- Amazon.co.jp ・本 (196ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087520415
作品紹介・あらすじ
1945年8月6日、人類史上初の原爆投下に広島は死体で埋まり、傷ついた人々のうめき声で満ちた。自らも被爆した詩人・原民喜はこの人間存在の凌辱ともいえる悽惨な地獄絵に直面し、「このことを書きのこさねばならない」と固く決意する。名作「夏の花」ほか「壊滅の序曲」「廃墟から」を収録。第1回水上滝太郎賞受賞。
感想・レビュー・書評
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淡々と原爆の様子が語られていく。
原爆は悲惨だ。勿論、これにより多くの名もなき人々(夏の花)が失われ、多くの苦痛を伴った。
ただ一つ、最愛の妻を失い生きる活力を失っていた原民喜に「原爆を語り継ぐ」という一つの存在意義を与えた。彼は自らを奮い立たせるもの結局のところ自身の記憶する原爆と、それに対する周囲とのギャップを感じるようになり自殺するわけだが、原爆が奪うだけではなく、どこか小さな所で何かしらを「与える」ものでもあったと言うのが新しい視点だった。
愛する人を失うことの悲しみと孤独。想像するだけでも辛い。これを乗り越える術を、その時までに何とかして見つけていきたい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「1945年8月6日、人類史上初の原爆投下に広島は死体で埋まり、傷ついた人々のうめき声で満ちた。自らも被爆した詩人・原民喜はこの人間存在の凌辱ともいえる悽惨な地獄絵に直面し、「このことを書きのこさねばならない」と固く決意する。名作「夏の花」ほか「壊滅の序曲」「廃墟から」を収録。第1回水上滝太郎賞受賞。」
「静かな短篇である。原民喜(はらたみき)の小説「夏の花」は、人類がつくりだした最もおぞましいものの一つ、原爆による被害を描いているにもかかわらず、おだやかで、しかも、美しい。
1945年8月6日、広島で何が起きたのか、その悲惨さを理解するのは難しい。しかし文学は、読者をそこに連れて行く事ができる。名も無き夏の花のような二元の悲劇を経験されてくれる。再び核兵器を使ったらどうなるのかが記された未来の書でもある。」
(『いつか君に出会ってほしい本』田村文著 の紹介より)
「このことを書きのこさねばならない、と、私は心に呟いた。けれども、その時はまだ、私はこの空襲の真相を殆ど知ってはいなかったのである。」(本文より)
著者は広島市生まれ。1944年に妻がなくなり、さらに45年に広島で被爆した際に多くの死に直面した。このことが、作家としての転機となった。この本は、被爆直後の惨状を記したノートをもとに書いた小説である。詩人としても知られ、「原爆小景」などの作品がある。51年、45歳でs自殺。 -
戦争は嫌だ。
淡々と戦争の悲惨さを感じる作品。 -
広島生まれで原子爆弾被爆者の著者。
原爆が落とされた瞬間、彼は便所にいて、物凄い光のあと真っ暗になり、外を見れば一面吹き飛んでいた、とある。
被爆者たちはみな一様に水を求めて川へ集まり、地獄絵図のようだった。
異口同音に水をくれという言葉がこだます現場。
顔は腫れ上がり、その圧で目は線のように細くなり、腕は化膿しハエ、蛆がとめどなく湧いていた。
血を吐き、喉が痛くなると数日後には死んでしまうと言われていたとある。ありのままを淡々と綴っているのは意図的なのか。
あまりに数が多すぎて、身内も他人もみな被爆者だらけで枚挙に暇がない。自分を救うのに精一杯。そんな地獄のような場に身を置いていれば、 慣れるのだろうか。著者は元々精神衰弱な所があり、妻が病死したあとは生きる活力を失い、鉄道自殺したそうだ。
中学の教科書に載っていてずっと頭に残っていた本だった。
読んだ後、今度は広島へ行き、原爆について知りたくなった。当時の様子を見て、思いを馳せたい。
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「原民喜」が広島への原爆投下のことを描いた短篇集『夏の花』を読みました。
この季節… 太平洋戦争に関する作品の読書が続いています。
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1945年8月6日、アメリカ軍によって広島に原爆が落とされた。
死体で街が埋まり、凄惨な地獄絵をくり広げたこの原爆体験を、自らも被爆した詩人が描く名作。
1945年8月6日、人類史上初の原爆投下に広島は死体で埋まり、傷ついた人々のうめき声で満ちた。
自らも被爆した詩人「原民喜」はこの人間存在の凌辱ともいえる悽惨な地獄絵に直面し、「このことを書きのこさねばならない」と固く決意する。
名作『夏の花』ほか『壊滅の序曲』 『廃墟から』を収録。
第1回水上滝太郎賞受賞。
(解説「藤井淑禎」/鑑賞「リービ英雄」)
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詩人「原民喜」が被爆直後に綴っていた日記をもとに、避難先の広島県佐伯郡八幡村(現在の広島市佐伯区)で自らの経験した惨禍を綴った物語で、『夏の花三部作』と称させる3つの短篇が収録されています、、、
書かれた時期は異なっているようですが… 原爆投下前を描いた『壊滅の序曲』、原爆投下前後を描いた『夏の花』、原爆投下後を描いた『廃墟から』の3篇から構成されており、3つの別々な作品ではなく、連続したひとつの物語として読める作品でした。
■壊滅の序曲
■夏の花
■廃墟から
■語注
■解説…小説家への過程 藤井淑禎
■鑑賞…「原爆」が「文学」になったとき リービ英雄
■年譜 沖山明徳
昭和20年(1945年)8月6日の原爆投下前後の広島を舞台に、オーバーな脚色やドラマティックな展開はなく、自身の体験に基づき、一人称で当時の模様が淡々と描かれています… 庶民の目線から描かれ、生々しさを感じさせる筆致が心に響き、じわじわと恐怖感が襲ってくるような作品でしたね。
71年前に故郷で起こった悲惨な出来事ですからね… しっかり事実を学び、心に刻み込んでおきたいです。
この惨劇を繰り返さないために、一人ひとりができることは、まず事実を正しく知る… ということだと思うんですよね、、、
そして、日常生活から離れ、平和について思いを巡らせることも大切だなぁ… と感じた作品でした。
以下、主な登場人物です。
【主人公とその周囲の人々】
「私」
主人公。
被爆の少し前に妻が死去し、工場を経営する実家で親族と同居していることが述べられるなど、作者の分身と推測される描写がある。
厠に入っていたところを原爆の閃光に襲われるが、家屋が堅牢な造りであったため大きな傷もなく命拾いをする。
被爆直後「遂に来たるべきものが来た」と「さばさばした気持」で事態を受け入れる一方、作家として「このことを書きのこさねばならない」と決意するが、その後、避難の過程で想像を絶する被爆の実相を目の当たりにすることとなる。
「妹」
被爆する直前、起床が遅い「私」に小言をこぼしていたが、被爆後、兄の様子を心配しまっさきに駆けつけてくる。
避難してきた川岸で「私」と再会し被爆時のことを語り合う。
「シャツ一枚の男」
工場の従業員。
被爆直後「私」の前に現れ、「電話をかけなきゃ」とつぶやきながらどこかに消える。
突然の事態を前にかなり動転した様子が見られる。
「K」
工場の事務員。
被爆直後「私」の前に現れ、足を負傷していた。
どこに避難するか判断が付かないほど動転しており、「私」とともに家を脱出するが途中で行方不明となる。
「長兄」
実家の工場を経営しており、事務室で被爆したが脱出、動員学徒や近所の人を救い出すため奮闘したのち避難してきた川岸で「私」と再会する。
その後、妻の疎開先である郊外の廿日市町に向かい、「私」と妹、次兄一家が郊外の八幡村に避難するための馬車を調達してくる。
「次兄」
実家から独立して家を構えており、妻との間には少なくとも4人の子供がいる。
当日は帰宅していたところを妻や女中とともに被爆。
家族たちを救い出したのち「私」と行動を共にする。
被爆による顔の火傷は最初のうちはほとんど目立たなかったが…。
「次兄の家の女中」
次兄の子である赤ん坊を抱いている時に閃光に襲われ、顔と胸と手に重い火傷を負った。
「私」に付き添われて東照宮前の施療所に行くが、大した治療を受けられないまま次第に衰弱し、しきりに水を求めるようになる。
「姪」
次兄の幼い長女。
女中と一緒に避難するがはぐれてしまい、翌日、避難所となっていた東照宮で両親と再会する。
首に負った火傷の痛みに泣き叫ぶ。
「文彦」
「私」の甥(次兄の子)。
市内の学校に通学しておりそこで被爆死したと思われる。八幡村へ避難中の両親が西練兵場近くで遺体を発見する。
作品中、具体的な名前が記されている唯一の登場人物である。
「中学生の甥」
次兄の長男(?)。
市内の中学に通学しており学校で被爆。
軽傷だったため級友とともに学校を脱出し、数日後、八幡村の避難先にやってくる。
そののち謎の病状を発し次第に衰弱していくが…。
【「私」が被爆後に出会う人々】
「学徒たち」
勤労動員により「私」の実家の工場で働いていた女学生
崩れた工場の下敷きになるが長兄によって救い出される。
比較的軽傷で被爆時のことを元気に語り合っている。
「蹲(うずくま)る女」
被爆して顔に重い火傷を負い「身の毛のよだつ姿」になりはてている2人の若い女性。
泉邸近くの川岸の石段に座り込み、離れたところに置いてある自分たちの蒲団を持ってきてくれるよう「私」に哀願するが…。
「兵士」
川を渡って避難してきた「私」の肩を借りて給湯所に向かう途中「死んだ方がましさ」とつぶやく。
「傷ついた女学生」
当日の夜、「私」の近くで横になっていた3?4人の女学生。
火が迫っていることを気にかけたり、早く朝が来ることを願ったり、父母の名を呼んだりしていた。
「気丈な男」
東照宮境内の避難所で「私」に話しかけてきた人物。
中国ビルの7階で被爆して両手足と顔に火傷を負い、衣類はズボン片脚分しか残っていない状態であるが、周囲の人に命令したり頼んだりして何とかここまで避難してくる。
自分が休んでいる場所に迷い込んできた幹部候補生の青年を怒鳴りつけた。
「モンペ姿の婦人」
東照宮前で「私」の近くで横たわっていた女性。
顔に火傷を負い3日目の朝に息絶える。
死後、所持品から旅行者であったことが判明する。 -
絶対読んでおかなくてはならない本なんてないとは思うけれど、これはやはり、名著といわれるだけのことはあって、必読だ、と思った。淡々と恐ろしいことを綴る文章ほど、恐ろしいものはない。読後、ふと読んだ活字が映像になって浮かび、喉のあたりが詰まってしまった。それがなんなのか、言葉にならない。得体のしれない重さだけがのしかかり、頭の中は「無」になってしまう。戦争を知らない私たちが、その重さを知るには、読み継がれていかなくてはならない(絶対に)。
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原爆のことをここまで感情を抑制して淡々と書けるものなのかと衝撃だった。
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「夏の花」「壊滅の序曲」「廃墟から」の中編と短編3作からなる。初めての原民喜であり、今後も触れるかわからないが、遠藤周作が日本の戦争をモチーフとした小説の中では「夏の花」が随一と言っていた。ガリバー旅行記の翻訳も彼のもので読み、そのあとがきにて夏の花の背景なんかも書かれていて、なんとなしに手に取った。
正直この手の作品は苦手だ。痛ましさが先行し、信仰に生きる自分としては救いも、美しさもどのように感じていいのか、心が閉ざしてしまう感覚がある。私の弱さなのだろう、狭量のゆえだろう、と思うのだがその先にやはりいかない。だから今回も一通り撫でただけで終わった。確かに描写は美しい、白い襷のような潔さと、タイトル通り夏の花のはかなさが浮かぶ。今回はそこまで。
14.9.4 -
たんたんとした口調が逆に重みを帯びていました。
とんとんとんと話は進んでいきますがその威力は絶大です。
本当の戦争の話はこういうものだと思います -
広島の原爆を体験した作者がその体験を忠実に書き残した本書。
描写がリアルで生々しく、
過酷で悲惨な状況もきれいで透き通るような文体で記してある。
この作品は最初の数ページを見れば読まなければならないとわかる。
青空文庫のサイトでも無料で閲覧できるので、
是非多くの人に読んで欲しい。
苦しみ助けを求める人々の気持ちが、廃墟と化した町の様子が、
生き延びた後にも残り続けるであろうさまざまな悩みが伝わってくるであろう。
「このことを書きのこさねばならない、と、私は心に呟いた。」とあるように、著者がやむにやまれぬ気持ちでこの本を書したことを想像して胸が痛むばかりである。