世界地図の下書き

著者 :
  • 集英社
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レビュー : 392
  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087715200

作品紹介・あらすじ

「青葉おひさまの家」で暮らす子どもたち。
夏祭り、運動会、クリスマス。そして迎える、大切な人との別れ。
さよならの日に向けて、4人の小学生が計画した「作戦」とは……?
著者渾身の最新長編小説。

直木賞受賞後第一作!

感想・レビュー・書評

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  • 小さい頃に住んでいたマンションの別の階に、夏休みになるとやってくる三姉弟がいて、同じ年頃だったので、会えば一緒に話したり遊んだりしていた。ところが彼ら、三人の結束が強いのはいいのだけど、言動に少し問題があって、困らされることも幾度かあった。
    周りの大人たちに、こういうことがあったんだけど、と話すと「ああ、あの子たちはねぇ、仕方ないわー」と、みんな一様に渋い顔をする。聞けば普段は養護施設に預けられている子たちだとか。
    両親揃っていても、何らかの事情があっても(どういう事情かは知らないままだけれど)、「施設の子ども」というだけで、渋い顔で「あの子たちはねぇ」と言われる。
    困らされたと言っても、しょせん子どもどうし。大人から見れば大したことではないはずで、相手が近所の他の子だったら、きっと笑いながら他の言葉をかけてくれたはず。
    「施設の子ども」というだけで偏見の目で見られることに、幼いながらなんともいえない気持ちになったことをよく覚えている。

    太輔、淳也、麻利、美保子、佐緒里。
    この物語に登場する子どもたちには、そういう大人からの偏見の眼差しは描かれていないが、学校でのいじめは子どもどうしだけれど同じような偏見を感じるし、他に物質的な問題もいろいろと起こる。淳也と麻利、それぞれが受けるいじめ、佐緒里の進学問題……。
    そんな中、太輔たちは3年前から中止になった「願いとばし」を復活させようと計画する。
    材料の調達方法などは問題があるし、他にやりようがあるだろうにと思うところもあるけれど、一生懸命さは伝わり応援したくなる。
    不器用なまでに一生懸命なのは、みんな、大切な誰かのためにやり遂げようとしていたから。
    太輔は佐緒里のために、淳也は麻利のために、美保子はお母さんをまだ好きでいられるために。

    立ち向かうだけが勇気じゃない。逃げてもいいんだよ。と言ってくれる作品は増えたけれど、この本はそれだけではない。
    逃げた先にも、同じだけの希望がある、と言ってくれる。
    逃げた先の道だって狭くならない、と言ってくれる。
    私たちは、絶対にまた私たちみたいな人に出会える、とその先に希望を抱ける言葉をくれる。
    その先がダメでも、また先、そのまた先、きっと希望はある。あるはずだと。

    夕暮れの空に次々と上がっていく願いを乗せたランタン。
    そのランタンのようにそれぞれ旅立っていく子どもたちには、切なさや淋しさも感じる。
    けれど、希望は消えない。
    読み終わった後に、表紙の子どもたちの顔を見て、そう信じることができた。

    • 円軌道の外さん

      お疲れ様です。
      お久しぶりですね(^O^)

      いつもたくさんの
      お気に入りポチありがとうございます!


      今年はホンマ
      ...

      お疲れ様です。
      お久しぶりですね(^O^)

      いつもたくさんの
      お気に入りポチありがとうございます!


      今年はホンマ
      暑い日が連日続いてますが
      お変わりないですか?


      朝井リョウさんの小説は恥ずかしながら
      一冊も読んだことのない非国民です(笑)
      まぁもともと
      ロック気質というか
      流行りものには
      あまり興味がない生活を送っていたからなんやけど、
      九月猫さんの素敵なレビューを読ませてもらって
      「コレは読みたいっ!」
      「いや、読まなければ!」と
      強く思ってしまいました(^_^;)


      もうひとつ
      読んでみたいって思った理由は、
      自分自身
      5歳で父と死別し
      その後母親に捨てられ
      児童養護施設で育ったからです。


      まぁ正直
      差別は絶えず学校でも
      放課後でもあったけど、

      自分がプロのボクサーになったのも、
      言葉で表現することに目覚めて
      文章を書くことや
      本の魅力にとりつかれたのも、

      そういう環境で育ったからこそ
      なんですよね。


      だから今となっては
      自分の境遇に感謝すらしてるし、
      運命に抗う意志を養ってくれた
      施設の人たちにも
      ありがとうって言いたいです。


      確かに生活環境は
      幼い子供たちに
      いろんな影響を及ぼすし、
      周りの大人たちを見て
      それが世界のすべてだと思って
      子供は育ちます。


      つまりそれって
      親がいてもいなくても
      同じなんですよね(笑)

      いくら金持ちの家に生まれて
      両親が健在でも、
      愛を教えなければ
      愛に飢えた子供になるし、

      施設で育っても
      人と人との繋がりの大切さを教えてくれたり、
      愛を注いでくれる大人たちがいれば
      人間力は磨かれると思うんです。


      今の時代、年齢的に大人というだけで
      中身が成熟していない
      「なんちゃって大人」が増えてるので、
      自分たち親の世代が
      子供たちが憧れる
      夢を語れるような
      カッコいい大人にならなけりゃって
      切実に思っています(>_<)


      2013/08/22
    • 九月猫さん
      あやさん、こんばんは♪

      そうなんです、この本「逃げてもいい」の「先」が書かれていて、
      そこにすごくぐっときました。
      逃げた先にも同...
      あやさん、こんばんは♪

      そうなんです、この本「逃げてもいい」の「先」が書かれていて、
      そこにすごくぐっときました。
      逃げた先にも同じようないじめや辛いことがあるかもしれないけれど、と
      言ったうえで、でもだからといってその先の道が狭く細くなるわけではない、
      って言ってくれるんです。
      「逃げる」って言葉が持つ、先の行き止まり感を掃ってくれているので、
      これを読んで楽になれる子どもたちがいるといいなぁって思います。
      希望、という言葉を素直に信じられるそんな作品でした。

      原発・・・同じ考えです。
      ないほうがいいんです。そんなの当たり前すぎるくらい当たり前。
      でも「今あるもの」を「今すぐ」止めろっていうのはなんて乱暴な言い草かと。
      代替エネルギーはもちろん、働いている人たちを受け入れる環境などを
      整えるほうが絶対に先ですよね。
      直接働いている人だけでなく、連鎖的にいろいろなところに影響も出るでしょうし。
      GWと6月に福井に行ったのですが、美浜のあたりきれいな海の向こうに
      原発がある風景は残念でしかないけれど、
      でも広くて大きくてきれいな町の道や施設(ハコモノがすごく多いんです)の
      数々を目にすると複雑な心境になりました。
      これって原発があることの恩恵なんだよなぁ・・・って。
      0か100か、みたいな極論ではなくて、現実的に順序良く、
      そしてもちろんできるだけ速やかに環境を整えてほしいなぁと思います。

      って、本作と関係のないお話になっちゃってゴメンナサイ(^-^;)
      あやさんと同じく
      >文句だけ言いっぱなし状態のテレビやネット に
      げんなりすることが多かったので、つい(^-^;)
      2013/08/24
    • 九月猫さん
      円軌道の外さん、こんばんは♪

      お久しぶりです。
      コメントありがとうございます!
      花丸もたくさんありがとうございます(*- -)(*...
      円軌道の外さん、こんばんは♪

      お久しぶりです。
      コメントありがとうございます!
      花丸もたくさんありがとうございます(*- -)(*_ _)

      残暑とは呼べない(呼びたくない!)暑さが続いていますね。
      円軌道の外さんは、体調崩されたりしてらっしゃいませんか?
      わたしは・・・夏バテでしばらくブクログをお休みしていました。
      しかも復活した早々、今度は昨日まで夏カゼで熱出してました(笑)
      今年の夏はなかなか手ごわいです。
      円軌道の外さんもお気をつけてお過ごしくださいね。

      そんな非国民だなんて(笑)
      朝井さん作品は、わたしもこれが初です。
      何冊か気になりながらも、なかなか手にとることなく・・・でしたが、
      「風立ちぬ」でジブリ熱が上がっていたところにこの近藤さんの表紙と
      折り良く放送された「情熱大陸」が良いきっかけになりました♪

      円軌道の外さんの境遇はいくつかのレビューにも書いてらっしゃったので、
      なんとなく存じていました。
      円軌道の外さんのレビューは、本質的な部分での優しさや懐の深さ、また、
      芯の真っ直ぐで強い意思を感じ、いつも楽しみに読ませていただいています。

      >だから今となっては自分の境遇に感謝すらしてるし、
      >運命に抗う意志を養ってくれた施設の人たちにも
      >ありがとうって言いたいです。

      状況はもちろん違うのですが、わたしも同じようなことを思ったことがあり、
      ある人に話したことがあります。そうしたらその人が
      「そう言えるようになったのは、乗り越えて飲み込んで消化(昇華)
       できたからだよ。よかったね(*^-^*)」と言ってくれました。
      なので円軌道の外さんも、乗り越えて飲み込んで昇華してこられたのだろうなと
      (勝手にわたしが思ってるだけですが)思うので、
      円軌道の外さんに「よかったね(*^-^*)」と、
      素敵な円軌道の外さんの礎を作ってくださった施設の方たちやお友達に
      わたしも一緒にありがとうーっ♪って言いたいです。


      「なんちゃって大人」・・・うっ、み、耳がイタイ(笑)
      間違いなく「なんちゃって大人」の一人です、わたし。・゚・(ノД`)・゚・。
      2013/08/24
  • 久々の朝井リョウ。
    やはりこの人只者ではない。
    この若さで、この完成度。

    主人公の子供が小学生とは思えない、とか
    いい人しか出てこない、とか
    あの学校の対応はないだろう、とか
    きれいごとすぎるだろう、とか
    色々つっこみどころはある。

    でもこの小説に込められたメッセージは直球で伝わってきた。
    作者の思いが私のところまでしっかりと届いた。

    ”いじめられたら逃げればいい。”

    おおいなる共感。
    これで十分だ。
    このメッセージが今いじめと闘っている子供たちに届くといいのだけれど。
    この小説を読んで救われる子が一人でもいればいい。

    ねがい飛ばしの幻想的な場面。
    是非映像化してほしい。
    もっともっとたくさんの子供たちに思いが伝わるように。

  • 朝井リョウ、直木賞受賞後第一作。
    といっても「小説すばる」で連載が始まったのは2012年11月号からなので、厳密には時期が被っているのだが。

    舞台は児童養護施設。
    その中で暮らす5人の子どもたち。
    序章として、三年前、一番大きな女子が中三、最も小さい子が小学一年生という時代に起こったある出来事から物語は始まる。
    先日放送された「情熱大陸」だったか、何かの雑誌のインタビューだったか、朝井リョウ君が「いじめの問題を書きたい。逃げる選択肢もあるんだよ、と」と語ったのを覚えているのだが、それをテーマにしたかったらしい。
    「いじめ」の話というと全体のトーンが暗くなりがちだが、そこはさすがに作者である。
    真っ直ぐな話というよりは、五人の関係を複雑に絡ませ、少しオブラートで包みながら話は進行していく。
    時折語られる独特の比喩も相変わらず見事だ。

    時を経れば、施設を出てみんな離れ離れになる。
    大切な仲間を失おうとしている。
    でも、こんな素晴らしいことが自分達だけでできるのだから、独りになっても、みんな強く生きていけるはずだ、新しい仲間ができるはずだ、と将来に希望を持たせる。

    ラストシーンは、やはり涙が零れた。特に幼い麻利の健気さに胸を打たれる。
    彼の作品で泣いたのはもう何度目になるだろう。
    どうしてこれほど素敵な物語が創れるのだろう。
    彼の才能は底知れないというか、引き出しは無限にありそうだ。
    朝井リョウファンならずともオススメの一冊です。

  • 朝井リョウさんの小説を読むのはこれが2冊目です。
    以前読んだ『星やどりの声』につづき、今回も子供たちが主役の物語でした。

    「逃げること」を肯定してくれる物語を、実は多くの人が望んでいたのかもしれないなぁ…と思います。
    「逃げることは恥ずかしいことだ」と言う人もたくさんいます。
    しかし、そういった声に逆らって逃げることを選択するということは、逃げずに立ち向かうことと同じくらい勇敢なことだと思いました。

    ラストシーン、幻想的な情景と相まって、本書にこめられたメッセージがじんわりと胸に広がります。
    この子たちが幸せであってほしい、と、祈らずにはいられませんでした。

    …そして、この物語を『世界地図の下書き』と名付けた朝井さんのセンスにやられてしまいます。

  • 朝井リョウの長編7作目は、児童養護施設を舞台に、小学生が主人公。
    どうしようもない悲しみやいじめがあり、思うままにならない境遇でも友達は出来て、希望を見出していく話です。

    太輔は小学校3年生。
    両親を交通事故で亡くし、伯父伯母ともうまくいかず、児童養護施設「青葉おひさまの家」に入りました。
    子供のいない伯父伯母をお父さんお母さんと呼ぶことがどうしても出来ず、しだいに叩かれるようになったのだ。

    施設で親切にしてくれた佐緒里は、中学3年のお姉さん。佐緒里のことが大好きになる太輔。
    同じ班の淳也、美保子、麻利とはだんだん仲良くなります。
    同じ年の淳也は小柄で優しく、学校で何かといじめられがちでした。
    美保子はおませで、母親のことが大好きで自慢なのだが、その母親から虐待を受けていたために施設にいる。
    麻利は淳也の妹で、天真爛漫だが、クラスで仕事を押し付けられたり、変だとからかわれたりしていた。

    3年がたち、佐緒里が予定していた大学進学を諦めなければならなくなる。
    事情を知った太輔らは、自分達でお祭りにランタンを飛ばす行事を再現しようと、頭を絞ることに。
    子供ならではのつたないやり方でも、だんだん形になっていき‥

    前半は重苦しいですが、後半の頑張り、子供達の仲のよさが救いになりますね。
    「逃げてもいい、逃げた先にも同じだけ希望はある」「私たちみたいな人にこれからまた絶対出会える」と最後に繰り返し語る佐緒里の言葉が感動的です。

    2013年7月の作品で、「何者」の次。
    直木賞受賞後初の作品ということになりますね。
    朝井リョウが書いているという感じがあまりしない。
    ある意味、若さを抑えて、広範囲の人に読みやすいようにと意識した、大人になった書き方かな。
    この作品で坪田譲治文学賞を受賞しています。

  •  今回の朝井さんの作品の主人公は、小学生。今までは高校生とか大学生とかを主人公に持ってきていたから、新鮮だ。

     事故で両親を亡くし、引き取られた叔父の家で虐待を受けた太輔は児童自立支援施設で暮らすことになる。
     
     太輔の、「自分が何をしたところで何も変わらないこともあることを知っている」と思い至るシーンが印象的です。
     ああ、そうだった。小学生の頃なんて、思い通りに行くことなんて、何一つなかった。それが、すごくつらかったのに、どうして忘れていられたのか。。。
     いやいや、忘れていたわけではないのです。大人になった今、思い通りに行かないことがあまりにも日常で起きすぎていて、それが私たちの日常にしみこんでしまっていたんだ、と思うのです。だから、大人になった今は、少しくらい思い通りにいかないことがあったって、動じずにいられるんでしょう。慣れただけ。決して思い通りに行くことが増えたわけではない。
     そうやって私たちは、生きていくしかない。生き延びていくしかない。この作品を読んで、そう思いました。

     最後、の佐緒里のセリフも印象的。
    「私たちは、絶対にまた私たちみたいに人に出会える」
    人生は確かに思い通りに行かないけれど、あきらめてはいけない。希望を捨ててはいけない。そう感じさせられた。
     最後、号泣でした。

  • 児童養護施設のお話。
    朝井リョウさんの本は初めて読むはずなのに、一話目がなんだか読んだ事のあるような話で、デジャヴ?と小一時間悩んでいたのだが、どうやら前に読んだアンソロジーに入っていた話だったようです。あー、すっきり。

    ま、それは良しとして。心に傷を負った子供達の純粋さとひたむきさは良かったけれど、少し考えが足りないというか。小学生ってこんなもんなのかな。文中にも出てくるが、盗んだり騙したりはダメだ。すぐに大人に相談すれば良いのに…とモヤモヤ。
    辛い事があったら逃げたらいい。逃げた先にも必ず世界は広がっていて、救いがあるよという流れには大いに共感。

  • 明るい気持ちになりたくて「少年のひと夏の冒険」系と勝手に思い込んで読み始めたらどよーんとした気持ちに。
    チャンスは誰にでも平等にやってくるけど、アクシデントも同様に誰にでも平等に降ってくるもの。
    自分に配られた手札の中でどうやっていくか。
    そう思っているけれど、この本の子供たちがとにかく辛い。
    そしてこの本のタイトルが読後にさらに気持ちを落ちさせる。

    両親を事故で失って、伯父の家から「青葉おひさまの家」にやってきた太輔。
    太輔の1班のメンバーは淳也と麻利の兄妹、意地悪でおしゃれな美保子、そして6歳年上の佐緒里。
    それぞれが自分の手で何かをつかもうともがいている。
    自分の子供の頃に言えなかったこと、傷ついたことが思い出されてヒリヒリだ。
    体が大きなこと、足が早いこと、話が上手なこと、子供の世界でのソレは自然と子供社会でのランク付けにつながっていく。
    女の子の厭らしさが相変わらず上手すぎる。
    朝井さんの彼女ってどんな子ー!と気になってしまう。

    それにしても、最後までこの本の「大人」は敵だった。
    味方は中途半端に若いみいちゃんだけ。
    最後に「これから」に希望があると言わせてるけど、周りの大人がこれではその台詞すら薄っぺらに聞こえる。
    悲しすぎる。

  • 朝井リョウ氏の著作を全部読んだわけではないし
    よりによって(汗)『何者』をまだ読んでいないので
    もしかしたら違っているかもしれないが(と先に予防線を張る^ ^;)
    章ごとに視点が変わるスタイルではない作品は初めてのような気がする。
    今まで読んだ朝井氏の作品はすべてそういう体裁だったので
    変な話、視点が定まっているというか、第三者視点の話運びは新鮮だった。

    いっぺんに両親を亡くした太輔や佐緒里。
    親はいるけど一緒に暮らせない状態の淳也と麻利の兄妹と美保子。
    自分は大人といえる年齢になった今でも両親共々揃って暮らしているので
    彼らの境遇を理解することができないもどかしさ、
    そして同時に知った風なことを言うことに対する嫌悪感をチラチラ感じながら
    泣きそうになりつつ何とか踏みとどまってようやく読み終えた感じ。

    その境遇からして早く大人になることを強要される太輔たちに
    対峙する大人たちも必ずしも完全なひとたちではなくて
    突然空いた空白を埋めるなど、自分の都合で(無意識に)利用してしまうとか
    そういうひりひりするというかキリキリするような感情が痛くて堪らなかった。
    何よりも痛かったのは淳也と麻利を虐める子供たちの無垢ゆえの怖さと、
    その淳也が逃げることの正当性を淡々と語るところ。
    確かに自分を護るために逃げることは有効な手段なんだけど
    それを子供自身が言わなくちゃいけないところが身を斬られるようだった。

    この物語ではそれぞれの旅立ちの前段階で終わっている。
    この時点では希望を見い出せるかどうか判らないのだが
    佐緒里が、淳也が、麻利が、美保子が、そして太輔が
    それぞれの形でちゃんと幸せを掴み取ることを願う。

  • 子どもは哀しい。あまりに無力で、周囲の大人の都合で動かざるを得ないから。そして、子どもはやるせないほど視野が狭い。それは、知識の少なさからくるものもあるし、経験の少なさからくるものもある。手元にあるほんのちょっとの情報だけを頼りに世界を歩いていかなくてはならないのだ。

    この作品の後半で企まれる行動はまさしく子どもならではの発想である。
    ケーキ屋や学校から材料を持ち出すのは、確かにあまり褒められた方法ではないだろうが、しかし彼らに他の手段はなかったのだし、「あとでちゃんと返すから」とか「どうせもう使ってないし」とか「たくさんあるんだから少しくらいは」という考え方自体が、子どもならではだと思う。それを「視野が狭い」というのだ。

    太輔の視点から書かれているために、全体が非常に曖昧になっている。子どもというのは、小さな穴から広い世界をのぞき込んでいるようなものなので、見えない物も多いし、見えても意味の分からないものがたくさんある。それがそのまま書かれているから、じれったくなるほど全体像がはっきりしない。
    他の作品と違うのはそこだと思う。他の作品だと、ある程度自意識が生まれている人が語り手になっているから、詳しい描写も説明もできる。しかし本作は子どもが主人公であるため、なんとなくぼんやりとした子ども時代の感覚が呼び起こされてしまうのだ。

    子どもは哀しい。自力ではどうにもならないことばかりで、そんな中で翻弄されていくしかない。
    同じように子どもが主人公の物語を書いても、道尾秀介さんの小説だともう少し子どもに陰がある。そのあたりは作者の人柄が出るものなのかもしれない。
    だからだろう、本作の子どもたちはみな、根っこのところで素直である。
    いじめっこたちですら、素直にいじめっこである。

    ラストで、子どもたちが新たな決意を語る場面が切なかった。切ないけれども、ただ哀しいだけでなく、世界に立ち向かっていく強さの萌芽を感じられて、泣きながらがんばれと思った。
    逃げてもいいのだ、新天地を求めてもいいのだ、失敗したらやり直してもいいのだ。今ある関係性にこだわることを求める人が多すぎるし、すでに与えられたあり方だけに固執する人が多すぎる。
    いじめっこはどこまでいってもいじめてくる。それは変わらないのだ。劇的に心を入れ替えるなんて、安直なドラマの中だけのこと。
    どこかにきっと、自分を受け入れてくれる人がいる、どこかにきっと、自分が安心して生きていける場所がある。そう願う作者の痛切な思いが、ラストに結実していると思う。

    「情熱大陸」を見た時に、編集者からの直しが入って「でもここは淡々と行きたいんだよな」とつぶやいていたのは、どの部分だったのだろう。
    どこもみな、これでなくてはいけない、というトーンで描かれているように思う。
    ふわふわとのぼっていくランタンの明かりのように、ほんのりと温かくやわらかい思いが残る作品だった。

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著者プロフィール

朝井 リョウ(あさい りょう)
1989年、岐阜県生まれの小説家。本名は佐々井遼。早稲田大学文化構想学部卒業。
大学在学中の2009年、『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー、後年映画化された。
大学では堀江敏幸のゼミに所属し、卒論で『星やどりの声』を執筆。2013年『何者』で第148回直木賞を受賞。直木賞史上初の平成生まれの受賞者であり、男性受賞者としては最年少。『世界地図の下書き』で、第29回坪田譲治文学賞受賞。
その他代表作に『少女は卒業しない』、映画化された『何者』がある。

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