日経の連載で読んでいた。いい話だった。
たまたま連載がはじまる前、北康利の『最強のふたり』や、開高健/山口瞳の『やってみなはれ みとくんなはれ』を読んでいた。 そこに連載がはじまったので、スッと入っていけた。
サントリーの上場もいよいよカウントダウンだと言われていた時期だっただけに、日経もサントリー創業者の話を取り上げることで、上場話を盛り上げるため、あるいは取材をしやすいようにと考えてのことかと勘ぐったもの。
日経の思惑は分からないけど、作者の伊集院静は、そんなたまたまのタイミングで執筆したのでもなく、何のゆかりもなく書き始めたのではないことを、連載が終わってしばらく経ってから当の日経の記事で知った(2017/9/10)。「一葉の写真」と題された一文。
著者の仙台の仕事場、茶褐色に色あせた写真が飾ってあり、そこには一人の老人と、隣りに二人の少年が兄弟のように肩を組み笑っている。
「私が東京で何かにつけて世話になり、相談にのってもらっていた人の写真だったからだ。」
その老人が、本書の主人公、鳥井信治郎その人だ。
これまで私小説を書いてきた著者が、経済、経営の話を書くのははじめてのことだったらしいが、いわゆる経済小説、経営者の成功譚というより、人物そのものに寄り添った内容だったのは、著者の作風によるものだろう。
”陰徳”を貫き通し、それを創業した企業の根幹に植え付けた波乱万丈の人生は実に読み応えがあった。
家から独立し仕事を始めたころ、手持ちの金を全部注ぎ込んで豪華客船の船旅に出たのは実話だったのだろうか? 若き日の信治郎の未来を見据えた行動力が実にまぶしかったなぁ。