こころ (集英社文庫)

著者 :
  • 集英社
3.89
  • (413)
  • (355)
  • (452)
  • (41)
  • (5)
本棚登録 : 3880
感想 : 380
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (348ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087520095

作品紹介・あらすじ

「私」は、鎌倉の海で出会った「先生」の不思議な人柄に強く惹かれ、関心を持つ。「先生」が、恋人を得るため親友を裏切り、自殺に追い込んだ過去は、その遺書によって明らかにされてゆく。近代知識人の苦悩を、透徹した文章で描いた著者の代表作。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • これが「岩波文庫読者が選ぶ100冊」の一位に選ばれたのは、納得です。見事なエンタメ推理小説でした。最初に「謎」が提示されて、「伏線」が張り巡らされて、「事件」が起きる。そして「真の原因」は「何処か」に隠されている。

     私はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執っても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない。(6p)

    冒頭である。「先生」と呼ばれる過去形の人物は一体何者なのか。この書き方自体に何かの「事件」の匂いがぷんぷんする。

    38pには意外な展開が書き込まれていた。まさかこれが青年の先生への同性愛の恋物語だとは知らなかった。しかも、青年はそのことに気がついていないが、先生はきちんと気がついていながら「私は男としてどうしてもあなたに満足を与えられない人間なのです。それから、ある特別の事情があって、なおさらあなたに満足を与えられないでいるのです。私は実際お気の毒に思っています。あなたが私からよそへ動いて行くのは仕方がない。私はむしろそれを希望しているのです。しかし……」と断る。 こんな生々しい会話もしているわけです。しかも、ここで「ある特別の事情」と伏線が張られる。

    「あなたは本当に真面目なんですか」と先生が念を押した。「私は過去の因果で、人を疑りつけている。だから実はあなたも疑っている。しかしどうもあなただけは疑りたくない。あなたは疑るにはあまりに単純すぎるようだ。私は死ぬ前にたった一人で好いから、他を信用して死にたいと思っている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。あなたははらの底から真面目ですか」「もし私の命が真面目なものなら、私の今いった事も真面目です」私の声は頸えた。(87p)

    この頃になると、死亡フラグ立ちっぱなし。

    事件の真相らしきものは、第三部の「先生と遺書」によって展開されるのではあるが、実はテーマとしては第一部の「先生と私」で出尽くしていると言って良い。名探偵ならば第一部で「解決したよ、小林くん」と云うべきところだろう。

    「私は嫌われてるとは思いません。嫌われる訳がないんですもの。しかし先生は世間が嫌いなんでしょう。世間というより近頃では人間が嫌いになっているんでしょう。だからその人間の一人として、私も好かれるはずがないじゃありませんか」(50p)

    一般的に事件の蚊帳の外に置かれていたと云う評価の「奥さん」ではあるが、常に先生の側に居て約15年、彼女が先生の自殺の「真相」に気がつかなかったわけがない。この言葉に自殺の真相が集約されている。と私は観る。単純に親友Kへの罪の意識でもなければ、「明治の精神」に殉死したのでもない、「人間は淋しい」といったウジウジした気持ちでもない。そして奥さん自身はとっくにそんな夫を馬鹿な男と客観視出来ていることも、この言葉から読み取れる。

    人間の心の不可思議さを位置づけた素晴らしい推理小説でした。
    2013年7月21日読了

  • 人間の罪や本質、今の時代にも通じる寂しや優しさが詰まった作品でした。Kの手紙のもっと早く死ぬべきだったのに、なぜ今まで生きてきたのだろうという言葉に泣きました。

  • 40年ぶり位の再読になる。
    人生経験を積めば、それなりに読み方が深くなるという。
    まあ、自分に限って言えば、そんなことはありません。(笑)
    と言うものの、最初に読んだのが高校生の時で、今が50代になっているので、父の死を経験したりで、死が少しは身近なものになっている。

    面白いと思ったのは、「先生と遺書」の45。
    先生がお嬢さんを嫁にしたいと、母親に話す場面。
    母親の言葉が、「宜ござんす、差し上げましょう」という件。
    時代が今とは違うというものの、本人に確認もせずに、あっさりと決めており、思わず笑ってしまった。

    ●2023年4月6日、追記。

    某所に、つぎのような記述あり。

    ---引用開始

    Kは、「医者になれ」という養父の希望を裏切り、僧侶の実父とも折り合わず、孤独と生活苦の中にいた。そのKに手を差し伸べ、自分の下宿に連れて来た先生は、どうしてKを救えなかったのか。

    ---引用終了

  • 以前に授業で読んだ印象と、今回読んだ印象は違った。例えば、三角関係よりも先生の「こころ」の内のドロドロとした感触が印象に残った。

    「私の心臓を立ち割って、温かく流れる血潮を啜ろうとしたからです。~中略~私は今自分で自分の心臓を破って、その血をあなたの顔に浴びせかけようとしているのです。私の鼓動が停った時、あなたの胸に新しい命が宿る事ができるなら満足です。」149p

    そして、明治と現代の空気感の違いも新鮮だった。西洋文化を取り入れることが「エリート」の条件で和風を少し見下した論調や家父長制に見られるジェンダー意識など当時を反映した作品を読む体験ができたのは一つの収穫だと思う。

  • やはり純文学は自分にはまだ早いと痛感した。

    自分はこの作品で何よりも先生に先立たれた奥さんが可哀想でならなかったのだが解説を読み、もしかしたら奥さんは全てを察した上で先生に接していたのかもしれないと思うとそれもそれであるのかなとも思った。
    また、「私」が先生に恋愛的な感情を抱いていたという解説にも納得させられた。
    いつか自分もこの解説で書かれているくらいのことを考察できるようになりたいなーと思った。

    いやー、ここまでページをめくる手が進まないのは久しぶりだったな。

  • 上「先生と私」を読んでる時は当然遺書の内容は知らない状態で読んでいたので、単純に先生と私、その間にいる妻との話を読んでいるだけだったので何も気には留めなかった。
    しかし先生の遺書の話になってから、叔父に裏切られたり、親友のKの自殺の話を見てガラリと最初の話の捉え方が変わってしまった。
    こんなにも取り返しのつかないことってあるのだということを知った。

  • 夏目漱石の『こころ』は、太宰治の『人間失格』と共に累計発行部数を争っているらしい。『人間失格』は前に読んだけど、『こころ』は未読だった。日本で最も売れている作品がどんなものなのか、興味があった。

    この作品は、「上 先生と私」、「中 両親と私」、「下 先生と遺書」の3部に分かれている。主人公の「私」と「先生」との関わりが、作品のほとんどを占めている。

    「私」は夏の鎌倉で「先生」と知り合い、それから頻繁に「先生」の家に通うようになる。「私」はなぜこれほど「先生」に好意を持つようになったんだろう? 後からその辺りの理由が明らかになるのかと思ったけれども、特にそれらしいことは明らかにならないまま物語は終わる。その後に巻末の解説を読むと、「外国では『こころ』は同性愛の小説として読まれている」とあった。それを頭に入れて再読すると、「私」の行動は違ったように感じられる。鎌倉で「先生」と知り合った辺りは一目惚れしたように思えてくる。元々、偶然同じ時期に鎌倉の海に来ていただけの赤の他人だったのに、その後親密に会話ができる間柄になっている。そんな関係に持っていけた「私」の積極性は、恋愛感情から来るものだとしても違和感がない。作品を読む時の視点が変わると、感じ方も変わるという貴重な体験ができた。

    この作品はそれほど長くもなく、登場人物も多くない、割とシンプルな構成になっていると思う。それなのに、読んでいると色んなことを思い起こさせる。それぞれの人物の関係性に注目して読むと、また新たな発見がありそうだ。
    ・「先生」と「私」の関係
    ・「両親」と「私」の関係
    ・「先生」と奥さんの関係
    ・「先生」とKの関係

    「両親」と「私」の関係は、とても共感した。「私」と同じく地方から東京に出てきている人はわかってもらえるんじゃないかと思う。作中で『儒者の家に切支丹の臭いを持ち込むように』という表現がある。生まれ育った実家に帰ったのに、どうも調和しない。数日もいれば、早く東京に帰りたくなる。そういう感覚は明治の時代から変わらないんだな、と思った。

  • 人間ってこんなもんだよねと、一部やりすぎだろ〜とは思うけど、それぐらいが丁度良くてわかりやすい。

  • タイトルは知ってたけど、読んだことはなかった本。
    今回読んでみて、素直に難しいと思った。
    けど先生の告発?の部分は読み進める度に惹かれるものがあった。

  • 心地よい鬱
    上、中、下の構成で、下からは一気に物語のスピード感が増して真実が明らかになっていくのが楽しくもあるし心を掻き乱されもする

全380件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1867(慶応3)年、江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)にて誕生。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表。翌年、『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々の傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。

「2021年 『夏目漱石大活字本シリーズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

夏目漱石の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×