- Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087715125
感想・レビュー・書評
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昭和初頭、時代の不穏な空気の中、歌舞伎の大劇場に脅迫状が届き、人気役者が不審な死を遂げる。歌舞伎界を舞台とし、時代の風俗も織り込んだミステリ。
昭和5年、亀鶴興業が運営する木挽座に「掌中の珠を砕く」と脅迫状が届いた。
狂言作家であり大学講師でもある桜木は、木挽座の役者たちとも親しい。歌舞伎界は特殊な世界だ。外部のものには伺えないその壺中の入り組んだ回廊も知る立場にある桜木は、知り合いの警部に頼まれ、素人探偵の真似事をする羽目に陥る。
きれいごとばかりではない芸の世界をしたたかに生き抜いてきた一癖も二癖もある老獪な大看板たち。階級の違いに憤りを感じ、歌舞伎界にも改革が必要だと訴える若手役者。安月給で、おそらく一生、日の目を見ることがない、「その他大勢」の下っ端役者たち。
歌舞伎界のねっとりとした因習に、労働争議でざわめく時代の空気が混ざり込む。
そんな中、「忠臣蔵」の上演中に、事件が起こる。現場は舞台の裏。わずかの隙を突き、大勢の目をかいくぐって犯行を成功させた犯人とは何者か。
え、おもしろい。おもしろくないはずがない。
のだが。
正直なところ、個人的には、残念ながら開演の期待が終幕までは保たない物語だったといわざるをえない。
読み終わって考えてみると、プロットはよくできている。
特高やデモの光景も時代の空気をよく掬い取っているし、桜木の姪が小劇場で役を得る劇も非常に象徴的な内容だ。
何よりも役者1人1人にもモデルがいるという、木挽座の描写が秀逸である。
時代背景をきっちりと調べ込んでいるのだろうというのもとても感じる。
だが、読者に「後で考えたら、プロットはよくできている」と言わせるというのは、娯楽小説としてはどうなのよ?というところなのである。
ミステリとして今ひとつ乗れなかった。その理由はおそらく2つ。
1つは、視点が主に探偵役の桜木のものであり、犯人の心情や事情に多分に桜木の推測が混じっていること。それが説明的に示されても、「ふぅん、そうかもしれないけどね・・・?」「え? それ、桜木先生だけ知っていて、ずるくない・・・?」と感じてしまう。
もう1つは、著者が歌舞伎界について突出して詳しいこと。いや、それ自体はもちろん、素晴らしいことだ。楽屋裏や役者の心情、芸道の「修羅」が非常に説得力を持って書かれ、冒頭の吸引力は特筆に値する。だがしかし、そこに加わるミステリとしてのプロットが、今ひとつ「取って付けた」感がぬぐえない、のである。
著者は歌舞伎の企画制作・脚色・演出にも携わった人である。長年、歌舞伎に慣れ親しんだ著者が熟知している歌舞伎の世界に比べて、いくら背景を調べ込んだとはいっても、物語の鍵を握る財閥のお屋敷や、捜査に当たる警察の場面は、どうしても見劣りがしてしまう。致命的なのは、歌舞伎界の外のとある重要人物の描かれ方が、歌舞伎役者の十分の一にも満たないと感じる点だ。そういう意味で、バランスが悪い、と思う。
こうなると何も、ミステリでなくてもよいような気がしてくるのだ。変死事件や謎解きを織り込まなくても、歌舞伎という壺中には、怖ろしい反面、魅力も持つ、「魔」が巣くうている、のだろう。
いっそ、著者のこの冴えた筆で、ノンフィクションでもフィクション仕立てでも、この時代の役者の一代記や歌舞伎座クロニクルを存分に描き出してほしい。
読み終わっていささか消化不良な気分の中で、そんな思いも涌いている。
*亀鶴興業に木挽座に。それこそ忠臣蔵の塩冶判官や大星由良助のような、「いや、それ、丸わかりですからっ」的ネーミングです(^^;)。
*いろいろ文句をつけておいて何ですが。調べ物のすごさにもちょっと圧倒されました。小劇場で演じられる設定のイプセンの『幽霊』(『人形の家』の続編にあたる作品)がなかなかの問題作でびっくりしたり。ちょっとこれ、読んでみようかなぁ?
いやぁ、ほんと、なかなかのプロットだと後で思うんですけどねぇ・・・。
*松井今朝子さんはこれが5作目、かな・・・?『吉原手引草』『大江戸亀奉行日記』『仲蔵狂乱』『吉原十二月』ときて、本作。好き嫌いでいえば、『吉原手引草』が一番よかった。著者もカメ好きと聞いて読んでみた『大江戸・・・』がいまいちだったのが残念でした。意外に自分にとっては当たり外れがある著者さんなのかもしれません。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
実力も人気も一流の歌舞伎役者・神埼蘭五郎が毒殺される。
故人と親しかった大学講師・桜木治郎は事件解決に乗り出す(と言うか、担ぎ出される)。
物語は真実をなかなか探り出せない治郎目線で語られるため、私も最後の最後まで犯人や動機の想像がつかず、うーん、ちょっとつまらなかったなぁ。
もうちょっとヒントがあれば面白く読めたのに。
それはそうと(笑)、時代は、昭和の初め、太平洋戦争前の不景気な日本。
資本家の有産階級と労働者の無産階級の不合理を声高に主張すると特高に逮捕され人生をめちゃくちゃにされる時代。
「社会にも各自にも割り当てられる役どころがあるのかもしれない。役どころは生まれ育ちで定まるのは排せても、持って生まれた天分によって定まることは否定できない。社会にも時代に応じたいい役どころとそれに適した天分があって、つまりそこには階級、階級による対立が生じてしまう。人類は延々と続くこの虚しい回廊廻りから一向に抜け出せないようだ」という治郎のモノローグが印象的だった。
んだんだ。 -
昭和5年という時代を、歌舞伎・演劇を通して描かれているのが興味深かった。
主人公の狂言作者の末裔で、大学講師の家の様子の部分は、『小さいおうち』を思い起こさせた。
殺人事件が起き、犯人探しなのだが、推理小説としては特に感慨もわかなかったので、『歌舞伎』のカテゴリに入れた。
梨園というのは限られた世界なので、こういうネタはつきないだろうと思う。
なので、推理小説風で描くのではなく、ドキュメンタリーのほうが面白いと思う。なにせ、『事実は小説より奇なり』を地でいくような世界だと想像しているので。 -
「風姿花伝」シリーズの後に読むと,子孫?たちの登場ににんまりします。梨園はともかく,警察関係も。。。あれ,笹岡家と薗部家は親類じゃないのかな?