桜雨 (集英社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087488654

感想・レビュー・書評

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  • 坂東眞砂子さん、読み応えがあります。「桜雨」、1995.10刊行、1999.6文庫。この作品は島清恋愛文学賞受賞作品です。一人の画家を巡る早夜と美紗江の数奇な人生を、一枚の絵に見せられた現代に生きる彩子が追いかけます。壮大な浪漫、戦争、特に東京大空襲による悲惨な時代、時空を超えて物語は進み行きます。物語も終焉に近づく頃、彩子と美紗江の出会いがクライマックスでしょう。著者の美意識と人情、そして、構成の巧みさに魅せられました。

  • 今まで四国、奈良と古き因習の残る小村、または町を舞台に伝奇ホラーを展開してきた坂東氏が今回選んだ舞台はなんと東京。しかも本作はホラーではなく、戦前の画家の探索行と昭和初期の情念溢れる女と男の業を描いた恋愛物。

    しかし、舞台は東京といっても年寄りの街、そして仏閣の街、巣鴨。やはり死がテーマの一部である。

    物語は混乱の昭和初期を生き抜いた二人の女性の物語を軸に、戦前の画家西游を巡る現代の物語が展開する。

    当初本作の主人公とされた額田彩子のストーリーよりも五木田早夜と小野美紗江という対照的な二人の物語の方が比重が大きくなり、またその情念の凄さから物語自体、かなり濃密である。

    この二つの物語についてはそれぞれの人生観が特徴的に表れていると思う。

    雪深い新潟の地を出るように上京し、画家を目指すが、人生に翻弄されるがままに生きていき、西游という狂乱の画家と出逢う事で愛憎に苦しみながら生きてきた早夜は「人生は食べてしまった饅頭のように何も残らないものだ」と述懐する。

    一方、同棲相手から逃げるように飛び出し、未練を残しながらも新しい生活に向かおうとする彩子は「散った桜が消えないように、人生も過去に思いを馳せつつ残り続けていく」と考える。

    何もかも失ってしまった早夜―最後に命さえも失った事が解るのだが―と三浦英夫との同棲に失敗した思い出が色濃く残る彩子。この二人を象徴するのに最適なエピソードだと思った。

    そして早夜と美紗江の過去の物語の登場人物全てが不幸であるというのもまた坂東氏の特徴がよく表れている。
    早夜は元より、その類い稀なる美貌と絵の才能を持っていた美紗江もまた西游に人生狂わされ、緑内障により、画家の道を閉ざされ、生涯独身を余儀なくされる。

    そして榊原西游も周囲の人生を狂わせる事で絵の才能の糧にし、女の内面を写実的に描き出す。しかし空襲でその作品のほとんどは焼き尽くされ、現在では最早忘れ去られた存在に(実在の人物なのかどうかは解らないが)。

    そして早夜の上京時からの良きパートナーであった有馬雄吉もまた、新進の俳優の道が開ける正にその時、戦争に徴収され、顔に火傷を負い、俳優の道を閉ざされ、家業の桶屋を継ぐことになる。しかも妻と子供は空襲で爆死するといった有様だ。その死に様は身寄りの無い年寄りの孤独な死である。

    この救いの無さは一体何なのだろう?

    しかし、前述したように過去と現在との物語では断然過去の物語の方が面白い。

    これから判断するに、人の不幸こそ面白い、というのが坂東氏の物語作法なのだろうか?

    しかし、私はこの物語は失敗作だと思う。

    いや、失敗作というのは適切ではない。未完の作品だと思う。

    過去と現在の物語の濃度に差がある故にバランスを欠いているように感じるのだ。

    主人公の予定だった彩子がなんともぼやけた存在になってしまっている。

    行きつけのパブ「リンダム」の常連達である弥生と大磯夫婦など個性あるキャラクターもいるのに物語があまり膨らんでいない。

    しかし何といっても物語の結末の仕方がすべて曖昧なのだ。

    はっきりした答えなど必要ない、感じたことを信じればそれでいいのだ。

    確かにこれも一種の結末の付け方だろう。しかし、なんとも据わりが悪い。

    今回、死の象徴とされた蝙蝠傘を持ち、「都市は冥界である」と唱える男の正体、絵の作者、西游の行方、美紗江の真意。

    これら全てが未解決であるから余韻を残す結末ではなく、どうにも消化不足のような気がしてならない。

    ミステリではないからと云われればそれまでだが、あと少し書き込めばなかなかの傑作になったのではないかと思うのだが。

  • なんというか、、、
    終盤にきて、ハッとさせられる展開でした。
    最初はモヤモヤしながら読み進んでましたが、
    最後まで読んでよかったです。

  • 現代(よりちょっと昔)パートと戦時中のパートが交互に語られる。
    現代は三人称で、戦時中は早夜の視点で。
    それが交差した時が物語のクライマックスになる、と思ったのだけど。

    現代パートの主人公・額田彩子は出版社で画集を編集している。私生活では自分勝手な同棲相手と別れた直後。
    戦時中のパートは美術専門学校を中退した早夜が、奔放な生活の果てに愛した画家・西游(さいゆう)と、美人で金持ちの新進画家・美紗江との三角関係に苦しむ話。

    この西游というのが、生活力がなくて女好きのくせに、自分の芸術に対しては一切の妥協をしないという自己チュー男。
    しかし、だからこそ、離れられない二人の女。

    自己チューというのなら、田舎に帰りたくない、東京で暮らしたいという一心で学校をやめ、絵のモデルをしながら遊び暮らす早夜も負けていない。
    苦しい生活の中からお金を送ってくれる親や、間借りさせてくれる子だくさんの叔父の気持ちを踏みにじり、自分に心を寄せてくれている雄吉の思いを知りながら、都合のいい時にしか寄り付かない早夜。

    彩子の近所に住んでいると思われる二人の老女は、早夜と美紗江であろうことはすぐにわかる。
    しかし、二人の間に厳然として存在していた西游はどうなったのか?

    感情移入できる人物のいない恋愛小説は、なかなか読み続けるのに骨が折れる。
    今一つ乗り切れないまま、終盤、空襲で焼け出された西游と美紗江が早夜の元で一緒に暮らし始めてから、物語の緊張の度合いが高まる。
    絶対に破局するはずだ、こんな関係。
    しかし、現在西游は何をしているのか?
    なぜ早夜と美紗江は一緒に暮らしているのか?

    最後の50ページは一気読み。
    そして衝撃の顛末。
    ひゃ~、途中でやめなくてよかったよ~。
    だから読書はやめられない。

  • 一人の画家の男を奪い合う女性二人の話。

    ここまでのめり込んでしまう恋は怖い。
    何となく分かるような気もするけど…あぁ、でもやっぱり、分かりたくないなぁ。

    話の中で出てくる絵がとても印象に残って、もし本当にあるのなら実物を見てみたい。

    ラストは、あーそうくるか、、と言う感じ。
    意外にもアッサリと終わってしまったので気になるところもチラホラ。

  • これは、あれです。平成12年頃に上映されたアメリカのとあるホラー映画のようです。それは表現の手法、という点に関することなのですが、即ネタばれになるのではもう何も言えません。一度観てしまえば二度目は無い、と思われるタイプのネタです。少なくともわたしにとっては。二番煎じと取られないためにも、そのように表現する必然性が提示されると、「なるほど~」と唸されるんでしょうね。しかしこちらの方が作品としては古いわけですから本歌取りにはあたらないですね。

  • 坂東真砂子の書く女性はリアルで、共感というよりも、哀しみを感じます。どんなにがんばっても時間にだけは逆らえない。
    こんな哀しい気持ちを感じる時が少しづつ近づいていくのが怖いです。

  • テーマがテーマだけに重たくて、読了後はなんとも言えない喪失感と、切なさが残った。
    愛する人を奪い合う二人の姿と現在とが混在していて、気づいたときのせつなさったらたまらない。そしてサスペンス要素も強くて、さすが坂東作品と言わざるを得ない。

  • 昭和初期頃に描かれたと思われる一枚の幻想的な日本画。その作者は一体誰なのか、そして描かれた情景とは…?かつて一人の女性が陥った壮絶な愛憎の記憶が、絵の出現とともに現代に蘇る。
    登場人物の誰にも共感できず、むしろ反発を覚えるばかりなのに、ラストで明かされる意外な真実には胸を打たれた。不思議な読後感だ。
    ☆島清恋愛文学賞

  •  それは目を奪う絵だった。 
     薄墨の夜を背景にして紅蓮の炎が舞いあがる。燃えているのは木造の家屋だろうか、炎に照らされて二人の女の顔が浮かんでいる。何を考えているのかはわからない。苦しみを抱えているようでもあり、頬を緩めて、苦しみから解放された安堵の表情にも見える。火焔が起こす上昇気流に揉まれ乱れ舞う桜の花びらが女たちの体を包み込んでいて、見るものを幻想の世界へと誘う。※
     
     全く無名の作家が書いた一枚の絵。凄味と妖艶さを併せ持つ傑作。
    小さな出版社で幻想絵画集の発行を企画した彩子は、その取材過程でこの絵に出会う。そして心を奪われる。このを描いたのは誰なのか。


     彩子は戦前の池袋に『池袋モンパルナス』と呼ばれた若い芸術家たちが集まった村があったことを知る。若い感性を磨き、切磋琢磨して新しい芸術の波を開こうと苦闘していた画学生たち。この絵はそんな環境の中で生まれた絵だった。


     次第に明らかになるのは絵に秘められた一人の才能ある絵描きだった男の執念、そして男に翻弄され、嫉妬と怨念にとりつかれてしまう二人の女。
     この絵に描かれた男と女の壮絶な人生とは・・・


     芸術に囚われ、愛に囚われ、動乱の時代にのみこまれていった忘れられた愛憎の記憶。
     あまりに切なく美しき恋愛文学。


     今まで4回読み返した本。
     ※絵の描写は自分が本文の内容から想像したものです。絵は実在しません。

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著者プロフィール

高知県生まれ。奈良女子大学卒業後、イタリアで建築と美術を学ぶ。ライター、童話作家を経て、1996年『桜雨』で島清恋愛文学賞、同年『山妣』で直木賞、2002年『曼荼羅道』で柴田連三郎賞を受賞。著書に『死国』『狗神』『蟲』『桃色浄土』『傀儡』『ブギウギ』など多数。

「2013年 『ブギウギ 敗戦後』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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