- Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087606515
作品紹介・あらすじ
19世紀末ロシアを舞台に描かれる作家志望の男と女優を夢見る女の恋。35歳のチェーホフが"恋だらけの物語"として構想した戯曲は、様々な演出家や時代によって形を変え、100年以上の時を経てなお、世界各地で愛され続けている。「人生の本質を見る真の繊細なまなざしを獲得した」と評された演劇史上不朽の名作が今、現代を生きる人々のための瑞々して名訳となって甦る。
感想・レビュー・書評
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理想の人生を歩めず恋愛も片思いで思うに任せない登場人物達。
それを受け流して生きている年長者の諦念と受け止め切れなかった不器用な若者の焦燥が伝わってくる作品だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
戯曲は読み慣れないが短かったのでなんとか読めた。次々に人物が登場するので話の筋に乗れるまではややつらい。アンダーラインを引きたくなるセリフあり。また重要な登場人物に作家がいて、作家の生活について語るくだりが、チェーホフの感じているままなのだろうと思われ面白い。たとえば、人に認められて幸せだろうと若い女に言われて、そんな気持ちは、食べず嫌いで避けているマーマレードなようなものだ、とか…ぐっとくる。おそらく芸術論も語られていて、芸術で名をなして生き残る人と、作品が認められても続けていけない人と、そもそも認められない人、が描きわけられている。
意外な幕切れ…。社会的に成功していることと自己評価、幸福感は別物ということか。 -
読了。
戯曲なので、読み慣れるまでは好き好きがあるかもしれない。
ちょっと笑いたいなと思い、チェーホフ自身が「喜劇」というこの本を読み始めましたが、第一幕では人物の名前と人間関係を追うのに精一杯、第二幕から徐々に内容に浸ることができ。
喜劇と思えるには、自分の理解はまだまだ足りないようです。
ラストをどう読み解くか?
訳者の解説を読んでもなお、喜劇と思えなかった。また時間をおいて読み直してみようと思う。 -
話自体はとっても短いし、文字大きいし、
すぐ読んじゃいます。
ラストが秀逸すぎる。忘れられません。
後味はわりと悪いです。が、忘れられません。 -
(2014.10.28読了)(2012.12.05購入)
訳者の沼野允義さんが、Eテレの「100分de名著」で講師を務めることになって、その放映に合わせて出版された新訳のようです。
「100分de名著」のテキストを読んだついでに読んでみました。
戯曲の本は、舞台や映画で演じられるとよくわかるのですが、本で読むと人物を掴みがたくて、よくわからないことが多いのですが、この本もそうでした。
シェイクスピアやモリエールなどを読んでも同様なので、戯曲を読むときの読み方のコツみたいなのがあるのかもしれません。
登場人物については、本の頭の部分に名前、職業、人物間の関係、年齢などが書いてあるので、何度も確認しながら読むのですが、…。
主役は、女優のアルカージナ(43歳)とその息子のトレープレフ(25歳)なのでしょう。
トレープレフは、作家になろうと、戯曲や小説を書いているようです。
アルカージナは、作家のトリゴーリンがお気に入りで、よく家に連れてきているようです。
近所の娘、ニーナは、女優志望で、アルカージナの家の庭の舞台で、トレープレフの書いた戯曲を演じたりしています。
登場人物たちは、片思いの人達ばかりで、トレープレフは、ニーナが好きなのですが、ニーナは、トリゴーリンにあこがれています。
チェーホフは、この作品を喜劇と呼んでいるそうですので、片思いの人達ばかりなのも、そのためなのかもしれません。
物語の結末からすると、悲劇と呼んでもいいように思うのですが。
この作品が舞台や映画で演じられるのを見てみたいものと思います。
【目次】
登場人物
第一幕
第二幕
第三幕
第四幕
訳注
訳者解説 かもめはいまでも飛んでいる
●死の恐怖(122頁)
死の恐怖は、動物的な恐怖です……。押さえこまなければなりません。死を意識して恐れるのは、永遠の生を信じる人たちだけですよ。こういう人たちは自分の犯した罪がこわくなるんですね。
●耐える能力(148頁)
舞台で演技をしようと、小説を書こうと、私たちの仕事で肝心なのは、名声とか、栄光とか、私が夢みていたものじゃないの。肝心なのは絶える能力なの。自分の十字架を背負う力がなければいけない、そして信じなければいけない。
☆関連図書(既読)
「可愛い女・犬を連れた奥さん」チェーホフ著・神西清訳、岩波文庫、1940.10.11
「三人姉妹」チェーホフ著・湯浅芳子訳、岩波文庫、1950.02.25
「桜の園」チェーホフ著・湯浅芳子訳、岩波文庫、1950.12.20
「チェーホフ『かもめ』」沼野充義著、NHK出版、2012.09.01
(2014年10月29日・記)
(「BOOK」データベースより)amazon
19世紀末ロシアを舞台に描かれる作家志望の男と女優を夢見る女の恋。35歳のチェーホフが“恋だらけの物語”として構想した戯曲は、様々な演出家や時代によって形を変え、100年以上の時を経てなお、世界各地で愛され続けている。「人生の本質を見る真の繊細なまなざしを獲得した」と評された演劇史上不朽の名作が今、現代を生きる人々のための瑞々して名訳となって甦る。 -
NHKの「100分de名著」にチェーホフの「かもめ」が取り上げられているのを知り、ミーハーなオレはこの年になって初めて「かもめ」を読んでみた。もう100年以上の前の戯曲なのに、この新鮮さは何だろう。色んな登場人物にチェーホフの作家としての心情を投影しているさまも面白い。今度は神西訳も読まないと。
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ロシア演劇史上不朽の名作が、沼野充義の新訳で甦る! 20012年9月 毎週水曜日!NHK Eテレ「100分de名著」で『かもめ』を紹介予定 (帯より)
“かもめ”は本書が初めて。
ラストがあれ・・・なんで悲喜劇とでもいえるのだろうか(?_?)
配役に好みの俳優さんをイメージして読むというのもまたいい。臨場感がありますよ~! -
「新訳でよみがえる」ということであるが、実はチェーホフを読むのはこれが初めてである。
翻訳物でしかも古い時代の戯曲の場合、まずその言葉遣いからして馴染めない事が多いが、本書は、現代の俳優に向けての新訳であるということで、非常にセリフが現代的であった。思わず何箇所か声に出して読んでしまった。大変刺激的で演劇的興奮をもたらすセリフばかりである。
演劇界や文学界の事情に疎いため、この作品が「悲劇」として捉えられているということを知らなかった。「かもめ」についてレクチャーしてくれた人も、この作品の喜劇性について言及していたため、最初からそういった目で読んでしまったということもあるがが、しかし読後の感想としてはやはりこれは喜劇だと思った。チェーホフ自身もこの作品は喜劇であると位置づけているそうだが、人間の営みや精神の有り様を俯瞰してみれば、すべての人生は喜劇であるともいえるわけで、華やかな名声に憧れて都会へ行ってしまうニーナも、空虚なトリゴーリンも、自滅するトレープレフも、自己中のアルカージナも、その他すべての登場人物がなにがしかの喜劇性を持っている。そして本人たちがそれを自覚していないところがまさに喜劇なのである。
これをベタな悲劇として上演したらさぞやつまらない芝居になるんじゃなかろうかと、そんな不遜なことを思ってしまった。
チェーホフはセリフが面白いのだ。以前見た「羆」を思い出した。あの作品もまたセリフのやりとりがなんとも言えない面白みを含んでいたのである。
まったくいまさらであるが、チェーホフは面白い。 -
やっぱり...やっぱり読みづらい。
チェーホフの本、戯曲ばっかで読み慣れない。
が、内容は好きです。
たぶんハリウッドとか劇団四季からしたら卒倒するレベル(偏見)で話にまとまりがないというか、オチがないというか、グルグル回る気分。
そこがなんとも人間を描いているって感じで好き。登場人物みんなして悩みすぎ。人間性に難ありすぎ。これを喜劇とか言ってるチェーホフも尖りすぎ。
私もこの本をこんな風に楽しんじゃってる時点で、中高時代、流行りの少女漫画の話に全くついていけなかった事実を今更ながら噛み締めることになった。
この本のどこに喜劇性を見つけるかで、その人の人間感が問われようにも感じます。
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劇中の人物達がそれぞれほとんど一方方向的に恋をしている。またその対象が、それほど多くない劇中人物の中で完結しているのが面白い。
それだけ沢山の恋(チェーホフ曰く「五プードの恋」)の物語であるから、喜劇の予感がしたし、チェーホフ自身が喜劇と言っているんだけれど、やっぱり結末のシーンの印象が大きくて、「本当に悲劇じゃないの?」って疑ってしまう。