真ん中の子どもたち

著者 : 温又柔
  • 集英社 (2017年7月26日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (168ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087711226

作品紹介

“四歳の私は、世界には二つのことばがあると思っていた。
ひとつは、おうちの中だけで喋ることば。
もうひとつが、おうちの外でも通じることば。"

台湾人の母と日本人の父の間に生まれ、幼いころから日本で育った琴子は、大学生になって、中国語(普通語)を勉強するため留学を決意する。そして上海の語学学校で、同じく台湾×日本のハーフである嘉玲、両親ともに中国人で日本で生まれ育った舜哉と出会う。
「母語」とはなにか、「国境」とはなにか、三人はそれぞれ悩みながら友情を深めていくが――。
日本、台湾、中国という三つの国の間で、自らのアイデンティティを探し求める若者たちの姿を鮮やかに描き出す青春小説。第157回芥川龍之介賞候補作。

真ん中の子どもたちの感想・レビュー・書評

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  • 芥川賞の一件で見聞きして気になっていた本。
    台湾人の母と日本人の父を持つ少女が、中国、台湾、日本のことばの狭間でアイデンティティーのゆらぎを感じながら、自分を確立していくお話。おそらく作者自身の生涯のテーマ。少なくとも私は対岸の火事とは思わず興味深く読み進めた。
    先日、シンガポールと日本人のハーフの小さな男の子がぺらぺらの鳥取弁を話していて驚いた。驚くのはこっちの勝手で、彼にしてみればふつうのこと。
    「台湾人の母を持つわりには中国語はへただね」とか、「見かけは日本人ではないのに日本語を喋れるなんてすごい」とか。何気なく私たちが普段口にしかねない「ふつう」を基準にした物言いが、当人達にとっては大きな傷になり得る場合もある。こういう小説を読んででも、自分の知らない環境を知り、思いを馳せることが大切。
    ———————————————
    ナニジンだから何語を喋らなきゃならないとか、縛られる必要はない。両親が日本人じゃなくても日本語を喋っていいし、母親が台湾人だけれど中国語を喋らなきゃいけないってこともない。言語と個人の関係は、もっと自由なはずなんだよ。


  • 母国語とアイデンティティの問題は、日本に生まれて日本語しか話さない人にとっても「対岸の火事」なんかじゃない。
    外国語を学ぶとき、日本国内でも遠い地方に行ったとき、自分の中の日本語が揺らいだりしないのかなぁ。
    (芥川賞の選評読んだ)

    私はむしろこのように、外国にもルーツがある日本語話者が日本語をより豊かにしてくれていることが嬉しいし、誰もが自由に何語を話してもいいなんて、とても気持ちいいことだと思います。こういうお話もっと読みたい。

  • 作者の温さんと重なった。
    本当に繊細で、他者の言葉に振り回されてしまい苦しむ少女が、たくましく成長したラストにはにこにこを通り越してにやにやしてしまった。
    真ん中の子どもたちが今後もっともっと元気に生きられる風通しのよい世界になりますように。
    そんな世界はきっとすべての人々を笑顔にすることになるでしょう。

  • アメトークで光浦靖子さんが紹介しているのを見て読んでみました。
    セリフでストーリー展開していくので、読みやすい。

    ハーフや帰国子女は、自分のアイデンティティーが何か悩むことが多いと聞いたことがあったけど、この本を読んで想像できるようになった。

    グローバル化が進んで、日本人も海外に駐在する人が多くなると、「何人か」という括りではしっくりこなくなるんだろうなぁ。

  • 以前読んだ『台湾生まれ 日本語育ち』の小説版?
    日本人として産まれると母語とか母国語について考える機会は少ない。

    言葉と歴史が絡み合って個人を越えた遠い過去を引きずる、
    世界にはそういう人々がたくさん存在していると気づかされる。

  • 台湾人の母と日本人の父の間に生まれた琴子が中国語を学ぶために中国に留学する青春ストーリー。
    台湾語と日本語と関西弁が混じって書かれていて面白い。
    大好きな台湾のことが知れて、台湾語でもある「あいのこ」の苦悩も知ることができました。

  • 台湾出身の母と日本人の父の間に生まれた琴子。よく笑う事からミーミーと呼ばれている。
    母の国の言葉をもっと知りたいと短期留学した上海での描写が物語の大部分をしめる。
    中国にとって、台湾は国の一部。
    けれどミーミーにはあくまでも母の母国。
    発音の違いを先生に指摘されるたび、ミーミーは自分の存在も否定されていると感じてしまう。
    同じく父が台湾出身のルームメイト、リンリンは「私は私」と自分のルーツに誇りをもっているし、同級生の舜哉は帰化した元中国人の両親というルーツから、だから何人にもなれるという考え。
    いろんな立場があり、考えがある。
    どれが正しく、どれが間違いと決めるのは誰か?
    結局、自分がどう納得して生きていくかなんだと思う。

  • 佳作かなにかもらった前作のほうがよかった
    あまり内容的にも変わっていない
    なんとか最後まで読めたけれど、このままこの作者はいくのかな…と、少し残念に思う

  •  前向きで爽やかだけれど、少し胸が苦しくなる青春小説。

     言葉はさまざまにひとを区切り、仕切られた箱の中にひとを閉じこめるインデックスとなる。誰がそれを決めたわけでもないのに、〈あるべき言葉〉という素朴な信仰は、個別的な身体の記憶と分かちがたく結びついた言葉を貶め、抑圧する。ひとは不断に言葉を矯め直されながら、記憶を傷つけられながら生きることを余儀なくされる。
     子どもたちは、自分を否定する言葉をやり過ごしたり、投げ返したりするゆとりや技術を持っていない。その意味で、この物語の琴子は、大陸の中国語の世界では「子ども」でqある。そんな彼女が、自分よりも少し前を歩いているように見える二人の男女と交流を深める仲で、複数の記憶と歴史を背負った自らの身体を肯定できるようになる――。そう考えてみれば、本作は、「言葉をめぐる教養小説」という面を持つ。そのひとの生物学的年齢と、そのひとが「子ども」かどうかは、本質的に関係がない。自己を柔らかに、しなやかに肯定できる言葉を獲得したとき、ひとは「子ども」ではなくなるのだろう。

  • 全部日本人の私には、想像できなかった話。

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