ラテンアメリカの文学 族長の秋 (集英社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087606218

作品紹介・あらすじ

大統領は死んだのか?大統領府にたかるハゲタカを見て不審に思い、勇気をふるい起こして正門から押し入った国民が見たものは、正体不明の男の死体だった。複数の人物による独白と回想が、年齢は232歳とも言われる大統領の一生の盛衰と、そのダロテスクなまでの悪行とを次々に明らかにしていく。しかし、それらの語りが浮き彫りにするのは、孤独にくずおれそうなひとりの男の姿だった。

感想・レビュー・書評

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  • <追記:ガボさんの自伝「生きて、語り伝える」に、「『族長の秋』とバルトーク ピアノ協奏曲 第3番には親和性がある!」と指摘されたという。そしてガボさんは実際に執筆しながらこの曲を掛け続けいていたのだそうだ。しかしまさか指摘されるほど影響を受けていたとは、ということ。
    これから読む方はこれを聴きながらどうぞ。
    https://www.youtube.com/watch?v=1esPHLSdPtg&ab_channel=eijuwara

    読書会に参加するために慌てて再読しました。
    最初に書いた感想はこちら。この頃はまだラテンアメリカ文学読み始めだったなあ。
    https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4087602354#comment


    南米の架空の国の大統領の悪夢のような君臨の日々をガルシア=マルケスの饒舌により途方もない非現実性を現実と融合させた長編小説。
    スペイン語原題では「El otoño del patriarca」になる。翻訳ページでかけてみたら「家長の秋」であり、「El otoño」は秋、「otoño」だと「落ちる」と出てきた。日本語でも「人生の秋」などと、頂点を過ぎた状態を意味するけれど、「秋」をそのように例えるのは各国語での共有認識なのか。

    (以下、打つのが面倒なので「ガボさん」と書かせていただきますm(_ _)m)

    大統領府に入った6人の語り手が大統領が君臨していた時代を思い出してゆくのだが、1人1人の語りは60ページほどで、段落替え一切なし、語りの内容は次々に移ってゆき、同じことが何度も何度も繰り返され、一人称と三人称が入り交じってゆく。
     『まわりに集まった男女との話し合いでは、どんな小さなことでも覚えてそれを口にした。全国民の一人ひとりや、統計の数字や、解決すべき問題などをすべて頭の中に入れているように、彼らをちゃんと名字と名前で呼んだ。そのせいね、目も開けないでわたしの名前を呼んだのよ、こっちへ来い、ハンシタ・モラレスって、そして言ったわ、さんざんてこづらされたが、この手でヒマシ油を飲ませてやった、あの子供の容態はその後、どうだ、って。彼はおれに言ったよ、おい、フアン・プリエト、耳についた虫が落ちるように、わしが厄除けの呪いをしてやった種牛の具合はどうだ、って。おい、マチルダ・ペラルタ、逃げた亭主を無事に戻してやると言ったらわしに何をくれる、首に縄をかけられているが、これこのとおりだ、こんど女房を捨てるようなんて気を起こしたら、うんざりするくらいさらし台につないでやると、この口からよく言い聞かせておいた。おなじ親政的な感覚で、公金を使い込んだ役人の手首を公衆の面前で刎ねるよう、人夫に命じた。(P123)』
    この調子で350ページほど続くガボさんの饒舌が心地よい。ガボさんは読者に親切でありその文体はリズムに乗りやすい。いきなり「彼の死体を見つけるのは二度目だった」と書いて読者を「?」にさせても、その後一度目は何だったのかを詳しく語ってくれる。

    6人の語り手が好き勝手に思いを巡らせてゆくので、時系列は入り乱れているし、同じ言葉や出来事が何度も繰り返される。
     三つの錠と鍵と閂、百年に一度の彗星、大統領の体をびっしり覆う海の生物たち、生まれつきの巨大な睾丸、月足らずで生まれた子供たち、地味な小鳥を高く売るために着色する絵の具、売られた海、老いた大統領が備忘のために書き壁の隙間に隠したメモ…。
    それでも1人の語り手ごとになんとなくテーマも通っている。
     最初の語り手は、大統領にそっくりな風貌で詐欺を働いて、その後影武者になったパトリシオ・アラゴネスとの同体関係と、彼の死。そして、「大統領の最初の死体」を利用し、権力簒奪者たちを皆殺しにしたこと。
     次の語り手は、貧民街出身で美女コンテストの優勝者で大統領を通わせるが、大統領ののぞみを叶えることなく日食のなかに消え去ったマヌエラ・サンチェスのこと。
     3人目の語り手は、大統領のとんでもない君臨と圧政の数々。
     4人目の語り手は、大統領の母ベンティシオン・アルバラドの死後の聖列について。
     5人目の語り手は、大統領の正妻レティシア・ナサレノとその息子の悲惨な最期。
     そして最後の語り手は6人目の語り手は、妻と息子を殺した犯人を探すための殺戮と、大統領の衰えた姿について。

    この6人の語り手の中から浮かび上がるのは、途方もない権力を持ちながら、誰も信じられず、愛する者たちは消えてゆき、国外からは常にアメリカやイギリスからの圧迫に晒され、国内においても常に反乱やクーデターが起き、大臣たちにより真実から遠ざけられた大統領の深い深い孤独だった。

    かつてただの軍人だった大統領はイギリスの後ろ盾で大統領となった。その後もアメリカやキリスト教会と支配力を争い合っていた。
    アメリカ軍は『黒人の淫売屋をお返しする、われわれはいなくなるが適当にやってください(P74)』と言って去っていった。

    大統領は時間を変え、熱帯雨林の雨を砂漠に移し、海を売るほどの独裁を行うが、大臣や官僚たちに囲われて、国民からは生存を疑われ、恐れられてはいたが、敬愛されユーモアの対象でもあった。
     『われわれは居酒屋でよく笑い話をした。ある男が大統領閣下がなくなったと内閣に報告すると、大臣たちはおびえた顔を見合わせ、そのことを誰が閣下に報告すべきか、おびえた目で探り合っていた、というのがそれだ、ハ、ハ、ハ。(P175)』

    権力を手にした大統領は百年に一度しか現れない彗星を二度見る間独裁を行っていった。『下野した元大統領の身元証明書はただひとつ、死亡証明書である(P30)』ということを知っていたのだ。大統領は側近こそを信じなかった。『真実に通じる者がだけが嘘をつくことを知っているのだ。(P206)』
    だからかつて反乱者を皆殺しにして生涯の友と呼ばれたロドリゴ・デ=アギラル将軍を裏切り者であると判断した大統領は彼を死体にして野菜を詰めて丸焼きにして晩餐会に出すこともした。
     
    しかし大臣たちは、大統領の目から真実を隠し、権力を傘に来て汚職を繰り返していた。
    最初は大統領にだけ利益をもたらしていた籤引きのインチキだが、大統領の手を離れて側近たちの公然とした詐欺となっていった。その秘密を知る2千人もの少年たちを船ごと爆破させ、それを実行した兵士たちを始末する。
     『この野蛮な犯罪を実際に行った三人の士官が直立不動の姿勢を取り、閣下、ご命令どおりにいたしました、と報告すると、大統領は、に階級特進の処置をとると同時に勲功賞を与えた。しかしその直後に、階級章を剥奪した上で、一般の犯罪人として銃殺させた。出すのは良いが、実行してはならん命令もある、ま、気の毒なことした。(P156)』

    そんな大統領だが、個人として持った愛情もあった。
     貧民街出身で美女コンテストの優勝者のマヌエラ・サンチェスを見たときには、決して力を行使することなくただの求婚者のように通い詰めた。しかし大統領に秘密は持てなかったのだ。側近たちは彼女の家の周りに狙撃兵を配置し、友達を排除し、貧民を追い出し上流階級者の街に作り変えた。それでもマヌエラ・サンチェスは大統領の望みを叶えることなく日食のなかに消え去ったのだ。
     母親のベンティシオン・アルバラドは娼婦まがいの生活で父親のわからない息子を産み、その息子が大統領になっても無学で慎ましい生活を続けていた。権力など続かず息子が衰えその座から引きずり落とされるなら大統領になどなってほしくはなかったと思う。
     『郊外の屋敷で眠っている母親が頭に浮かんだ。(…)シュロとランの花に囲まれながら眠っているベンティシオン・アルバラド、横向きの死体のような母親の姿が頭に浮かんだ。お休み、といった。お前もお休み、と郊外の屋敷のベンティシオン・アルバラドが眠ったまま答えた。(P94)』
    残酷な独裁者だが、たまに見せるこのような呟きに人間としてほしかったものを感じる。

    そのベンティシオン・アルバラドが死んだときに大統領は聖女として聖列しようとしたが、キリスト教会からその調査に遣わされたエリトリア人のデメトリオス・アルドゥス猊下は、大統領の周りに巡らされた欺瞞や大臣官僚たちの汚職、隠された大統領自身を知ることになる。大臣たちはデメトリオス・アルドゥス猊下の暗殺を企むが、真実を知りたがる大統領はデメトリオス・アルドゥス猊下を庇護するように、官僚たちに脅しをかける。
     『四十八時間以内に生きているエリトリア人を発見して、ここへ連れてこい、仮に見つけたときに死んでいたら、生かして連れてこい、仮に見つからなくても、ここへ連れてこい。(P206)』
    そして大統領は、周りの誰も信じられないこと、虚像に飾られた自分自身を知ってゆくのだ。
    デメトリオス・アルドゥス猊下を送る大統領は言葉を漏らす。
     『猊下の厳しい調査から最後にただひとつ良い結果が残った、それは、この貧しい連中は自分たちの命を愛しているように、閣下を愛しています、という猊下のことばに支えられた確信だ、とつぶやいた。デメトリオス・アルドゥス猊下は、大統領府の内部そのものに配信の影を見たのだ。権力の庇護のもとで私腹を肥やしている者たちの狡猾な奴隷根性や、阿諛追従のやからの貪欲さを見抜いたのだ。そしてその代わりに、大統領から何も期待していない貧しい大衆のなかにある、新しい愛のかたちを知ったのだ。この者たちは、何かを期待することでなく、手ですくえるほどの地上の愛を、およそ迷いのない忠誠心を大統領にささげています。神のためにもそうあってくれたら、と思うほどですよ、閣下。(…)そこが困ったところだ、いそ、連中がわしを愛してくれないほうがいい、あんたはここを出てゆき、あのまやかしの世界の黄金の丸屋根の下で、わしの不幸せを種に出世できるから、まだいい。ところが彼はここに残って、耐えていく力を貸してくれるかいがいしい母親もなく、左手のように孤独な状態の中で、真実という不当な重荷を背負っていかねばならない。この国だって、わしが自分の意思で選んだものじゃない。見たとおりの状態でわしに与えられたわけだ、昔からずっと、この非現実的な雰囲気や、くその臭いや、歴史を持たない人間などであふれている、ここの連中は日々の暮らしいがいのものは何も信じていない、これが、否も応もなくわしにわしに与えられたものなんだ、(P211〜)』

     そしてある時大統領は修道女の一人に目を留めた。大統領が名簿に書かれたレティシア・ナサレノという名前を呟くのを聞いた彼の側近たちはレティシア・ナサレノを攫って大統領のベッドに運んだ。野生的な匂いのする粗野な女は大統領夫人になり、産まれた子は他の数多の女の産んだ数多の子供たちとは違いたった一人の息子として認知された。
     『子供が理解できることをすべて教えた。しかし、忠告はひとつしか与えなかった。実行されるとはっきり分からなければ、命令を出すんじゃないぞ。権威と識見を与えられたものが生涯に一度も犯すことを許されない、たったひとつの過ちは、実行に移されることに確信のない命令を下すことだ。(P256)』

    だが権力を傘にきたレティシア・ナサレノを憎んだ民衆により、彼女とその息子は訓練された野犬たちに食い殺され、大統領の生涯たった一つの純粋も消え去った。
    大統領は妻と息子を殺した相手を探すために権力を与えられた残酷なるサエンス=デ=ラ=バラは、6人の敵の首を切りそのために増えた60人の敵の首を切り、さらにそのために増えた600人の敵の首を切り大統領に送り続ける。こうして圧政と反乱は続いてゆく。

    大統領は、大統領だけに向けたドラマを見て大統領にだけに向けたニュースを見て、誰もいない大統領府の奥で衰えてゆく。
    返しきれない外貨の棒引きとして海を売ってからこの国は砂漠になっていたが、大統領の体には海底の岩に住む虫がびっしりと張り付き、背中にはコバンザメがしがみつき、脇の下には小さなポリープや甲殻類が巣食うようになったが、大統領は、ほら、売った海が戻ってくるのだ、という。
     『この耄碌した老人がかつての救世主と同一人物であるとは、とうてい信じられなかった。(P122)つまり彼にとって、国民の日常生活上の不便は、たとえどんなに些細なことでも、重大な国事とおなじ意味を持っていたのだ。彼は、幸福をみんなに分かちあえ、兵隊上がりらしい小細工を弄して死を買収することが可能だと、心から信じていたのだ。今のこの老いぼれが、かつて雑題な権力を握っていた男だとは、とうてい信じられなかった。今何時だ、と彼が訊くと、閣下のお命じになる時間です、と答える。(P124)』

    圧倒的な言葉の波、圧倒的な言葉の嵐。このような目線も時系列も入り乱れた文体で、ここまで入りやすく乗りやすい文章があるとは。ガボさんの語りの心地よさに乗っかって350ページが通り過ぎてゆく。
    大統領の圧政は途方もなく非現実的で大袈裟なのだが、ガボさんの語り口によりむしろ途方もない現実を示しているかのようにも思えてくる。

    さて、読書会ででた話はこんな感じ。(違ってたらすみません)
     ✓段落変え無しってなんだ!エンターキーが壊れたの!?(笑)
     ✓このような書き方をするのはガボさん以外にいるのだろうか?
     ✓ラストの大統領が衰えて死に物語が収縮するというものが印象的。最後の方で「生を知らなかった」と書かれていることが生々しさを感じる。
     ✓詐欺を隠すために関係者を殺すのは、他の本でも呼んだことがある。⇒人間のやることは同じ、物語は時代と土地を越えて通じる。
     ✓今の日本、今の世界状況を鑑みて読んだ。
     ✓語り手の目線が次々変わってゆくのは、テレビで街角インタビューを聞いているような、舞台で出演者たち全員のセリフが聞こえるような感じで、小説でありながら映像が頭に浮かぶ。
     ✓大統領と影武者が同体のようになるが、影武者は一人じゃなくていいし、大統領本人だって別にその本人一人じゃなくて良いと思った。⇒大統領本人は民衆からも隠れているので。登場人物の中で大統領だけには名前がないし。
     ✓笑っていいのだろうかと思いつつ、ところどころユーモラス。
     ✓大統領は結局何歳?⇒百歳から二百歳の間、大統領の座にいたくらい?
     ✓(他の雑誌を見て)ヤマザキマリさんも「テルマエ・ロマエ」を「族長の秋」のように書きたがっていたということ。

  • 著者、ガブリエルガルシア=マルケスさん、どのような方かというと、ウィキペディアには次のように書かれています。

    ---引用開始

    ガブリエル・ホセ・デ・ラ・コンコルディア・ガルシア・マルケス(Gabriel José de la Concordia García Márquez, 1928年3月6日 - 2014年4月17日)は、コロンビアの作家・小説家。架空の都市マコンドを舞台にした作品を中心に魔術的リアリズムの旗手として数々の作家に多大な影響を与える。1982年にノーベル文学賞受賞。

    ---引用終了

    で、本作の内容は、次のとおり。

    ---引用開始

    大統領は死んだのか?大統領府にたかるハゲタカを見て不審に思い、勇気をふるい起こして正門から押し入った国民が見たものは、正体不明の男の死体だった。複数の人物による独白と回想が、年齢は232歳とも言われる大統領の一生の盛衰と、そのダロテスクなまでの悪行とを次々に明らかにしていく。しかし、それらの語りが浮き彫りにするのは、孤独にくずおれそうなひとりの男の姿だった。

    ---引用終了

    ラテンアメリカ文学から1冊、ということで手にした作品ですが、改行がなく、読みにくい作品でした。



    なお、ラテンアメリカ文学について、次のような記述がありました。

    ---引用開始

    1967年に発表されたガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』は、世界の30か国以上の国語に翻訳され、全世界で3600万部以上の世界的ベストセラーとなった。現在もラテンアメリカ文学のみならず、諸芸術、世界文学に大きな影響を与え続けている。世界中の文学者や小説家のみならず、読書家に至るまで、ラテンアメリカ文学というジャンルを世界に認知、紹介させた作品として特筆しておく。

    ---引用終了

  • ノーベル賞作家ガブリエル・ガルシア=マルケスの
    独裁者小説。

    クーデターによって三軍の最高司令官に推挙され、
    新大統領となった男は英国艦隊を後ろ盾としていたが、
    それを可能ならしめたのは、領事を相手に
    夜毎ドミノ勝負に勤しんだためだった――という
    中南米の(架空の国の)独裁者、
    名前のない大統領の人生の黄昏。
    側近たちが自分を尊敬も信頼もしておらず、
    ただ権力の犬に過ぎないことを察しながらも
    黙々と道化を演じ続けた男の、暴虐と表裏一体の不安と孤独
    ――お決まりの強迫的な就眠儀式がよくそれを反映している――、
    老境に至ってもずっと幼児のような内面、
    シングルマザーだった母への愛情と尊敬と甘えが、
    複数の人々の入り組んだ語りで描出されている。
    一つの章が一段落で綴られた極めて息の長い文章で、
    視点が様々に切り替わるので、
    初めは少々読みにくかったが、すぐに慣れた。
    未成熟なまま取っ散らかって内部から腐っていく
    小国の衰亡記に相応しい語り口ではなかろうか。

    一国の頂点に据えられたと言っても、
    特別な能力があるわけでなく、
    むしろ凡庸な人物だからこそ、
    特権階級の連中にいいようにあしらわれるべく
    神輿として担ぎ上げられたのではないかと思わされる
    情けない大統領。
    政権の運営には占いや母の何気ない言葉を必要とするし、
    身体的なコンプレックスは強いし……といったところで、
    現実の現代社会にも生き残っている独裁者の内情なぞ、
    案外こんなものかもしれないと考えたが、
    マザコンで非識字者
    ――ちなみに、影武者をより自分に似せるため、
    リテラシーを抹消するよう迫ったが成功しなかった――、
    一目惚れして強引に娶った若い妻(元修道女見習い)から
    読み書きを教わったエピソードなど、
    不快な人物だというのに、どこか微笑ましく、
    可愛げを感じてしまったのだった。

  • 『百年の孤独』は、100年にわたる一族の話でしたが、こちらはたったひとりで100年以上生きた大統領のお話。数行おきに視点がころころ変化し、大統領本人(わし)の語りかと思えばその母の言葉になったり、名もなき「われわれ」や、さまざまな人々の声が怒涛のように流れこんでくる感覚。時間軸も一環しておらず、大統領の一代記というよりは、なにかもっと時代、歴史、あるいは国家そのもののような大きな群集意識に飲み込まれた感じです。登場人物はそれぞれ個性的で面白く、マジックリアリズム的シュールさが随所に散りばめられていて、全編極彩色のサイケデリックな夢のようでした。さすがガルシアマルケス。読書の幸福を余すところなく味わえる稀有な1冊。

  • ノーベル文学賞を受賞したコロンビアの作家ガルシア・マルケス。マルケスの作品の中で最も難解とされる「族長の秋」。100年以上、大統領に君臨した独裁者の物語。権力者としての孤独と猜疑心をふり払うかのように、たてつく者を虐殺していく。段落や会話のカギ括弧がまったくなく、時間の流れも縦横無尽に書かれているのが特徴。10巻の歴史小説を読破した時くらい脳に汗をかく作品。残虐非道な所業さえもコミカルに感じたが、このような修辞的な表現が味わいなのだろうか。【印象的な言葉】死への恐怖は、いわば幸福の埋火なのです。

  • 永年にわたり独裁者として君臨してきた大統領が死んだ。108歳とも232歳ともいわれる大統領は本当に死んだのか。ハゲタカに食い荒らされた死体は本当に彼なのか。

    『予告された殺人の記録』、『エレンディラ』に続くマルケス3冊目。
    「魔術的リアリズム」にもだいぶ慣れてきましたが、語り手も回想シーンの時代もころころと移り変わっていく今回の文体にはびっくり。
    いったい今がいつの話なのか、この思い出は大統領の幻想なのか、それともすべてが壮大なホラ話なのか、よくわからないまま。

    独裁政権が長すぎて、彼自身が出した覚えのない命令によって政治が動き、ほかのものが作り出した大統領の幻影だけが世間に流れる。あまりに昔のことなので彼が権力を掌握していた時代を誰も覚えていない。権力の残像として存在する大統領。

    母親も愛人も腹心の部下も政敵も彼の前から消えていって、誰も彼のことを思い出さなくなってもひとり生き残っている大統領。その壮絶な孤独。

    残虐でグロテスクですらあるのに「聖と俗」でいえば「俗」だけで描かれる彼の長い長い人生。

    まったく、一筋縄ではいかない作品ですが、めちゃくちゃおもしろかったので『百年の孤独』もこんな感じでいけるんでは。

    以下、引用。

    よそ者は照れるようすもなく答えた、祖国のために命をささげることぐらい名誉なことはない、と思っています、閣下。相手を哀れむような笑いを浮かべて、大統領はそれに答えた、ばかなことを言うもんじゃない、いいかね、祖国とはつまり、われわれが生きていることだ。

    おふくろよ、ベンディシオン・アルバラドよ、女って、どうしてこう、手綱を取りたがるんだろう、なぜ、男みたいに振る舞いたがるんだろう。

    持っていきたければ、なんでも持っていけばいい、ただ、この窓から見える海だけは困る、分かってほしいんだな、いつもそうだが、あたりが炎を吹き上げる沼のようになるこの時刻に、海を眺めることができないとなったら、このだだっ広い建物のなかで、わしは、いったい何をすればいいのかね、

    さんざん苦労して、これがその結果か、畜生、権力というのは結局、いかれた連中がうろうろしているこの建物、人間そっくりな、焼け死んだ馬のこの臭い、わびしいこの夜明けなのか、

    真実はたくさんだ、聞けば信じたくなるからな。

    これでは生きているとは言えない、ただ生き永らえているだけだ、どんなに長く有用な生も、ただ生きるすべを学ぶためのものに過ぎない、と悟ったときはもう手遅れなのだと、やっと分かりかけてきたが、しかしそのために、いかに実りのない夢にみちた年月を重ねてきたことか。

  • 病的なモノローグ。

    行政府の長というのは長く居座っていてはならない。

    およそ現代の政治学では1期4年、2期まで(計8年)3選は禁止という欧州・北米の大統領制・議院内閣制で設けられる限界がその指針となっている。

    とはいえ、日本の市民・政治家共にその常識的指標を知らないのか、軽視しているのか、無視しているのかはわからないが3選・4選が多々みられている。

    この物語は年齢不明・時代不詳の南米の大統領と「われわれ」が主人公となる。

    しかし、この語り手は大統領なのか、われわれなのか、そしてわれわれとは一体何者なのだろうか。

    今目で追っている文章はどの主体が何について話していたのだろうか、と混乱を生む。

    この物語は科学・客観・文脈が損なわれる。

    権力の象徴でも行政府の長という役割でもなく、この大統領は権力そのもの、国家そのものだ。

    しかし、人治は長引かずやがて形骸化し、知らず知らず統治機構が不十分だが機能をはじめる。

    従って、人治ではなく法治へ移行する。

    人治がなぜ善くない統治で、そこに正義・正統性がないかについては旧くはマキャベリの古代の王政の議論に始まり、ホッブス、モンテスキュー、ノージック、サンデルと自由主義思想の議論と変遷に見出せる。

    しかし、この本はあくまでも小説であって物語であるはず。にも関わらず、体験として物語という感覚を抱きにくい。

    それはこの文体に依るものが大きいと感じる。

    この文体は支離滅裂であって、思考解体に近い奇異さである。

    文脈も人称もなく、年齢・場所・立場も曖昧というよりも拡散してしまっている。

    最重度の妄想幻覚状態という恐ろしい推測を立ててしまう。

    思えば時系列もめちゃくちゃで、刺激に即行的に反応し、文脈は解体。
    エピソードもおよそ了解不可能である。母親からの声が聞こえる幻聴等々、これらを症状として読み取れてしまう。

    だからこそ途切れのない、支離滅裂な独語が延々と続いてしまう。

    この物語が読みにくいというのは恐らく通常の反応だと思う。

    これは物語というよりも病的なモノローグへの暴露体験といった方が良いのかもしれない。

  • 顔面10センチのところにクーラーの室外機があるような熱さ。極彩色でばかばかしく可笑しく哀しい。読み始めてすぐ「超弩級」という大仰な言葉が頭に浮かび、そのあとはひたすら面白くて前後関係も気にせずページをめくった。延々続くから読むというより音楽を聴いているような気持ちになる点でトーマス・ベルンハルト、「そんなわけあるかー」と脱力しつつもののあわれを感じなくもないところはスティーブ・エリクソンを連想。

    惚れた女におろおろし、政治からは逃避してばかりの大統領がいじらしくかわいい。でもこんな奴をかわいいと感じるとはどういうことか。可笑しさの中に居心地の悪さもあり、こちら側が綱渡りの思いもさせられる刺激的な時間を過ごせた。

  • まず、何もかもが過剰な小説である。イメージの氾濫、煌めき、そしてそれらが収斂することなく物語世界がモザイクのように拡散してゆく。この世界はまさしく熱帯雨林のイメージそのものだ。多様な植物が過剰に繁茂し、その下影にもシダ類が繁殖し、またどこにどんな動物が潜んでいるのかわからない。空中や地上には綾なす色彩に溢れた鳥も飛び交うし、川には魚類や爬虫類も数多生息するだろう。訳文ではあるが、おそらくはスペイン語原文も、いつ終わるともなく連綿と果てしなく物語を語り続けるのだろう。荒廃しながらも廃墟にはならない神話だ。

  • 非常に難解でした。読み始めて20頁くらいでくじけそうになり、他の人の感想に、意味分からなくて大丈夫とあったので、そういうものだと思って読み進めました。偉大な作家なのでしょうが、私には難しすぎました

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