ピアニシモ (集英社文庫)

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  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087498110

作品紹介・あらすじ

僕にはヒカルがいる。しかし、ヒカルは僕にしか見えない。伝言ダイヤルで知り合ったサキ。でも、知っているのは彼女の声だけ。あとは、冷たい視線と敵意にあふれた教室、崩壊寸前の家庭…。行き場を見失い、都会のコンクリートジャングルを彷徨する孤独な少年の心の荒廃と自立への闘い、そして成長-。ブランク・ジェネレーションに捧げる新しい時代の青春文学。第13回すばる文学賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 父親の転勤に伴って転校を繰り返す主人公の氏家透は、小学校では9回、中学校では4回、学校を変わっています。いつも、テニスコート付きのマンションや部屋数の多い戸建てに住み裕福な生活を送っていますが、実情は、父は時を選ばす迎えに来る黒塗りの車で仕事に出かけて不在がちで、専業主婦の母は自動車会社のポスターのモデルをしていたくらい美しかったのに今は新興宗教にのめり込んでいます。父を「あの人」と呼びほとんど顔を合わさず、母を「あんた」と呼び罵倒する生活ですが、いったん学校に行くと居場所がなく、空想の友達「ヒカル」と一緒でないと不安で仕方のない毎日です。
    新しい学校で壮絶ないじめにあい不登校になった彼ですが、そんな時、父親が突然団地の屋上から投身自殺をします。混乱の中、彼は、心の拠り所であったNTTの伝言ダイヤルで知り合ったサキという17歳と会う約束をしますが、彼女が嘘で塗り固められた虚像であったことを知ります。彼は、自身の成長の機会の訪れを知り、ヒカリを含む全てと決別し、新たな一歩を踏み出す決意をします。
    すばる文学賞受賞作。帯に「『ピアニシモ』はよくわかる文章であった。」とありますが、日本語として、アウトラインとしては明確でしたが、私自身としては深く読み込むには難しかったです。設定も、現実味がありそうでありながら、-少なくとも私には―パターン化された社会の闇のように見えました。ただ、文章は研ぎ澄まされて美しく、冒頭「ざらついた空気が、もう何カ月も蒸発することのない腐りかけた日陰の水たまりのように、長く古い廊下の先まで充満していた。」の一文に、一気にその世界に引き込まれました。最後も、暗い情景を的確に描写しながらも一筋の光を感じさせる、余韻を残した繊細な文章で、そちらには味わいを感じることができました。

  • 新しい中学に転校した透はさっそくいじめられる。ヒカルだけが彼の友だち。ヒカルは彼にしか見えない存在。

    透の父親は仕事人間で見かけることはほとんどない。母親のことは好きだけど、誰よりも憎い。透は学校に行くのをやめた。NTTの伝言サービスで知り合ったサキには本当のことを話せた。僕とヒカル、そしてサキだけの世界。

    説得されてしかたなく行った学校でいじめられ、帰宅すると父親は飛び降り自殺していた。サキに電話して会う約束をしたが、彼女は現れなかった。

    透は丘の上から乳母車を押し出す。コンビニで遭遇したクラスの連中を押し倒してガラスを割り、追いかけてきた奴の頭をレンガで殴る。電話ボックスでサキに電話をするが冷たくあしらわれて、受話器を引っこ抜く。近くにいた老犬の頭をかち割る。”トオルちゃん”と呼んだヒカルに「消えろ」と叫ぶ。

    家に帰るとやつれた母がいた。透は母に優しく接した。彼はヒカルなしで生きていくことを決めた。

    ---------------------------------------

    家にも学校にも居場所が無くて、どうしようもない状況透くんの暴力衝動が爆発する後半が素晴らしかった。
    理不尽な扱いを受けてきた透くんが、理不尽な暴力を振るう。暴力の連鎖、悲しいなあ。

    自立とか成長といえば素敵なエピソードに聞こえるけどそういう話じゃなかった。
    身動きが取れない沼のなか、泥水で顔を洗うような話。

    正論が通用しない、暴力が蔓延する世界で生き残るのに必要なのは暴力ってことなのかな。絶望しかないなあ。
    出来れば爆発しないように生きていきたいと思う。

  • 戦争(敗戦、日本、核、赤、星)弱く、大事なところは逃げて見ぬ振り

  • 少年から大人へ。
    自分の弱さや不運な境遇を認めることは怖いこと。でもそれを乗り越えないと次の景色は見られない。受け止めるとか理解するとかそんな高度なことはもうちょっと大人になってからでいいから、とりあえずどうにでもなれ!と吹っ切れてみるのもアリかもしれない。
    結局は自分との戦いなんだな。

  • 前回読んだ「海辺のカフカ」の主人公「カフカ」は15歳で、自分の弱さゆえにもう一人の自分「カラスと呼ばれる少年」を創り出した。
    が、昔これとそっくりな小説があったのを思い出した。
    主人公の年齢も、“もう一人の自分”という設定も同じだが、着地地点が全然違うなぁと思ったので、再読です。


    『ピアニシモ』 辻仁成 (集英社文庫)


    主人公の氏家透は中学三年生。
    父親の転勤で転校を繰り返す“転校ジプシー”である。
    転校するたびクラスに馴染めず孤立をし、どんどん自分の殻に閉じこもっていった。
    彼は「ヒカル」という存在を創りだし、常に行動をともにすることで、何とかこの世界を泳いでいけた。

    新しい学校で透はいじめにあう。
    無感情で無表情なクラスメイトたち。
    クラスの波長に常に神経を集中させていなければ生きていくことができない統一国家のような集団。
    この集団のバランスを保つためには常に生贄が必要であり、当然のように透がその標的となった。

    透の家は機能不全家庭である。
    何か月も顔を見ない父親、ヒステリックなぐらい息子を溺愛し、新興宗教にのめり込む母親。
    父親のことを「あの人」と言い、母親を「あんた」と呼ぶ。
    月々の小遣いは銀行に振り込まれ、テーブルの上のごはんは千円札に変わった。

    そして「ヒカル」の存在。
    自分にだけ見えるもう一人の自分。
    父から逃げ、母をいびり、ヒカルとともに世の中の秩序に石を投げる。

    「うるせえな。死にてえのかよ、ババア。」

    「ニュースでやっていたように、バットでぶっ殺してやろうか?」

    成長の過程、というにはあまりにも苦しい道を、親子共々歩いているように見える。
    でも、不謹慎を承知で言うと、正直私はここまで親に気持ちをぶつけられるこの子がちょっと羨ましいなと思う。

    後半、透がヒカルに「消えろ」というくだりがある。
    乱闘事件を起こし、サキに裏切られ、雨の中、棒切れを振り回し喚き散らす。
    ヒカルめがけて何度も襲いかかる。

    「消えろ、消えろ、消えろ」

    そしてヒカルは消えた。
    それが、一人の少年が大人になった瞬間だった。

    「カフカ」と「透」、「カラスと呼ばれる少年」と「ヒカル」。
    違いは何なのだろう。

    「海辺のカフカ」も「ピアニシモ」も同じ思春期の少年の成長譚なのだが、「ピアニシモ」を読むと「海辺のカフカ」が綺麗に見える。
    「海辺のカフカ」はカフカの成長した姿が見えず、結果が出ないままフェイドアウトしている。

    一方、これが作者の処女作だという理由もあるが、「ピアニシモ」はものすごく荒っぽい。
    怪我をしまくって、血を流しまくって、地べたを這いずって、やっと雨上がりを迎える。

    居眠りをする母にカーディガンを掛けてやり、傷だらけの手でその背中にそっと触る透の姿は、これまでハラハラして読み進んできた読者をホッとさせる。
    本当によかった。
    でも、電話ボックスは壊しちゃいかんと思うぞ。
    それから野良犬も殴っちゃだめだよ。

    ところで最近、同作者の「ピアニシモ・ピアニシモ」という本が出たのだが、それの紹介文の、出版社か何かの宣伝文句を見て唖然とした。

    「デビュー作『ピアニシモ』から17年、あの透とヒカルが帰ってきました」

    「透とヒカルの愛の冒険」

    ぬぁ・ん・じゃ・そりゃーーー!!!

    内容は、

    「地下に出現したもう一つの中学校に潜む得体の知れない殺人者と闘う」

    とかそんなんらしい。
    どう考えても続編じゃないよね。
    いや、闇の殺人者と闘うのはいいわよ。そういう小説があっても別にいいんだけどさ。
    それがわざわざ「透とヒカル」である必要があるのか?
    読んでいないので何とも言えないけれど、透とヒカルはそのままそっとしておいてほしかった気がするなぁ。
    わがままかなぁ。

  • もつれたあやとりは、優しくほぐさなければほどけないのに、僕はパニックになるたびに力まかせに引っ張って、よけいもつれさせていた。

  • 中学校の時、虐めにあっていた。誰も話す人がいなくて、ひたすら、キモイ、死ねと言われ続けた。自分にもヒカル居たらいいなと思っていた。なので、キリンを友達として作った。ヒカルほど完成度は高くなかったけど、心強かった。
    20年以上たった今でも動物園に行くたびにキリンを見ると、思い出す。昔の恋人のような感じで。

  • 辻仁成の処女作。情景の描写比喩が細かく多い。

  • 高校の時に辻仁成にどはまった。なんでだっけ?と思って、改めて手に取ったけど、今の私にはその理由は思い出せなかった。それはさておき。イマジナリーフレンドのヒカルを頼りになんとか生き続ける少年・透。転校生で故郷もなければ、幼馴染もいなくて、学校は監獄。世界はねずみ色でドン底。希望も光もなく、どうしようもない中で唯一の楽しみは電話の向こうの彼女の存在。半端に賢くて、半端にバカは生きるの辛いよな。僕だけの友達はちっとも救いにならない。赤川次郎のふたり、花のあすか組、風葬の教室が頭を過ぎる。

  • 僕が作り出したヒカル君と過ごす青年の話し。子供から自立した大人への境目の苛立ち、孤独などの感情を紡ぐ言葉表現が素晴らしかった。あとがきによると、辻さんの処女作らしい。
    最後、いろいろなものから解き放たれる部分の疾走感がすごかった。こういった場面は他の小説でもみることがあるが、暴力に走ったり、明るい光に吸い込まれたり。同じ壁を超える読後感の印象がかなり変わるな。
    20年後のトオルやサキの物語も読んでみたい

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著者プロフィール

東京生まれ。1989年「ピアニシモ」で第13回すばる文学賞を受賞。以後、作家、ミュージシャン、映画監督など幅広いジャンルで活躍している。97年「海峡の光」で第116回芥川賞、99年『白仏』の仏語版「Le Bouddha blanc」でフランスの代表的な文学賞であるフェミナ賞の外国小説賞を日本人として初めて受賞。『十年後の恋』『真夜中の子供』『なぜ、生きているのかと考えてみるのが今かもしれない』『父 Mon Pere』他、著書多数。近刊に『父ちゃんの料理教室』『ちょっと方向を変えてみる 七転び八起きのぼくから154のエール』『パリの"食べる"スープ 一皿で幸せになれる!』がある。パリ在住。


「2022年 『パリの空の下で、息子とぼくの3000日』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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