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Amazon.co.jp ・本 (152ページ) / ISBN・EAN: 9784087712841
作品紹介・あらすじ
じんわり、ほっこり、心を耕したい人へ。
仮の家に同居人と暮らす文筆業のシワス。ごく普通の生活を送りながらも、ふとしたことをきっかけに不思議な方向に思考を暴走させる。猫又、柴犬夫人、幽霊…。詩的でユーモラスな展開に和める。
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
静かでやわらかな文体が魅力のこの作品は、仮の家に暮らす四人の女性の日常を描いています。日々の何気ない瞬間や感情を丁寧に言語化し、共感を呼び起こす内容が特徴です。ドラマチックな展開はないものの、四季の移...
感想・レビュー・書評
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東直子さんの文体は、
あくまで私個人の感想ですが、
川上弘美さんのような
静かでやわらかい印象を受けます。 -
「仮の家」に暮らす4人の女性の暮らし。 四季ごと、暮らしの中で感じる何気ない場面。意識してないけどポロポロと感じていることを言語化している部分が共感できる。大きくドラマチックなことは起きない日常をひたすらに丁寧に書いている。
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作者ご本人曰く、小説らしいという事なのだけど、エッセイだと…思う。
題名の感じの通り、日常の緩々とした、感情を綴った作品で、ホッとさせられた。
また、こんな作品に出会いたいと思う本だった。 -
イチ・サツキ・ナナと4人で生活するシワスが、「元の家」から「仮の家」に転居してから、「新たな家」へ引っ越すまでのお話。シワスが、日常生活のなかで感じる本当に些細な出来事や感じたことを淡々と綴っている短編集。あとがきで言っているけど、エッセイとも小説とも言える曖昧な本。東さんが経験した出来事を小説として書いているらしいので、東さんの日常を少し垣間見れる。みんな家族なのかな?東さんは妄想、考えることが好きらしく、シワスも常に色んなことを考えながら生活している。シワスは東さんなんだ。ゆっくりした時間を過ごせた。
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装幀/大久保伸子 装画・挿絵/谷山彩子
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2012 4/30
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まあまあ面白かった。ほんわかとした日常が流れていて、こういう話は割と好き。
あとがきで筆者が言ってるように、本当にエッセイのような内容だった。
ただ、4人はどういう関係なのか、元の家には何があったのか気になるけど
きっと気にしなくていいことなんだろう。 -
なんだかなんだか、
いいなあー、てほんわりなる本でした -
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設定についての細かなことはわからないのですが、4人が繰り広げる日常は和やかでふわふわしていて穏やか。
同居しているのに近すぎない距離感も読んでいて心地よく、ふとしたきっかけで空想へと進んでいく展開も現実離れした不思議な感覚になりました。
そして挿し絵も、まさに癒しといったかわいいイラストです。 -
途中でやめるかも。なかなかハマらない
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現実感があるようなないような不思議なお話。
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私は「短歌の東直子」が怖い。なぜだか知らんが「無邪気な狂い」を感じて、空恐ろしくなる。それと比べると「小説の東直子」は少し安心する。柚子の季節の寒さに、親しみを覚えた。秋口に読むとぴったりかもしれない。
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人工都市に、元の家を建てた組織から「仮住まい」をあてがわれて、同居人イチ、サツキ、ナナと暮らすシワス、と何だか設定がSFな感じですが、夢と現をたゆたっている、といった印象の物語です。これといった事件は起きず、大きな出来事といえば「仮住まい」からの引越し位です。その引越しが同居人は当然欠けも増えもせず別に引越ししなくても、みたいな。そもそもなんでこの人たちは同居しているのだろうと不思議なのです。まあ、そこを突っ込むような話ではないのですが。でもなんだか皆幸せそうです。
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ここのはなしのような、ここではないどこかのはなしのような、
やっぱり夢と現がまじりあいながらも、それが日常でおかしくも
なんともないというお話。違和感なく不思議な話と日常の話とか
エッセイ風にすすめられていく。こういうテイストは川上弘美さんの
エッセイのような物語のような本にもあるけど、面白くて好き。
またじっくり読み返そうと思う物語。 -
仮の家とか元の家にまつわる説明は一切ないのだけれど、まぁ何かしらの理由でもって共同生活を続けるシワス・ナナ・イチ・サツキ。彼らの毎日を描くエッセイのような短編集。
んー、感覚で読むタイプの本だなぁ。私はちょっとこういうのが苦手で・・・。
『とりつくしま』と『さようなら窓』が結構好みの話だったので、期待しすぎてしまったかも。
今回は特に心に残るものはなかったです。 -
挿絵もかわいかったけれど、話の内容も何気ない日常を取り扱った、エッセイとも小説ともつかない雰囲気がかわいらしかった。読みやすかったし、日常を楽しんでる感じがささくれ立っていた私には癒しになった!
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なんていうか・・・女の子。
いや、池澤夏樹を「男の子」と呼ぶのより更に軽いノリで。
それにところどころ、既視感のある(いや、実際の根拠があるものもある)ような話もある。
多分、それはわざとではなく(つまり翻案としてではなく)無意識にやってるのじゃないかと思う。
例えば、
「キャベツもようのワンピースをたんすの奥から見つけたお母さんが、自分の子どもにちょっと着せてみたら、
たちまちその子が洋服に支配された人格になってしまう、という物語を昔書いたことがある。」
「この話を書いていたとき、人間が洋服を必要とすることについて考えていた。」(21項「暦考」)
星新一に似たある。(題名とか忘れたけど。)
海のごろつきの男が、腕にキャベツの刺青をした。
刺青士(というのか?)は、同業者の間での習い事として、絶対にキャベツの刺青だけはしてはならない、
と言われていたので拒否したのだが、男に脅されては適わなかった。
しかし男が船に帰ったところ、キャベツの刺青を見た頭は男を船から降ろした。
しばらくしたら、キャベツの刺青は腫れ上がった。しかし痛みはない。
そのうちに、キャベツは女の顔になった。
女の顔はいじらしく、男は腕の女に食べ物を与え、接吻し、共寝した。
女は成長していく。
ある日、声をかけられて振り向いたら、男の昔の仲間たちだった。
男は答えようとするが、先に女が答える。女は、昔の仲間である男と腕を組んで街に繰り出し、
抗議しようとした腕の男の顔に、絆創膏をペタン、と貼って、おしまい。
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一昨日、夢を見た。
暗い坂の夢。わたしは、もう何度もあの坂の夢を見る。
薄暗い、夕暮れよりも更に夜に近いような時刻。
それになぜか、私は坂の途中にある、半分埋もれたような部屋にいることが多い。
その部屋は必ず、坂を下から見て、向かって右手にある。
ようやく気付いたのだけど、あの坂は、小学校の3,4年のとき、ほんの1年半ほど住んだ大船の家の前の坂だ。
住んでいたマンションは坂の右手にあって、ベランダ側が竹やぶになっていた為に、一日中日陰になっていた。
ベランダと反対側の子供部屋の窓からは、1メートルほどの隙間を隔てて、目の高さより高くに、茶色い地面が見えた。
あれは、私にとっての「仮の家」。
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何の事件もなく、強いて言えば引越しを巡る。
家族とか家とか。そういうものを、緩やかに、無意味なほど味わい深く言葉に織り込むのは、女の手、という感じがする。
(と、いうように「女」という言葉を書いてしまう自分が、さてどう振舞って生きていくべきなのかに悩む最近であります。
いや、馬鹿馬鹿しくありきたりだけど、ようやっと真剣に。) -
シワスのまわりで起きるちょっとの現実とたくさんの空想でつづられた、エッセイのような小説のようなものがたり。英語の例文に対するツッコミが一番笑えました。
著者プロフィール
東直子の作品
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