未来国家ブータン

著者 :
  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (280ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087714432

作品紹介・あらすじ

GNPよりGNH、生物多様性、環境立国…今世界が注目する「世界でいちばん幸せな国」の秘密を解き明かす。

感想・レビュー・書評

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  • 「未来国家」というよりは「ロストワールド」ブータンだ、とつくづく思う。実際、高野秀行は今回の旅を称して「これは遠野物語的だ」と何度も言い放っている。「遠野」の人たちは昔話をするつもりで話したのではなかった。みんな「現実(リアリティ)」として喋ったのである。だから、みんな実在の地名と名前で喋っている。ブータンでも例えば「そういえば、つい2日前神隠しに遭った女の子が帰ってきた」という話が普通にドンドン出てくる。普通の民俗学者がこれを読んだら、「もう明日にでもブータンに行きたい!」と思うはずだ。私が未だ大学の常民文化研究会に居た若い20代ならば、きっとそう思ったはずだ。何故ならば、100年前の日本には其処彼処にあったそんな語り手は、現代では絶滅し(かかっ)ているからである。

    2010年4月より遡ること数ヶ月前、高野秀行はブータンの農業省の国立生物多様性センターと提携して事前調査を依頼される。しかし、旅行費用は自前で。いくら辺境大好きだからと言って、それはない、と思った途端に彼にキラーワードが囁かれる。
    「高野さん、ブータンには雪男(イエティ)がいるんですよ」
    村人ではない。政府の高官が言っているのである。
    高野秀行は即答する。「行きましょう!」

    確かにブータンでは雪男(ミゲ)の話が其処彼処(そこかしこ)に語られる。でも決して映像に入るとか、実在の痕跡を見つけるとか出来ない。つい最近までの体験として語られる、というのは正しく「遠野物語」だ。

    それどころか、謎の生物チュレイ(ロバやヤクに似ていて、赤い顔、赤い足の裏、長い前髪)の目撃譚も語られる。政府の役人と共に辺境を旅しながら、高野さんは伝統的な生活もきちんと記録し、人々の信仰、雪男や毒人間、精霊や妖怪も生き生きと伝えられてゆく社会を記録してゆく。

    日本を含めたアジアの国々は悉く、近代化によって伝統文化を壊し、高度な教育や医療・福祉を実現し、環境を破壊して、知識人は国家を否定し或いは寄生し歪んで成長してきた。その一方で、ブータンは近代国家のいいところを吸収し、弊害を取り入れまいと意識的に努力しているかのようだ。それが高野さんが「未来国家」という根拠ではある。

    ブータン国家論を展開すれば、また長い学術書になってしまう。私たちは「軽い読み物」として、高野秀行版ブータン版遠野物語を読んで「願わくばこれを語りて平地民を戦慄せしめよ(柳田國男)」となることを楽しみたいと思う。

    表紙は、影山徹さんが本書のために描いた(と思う)、東京上空に天空の城ラピュタみたいに浮かぶブータンの山々。

    • naosunayaさん
      常民文化研究会、ってあの網野善彦さんの??ともかく必読だということはわかりました、ありがとうございます
      常民文化研究会、ってあの網野善彦さんの??ともかく必読だということはわかりました、ありがとうございます
      2022/04/16
    • kuma0504さん
      おお、よくご存知で。大学の民俗学研究会なので、その名前をお借りしました。年一回1週間泊まり込みで聞き書きなんかもしました。
      おお、よくご存知で。大学の民俗学研究会なので、その名前をお借りしました。年一回1週間泊まり込みで聞き書きなんかもしました。
      2022/04/16
    • naosunayaさん
      なるほど研究所じゃなくて研究会ですね
      ともあれ素人ながら関心分野なのでぜひ引き続きフォローさせていただきます。
      なるほど研究所じゃなくて研究会ですね
      ともあれ素人ながら関心分野なのでぜひ引き続きフォローさせていただきます。
      2022/04/16
  • 雪男調査という名目でのブータン滞在記。
    雪男調査なので、未知の動物の目撃談を探し求めたり、田舎の伝承を聞きこんだりする。不思議な話のなかには日本の神話や昔話に似ているところもあって面白いなあと思っていると、恐ろしい話が未だ現役の感があったりもして背筋がざわっとした。
    調査は2010年の話なので、今は違っているのかもしれないけど。

    幸福の国といわれるブータンの、幸福が成り立つシステムも、なるほどなあ。
    別に国民に目隠しをしてコントロールしているわけじゃなくて、国民のことをよく見てよく分かって幸福に導いているのだと思った。だって大学進学で海外生活を経験した若者が、自国のことを目をキラキラさせて語るのだから。

  • われらが高野さんがあのブータンに行く。面白くないわけがない。目的がイマイチよくわからないところがちょっと不満だけど(依頼された調査って具体的に何をするの?「雪男」はどうなったの?)、高野さんが見て感じて伝えてくれるリアルなブータンの姿が説得力十分で、ま、それはどうでもいいかという気になる。

    少し前から話題のブータン。あの国王夫妻も非常に鮮烈な印象だった。懐が深そうで実にきれいな合掌と礼拝をする若き国王と、凛としたまなざしの夫人の姿に、静かな威厳と温かさを感じた。

    しかし、マスコミの「幸福大国ブータン」という取り上げ方にはすごく違和感がある。「物質文明を知らない素朴な人たち」というステロタイプな見方以上のものが感じられない。「私たちの忘れていたものがここにある」的な視線は不遜じゃないかと思う。

    高野さんが描くブータンはそういうイメージからは遠く離れている。現在の姿は、中国とインドという強大な国に飲み込まれずになんとか生き残ろうと、知力を尽くして構築されたものだということを見出していくのだ。英明な前国王が定めた方針を官僚(という言葉はそぐわないなあ。お役人って感じ?)が血の通った施策で実にうまく機能させていることを、高野さんは村を回る中で実感していく。多様な環境を守っていくという点では、日本など足元にも及ばないほど進んでいて、それは決して「素朴な実践」などではなく、文明観に基づいた自覚的なものだというのだ。

    ブータンが敬虔な仏教国であることと、国の規模がとても小さいことが、こうしたことを可能にしていると高野さんは考える。仏教とロハスは相性がいい。国王自らが辺境の村を歩いて回れる(これには驚いた!)ほどの国土である。言語の違う多民族を、仏教の教えと国王への崇敬の念で束ね、押し寄せる物質文明と対峙している国、というブータン像が浮かんでくる。

    そもそもブータンが半鎖国状態にあることもわたしは知らなかった。そのやり方はしたたかだ。学校は無料で、英語で教育を行い、優秀な若者をどんどん海外に送り出す。そうやって科学文明の良い部分を取り入れつつ、外国の人や物が流入することは厳しく制限している。日本をはじめアジア・アフリカのほとんどの国が圧倒的な西欧文化に屈して同化していった、その轍を踏むまいという強い国家的意志があり、それがエリート層を中心に国民に共有されている。

    高野さんは「エリート達の純朴な笑顔」に驚く、と繰り返し書いている。どこの国でもエリートになればなるほど、国を憂い、批判し、皮肉で不機嫌になるものなのに、と。そして、ブータン国民の幸福感の源は、実は「選択がないこと」ではないかと書いている。これには唸った。心の拠り所は仏の教えであり、そこに迷いはない。国土は小さく手にできるものには限りがある。つまり精神的にも物質的にも「不自由」であり、選べないから葛藤もない。うーん…。「選べる」私たちはどこまで行っても十全な幸福感とは無縁なのだな。そのことをあらためて感じた。

    終わりの方で、著者はある懸念を書いている。ブータンはテレビを一般に導入しようとしているというのだ。テレビによって都会に憧れ「仕事のある田舎から仕事のない都会に出て行く」アジアの若者を見てきた高野さんは、テレビがこれまでのブータンの有り様を大きく変えるのではないかと危惧している。その気持ちはよくわかる。山また山、徒歩で何日もかかる村々の家にテレビがあって、ニューヨークの街かなんかが映し出される…なんともシュールな現実だ。

  • 『謎の独立国家ソマリランド』が非常に面白かったので、そこで「似てる!」と高野氏が評していたブータンを書いた本書にも挑戦。

    相変わらず面白い!
    今回は自らの疑問を確かめに、というのではなく、仕事として依頼を受けての旅だったようだ。え~、なになに、生物資源調査…?医薬品や食品を作るための研究開発と。政府の公式プロジェクトで、本格的に始めるための第一弾調査ということらしい。
    ご本人も、そんな専門知識もないのに調査なんて!と思いつつも、「雪男、いるらしいですよ」の一言にほだされて行くことしたとかなんとか。
    う~む、さすが高野氏。

    幸福の国ブータンにも被差別民はおり(政府としては解放されたとしているらしいが)、屠畜を生業とする者がその対象になるらしい。大乗仏教圏ではそういうところが多いのだそうだ。上座部仏教圏(タイやミャンマー)ではそうでもないというから面白い。
    ソマリランドでも屠畜業者は差別されていると言っていたから、そのあたりが共通しているというのが興味深い。

    昨年(?だったかしら?)来日されたワンチュク国王の記述もあり、「イケメン!」と評しているのがちゃんとイメージできるのでなんだか嬉しかったりして。

    で、結局、高野氏の興味の中心、雪男やら未確認生物やらの話に終始し、高山病に苦しめられたり、あちらこちらで現地の人々にお世話になりまくり、珍道中のようになりながらもブータンを満喫(?)しているわけだが、私の読む限り、最後まで依頼された「生物資源調査」なるものはまったくされていないような気がする…。
    果たしてこれで大丈夫だったのだろうか??
    それとも私の読み込み不足?どっかでやってたっけ?

    それにしても高野氏、ブータンのゾンカ語まで喋れるようになっている。
    一体、何か国語がおできになるのでしょう?

  • ブータンと聞いて思い浮かべるのは昨年国王夫妻が来日し民主党の馬鹿な大臣が欠席した話やGDPならぬGNH(国民総幸福度)などだろう。GNHそのものは経済的な発展をいらないと言ってるのではもちろんなく、持続可能かつ公正な社会経済的発展、環境の保全と持続的な利用、文化の保護と促進、良い統治が中心だそうだ。そしてそこにブータンでは仏教的な思想として欲望の抑制や殺生の禁止が含まれているようなのだがこの本に出てくるブータン人たちは仏教とGNHはそもそも成り立ちが違うと言う。また経済的な面では例えばブータンでは国のどこでも携帯がつながり、テレビが見れるようにと言った事業を進めている。反西洋文明みたいなイメージでとらえるとなかなか一筋縄では行かないのだ。

    ブータンは下は熱帯で上はヒマラヤ山脈近くと狭い国土ながら上下さはすごい。しかも高野秀行の行き先はブータンの辺境とあってさらにすごいところだ。一応の目的は生物資源探索のために伝統的な知識の下調べをすることで依頼者はマレーシアに拠点を置くバイオベンチャーのニムラ。ブータンには世界の生物資源の6%が有ると言われておりニムラがブータン政府と契約して海外企業との窓口を務めるのだがなぜここに高野秀行が出てくるかと言うと辺境愛好家として既知の二村社長に専門家は視野が狭いので高野が適任だと言われたことと、それ以上にブータンには雪男がいると釣られたから。実際には行く先々で行き当たりばったりに雪男や幻の動物を探し時々思い出したように伝統的な知識、例えば民間療法や薬草などを聞くのだが、正面突破では田舎の人たちはなかなか話をしてくれなかったり、と思えば一緒に宴会をして仲良くなったりと話は蛇行を続ける。

    そもそも雪男の出だしが二村しによればこうだ。
    二村「ブータンには謎の生き物はいませんか?」プロジェクト主任「そんなもんはいませんよ。」二村「では、雪男もいませんか?」主任「ああ、雪男ならいますよ」・・・・

    そこそこに出てくるブータンの民話もなかなかシュールだ。雪男の話では雪男は人間にだまされてよもぎ団子の変わりに馬糞を食わされ、さらにはマッサージをまねしたつもりで毛にバターを擦り込み火をつける。仲間の雪男は水に飛び込めと言った所、水と仲間が同じ発音だったので仲間の所に飛び込み雪男はまとめて焼け死にました・・・とか、ある果物を食べた後泉の水を飲むと甘い味がした。そこでその男は持ってた矢筒に水を入れて家族に飲ませた所、毒矢の毒で家族はみんな死にました・・・とか。雪男やチュレイと言う謎の生き物の話は度々出てくるが、これらを見たら死ぬと言う言い伝えがセットにあったり、運が落ちている状態で見るとか怪しいはなしなのに時々見たと言う人が出てくる。まあ実在の生き物と言うより物の怪のたぐいだ。

    ブータンの良い習慣はニェップという知り合いの家に押し掛けて泊まる制度。逆に一番恐ろしいのはツォチャン。よそ者は酒を買おうとしても売ってもらえないのだが夜になると近所の人たちが焼酎を持って集まってくる。飲んだらお礼をする、飲まずに金を払うのも飲んで払わないのも失礼にあたり飲むしか無い。飲めば飲むだけついでくる。しかも高地で酒がよく回るらしい。冷たい焼酎はもう無理と断ると、鍋にどぼどぼと5本ほど注いで暖めてくる。翌朝二日酔いの高野が二日酔いの伝統薬を聞いた所進められたのが迎え酒。あやうく逃げ出したが翌朝もツォチャンの続きにわらわらと集まってきていたそうだ。まあとにかく辺境で苦しみつつも楽しんでいるようで何よりだ。

  • ムベンベ、イスラム飲酒紀行の高野さんのブータン紀行。ブータン政府の公式プロジェクトである生物多様性調査、という名目で雪男を探しに行くのです。
    その活動を通じて、ブータンという国がどういう風になりたっているのか、そこにどんな人達がどう暮らしているのかを、なんだかとってもうらやましい感じで描く。
    守ろうとするもの、発展しようとするものを、みんながわかっている印象です。豊かさとは選択の多用性だという話がありましたが、逆にブータンは選択肢のなさから幸福を見出しているようです。僕らの価値観では、それは幸福に見えないかもしれないけれど、ブータンはそれを「選んだ」国だと。あれ、雪男の話がどっかに行っちゃった…。

  • 2020/06/18

  • SFチックなタイトルですが、ブータンの現地人に取材した紀行文。ブータン人の文化に深く切り込んでいて、今まで触れたことのない価値観はとても面白い。

  • 筆者のモットーである「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」をまさに体現したようなこの本。
    国民総幸福量(Gross National Happiness)がとても高いとは聞くけれど、でも半鎖国体制を敷いているがために情報が少ない魅惑の国ブータンを自分の足で歩き、
    現地の人と積極的に触れ合うことで得たブータンの生(なま)の情報が面白おかしく綴られた良書でした。
    僕も含め旅行好きの人にとって、筆者の高野さんがブータンでやったことは読んでいてとてもうらやましく、自分もブータンに行ってみたいという衝動に駆り立てられます。

    この本はしかし、単なる面白おかしい旅行記ではなく、ブータンという国の成り立ち、文化、民族、チベットとの関わりなど、高野さんが足で得た情報が多く綴られている他に、生物多様性の問題について切り込んでいる点も興味深かったです。
    毎日たくさんの動物や植物が絶滅していく昨今、なぜ多くの種を残すことが重要なのか、なぜブータンという国は種を残す環境として最適で「生物多様性の聖地」とも呼べるのか、そしてそういう環境がどうしてブータン国民に幸福をもたらすのか、その謎に迫っています。

    ブータンは、「周回遅れのトップランナー」とも呼ばれているそうです。
    世界各国が競うように近代化していく中、鎖国をしていた(いまも半鎖国体制の)ブータンは近代化が遅れたが、環境保全や生物を大切にする思想など独自路線を貫いた。
    資源を酷使して近代化した先進国は、今度はロハスだとか環境保全だとか国民の幸福の重要性といった、経済合理性を越えた「最先端の思想」にたどり着いた。
    その結果、一周回って、ビリを走っていたブータンに追いついてしまった、という先進国への皮肉を込めた呼び方でもあるそうです。

    謎が多い分、魅力的な国ブータン。
    この国に興味がある方はぜひ読んでみてください。

  • 幸福の国、GNH(国民総幸福量)などの言葉は耳にしても、自身が絶対に行くことは無いであろうブータンの旅行記。
    著者らしいゆるさとユーモア、読みやすさが本書の魅力。
    雑誌の記事をまとめたのではなく一冊の本としては、すこしまとまりなく感じた。

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著者プロフィール

1966年、東京都八王子市生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学探検部在籍時に書いた『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)をきっかけに文筆活動を開始。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」がモットー。アジア、アフリカなどの辺境地をテーマとしたノンフィクションのほか、東京を舞台にしたエッセイや小説も多数発表している。

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