車輪の下 (集英社文庫)

制作 : 井上 正蔵 
  • 集英社
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本棚登録 : 801
レビュー : 84
  • Amazon.co.jp ・本 (308ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087520217

感想・レビュー・書評

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  • 主人公に共感しながら一気に読んでしまった。
    私は主人公ほど真面目ではないからあのような結末にはならなかったが、勉強ばかりでやりたいことも見つからず悩んでいた学生時代の自分と主人公の姿が重なる。学問も大事だが、親は子供の感受性を大事にしてほしい。

  •  多感な少年が厳然たる体系を持った教育制度に押しつぶされる物語。タイトルの車輪とは、教育制度の比喩であることをわざわざ言うのは野暮であろう。

     毎日夜中まで勉強し、友だちから引き離され、釣りや散歩を禁じられた少年。試験が終わり、当然与えられるべき休みすら許してもらえなかった。彼は根本から優しいのだ。父親や数人の教師のくだらない名誉心を満たし、彼らを喜ばせなければと自分を追い詰めてしまうほどに。そして、悲しいほどに感じやすかった。周囲の期待に応えられない自分に存在価値を見出せなくなるほどに。
     時代も国も違う物語なのに、少年の気持ちを想像しやすく、すんなり自分の中に入ってきた。「期待」が人を簡単に壊してしまうことを改めて認識できた一冊。

  • 天才と教師の間の対立。
    異端とされ社会から追放されたものが名を成し、のちに社会で賞賛される。
    逃避のような死因に納得はいかないが、幼少時からエリートとして育てられてきた少年の感性が踏みにじられ、一切の苦労が徒労に終わる時の虚しさは心にぐさりとくる。

  • この作品では、大人たちによる「教育」によって、自分を見失ってゆく少年が辿る運命が描かれている。

    いたるところに、大人や、とりわけ学校教育に対する痛烈な批判が見られる。
    子どもの頃は違和感や反発を感じていたことに対して、気づけば何も感じず、同化している。
    そして、子どもたちに対して、あの頃反発していた「大人」と同じことを言っている。
    それは自分が大人になったからなのか、それとも「大人たち」によって少しずつ、しかし確実に角をそぎ落とされ、他人と同じような、言うなればただの球になってしまったからなのか。
    読んでいて、心が痛んだり、はっとさせられるところがいくつもあった。
    それは私自身が大人であり、そして教育者だからだ。

    それにしても、多感で繊細な思春期の少年の心理を、これほど巧みに表現した作家は、未だかつて見たことがない。
    訳も素晴らしい。
    サガンを読んだ時も翻訳の素晴らしさに感動したが、それをはるかに上回る。

    私がこの作品で最も心を揺さぶられたのは、神学校に入った後の、少年から青年へと移ってゆくハンスの心の変化だった。
    周囲の大人の期待にがんじがらめになり、母親のいない厳格な少年時代を過ごしたため、友人たちと他愛ない情緒的なやりとりができず、苦悩するハンス。そこで初めて出会った、自由奔放で詩的な少年ハイルナーへの戸惑いと、初恋にも似た友情。
    この、ハイルナーとの友情が築かれて、ハンスの裏切りを経て、再び築き直され、そして別れてゆく過程、二人の関係とそれぞれの心の変化、これがとにかく身悶えするほど鮮やかで繊細で素晴らしい。
    ただ、これは共感できる人・・・つまり、そういった心の動きを経験した人でないと、おそらく理解できないだろう。

    また、詩的で芸術的なものを愛し、ものの本質を見極める力をもつハイルナーの感覚を通した古典に関する描写は、それらをほとんど読んだことのない自分でも心が震えるほど素晴らしかった。
    人や風景や物に対してはともかく、文章に対してこのような表現を使った例が、他にあるのだろうか。

    心に響いた表現をあげていけば本当にきりがないほど、この物語中盤は一節一節が心を揺さぶる。
    (特に印象に残った表現は、本棚の「引用」で記録しておきます)

    最初に述べたとおり、「教育のあり方」は本作品のメインテーマの一つだ。
    タイトルである「車輪の下」という言葉は、(私の記憶違いでなければ)p141で初めて、そして唯一登場する。
    校長が、自分たちの思い描いた方向から外れだしたハンスに対し、次のように語りかける。
    「へたばらないようにするんだよ、さもないと車輪の下に圧しつぶされてしまうよ」
    結局、その言葉通り、ハンスは「車輪の下に圧しつぶされて」しまう。

    結末を、救いがないとみるか、ハンスにとっては救いだったのかも知れないとみるか、人によって違うのかも知れないが。
    最後の靴屋の「あなたもわたしも、この子にはもっとしてやることがあったのではないですかな。そうは思いませんか?」という言葉が、胸に刺さる。

    教育者として、ずっと戒めにしたい。



    レビュー全文→http://preciousdays20xx.blog19.fc2.com/blog-entry-446.html

  • 今さらながらに読み終えました

    この作品に高校生のとき出会っていたなら、私が愛する作家は太宰治ではなくヘッセだったかも

    人間が生きていく上で必ず抱えるだろう葛藤が表現されているというところが似ている気がした

    今、この歳になって読むと「あぁ~若いね」で何となく終わってしまう

    でも、自分も通ってきた道であるとは思うから邂逅といったかんじ

    そして、高校生と決定的に違う視点は、「正しい教育って何なんだろうか?」と読み終わった後に考えさせられた

    ヘッセは教師のことをかなり毛嫌いしていることが、この作品から伺い知ることができる

    自分が教師だったなら「お前ら自分が絶対に正しいと言えるのか?」と、ズバリ言われる気がすると思う

    挑戦的なこの作品に、回答与えられるかどうかで教師の力量は見極められるんじゃないだろうか

  • 10代のうちに読みたい本。叙情的な文が美しい。

  • 中学3年生の頃に読書感想文を書いた記憶がある。当時、本書の内容がどれほど理解出来たのかは分からないが、少なくとも今までに読んだことのない物憂い読後感を得たのは確かだ。

  • 悲しかった。主人公ハンスの気持ちが痛いほどわかってつらくなった。ハンスは神学校での抑圧された環境から逃げ出して、みんなから遅れて機械工になるんだけど、結局悲劇的な最期を遂げることになる。神学校から抜け出すことは作者ヘッセと重なる部分があるんだけど、ヘッセ自身は「詩人になりたい」という夢があって、そこに向かうことができた。でもハンスはその目標みたいなものがなかったんだよね。「夢」「希望」って安っぽいほど言われているけれど、そういう命の瀬戸際みたいなところに於いてはやっぱり大切なものなのかもしれない。もう少し早く読みたかったなと思いました。

  • 「まあ、待てよ。」
    と、ハイルナーはわざと冗談めかして言った。

    「そんなつもりじゃなかったんだ」

著者プロフィール

ヘルマン・ヘッセ(Hermann Hesse)
1877~1962年。ドイツ、バーデンヴュルテンベルク州生まれ。詩人、作家。1946年ノーベル文学賞受賞。代表作に『青春彷徨』(『郷愁』)『車輪の下』『デーミアン』『シッダールタ』『荒野の狼』『ガラス玉遊戯』などがある。

「2019年 『文庫 愛することができる人は幸せだ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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