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Amazon.co.jp ・本 (160ページ) / ISBN・EAN: 9784087712186
作品紹介・あらすじ
人は誰にでもなれる。物語の、こちら側で。
マリモにみちびかれて訪れた北の島。シマフクロウに抱かれ、アザラシと交わる日々。描かれたことのない物語の景色をつむぎだす、いまもっとも注目を集める詩人の、初の長編小説。
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
独特な世界観と美しい表現が織り成す物語は、読者を深い思索へと誘います。流れる時間の中で、過去の記憶や命の形を探求し、さまざまな景色が描かれます。ひらがなの「る」を描くように、螺旋を描きながらも、心の中...
感想・レビュー・書評
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おおう、難しい…淡々と進んでいくふしぎな日常…
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ひらがなの「る」を書こうとしたら最後の返し部分をとめにできなかった。突き抜けて螺旋をぐるぐると描き、その上に自分が乗せられている錯覚に陥った。
目覚まし時計が現在の時刻を知らせるのに、どれほど年月が経ったかわからない。突然、よどみなく流れていた水が止まってしまった。後ろを振り返ると、遠く、遥か遠くまで来たことを悟り、はっとする。
ころころ転がる。ゆらゆら揺れる。
ある場所に留まらない、あるかたちに定まらない命。
むかしの記憶を閉じ込めたまま海を漂い、長い旅を続ける流氷でさえいつか溶けてしまうのだろうか。 それでも、生きた跡は消してくれるな。
私はここにいます。あなたはどこにいますか。
《2014.10.14》 -
詩みたい。
独特な世界観と綺麗な文章で好きでした。
読んでいると映像が見えた。 -
この、読んでいる間の心地よさはなんだろう?細大漏らさず受け止めたくなる。惹かれる。
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難解だ…。アイヌを取り扱ってるので(アイヌって言葉は出てこないけどアイヌですよね…?)割合好きです。和人の思い描く理想的なアイヌっぽいのが…とてもファンタジックですね…。
流されるまま、職場仕事を点々とする主人公とアザラシや鯨を先祖に持っていて、人間だったりアザラシだったりする人たち(はっきり書かれてないけど、そんなニュアンスだったかなと…)の転身を徒然と、ストーリーらしいストーリーはなく書き綴る…って感じの本。 -
独特の文体。
静かに、ひたひたと水が寄せるような感覚。
読み進めて行くと、ゆったりと水中をたゆたうような感覚に。
私の言語能力では感想を書くことが難しい・・・
不思議な物語。 -
映画をみているような最後 音にのみこまれた
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詩の選者などもしておられるハイレベルな詩人の蜂飼耳さんが書かれた初めての長編小説。・・・・と言われているほどには長くないけれど。
アルバイトだの同僚だの普通の一般社会の女の子であったはずの主人公が・・・・・
全編キラキラ美しい言葉いっぱい いつの間にやら不思議な世界に引きずり込まれてしまう。
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鶏を飼っている女の子が、バイト先で出会った女の人について、
マリモを丸めに行く話。
淡々と話が進んでいくところがよかった。
深く考えないで読めるタイプの話だと思う。 -
修辞区や比喩が響きあって共鳴して、一つの歌を聴いている感じがした。とてつもなく余韻を残す物語だ。
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090114
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前作『紅水晶』はどこか血の匂いのする作品集でしたが、今回は水の匂いのする印象でした。きれいな飲み水ではなく、透明だけれど藻やプランクトンなど生き物の住む水の匂い。流されるままに漂っているようで、どこかしたたかな生き方。前作よりも読みやすいようにも感じました。(2008.07.03読了)
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太眉とマリモ
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「ベランダで飼いはじめると鶏は、ひとまわ小さく姿を変えた。木箱に金網を留めつけただけの住み処を、抜ける羽で汚したりしない。」
引き込まれてゆく。そう感じるとしか言い表しようがない。それは冒頭の、抑揚のない、それでいて不思議な情景を呼び覚まさせる一文に出会った時から始まる。日本語のリズムの心地よさ。もちろん、それもあるだろう。しかし決して大きく感情が揺さぶられるような仕掛けがあるわけでもないのに、強く、静かに引き込まれてゆく。蜂飼耳の描き出す世界に。
そう書いてみて、それが適確な言い方ではないことに気づく。描き出す世界、とは何かしら作家の外側に産み落とされて存在するような印象を生むけれど、そんな衆目の元に、言うならば明るい陽の下に置かれたものを言い表したいのではない。そんな既に臍の緒の断ち切られてしまった世界ではなく、奥行の知れない、むしろ作家内部に広がる暗がりのようなものに、洞窟の奥でいつの間にか産道を逆行するかのように引きこまれそうになると言いたいような心持なのである。
それは随分と恐ろしいと感じる体験と言ってよく、そして、至福に満ちた体験とも言える。
蜂飼耳の文章に大きな波がある訳ではなく、どちらへ傾くというわけでもないのに、あらがいようもなく翻弄される。静かに、遥か沖合いから続いてくる大きなゆったりとした、うねり、のようなものが、ひたひたと心の岸に打ち寄せる。打ち寄せては岸あるものを沖へ連れ去ろうとする。それは決して強引ではないけれど、あらがうことを静かに否定するような迫り方とも言える。
身をよじればその時はさらさらと戻ってゆくものの、気がつけばまた足元に寄せては静かに絡まり沖へ誘う。いっそのことあらがいを止めて、身を任せてしまえば楽になるのか。
ゆっくりと死の淵を歩き続けるような緊張感に満ちた読書。それが蜂飼耳を読むということ。彼女の美しい日本語はたくらんだところが無いようでいて、けれど、読み手の手のひらをいつの間にかするどくえぐってしまうのである。
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現代版「海彦山彦」みたいなものかな。
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