高野聖 (集英社文庫)

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  • 集英社
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レビュー : 52
  • Amazon.co.jp ・本 (260ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087520347

感想・レビュー・書評

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  • 青空文庫さんにて。もっと読みづらいものかと思っていたため、意外とすんなりと読めて驚いた。表題はラストでそわっと背筋が寒くなった。『外科室』が凄く好き。

  • 「外科室」「高野聖」など 山林の暗闇や怪奇現象により 女性の情念の凄まじさを描いている。血や死が出てこないのに 読み手に 恐怖を感じさせる演出力が凄い

    「高野聖」は 魔物と化した女性の情念と 高野聖の仏性の修行の戦いとして読んだ。白痴は 仏性と同じ存在だと思う。仏性のある男しか 女性の情念には勝てない と解釈した

    「眉かくしの霊」怪談。幽霊と化した女性の情念の怖さ

  • 角川版と集英社版再読了。
    『外科室』『高野聖』『眉かくしの霊』が共通で、角川版は『義血侠血』『夜行巡査』、集英社版は『星あかり』『海の使者』をそれぞれ収録。
    角川は<悲恋>、集英社は<怪異>に寄せた編集なのかな。

    フォントと行間の違いで、私には集英社の方が読みやすかった。
    表紙が天野喜孝画伯なのもポイント高かったんよな。鏡花文学の美麗さと不気味さを表現するのに最も相応しい絵師だと思う。

  • 文書、それのみで、人間以外の世界を描くことの凄まじさ。

  • 夢を見ている時の、あり得ないことが起きているのにストンと受け入れてしまう感覚を思い出した。人界と幽界の境に存在するような女たちの妖しさが鮮烈。流れるような描写のせいか、情景がするする頭に浮かんでくるので、表題作『高野聖』の蛭の森のくだりではそれが効果的すぎてヒイイイイとなったり。

  • 怪奇小説家でコレが書けるのは次元が普通じゃない

  • 久しぶりに読みました。数十年ぶり(笑)。若い頃に読んだ時も面白い好みの題材の好みの耽美小説だったんですが、当時とちがうネットリ感が感じられてハマりました。まず『高野聖』前回(笑)読んだ時には幻想的で妖怪幽霊不思議もののイメージをうけたんですが、、これはしみじみとエロですねぇ。ただ、大変高潔上品に下品(どんなんよ)。なんというか、そこらへん葛藤があるわけですよ。主役のヤングな美僧と山の美女、障害をもつ男、おやじ(脇役/説明者)このバランスの良さに滝ですわ。滝てエロチシズム爆発です、だいたいにして修験や修行の触りになるほどの煩悩イメージですよって(あははは)。ともかく、馬に山美女が全裸で絡むシーン
     「大きな鼻面の正面にすっくと立った」美女がフィジカルに大きくなったような錯覚を覚える美僧、美女は「うっとりとなった有様、愛嬌も、嬌態も、世話らしい打ち解けたふうはとみに失せて、神か、魔かと」いう印象になる。そしてその美女は馬の前に立ち、着ていた単衣をくるくると円ろげて持って、「霞も纏わぬ」素っ裸になったとおもうと、「仰向けざまに身を翻し、妖気を籠めて朦朧とした月あかりに、前足の間に膚が挟まったと思うと、衣を脱して掻い取りながら下腹をつと潜って横に抜けて」出て来た。この後、動かなかった馬がしゃんしゃんと歩いて行くんですねぇ。なんともダークファンタジー的なえぐいほどの美しさ。この後、この馬や山美女についての謎解きが語られて、この馬と美女の絡みがさらに意味のあるものになるんですが、他にも蛭に吸われるところや、滝のところなんぞはアレですし、細かい1つ1つ、沢庵齧る1つにしてもなにやら怪しくてねぇ、これはもう、それはそれは凄まじいです。長くなるのでこの辺で。
    『高野聖』(明治33、新小説)の他は、『義血侠血』(明治27、読売新聞、スクリプト『滝の白糸』の原作)、『夜行巡査』『外科室』(明治28、文芸倶楽部)『眉かくしの霊』(大正13、苦楽)。

  • 「外科室」
    病院で、麻酔を嫌がるおばさんの話
    精神の純潔性を守ることの不可能について説くものだ
    心の秘密を知られたら生きていけない
    ということが、今よりずっと切実な問題としてあったのだろう

    「星あかり」
    天然自然、あるがままの世界から独立して
    一個の精神を隠し持つ人間のありよう
    その後ろめたさが、自然現象に投影されたとき
    理由のない恐怖へと変わるのか
    だけどまあ、そこに抑圧者が直接介在しないのならば
    ただのそそっかしさにすぎない

    「高野聖」
    セクハラを用いる抑圧者への敵意が共有されたとき
    プラトニック主義とフリーセックス主義は結託するだろう
    それはしかし、より大きな
    あるいはより陰惨な暴力を求める意志にもなりうる

    「眉かくしの霊」
    おばけを相手に、どっちが美人か勝負しようとしたら
    第三者に、本物のおばけと間違えられて殺されちゃったという
    悲しいお話です
    そもそもなんでそんなあほな勝負をせなあかんかったのか
    迷信を否定できない空気があったから、かもしれない
    ニッポン・イデオロギーか…

  • 懐かしい日本語に感嘆。使いならされていたはずの多くのことばにも再会し、今の貧しさ実感。

  • 新潮文庫版、角川文庫版もあったけど、装丁のきれいさと程よい注釈で集英社文庫版をチョイス(立ち読みしたときの印象では、新潮文庫版は注釈がうるさすぎた)。

    「声に出して読みたい日本語」とはまさにこのこと。 独特の文体に慣れさえすれば、そのリズムがとても心地よい。

    妖艶で危険な香りのする女性の描き方が最高。
    谷崎潤一郎に通じるものを感じる。
    女の相手が禁欲の修行僧ってのもいい。あの背徳感。

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著者プロフィール

泉鏡花(いずみ きょうか)
1873年11月4日 - 1939年9月7日)
石川県金沢市生まれの小説家。本名は「泉鏡太郎」。明治後期から昭和初期にかけて活躍。尾崎紅葉『二人比丘尼 色懺悔』を読んで文学を志し、上京し本人に入門、尾崎家で書生生活を始める。師弟の絆は終生切れることがなかった。
1893年、京都日出新聞に真土事件を素材とした処女作「冠弥左衛門」を連載。以降、『夜行巡査』、『外科室』、『照葉狂言』、『高野聖』、『婦系図』、『歌行燈』などの作品を残す。1939年に癌性肺腫瘍のため逝去、雑司が谷霊園に眠る。その後1973年に「泉鏡花文学賞」が制定され、1999年金沢に「泉鏡花記念館」が開館。

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