別れのワルツ (集英社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087606799

作品紹介・あらすじ

秋の温泉地を舞台に幾組もの男女が、すれ違いもつれ合いながら演じる、愛と死の輪舞。皮肉、ユーモア、悲哀…感情を掻き立てて奏でられる、「小説の魔術師」クンデラ初期の傑作。

感想・レビュー・書評

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  • 温泉保養地が舞台。
    妻がいるトランペット奏者が看護師を孕ませ、堕胎するよう彼女を説得するけれども、それぞれの思惑がぶつかって思い通りにことが運ばない。
    身勝手な人間ばかりの円舞、その滑稽さを描いた喜劇だと読み進めていたところに、ヤクブという亡命者によってもたらされた、「人間は生きるに値するか」という悲痛な問い。

    チェコからフランスに亡命したクンデラは、音楽史での国民楽派のように、祖国への思いがひときわ強かっただろう。
    そしてかれは、歴史に翻弄されてそのつど変わる人間、その可塑性を作品のテーマとせざるを得なかっただろう。

    人間は、「抽象的な観念のために他者の生命を犠牲にする世界」に生きている。
    そんな人間を、一旦突き放してから抱き寄せ、慰撫しているように、この作品では感じとれる。
    恋愛も歴史も、冗談のように偶然に降りかかり、人間の本性を試すものだ。

    軽い筋に重い主題をのせたvaudevilleの作品。

  • 不妊症に効くとされる温泉保養地。祖国を捨てて亡命を決意したヤクブは、友人らに永遠の別れを告げるためこの地を訪れます。遠い昔、友人のDrスクレタが処方した自殺のための毒薬を未だに持ち歩くヤクブ。ちょうどそのころ、温泉保養施設で働いていた看護師ルージェナは懐妊し、その事実を高名なトランペット奏者に告げると、彼は甘い言葉を囁きながら中絶を迫るためにこの地を訪れます。ヤクブの持っていた毒薬の行方は? 果たして彼は亡命できるのか? サスペンス的要素も取り込みながら、8人の男女が織りなしていく切ない愛の物語です。

    この作品では、クンデラの他の作品に通奏低音のように流れているピリッとした、ときに胸苦しくなるような歴史の緊張感というものが希薄です(作品が冗漫でふにゃふにゃしているという意味ではありません)。そのため、どこか遠く懐かしい、郷愁を誘う作品に仕上がっています。きっとノスタルジックな心持ちでクンデラは書いているのだろうな~と思える作品です。

    クンデラ作品群を貫く精神性があるとすれば、人はどこからきてどこへ行くのか? 世界化した現代の実存や「生」の模索という宇宙的命題。抒情性を回避して詩作ではない散文でしか表現することのできない芸術美の探求、その結果はほとんど神業です。どちらか一方に秀でた作品は数多くあれど、深遠な精神性の発露と芸術性の昇華をともにみる作り手というのは、そうお目にかかれるものではありません。まさに鬼才だと感じます。

    お節介ながら、クンデラ作品に触れてみたいけど、何から読んでいいのか…と躊躇している方の一助になれば幸いです。この「別れのワルツ」をお薦めし、もし興味が湧くようであれば、青春作品「冗談」⇒「生は彼方に」。このあたりからクンデラ独特の小説手法の萌芽が見られ、次の「笑いと忘却の書」で、時空を超えたポリフォニー的試作にチャレンジしています(ゲーテやボッカッチョやペトラルカなどを登場させて遊んでいます♪)。それらの手ごたえを経た上で、「存在の耐えられない軽さ」や「不滅」に昇華させています。

    ところで、先日、クンデラが書いた評論本を読んでみると、彼曰く、『「別れのワルツ」は、愛着を覚えていて、書いていて楽しく嬉しいもので、他の小説とは違った心理状態で、出来上がりも早かった……』(「小説の精神」)。
    やはり、このような著者の感覚というのは、書物を通して読者にもしっかり伝わるものですね。
    興味のある方は、ぜひどうぞ(^^♪

  • 本人がフランス語で書いた小説である。結末は簡単に推測できるので、推理的な面はない。訳者があとがきで記載しているのは、クンデラは小説にユーモアを入れたかったという。そこで、チェコのユーモアを読み取るためには良い素材であろう。

  • スラップスティックのような形式を取っているけれど、そこで展開される出来事はきわめて深刻。

    登場人物ひとりひとりは大真面目なのだ。いってみれば、自分なりに真摯に生きようとしている。

    けれども、彼ら彼女らの関係性がこじれてくると、これがもう何とも滑稽な事態になる。黒い「冗談」になる。人の生死が関わっているのに、である。

    クンデラはいわば、その「冗談」変奏曲を書き続けてきたといえる。
    本作でドストエフスキーの「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフについての言及もあったけれども、クンデラがドストエフスキーを評価しない理由も今では頷ける。存在を「軽さ」と言い換えなければならなかった理由がよくわかる。
    クンデラ的な見方をすれば、「カラマーゾフの兄弟」も、スラップスティックに思えてくる。クンデラはきっと、カラマーゾフが完結しなかったことを、密かに喜んでいるだろう。

  • 悪趣味ではあるんだけど、笑ってもしまう。

  • ミラン・クンデラの『かもめ』。

    この、登場人物たちの書き分けの正確さ、その人間関係が移り変わる目まぐるしさ、鮮やかさはどうだろう。

    妊娠が判明した女の心理描写も腑に落ちて素晴らしい。
    「彼女は再び自分の腹のなかにあるものを強く自覚し、これは神聖なものなんだと考えた。これがあたしを変貌させ、高貴にしてくれるんだ。これがあたしを、犬狩りをやっているあの異様なひとたちとは別の人間にしてくれるんだ。あたしにはあきらめる権利なんかないんだ、降伏する権利なんかないんだ、だってこのお腹のなかに、あたしのたったひとつの希望を、未来へのたった一枚の入場券をもっているんだもの、と彼女は思った。」

    クンデラらしい全体主義に対する瞋恚はあいかわらず。「あの連中をあんな陰険な活動(犬狩り)駆り立てたのは、いったい何なのだろうか。悪意だろうか? たしかにそうだが、それはまた秩序への欲求でもある。秩序への欲求は人間の世界のすべてが前進し、すべてが機能する非有機的な体制に変えようとするから、すべてがひとつの非人格的な意思に従うことになる。秩序への欲求とはまた、死への欲求でもあるのだ。なぜなら、生とは秩序のたえざる侵害のことだから。あるいはその逆に、秩序への欲求は、人間の人間にたいする憎悪が、その大罪の数々を正当化する立派な口実になるとも言えるのだ。」

    ヤクブが父親になりたくない「十の理由」は圧巻だ。
    「ヤクブは正確を期したいと望み、慎重に言った。『わたしは、ただひとつのことしか知りません。それは、わたしが全面的な確信をもって、こうはけっして言えないということです。人間はすばらしい存在であり、わたしはその存在を再生することを望む、と。』」

    濃密なストーリー、軽やかな展開、冴えわたる箴言。
    やっぱり、クンデラは最高だった。

  • テンポよく読めるけれども、テーマはそこまで軽くない。トランペット奏者は話のきっかけなのであってどんどん存在感がなくなっていく。亡命を計画しているヤクブが主人公に近いのか、ラスコリニコフと自分の比較をする部分は面白かった。にしても医者スクレタ、グロテスクすぎる。

  • 恋愛不倫というテーマがクンデららしいなと思いながらわりとすらすらと読んでいくと、ラストにカラマーゾフ的な悲劇が待ち構えており驚く。

  • 人生の滑稽さ、喜劇的な儚さみたいなものが上手く描かれた秀作。やっと文庫になった。。。。時機を逸した感は否めない。。。

  • うーん…これは…むりだった…。不倫で妊娠しちゃった若い女性を中絶させるべく奔走する相手の男性と策略をめぐらすその友人たち(頭のオカシイ産婦人科医含む)。さらに勘違いからその女性に敵意を持つ男性や、執拗に彼女を追いかけるストーカー的男子も加わり、入れ替わり立ち替わり、軽やかにワルツを…舞って…ないよね?!ストーリー自体への嫌悪感ではなく、人物造形や重ねられていくエピソード・小ネタが受け付けなかった…。なんだかみんなが粘着質で自己中心的で相手への執着が異常で、総体的に気味が悪かった。「存在の耐えられない軽さ」よりこちらの方が断然本気のダメ男オールスターズ。あとがきによると、私が生理的に無理だったあんなことやこんなことはクンデラ流の「ユーモア」らしいんだけど、全然笑えなかったっす。「ひとにユーモアを理解させることほど難しいことは何もないのだ」というあとがきのクンデラの言葉にのみ激しく共感を覚えました。

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著者プロフィール

1929年、チェコ生まれ。「プラハの春」以降、国内で発禁となり、75年フランスに亡命。主な著書に『冗談』『笑いと忘却の書』『不滅』他。

「2020年 『邂逅 クンデラ文学・芸術論集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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