夷狄を待ちながら (集英社文庫)

制作 : 土岐 恒二 
  • 集英社
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本棚登録 : 184
レビュー : 20
  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087604528

作品紹介・あらすじ

静かな辺境の町に、二十数年ものあいだ民政官を勤めてきた初老の男「私」がいる。暇なときには町はずれの遺跡を発掘している。そこへ首都から、帝国の「寝ずの番」を任ずる第三局のジョル大佐がやってくる。彼がもたらしたのは、夷狄(野蛮人)が攻めてくるという噂と、凄惨な拷問であった。「私」は拷問を受けて両足が捻れた夷狄の少女に魅入られ身辺に置くが、やがて「私」も夷狄と通じていると疑いをかけられ拷問に…。

感想・レビュー・書評

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  • 南ア旅行中に読んだので、南ア、アパルトヘイトに近づけて読んでいた。これが初期の作品なのか、なるほどクッツェーが描き続けるテーマは共通している。ディストピアの荒廃と暴力、虐げるものと虐げられるもの。
    仮想的な敵として夷狄を追い回し痛めつけ、市民の思想も縛ろうとする帝国の狂気が、不毛の土地で空転する。辺境の地の描写、特に娘を連れた旅の過酷さや夷狄の集団を繋ぐやり方の残酷さなど、鮮烈なイメージを残す。

    しかしバーバリアン=夷狄という訳は分かりにくくないか?

  • 根拠のない理由で「帝国」の「軍隊」が先住民の「夷狄」を敵視して横暴を働く。その地で長年、民政員として先住民との共存を模索する主人公。
    作者の経歴から察するにおそらくモデルとなる地は南アフリカ、東ケープ州だが、舞台を特定されるような固有名詞が出てこないことによって普遍的な物語として構築されている。この本が(原書で)出版されたのは1980年だが、おそらく今の時代に読むわたしたちには、この「帝国」は、大量破壊兵器を見つけられないままイラク戦争を続けた米国の姿に重なるかもしれない。さらにその昔、ヨーロッパの白人がアメリカの先住民をそうしたかのように。2003年にクッツェーがノーベル文学賞を受賞したのはこの意味合いが強いのかと想像。文明が洗練されてくると未開人をインテレクチュアルに理解しようとするのがヨーロッパ中心主義からの反省か。

  • 【概要・粗筋】
    ある辺境の町に、夷狄が攻めてくるという噂の真偽を確かめるために首都から治安警察第三局が派遣された。彼らに対し非協力的である町の民政官である「私」は、拷問を受け傷つき物乞いをしていた夷狄の女を保護した。その後、辛い旅の末にその娘を夷狄の仲間の元に戻し、町に帰還した「私」は、夷狄の内通者として捕らえられた。夷狄襲来の噂に翻弄された辺境の町と民政官の反抗と恥辱と欲望の物語。

    【感想】
    「私」が繰り返し見る夢や彼の独白と意味をくみ取ることができないものはあったけれど、滅び破壊されていく辺境の町の物語に魅了された。特に後半の無実の罪で「私」が捕らえられたところからは一気に読み終えた。

    拷問や暴力のシーンが多く描かれていて、特に捕虜になった夷狄の男たちが頬と掌に針金を通されて連行されるところは痛々しかった。夷狄と帝国臣民のどちらがより野蛮なのだろうかと思ってしまう。

    民政官である「私」が帝国のやり方に反発を感じ、孤軍奮闘するのだけど、ヒーローには似つかわない俗っぽさがよい。

  • 38027

  • 舞台は夷狄の居住地域と接する辺境の地。そこで20数年民政官を務める男が主人公だ。夷狄の民は姿は現すけれど、特に攻めてくるわけではい。ところが、帝国政府の軍人による夷狄が攻めてくるという噂により人々が不安に陥る。主人公は噂を信じないが、そのことにより迫害を受けることになる。
    夷狄とは、帝国の支配を正当化するための仮想敵であり、この正当化い疑問を持つとどうなるかという、支配の本質と、これに対抗する主人公の心情が描かれた傑作であると思う。

  • まず「夷狄」をいきなり広辞苑でひいた。民生官の「私」と「夷狄」の世界は相いれない。帝国の不真面目さが、老人の性が特に興味深い。初のアフリカ文学作品読書となった。

  • Waiting for the Barbarians

  •  1980年発表。南アフリカ出身の作家クッツェー著。辺境の町に、夷狄が攻めてくるとの情報を元に帝国の部隊が訪れる。拷問を受けた夷狄の娘に恋をした民政官は、夷狄と通じているという嫌疑をかけられる。
     舞台はアフリカらしいが特に言及されていないので寓話的に読めた。夷狄を敵とみなして彼らを狂的に狩りたてる帝国、本来はどちらかと言えば人畜無害な夷狄、その中間の立場にいる民政官。非常に分かりやすい構図だ。だが故にもう少し捻りがあってもよかった気がする。
     それよりも、もう一つのテーマとして浮かび上がってくる、砂に埋もれた廃墟の方が興味深かった。どんなことが起ころうとも廃墟になって後世の人に発見されるだけ、その瞬間を見つめて痕跡を残そうとする民政官。彼の達観が身に沁みる。
     本編とは関係ないが解説が面白かった。クッツェー特有の現在形の多用を、「まだ完結していない出来事を自分もまた体験しているという感覚」「語りがモノローグの印象を帯び」「『告白』に立ち会わされているような」と言う。まさに的を射た意見だ。

  • Barbarian(野蛮人)を夷狄と訳したのがこの小説の質感にどう影響しているのかはわからない。傲慢な帝国の素朴な官吏として異民族と国境に暮らす一人の男というモチーフが、アパルトヘイト下の白人を根底にあるのは明らかだし、かといってほかに適訳があったとも言えない。とはいえ、この一つのモチーフがあることで、私たちのような日本人にも、広漠とした帝国の隅で、一人の老年の男が苦悩する姿が見える。そして、そこには政治上の問題だけでなく、一人の人間が命に苦悩する姿が見えた。

  • <主人公は帝国の辺境を治める民政官。イテキが帝国を襲うという不穏な噂が広まるにつき、中央から軍が派遣されるが・・・>

    部外者から当事者へ。暴力をなすすべなく見つめるものから暴力へ打ちひしがれていくものへ。クッツェーはそれを容赦なくえがきます。

    暴力の匂い、人間の尊厳。寓話調に描いているけれど、これもアパルトヘイト下の真実かもしれません。

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