうする苦痛』から逃れるには着席は必須です。『まさに天国と地獄』とはこちらもよく言ったもの。そんな”痛勤”場面の描写で、これは上手いと思ったのが、陶子が登戸で降りる男の後に座れるようになった喜びを表した次の表現です。
    『早朝の十五分の睡眠は、ダイヤモンドよりも貴重だ』
    これをうんうん、と頷かれる方の顔が目に浮かびます。そして、そんな風に上手いなあ、と思える表現がこの作品にはそこかしこに登場します。例えば、『薬』の取り違えがあり、陶子の手には自身のものが戻ったものの、広海の手には他人の袋があるという状況で戸惑う広海を描く〈火曜日の頭痛発熱〉の中のワンシーン。ここで登場するのが、
    『辞書の〈途方に暮れる〉という項に、見本として切り取って貼っておきたいような姿であった』
    という絶妙な表現です。これも上手いと思いました。そして、もう一つ。『この上なく幸福な夢を見ていた』広海が『自動車の急ブレーキの音』に端を発し、二人の人物の話し声、そしてパトカー到着ですっかり眠りを妨げられた〈水曜日の探偵志願〉の中のワンシーン。
    『快適な眠りを妨げられるのは、読みかけの本を真っ二つに裂かれるに等しい暴力的な出来事だ』
    本が好きな人ならこの感覚分かりますよね?という、これが小説だからこそ、その感覚がすっと入ってくるこの表現。それに続いて『枕元の時計を見ると、蛍光塗料を塗った針は午前三時半を指し示している』というリアルな本人の動作の描写も相まって、印象的な言葉とともに、身近な日常がとても上手く描写されていると思いました。

    そんなこの作品、上記に少し触れたように7つの短編に、それぞれ月曜日から日曜日までの曜日が必ず付いてきます。しかもそれらは”○曜日の□□□□”と文字数も揃っていて、作品全体として小気味良いリズムを感じさせてくれます(※豆知識としては、この最初の□の七文字を繋げるとある言葉が浮かび上がります)。私的には”○曜日”に何かが起こって、週末に向かって何かが解決されていくというと柚木麻子さんのアッコちゃんシリーズが思い浮かびますが、この作品はそういった曜日間の繋がりはありません。あくまでその曜日に何かしら”事件”が起こる、その様が描かれていく一種のミステリー小説です。しかし、一般的にミステリーというと”人が殺されました。犯人は誰でしょう?”という図柄が思い浮かびます。それに対して加納さんのこの作品が描くのは、もっと微笑ましい世界の上で展開していくミステリーです。『迷子に捕まっちゃったんですう。あたしのスカート、しっかり握っちゃって、離れてくれないんですよ』という〈木曜日の迷子案内〉。『犯行の舞台となったのは、丸の内にあるA社だった。そこで部内会費が盗まれた。集金袋から中身だけがそっくり消えていた』という〈金曜日の目撃証人〉。そして『大型トラックが一台、忽然と消えちゃったんですよ。なんと十トントラックが、積み荷ごとドロンですから』という〈日曜日の雨天決行〉など、『犯行』という言葉が登場しても、その内容、そして種明かしの過程は決して重々しいミステリーではありません。片桐陶子と”助手”の萩広海が、まるでしっかり者のお姉さんと、それに振り回される弟といった風情の中で、サクッと事件を解決していく物語は読んでいてとても心地よいものがありました。

    90年代のオフィスの風景をリアルに描きながら、主人公・陶子と、広海が7つのミステリーを小気味良く解き明かしていくこの作品。陶子が目にする身近な事ごとの背景に、会社や社会の様々な問題をチクッと浮かび上がらせるこの作品。とても読みやすく、あたたかい雰囲気の中に展開する物語は、私たちの身近な日常にこそ、実はミステリーが溢れているという事実を感じさせてくれました。決して怖くないミステリー、身近な日常にある謎解きをサクッと楽しめるその物語は、読後感スッキリな作品でした。

  • 加納朋子さんの作品を初めて読んだ。日常に起きた小さな(?)事件の謎解き。月曜日~日曜日の七つの短編集。個人的には《月曜日の水玉模様》が面白かった。
    金庫の暗証番号、やはりこうして書いておく人いるんだ~と。数字の語呂合わせ好きは多いからね。

  • 再読。面白かった。悲しいことに、この作品もだいぶ前に読んで内容は覚えてなかった。

    片桐陶子と萩広海のコンビが最高。陶子の鋭い観察力と、どこか抜けてるけど仕事は出来る調査員の萩が、身近に起こる事件を解決していく。伏線がいっぱいあって気が抜けない。最後にあーそういう事か、となる。加納朋子さんの作品は"最後でやられた"となるのが多い。

    この作品は20年以上前に書かれたもの。20年前の男女不平等問題、女性の社会進出の事が書かれてて、う〜んとなってしまった。男性と同じぐらい働いてても女性の給料は男性より少ない、女性が社会進出するのはあまり好まれない事など。20年経って少しは改善されてると思うけど、あまり変わってない気もする…。

    陶子と萩がいい感じになって終わった。ほっこりする。萩くん、もうひと押しだ。がんばれ。
    陶子が登場する他の作品『レインレイン・ボウ』もまた再読したい。

  • あれっこれも探偵小説なのか、しかも2001年の思わぬ本棚での出会い、月曜日から始めてそれぞれ違う事件簿の、なかなか感じのいい書き方をする。なんだかシリーズ化出来そうな感じだけれど、キレキレだったよ陶子さん。出来る人間はやっぱりいるんだね。もしも目の前に陶子さん居ると思うと見透かされていると思って落ち着かないかも、益子にはなれないて。萩野の生い立ちがちょっと出てるし陶子さんの生い立ちも悲しみあるし、でも深くは掘り下げないのだね。あの小さい会社のOLじゃあ勿体無いなあ、職場と才能とギャップがね。

  • 5度目の読了。心のお洗濯も完了。でももっと読みたい。なんでだろう?控え目な小説なんだけれど、いつまでもこの世界観に浸っていたいなぁなんてちょっと危ない気持ちを抱きつつ、爽やかな幸福感がぷくぷくと湧いてくるのを心ゆくまで味わえました^^

  • 小説すばる1995年4月号月曜日の水玉模様、8月号火曜日の頭痛発熱、1996年2月臨時増刊号水曜日の探偵志願、11月号木曜日の迷子案内、1997年9月号金曜日の目撃証言、1998年1月号土曜日の嫁菜寿司、7月号日曜日の雨天決行、の7つの連作短編を1998年9月集英社から刊行。2001年10月集英社文庫化。陶子シリーズ1作目。丸の内に務める一般事務職女子の奮闘話。設定が丁寧で事件解決が楽しいです。目からウロコの解決と魅力的な駒子が素敵です。「日曜日の雨天決行」は明らかな犯罪を見逃しているので少し後味が悪いかな。次作も楽しみです。

  • 円熟前の作品。順番間違えて読んでしまった。

  • 席の取り合い・代々木上原での乗替ダッシュ…小田急線を使っている人はニヤニヤしてしまうのではないでしょうか。
    日常ミステリももちろんですが、OL数年目となり、時に理不尽な場面にぶつかりながらもかわしていく主人公のしなやかな強さに、「みんなそうなんだ」と励まされました。

  • 日常的で
    かわいらしくって
    「ふふふ」と笑ってしまうプチ・ミステリーたちを
    平凡だけれど勘は冴えているOLの陶子と
    リサーチ会社に勤めるのんきで気の好い萩くんが解決していく物語です。

    普通に生活をしているあたしたちでも
    なにかの拍子に巡り会えそうな謎の彩りの豊かさが
    なんとも加納朋子さんらしいなあって。
    安心しながら読めました。

    ビル荒らしの謎。
    同僚の名を騙って診察を受ける会社員の謎。
    出来心から尾行してしまった男の謎。
    迷子が掴んで離さないOLの謎。
    などなど。

    ミステリーとして読むには刺激が少ないわりに
    謎解きのきっかけがやや強引ですが
    通勤電車で開くにはピッタリの内容なので
    読書好きのOLの皆さんには気軽にオススメできそうです。

  • 日常ミステリー。短編なのでちょっと時間があいた時に読める。どんでん返し系のミステリーが好きな私には、最初物足りなさを感じていたけど、読むごとにホッコリ。物語に引き込まれた。結構好きかも。

全188件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1966年福岡県生まれ。’92年『ななつのこ』で第3回鮎川哲也賞を受賞して作家デビュー。’95年に『ガラスの麒麟』で第48回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)、2008年『レインレイン・ボウ』で第1回京都水無月大賞を受賞。著書に『掌の中の小鳥』『ささら さや』『モノレールねこ』『ぐるぐる猿と歌う鳥』『少年少女飛行倶楽部』『七人の敵がいる』『トオリヌケ キンシ』『カーテンコール!』『いつかの岸辺に跳ねていく』『二百十番館にようこそ』などがある。

「2021年 『ガラスの麒麟 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

加納朋子の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×