不滅 (集英社文庫)

制作 : 菅野 昭正 
  • 集英社
3.94
  • (53)
  • (35)
  • (52)
  • (5)
  • (0)
本棚登録 : 500
レビュー : 29
  • Amazon.co.jp ・本 (592ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087603699

作品紹介・あらすじ

パリ。プールサイドに寝そべっていた「私=作者」は、見知らぬ女性の、軽やかにひるがえる手の仕草を見て、異様なほど感動し、彼女をアニェスと名づけた…。こうして生まれた「女」の、悲哀とノスタルジアに充ちた人生が、時空を超えて、文豪ゲーテと恋人の「不滅」を巡る愛の闘いの物語と響きあう。詩・小説論、文明批判、哲学的省察、伝記的記述など異質のテクストが混交する中を、時空をゆきかい、軽やかに駆け抜けていくポリフォニック(多声的)な、壮大な愛の変奏曲。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  •  500ページ以上に書き記されているのは、一本の軸を基本としながらも、複雑に入り組んだ構成をしている物語である。主人公はアニェスという女性なのだが、作品中にクンデラ自身が登場したり、唐突にゲーテやヘミングウェイのエピソードを挟んだりと一筋縄ではいかない。しかし、それらのエピソードが物語の最終局面に向かい収束していく様子は見事で、思わず唸ってしまう。訳者あとがきにもあったように、これは変奏曲なのだ。オーケストラの演奏のように、それぞれのエピソードが重なり合い、大きな響きを創りだしている。
     そういった手法もすごいが、文章中で随所に散りばめられた引用や言葉にも胸を突かれる。

    「つまり、仕草のほうが個人そのものよりも個性的なのだ」(p5)

    「十九世紀の作家たちが結婚で小説をしめくくるのを好んだのは、愛の物語を結婚の倦怠から守るためではなかった。そうではなく、それを性交から守るためでだった」(p333)

    複雑な物語を退屈させずに読ませる、という点でこれらの言葉たちはその役を充分に果たしているのだろう。それもまたクンデラの意図するところかもしれない。

  • キッチュKitsch のことを頭の片隅に置きながら読んだけど、やはりここにもそのテーマが存在してた。

    死後、私たちの人生は美的な嘘によって語られる
    有る事無い事言われても
    死んでるから自分にはもうどうしようもない
    本当の真実は永遠に語られない

    真実な生はその肉体の死と共に滅びるけど、死後美的に飾られた自らの人生は"不滅"。その事への恐怖。

    クンデラはどうしてこうも
    真実にこだわるのかなあ
    きっとあの時代に、たくさんの悲しい嘘、怒りたくなるような嘘、空虚な嘘を見てきたんだろうな

  • いつ読み終わったのか、、

    傑作

    存在の耐えられない軽さよりも良い

    こんな小説あるのか、と

  • 作中で、作者はエピソード(エピゾード)のとるにたらなさを語っている。だけれど、本作で伝えられているのはそのエピソードの威力にほかならない。私たちの存在を支え、他者に印象を与え、思い出させるのはエピソードであって、私たち個人そのものではない。

    キャラクターの魅力でいうと、ファザコン極めたアニェスの高潔さが好きだし、ヒステリックで自己愛が過ぎる(でも、自分に自信がない)ローラの身勝手さには苛々する。ポールの空しい若さ崇拝や半分意識的な無神経さにも。

    でも、最後にアニェスの仕草でポールをつなぎ止めるローラや、その仕草を嬉しがるポールには、スカッとするような可哀相になるような、不思議な気持ちがした。「シャボン玉の中へは庭は入れません まわりをくるくる廻っています。」という詩があって、アニェスに対するローラとポールの関係には、そんなイメージが似合う。

    でもさぁべつに、アニェスは自分の仕草を覚えていられようが、どうでもよかったし、むしろ、記憶に残るのが嫌だったんだよね。お父ちゃんのように生きて死にたいっていう気持ちにとりつかれた変な女だったわけで・・・だけど、なんでかそんなこと忘れて、夫子供捨てて好きなことしてるアニェスかっけーって思っちゃう。
    だから「不滅」は、そこに収められたたくさんのエピソードを以て、不滅の恐ろしさと輝き、翻って、忘れられることの価値も伝えている・・・、気がする。

    あと、作者が女の子の身につける、今でいうワイドパンツ?やカジュアルな服装を憎みに憎み抜いていて笑った。

  • 仕草として人の精神は受け継がれていくというのが印象的だった。しかし難解で半分も理解できていないので、数年後に再読の必要あり。

  • 存在とは自我であり、イメージでもあり、それらを不滅なものにしたい人たちと、それに耐えられない人たち。
    隅々まで面白く、震えるほどの感動が込み上げてくる。天才。

    人生や自我とは関係なく元から実存していたもの、その基本的な存在の美しさと溶け合うアニェスと、水に変わり石に変わる幸福に、自分をも同化させてしまった。

    暴力的な世界を見ないようアニェスが望んだ、ただ一本の勿忘草の青が心に焼き付いている。

    「彼女は精神的な老眼だった」「我思う、ゆえに我ありは、歯痛を見くびる知識人の言い草である」など言葉の数々に刺激される。

  • クンデラの語り方は普通の手法や感覚ではありませんね。一見すると、バラバラの短い断章が訥々と語られながら何本もの糸を紡いでいくようです。同一場面のアプローチを微妙に変えながら、読者の短期記憶を何度もリハーサルすることにより中期記憶へと移行させていくのですが、この手法とタイミングが絶妙です。そうやっていくつもの糸を織りなすうちに、見事な絵のような大島紬!(すみません……織物芸術が好きなのでこんな表現になっちゃいます)があらわれるような高揚感が味わえます。多分こういったところを音楽で表現される方もいて、多彩な作品なのでしょう♪

    「存在の耐えられない軽さ」に比べると、その独特の手法はさらに進化して、しかも時空を超えて、一見すると脈絡のないゲーテを取り巻く話、そこに同時代のベートーベン、ナポレオン、はたまた時代の異なるヘミングウェイといった歴史上の人物が、違和感なく縦横無尽に動き回りながら、著者の哲学・思弁が織り込まれていきます。

    「火星という惑星が苦しみそのものでしかないとしても、火星の石さえも苦痛で呻いているとしても、それでわれわれは心を動かされたりはしないさ、火星はわれわれの世界には属していないからね。世界から離れてしまった人間は、世界の苦痛に無感覚なんだ」

    「人間がただ自分自身の魂と戦うだけでよかった最後の平和な時代、ジョイスとプルーストの時代は過ぎ去りました。カフカ、ハシェク、ムージル、ブロッホの小説においては、怪物は外側から来るのであり、それは<歴史>と呼ばれています。……それは非個人的なもの、統御できないもの、計りしれないもの、理解できないものであり――そして誰もそこから逃れられないのです」(「セルバンテスの貶められた遺産」と題する講演記録)

    ここで言う「最後の平和な時代」というのが、近代に焦点を当てたものなのか、どこを起点にしたものなのか、いまひとつ定かではないのですが、このあたりをみても、クンデラが、いかに小説戦略として現代世界の実存の探求をしているかということがわかります。自ずと、不滅(不死)と愛というテーマはヒントになるのでしょうが、いずれにしても形容しがたい作品です。
    別の作品も読んでみたいと思わせる魅力に溢れていますし、ゲーテ「ファウスト」のテーマ、愛と不滅に呼応して、クンデラ独自の哲学・思弁を織り込んだ、思索に富む現代的な作品に仕上がっていると思います。

  • 人々がまるで戦場で死ぬように車で死んでいるけれど、しかし現代人の誇りである自動車を禁止するわけにもゆくまい。惨事のかなりのパーセンテージは、無謀な運転手の酩酊に責任を帰するべきだけど、しかしフランスの遠い昔からの栄光である葡萄酒を禁止するわけにはゆくまい。公共の場所での酩酊の一部はビールによるものだけれど、しかしビールも禁止するわけにはゆくまい、というのは市場の自由に関する国際条約の違反になるだろうから。

    ↑この皮肉めいた冷静な言い回しがとてもいい。


    自我の単一性を開発するには二つの方法がある、足し算的方法と引き算的方法である。

    嘘をつくな、真実を言え、はある人間が他の人間を対等とみなす限り他の人に向けてはならない質問である。

    悲劇の永遠の条件-人間の生より高いとされる価値ある理想が存在すること。戦争の条件も同じ。

    悪を行う欲求とか出世主義の欲求からではなく、知性の過剰からナチスや共産主義に参加した若者を生む?

    闘いの章だけ読んだ。いい文章だ。

    しかしこの愛や性的なものに関する文章はというか話題自体がどうしても苦手だ。シンプルな現実を闇雲に複雑化するだけのようにさえ感じられてしまう退廃差を伴うからだろう。愛や欲が以外でも楽しいことっていっぱいあるじゃん?と思ってしまう私は少々色気が足りないのだろう。何か狭い世界のぐちゃぐちゃな人間関係に絡みつかれていくという意味で腐敗した政治と近いものがある。その内密生というのがいいのだろうけど、どうも私はオープンにしても大丈夫な人間でいたいし、そういう環境に憧れる。愛やぐちゃぐちゃに絡みあう欲の世界に憧れたり、飛び込む勇気を持てる人なんてよっぽど日常生活が安定していて、生命の危機もなく、退屈さえ感じている人ぐらいじゃないかとさえ思ってしまう。ベーシックヒューマンニーズに焦点を戻してみたらいいのではないか?自分から闇雲に複雑性に飛び込んでいくようなものだ。なんとなくできればその複雑性はもう少し視野と射程が広いものにしたいわけである。これはきっといわゆる急に現れてしまった余剰、余裕の使い方を知らない人たちの物語である。

  • [ 内容 ]
    パリ。
    プールサイドに寝そべっていた「私=作者」は、見知らぬ女性の、軽やかにひるがえる手の仕草を見て、異様なほど感動し、彼女をアニェスと名づけた…。
    こうして生まれた「女」の、悲哀とノスタルジアに充ちた人生が、時空を超えて、文豪ゲーテと恋人の「不滅」を巡る愛の闘いの物語と響きあう。
    詩・小説論、文明批判、哲学的省察、伝記的記述など異質のテクストが混交する中を、時空をゆきかい、軽やかに駆け抜けていくポリフォニック(多声的)な、壮大な愛の変奏曲。

    [ 目次 ]


    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 20年以上前だったと思うが、池澤夏樹さんが書評で激賞していた記憶がある。いつか読んでみようと忘れずにいたんだから、我ながら呆れる。

    プールサイドで友人を待つうちに見かけた初老の女性の仕草。そこからアニュスと名付けた女性、そしてその夫、妹、娘たちの物語が始まる。つけられた名前は記号にしか過ぎず、神の目線を感じるばかりなのが、やがて血肉を伴ってくるような印象。著者や友人アヴェナリウスが邂逅する場面などドキリとする。
    小説の前半はゲーテと、彼に付き纏い死後の名声を望む女性ベッティーナとの話にかなりのページが割かれる。批評のようであり、ゴッシップのようであるのは著者らしいと云えるのか。
    後半に唐突な死が物語れるのもこの人らしい。消えゆくような死こそ、その人の望みだったかとは思うが、何が主題なのか判らなくなった。

    永遠にして女性なるもの、と終盤に語られるものが主題だったかというと違うような気もする。
    面白い処がそこここにあったんだけど、長すぎたというのが、本音。

    池澤さんが褒めていた本と云えば、ロレンス・ダレルの「アレキサンドリア四重奏」。これもいつかは読もねば。

全29件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1929年、チェコ生まれ。「プラハの春」以降、国内で発禁となり、75年フランスに亡命。主な著書に『冗談』『笑いと忘却の書』『不滅』他。

「2015年 『無意味の祝祭』 で使われていた紹介文から引用しています。」

不滅 (集英社文庫)のその他の作品

不滅 単行本 不滅 ミラン・クンデラ
Immortality ペーパーバック Immortality ミラン・クンデラ
Immortality (Faber Classics) ペーパーバック Immortality (Faber Classics) ミラン・クンデラ

ミラン・クンデラの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ドストエフスキー
カズオ イシグロ
ポール・オースタ...
ウンベルト エー...
アゴタ クリスト...
安部 公房
村上 春樹
ポール オースタ...
三島 由紀夫
ミラン クンデラ
ポール・オースタ...
村上 春樹
谷崎 潤一郎
有効な右矢印 無効な右矢印

不滅 (集英社文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする