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Amazon.co.jp ・本 (440ページ) / ISBN・EAN: 9784087493948
作品紹介・あらすじ
元禄15年12月15日払暁、華々しき赤穂浪士の討入りに行けなかった、行かなかった不忠不義の士19人の理由と言い訳。忠臣蔵の先入観を塗りかえる第20回吉川英治文学賞受賞作。(解説・高橋敏夫)
みんなの感想まとめ
忠臣蔵に参加しなかった赤穂浪士たちの理由や言い訳を描いた物語は、従来の忠臣蔵のイメージを覆す新たな視点を提供します。著者の筆力によって、浪士たちの日常が鮮やかに描かれ、彼らの心情や葛藤がリアルに伝わっ...
感想・レビュー・書評
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2013/04/21完讀
(9/10)
被這本書吸引,是因為光標題就有著井上氏的幽默。但內容卻是意外地工整認真,除了渡辺半右衛門篇有一點點搞笑的感覺,其他部分都寫得很規矩。縱使除去招牌的幽默筆法,仍可以在這樣的小篇幅寫出令人信服又戲劇化的過程,且仍然非常地吸引人,可見井上氏的筆力真是非比尋常。採用對話體的方式,有點像在看戲劇的感覺,讀者彷彿有成為街坊看熱鬧的民眾,非常有連帶感。
一般寫忠臣蔵,都是著眼於47義士的故事,很少人會注意到沒有參加「義舉」的其他家臣,中途脫盟者甚至被人在背後指指點點說是膽小鬼,為街坊所排擠,默默地消失在歷史之中。但井上氏很認真地考察這些人的人生,為這19個人的人生寫出一套很有說服力的說詞:為什麼沒有參加義舉。19個故事小而緻密,不落俗套,對於人生百態、當時世相的描寫觀察非常敏銳,把這個社會氛圍跟政治環境都編織進來,因此篇篇都令人信服且異常地真實,而整個作品的格局也相當不凡,每篇內容的濃厚度不輸一本長篇小說。先讀《吉里吉里人》再讀完這本覺得,這位作者確實是對整個國家、大環境有真正深入的觀察和思考,才有辦法寫出這樣的書。解說裡面提到忠臣蔵曾隨著時代變化,諸如在演劇仮名手本忠臣蔵中重點是お軽跟勘平的悲戀義理人情劇,但在日俄戰爭後的1910年代的福本日南的元祿快舉錄甚至到20年代大仏次郎的作品出現後,就變成忠孝節義的樣版劇,成為戰後的基調。後來也有人把他看做批評金權政治的批判劇,也有人把它的主題當作御霊信仰(怨みを残して死んだ人間の霊を鎮魂する);這一切複雜的意涵都包攝在這個單純的復仇劇故事中。此外,很多忠臣蔵的論述,都把這個故事和「日本人」劃上等號。井上氏認為,「赤穂藩には当時、三百余人の家臣がいたんですが、討ち入りに参加するのは全体の、わずか六分の一弱。参加しない方が圧倒的に多数なわけです。それなら、参加しなかった人たちを徹底的に書いたほうが、『日本人』というものがハッキリ出るんじゃないか。」仇討事件在江戸時代據說就有三百件左右,但都沒有這麼多人參加,為了主君復仇的的充其量只有兩三件,而且參加的都是少數派,因此井上氏說,「そんな珍しいケースなのにあたかも日本人の行動の手本みたいになっている。特殊な例で一般論を言っているようなところが、危険だって気がするんです」。
解說提到,「対抗する言説は、対抗する対象から限定づけばかりか、そこを取り込まれてしまう危険を常にかかえている。」,井上氏既不否定也不對抗主流的事實故事,「『忠臣蔵』を依拠する『事実』を認めたうえで、それならまったく同等に、その『事実』にむかわなかった『事実』も認めよ、というところからはじめることだった。相手を認めながら、同時に相手を空洞化してしまうこと。」「その物語を崩すためには、『事実』を多数性によって徹底的に相対化され、正しい意味で切り縮められねばならない」「これはたんに、『事実』の多数性が『忠臣蔵』の単一性を突き崩すものとして存在しているからというにとどまらない。作品の終わりで消滅したかにみえる『吉里吉里』が、実は形を変え、この人々のそれぞれの話の中に生きつづけていること、逆に、これらのささやかではあるが、異質な小話群のなかにこそ、『吉里吉里』のいわば『崩し力』が内在していることを、なによりもまず、『不忠臣蔵』自身が語りかけているからである。」「そして、それと同時に、読書前にはたしかに知っていたはずの」『忠臣蔵』という物語もまた、気がづかないうちにすっかり影の薄いものになりはじめているはずである」
井上用柔軟的方式,不否定事實,以挖掘歷史探照燈之外的生命的方式,考察、挑戰,且言之成理,柔軟地顛覆不動如山的事實,慢慢地讓它相對化、模糊化,達到顛覆的效果。而我對於這個故事的看法確實也和閱讀之前不相同了。與其說這是一個不簡單的作品,更應該說,井上ひさし真是一個超級一流的作家。
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井上ひさしは、かつて「道元の冒険」で岸田戯曲賞を受賞した際、悲劇や新劇さらには前衛劇といった「主語」になりやすいものに対し、みずからの喜劇・笑劇を「述語」の試みとしたうえで、次のように述べたことがある。「むろん、喜劇や笑劇が述語としてしか使われていないことに異議を申し立てようとしているのではない。ものものこれらには主語になりにくい曖昧さや身の軽さがありすぎ、心やさしくひ弱であって、その上だらしがなく確固としてところがまるでないのだからしょせんは述語の位置に甘んじているしかないのである。これらはつねに二軍であり、けっして時めいてはならないのである。このことをぼくは大切にしたいと思う。より曖昧により軽やかにもっとやさしく更にひ弱に、でんでろでんとだらしなく、その上まるで掴みどころのない漠たるものへ、一歩一歩近づいていかなくてはと考える。」(述語でありつづけること)(P.438) -
忠臣蔵外伝の傑作。
井上ひさしさんのおそるべき博識ぶり、
落語さながらの語りに脱帽、いっきに読み終わった。
書くこと表現することにとりつかれた百年に一度の天才でしたね。
「組曲虐殺」を遺言に書き尽くされたのではないでしょうか。 -
おなじみ赤穂浪士モノだが、300人余りいた赤穂藩士のうち実際に討ち入りに参加したのはたったの47人なわけで、この本 は参加しなかった人もしくは参加できなかった人たちの物語。大石内蔵助がキライとか、まだ死にたくねぇとか。言い訳いろいろ。人生いろいろ。
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西村さん所有
→11/10/29 浦野レンタル
→13/04/19 返却
忠臣蔵に参加しなかった赤穂浪士の物語です。
長らくお借りしてすみませんでした。
『吉里吉里人』のような破天荒さ、不真面目さのない、井上ひさしらしからぬ(?)マジメな作品でした。
浪士たちの江戸での毎日が目に浮かぶような、井上さんの筆力に圧倒されました。 -
この語り口は天才的だ。
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東北などを舞台とした作品です。
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最初によんでから、もう20年になります。単行本を2日くらいで一気に読みきった記憶があります。仇討ちに参加できなかった、しなかった人達の悲しい物語。短編の連作で、どれもすばらしい出来です。忠臣蔵の華々しい内容とは一線を画す、「義」の物語です。
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文化祭で井上ひさしを研究することになって、読んでみたら意外に楽しかった。井上ひさしの作品は途中話が少しとはいえ本筋からずれるのが厭だけどこれにはそれがない。文句なしに面白い一冊。
著者プロフィール
井上ひさしの作品
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