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Amazon.co.jp ・本 (376ページ) / ISBN・EAN: 9784087715446
作品紹介・あらすじ
幕末の木曽、薮原宿。才に溢れる父の背中を追いかけ、一人の少女が櫛挽職人を目指す。周囲の無理解や時代の荒波に翻弄されながらも、ひたむきに、まっすぐに生きる姿を描き出す、感動の長編時代小説。
感想・レビュー・書評
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素晴らしい作品でした:.゚٩(๑˘ω˘๑)۶:.
木曽の櫛挽き…お六櫛
ちょっと調べてみてください!
超絶神業的なお六櫛!!
そんな神業櫛職人の吾助を父に持つ登瀬・十六歳
父親の櫛を挽く姿形、音、空気…全てに魅入られ
父と櫛が全てのような少女
女は家事をし子を作り育てる
そんな事が当たり前の時代…幕末ですね
それも木曽の山奥の村での話
登瀬の世界は小さな板の間の作業場だけ
登瀬が櫛挽きとして成し遂げる姿を見届ける!
何があっても負けるな!!
そんな気合いを入れての読書でした笑
木内さん良いです♪
文章も美しく読みやすいし
ラストは登瀬と共に涙がツーーっと頬を伝うわたし
わたしってどうやら職人物、そしてそれを極める神業職人物が好きなようです(〃ω〃)
わたし事ですが何か作るって好きなんです
けど器用貧乏といいますか…
切り絵…刺繍…リース作り…
まずは道具を揃えてから…
形から入る悪い癖があります(꒪⌓︎꒪)
そしてある程度できると飽きてくる
編み物は現在進行形で長続きしてますが…
家の事を何もせずに一日中編み物して本読んでたい
ご飯もお風呂もいらないわ( ̄▽ ̄)
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幕末、木曽路の宿場町が舞台。櫛挽の名工を父に持つ登瀬は、櫛挽に魅せられ、父に続きたいと願う。父以外の家族や世間から非難される中、櫛挽一筋に生きようとする女性の感動の物語。主人公をはじめ、登場人物の描写が素晴らしい。また、幕末の激動期の木曽路の宿場町の雰囲気が印象的。中央公論文芸賞・柴田錬三郎賞・親鸞賞。
『かたばみ』に感動して読み始めた木内さんの作品も6作目。どの作品も素晴らしかったですが、心に沁みていくこの作品がベストかな。 -
読み終わって胸がいっぱいになった。
ああ、なんていい小説だったんだろう。
文句なしの傑作。
木内さんの小説を読破したのは2冊目。
実はこのほかに数冊チャレンジするも途中で投げ出してしまった。
もう少し辛抱強く読んだらきっと入っていけただろうけれど。
この小説は正直言ってとっても地味。
舞台は木曽路、主人公は櫛職人を目指す少女。
新聞書評などに多く取り上げられてはいるもののいかんせん華がないので躊躇っていた。
また挫折してしまったらどうしようと。
いやいや、そんな不安は全く杞憂だった。
木内さんの腕にかかれば、山深い木曽路も櫛を挽く殺風景な板の間もがらりと魅力的なものへと変わる。
今にも櫛引の音が聞こえてくるような錯覚に陥る。
静かな感動で満たされ、知らず知らずに涙を誘う。
木内さんらしく書き込みすぎていない文章が潔くてきりりと光る。
このあたりの采配は絶妙というしかない。
何気ない台詞に何度やられてしまったことか。
頑固なまでに自分を貫く主人公の登勢、朴訥な職人気質の父、利己的な母、幸せを追い求めた妹。
そして登勢を取り囲む男達。
一筋縄ではいかない面々が難儀な人生を歩んでいく姿はみな愛おしい。
それが良しにつけ悪しきにつけ。
あまりにも読後に興奮し、GWに木曽路に行こうと突然閃いた!
長野に長いこと住んでいたのに南信はほとんど行ったことがなかった。
が、調べてみて撃沈。
片道4時間以上。日帰りじゃ無理じゃないか。
私の木曽路熱、梳櫛熱が冷めぬうちに行けるだろうか・・・。-
楽しまれたようでよかったです(^_^)
地味だけど、素敵ですよね!
木曽路の旅はいかがなりますかな…?楽しまれたようでよかったです(^_^)
地味だけど、素敵ですよね!
木曽路の旅はいかがなりますかな…?2014/04/26 -
bokemaruさん、こんにちは♪
bokemaruさんが背中を押して下さったおかげです!
ありがとうございます。
心にしみる傑作...bokemaruさん、こんにちは♪
bokemaruさんが背中を押して下さったおかげです!
ありがとうございます。
心にしみる傑作でした。
木曽路までの道のりは険しいです・・・。
4時間で尻込みしてたら当時の旅人に喝入れられちゃいますね(^_^;)
2014/04/26
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幕末の、中山道の木曽・藪原宿。
櫛職人の父親の仕事を手伝う、登瀬。他の人にはまねのできない優れた技術を持ち、人をうならせるほどの櫛を挽く父親。藪原で、いや、江戸の職人と比較しても、最も優れていると信じて慕う父親の後を継ぎ、いずれは自分でも櫛を挽きたいと心の奥で願っていた。
櫛を挽くのは男の仕事だとよい顔をしない母親は、登瀬にいずれは他家に嫁ぎ、女としての幸せな人生を送ってほしいと考えている。才覚がありながら早世した弟。閉ざされた環境を辛いと感じ、よその町へ嫁ぎ今よりもいい暮らしをしたいと願う妹。登瀬を中心に据えた、過酷な暮らしをおくる家族の物語でもある。
少女は一日の大半を作業場で過ごしながら、目の前の大きな存在である父親の背中を追い、自分の極めたい道をなんとか進んでいこうと一心に仕事に打ち込んでいく。遠く離れた地で起こる桜田門外の変や皇女和宮の降嫁など幕末のできごとが少女・登瀬が歩む人生にも影を落としている。
自分の住む狭い町の中で完結し、ほとんどが自宅の中に限定された暮らし。家業を継ぎたいと願っても、世間の考える女の一生との差異からなかなか思うようにはならない。
時代から制約を受け、母親の考えるあるべき姿とかけ離れた登瀬は認めてもらえず、自信を持ってまっすぐに歩いていくのも難しい状況だった。
劇的な展開もほとんどなく、地味に辛いことばかりが次から次へと起こる。『世間が認める普通の生き方』の中に収まれば何とか穏やかに生きていかれるだろうに、あえて男の進む職人の道を選んだり、一旦決まりかけた縁談を断ったりと自分の生き方を貫くというのは現代以上に摩擦を生み、困難な道のりだろう。それでも信念を持ち、敢えてそれを進んでいく、登瀬。
何が起こるでもない、辛いことの方が多い、一人の女の人生を辿って行く。
一生懸命生きなければ、何かに絡め取られてしまいそうで、ひたすらに自分の道を踏みしめて歩いていく。
時代に名を残すようなことはなくても、毎日を精一杯生きていくことの力強さをや潔さが、どの場面にも溢れている。自分の脚で大地を踏みしめて、しっかりと前を向いて立つことの難儀なこと。
寄りかかってしまえば、信念をちょっとばかり曲げてしまえばずいぶん生き方も変わっただろうけれど、無器用さがなんとも愛おしい。
楽してばっかりの毎日を反省中。
愚直に生きるって根気と自分への信頼が必要なのかも。
少しばかり背すじをぴんと伸ばし、視線をぐっと起こして、仕事をしようと思った。そうした些細な変化が日々積み重なって何らかの形を成すのではないか。3年後くらいには今とは違う風景が見られるようになっているのではないか。
そう信じさせてくれる登瀬の生き方である。 -
『お六櫛』という梳櫛を挽く家に長女として生まれ、
神業と呼ばれる技を持つ父の背中を追いかけ櫛師となる登瀬の物語。
何かを一徹に心定めたものは、
歩き始めた道が進むべき所を教えてくれるのではないでしょうか。
どんなに横槍がはいっても、多数の世間の目が行く手を塞いでも
女性であることが足をひっぱり引きずり降ろされそうになっても
登瀬は足を踏ん張って、自分の心に聞き、考え、また歩き始めます。
どうにもわからず立ち止まりそうになるとき、目に入るのは
神業と称えられる技を持ちながらも高みを見据える父、吾助。
遠くから幾度となく目を覚まさせてくれる弟、直助。
そして父の櫛を挽く音が響く神聖な仕事場『板ノ間』。
師である父と登瀬の会話が心に響きます。
訥々とした中に、登瀬の核を形作るものが
伝えていきたい大切なことが沢山詰められてます。
幕末の木曽の山間の物語ですが、
ふにゃふにゃに流されながら生きている現在の私が
心に刻まないといけないこと、沢山あります。
実直で世間知らずな登瀬が、色々な人の言葉で
1つ1つ今までとは違う解釈で
見通すことができるようになるところがたまらなく好きです。
数年後に再読したい本となりました。
まだ手作業で櫛を挽いている職人の方っておられるんですね。
櫛挽の音や拍子を近くで感じてみたくなる一冊です。
木内昇さん、『漂砂のうたう』も読みましたが
女性の話ということで、こちらの方が私には感情移入ができました。
凛とした心棒を持つ名もなき女性の描き方が素敵ですね。
他も読んでみたいと思います。 -
表紙に目を奪われました。
雪の中で春の訪れを告げる黄色い花にしばし見惚れたのち、ゆっくりとページをめくりはじめました。
そして、またしても木内さんの物語に圧倒されたのでした。
舞台である藪原宿は中山道の宿場町で、現在の長野県木曽郡にあたります。
江戸時代、この山に囲まれた地ではお六櫛を作り、生計を立てる職人が多く暮らしていました。
ここに生まれ育ち、櫛挽として抜きんでた腕を持つ父に憧れる少女・登瀬が本書の主人公です。
父の業を継ぎ、一人前の櫛挽職人になりたい登瀬。
しかし当時は、櫛挽は男の仕事、女は嫁に行って家庭を守るのが当然であり、その当然をはずれることは周りから白い目で見られることでもありました。
また、後継ぎであった末の弟の死により、家族の中にも少しずつ裂け目が生まれていたようです…
時代は幕末、日本は黒船来航を契機に大きな変化を迎えています。
同じ時の流れの中で、家族が、周囲が、そして自分自身が変わっていく…
社会の動きと山間の町に生きる人々の日々の営みを添わせて描いていく巧みさに脱帽しました。
決して派手な物語ではないのですが、ひたひたと押し寄せる波にゆっくりと満たされていくような、そしてその波が身体の芯まで浸みこんでくるような感じ。
何度も涙ぐみそうになりながら迎えた最後の場面、とても静かな情景であるはずなのに、全身がゆさぶられるような幸福感に包まれました。 -
これは良かった。時代小説に心うたれたのはずいぶん久しぶり(宮部みゆき「おまえさん」以来?)。幕末を描いて、こういう切り口があったのか!とたいそう新鮮だった。
物語自体はいたって地味だ。舞台は木曽の宿場町、名人である父の後を追い、一筋に自分の櫛作りを追求する娘が主人公だ。読み出すとたちまち、この登瀬という少女にひきつけられた。まっすぐで、不器用で、優しい。「櫛挽」への熱い思いを持っている。櫛挽は男の仕事。父の作る櫛に魅せられ、その道を歩みたいと切望する登瀬だが、現実は厳しい。その困難な道のりが、家族や村の人々との関わりの中で、丁寧に、時にいたたまれないほど身に迫って描かれていく。
何より素晴らしいと思ったのは、登場人物一人一人の造型が巧みで、陰翳と厚みをもって感じられることだ。登瀬の父吾助、母松枝、妹喜和、とても立派な人たちというわけではないけれど、みなそれぞれに、切ない。死んだ弟が連れ立っていた源次、押しかけ弟子として登瀬の家にやってくる実幸、登瀬の人生に大きく関わってくるこの二人の描き方も、ありがちな型にはまらない若者像となっていて、しみじみ心に残った。
さらに、物語が始まった時すでに亡くなっている、登瀬の弟直助。この少年が、物語全体を貫く、強くて明るい芯となっているのだ。それが示されるラストには、胸震える感動がある。ああ、こういうことだったのかと、深々と満足して本を閉じ、余韻に浸ったのだった。
登瀬たちの使う木曽の方言がまた、とてもいい。厳しい暮らしを生き抜いている人たちの言葉という確かな実感がある。これもこの物語に奥行きを与えているものの一つだろう。
風雲急を告げる幕末の情勢の取り入れ方も実に巧みだ。物語の遠景として不穏な気配が書かれてきたのが、あるところで大きく登瀬の人生に関わってくる。また、社会のありようが大きく転換していこうとする、その流れの一端が、櫛というものを通じてさりげなく示されている。いやこれは、振り返るほどに傑作だと思えてきた。ゆっくり読み返したい。-
たまもひさん、コメントありがとうございました。
最近、世界が激変する幕末から明治にかけてに生きた人々がとても気になっています。
この物語...たまもひさん、コメントありがとうございました。
最近、世界が激変する幕末から明治にかけてに生きた人々がとても気になっています。
この物語も渋そうですね。読んでみます!2015/02/17
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表題『櫛挽道守』のルビがなければ読み方もわからず、冒頭から馴染みのない方言での会話が続き大丈夫かなあと思いつつ、この作品との出逢いは私の中で一番を更新でした。星は10個ぐらいでもいいです笑。
木内昇さんの作品に吸い寄せられるように続けて読んでいますが、何とも味わい深い滋味に富んだ1冊です。
舞台は江戸時代末期の木曽地方。
「そこしかしらない。それしかしらない」封建的で閉鎖的な生き方のみが正しさだった時代。
受け継いできた櫛職人を父に持つ女性登瀬が主人公です。
この主人公が幼い頃から成熟するまでの時がゆったりと描かれ、女性の選択と生き方、夫婦家族観、きょうだいの確執、母親と娘との距離の近さ、商売の因習等、今にも通じる数々のテーマを含んでいます。
他の作家であれば「正しさ」を筆に滲ませ、読み手にジャッジを求めるということも多くありますが、そこはさすが木内さん。
無理やり筋を動かしたり、登場人物に余計な価値観を語らせることもなく、儚い時の流れが物語を重厚にします。
洗練され研ぎ澄まされた言葉が滋味深く余韻を広げます。
本当に美しい言葉。心の機微をしっかり掘り起こす豊かな語彙や表現に出逢えた悦びに溢れます。
以前読んだ木内さんのエッセイのなかに
時代物は決して昔話ではなく、そこから今の私たちにも脈々と流れているものがあるというニュアンスの文章を思い出しました。
合理性や利便性がいくら向上しても、「生きること」や「人間」「家族」の本質はさほど変わってはいないのではと還暦を目前に感じます。
母親との関係や家族との間柄に晴れない霧をずっと抱えている方は何かの一助になる1冊だと思います。
木内さんの作品が傍にあってよかったと噛みしめながら頁を閉じました。
印象的だった箇所から抜粋:
P.135
「おらは、こんまい頃から家に、家族に、守られたという覚えがないんだわて。ずっとはしためみてえに煮炊きの手伝いをさせられてきただけだ。家族のひとりではなくて、ただの人手だ。おらがなにを考えとるか、どうしたいか、どんねな気持ちでおるか、うちの誰もきにならんのだわて。直助のいたころは父さまも母さまも直助にかまけてよ、いねぐなった後も母さまはずっと直助、直助でよ。はなから、おらの居場所はこの家のどこにもないんだが」
略
「それが…おらのせいだと言うだがね」
母は、思いもよらぬ言葉を娘に放った。その顔にも憤りが宿っていることに、登瀬は愕然とする。
P.172
喜和は宮ノ越に嫁したきり一度も帰省していない。四年も経った今では、いつも頬を真赤にしていたあの妹がどんな母親になっているのかと思い渡すのも億劫なほど、遠くの者になっていた。家族というのはここまで他人になれるものかと、喜和を思うたび登瀬は見たくもない現実うつつを突きつけられる気になる。
「いくら包んで送らねばいけんの。まったく物入りだわて」
冷淡に言うことで母は、喜和の他人行儀な仕打ちに抗しているようだった。子をなしたというのに、実の母に、乳のやり方ひとつ訊くこともなく、孫の顔を見せにも来ぬ娘に対する寂しさに、そうやって蓋をしているのかもしれない。表から聞こえてくる岩燕の健やかな鳴き声のせいか、竈の前にしゃがむ母の横顔が余計にうら悲しく見えた。
P.302
「おらはなんも変わったこどはしとらんだにな。舅の言いつけに口答えしだこどもながったに、居場所がのうなっていったんだわて。きっと義姉さんと比べて、おらの足りないところが目障りになっていったんだろう。家というのは恐ろしいところだが。世間よりずっと怖い。世の中では悪さしだものが後ろ指を指される。だども家では、なんもせんでも嫌われていぐだもの」
略)
P.303
「おらが嫁すとき、藪原の者も宮ノ越の者も、申し合わせたように『幸せになれ』と言っただが。母さままでそう言った。だども考えてみれば、無慈悲な話だ。幸せになんのがどんねに難儀なこどか、みな知っとるはずなのに、楽に幸せになれるようなこどいうのだもの。幸せが何かも知らん癖に、いい加減なこと言うて、焚きつけて…。勝手な話だ。みんな勝手なこどしか言わんのだわて」 -
幕末の木曽、藪原でお六櫛という櫛を作る職人の話。胸がいっぱいです。
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歴史の本流と、そこではないどこかに暮らす人々を描く『ある男』の流れをくむ作品です。これを追求した木内さんの傑作だと思いました。
今回は木曽の山奥で櫛を作る親娘の話です。素朴だが名人技を持つ父と、女でありながら才能を持ち、父の技を受け継ぎたいと願う娘の人生を描きます。
中央とは無縁の田舎と思っていても、尊皇攘夷の風が吹き、和宮の婚礼が目の前の街道を通り過ぎていく。そこに住む人々も、否が応でもその流れに足をとられていく。そんななかで、ひたすら父の名人芸を会得しようとする娘。夫となった男は商売上手で家の家計を助けるが、それでも父の櫛に固執するあまり心が離れていく・・・。彼女の目で語られていく物語のなかで、あるときふっとそれまでの認識がゆるやかに反転していくくだりは、ぞくっとするほどの描写です。リアルに生きてきた感性が、迫ってきます。 -
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櫛挽き職人の父、互助の仕事に強い憧れを持ち、父の跡を継ぐ夢を抱き続ける娘、登瀬。女の生きる道は、嫁ぎ子を産み夫に従い家を守ることと信じ、それにすべてを賭ける母、松枝。そんな生き方に反抗する妹、喜和。そして早世した弟、直助。
幕末という時代の流れをとらえながら、家族の苦難と幸せ、生きる道を描いた作品。
兄弟の死が家族の在り方に大きく影響し、そのことがまた家族を再生させるという点で、つい先日読んだ山田詠美の『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』に似ているかもしれない。
何か大事件が起こるでも激動の展開が待っているでもなく、十年以上の年月が淡々と流れていく。仕事、家族、女として、一人の人間としての幸せ、夢。迷いとまどいながらもひたむきに生きる登瀬の姿に無性にひきつけられ、一気に読んだ。
年月を重ねることで、身体的成長だけでなく、内面も確実に変わっていく。時を経て、失われるものもあるが、得られるものも確かにある。
凍り付いていたものが、様々な苦難を乗り越えた後にふっとゆるむ、そんな登瀬や家族の姿がとても素敵だった。
木内作品はいくつか読んだが、本作がダントツかも。ここ一年くらいの間に読んだ小説の中でも一番かもしれない。-
こんにちは。
この作品、なんとなく舞台が地味な感じがして読もうか読むまいかためらっていました。
bokemaruさんがダントツとおっ...こんにちは。
この作品、なんとなく舞台が地味な感じがして読もうか読むまいかためらっていました。
bokemaruさんがダントツとおっしゃるからにはこれは読まないと!(笑)
楽しみです~♪2014/03/07 -
vilureefさん、コメントありがとうございます。
地味ですよ~、本当に地味。でもそれをやすやすと飛び越える、なんというんでしょう、筆力...vilureefさん、コメントありがとうございます。
地味ですよ~、本当に地味。でもそれをやすやすと飛び越える、なんというんでしょう、筆力といいますか、読ませる力といいますか。自分の語彙が貧弱で情けないのですが、じわ~っと心の奥深くにしみいる感動が、木内女史ならではだと思いました。
vilureefさんも楽しんでいただけるといいな(^^)2014/03/07
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新聞の書評欄での、数々の讃辞により、ぜひ読んでみようと、書店で探し求め遂にゲット。
題名、内容、装丁、ともに地味目ではあるが、好書に間違いなし。
幕末の喧騒とした世相の中で、困難に打ち勝ちながら、父の櫛挽の技を受け継ぎ、自らも技を究めんとする主人公の真摯な生き方、頁を繰るごとに、たちまちその世界に取り込まれてしまった。
そして、清涼なる読後感。
中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、数々の賞を受賞したことも、宜なるかな。 -
初めての作家さん。潔い背表紙の静謐さに惹かれて。お名前にほのかな記憶があり、読後に調べたら、直木賞作家さんだった。
装飾品ではなく実用品の梳き櫛を、毎日黙々と作り続ける職人さんの物語。技を極めることのみに研ぎ澄まされ収斂していく意識と、外から揺り動かされ無理やり開かれつつある幕末の世情。中山道の小さな宿場で生きる人々の熱情と諦念。雪国の清浄で張りつめた空気そのものの引き締まった物語で、登場人物それぞれの想いがまっすぐ届いてくる。
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江戸時代に山奥で櫛作りをする職人の人生。貧しくて家を飛び出すように結婚した妹、幼くして亡くなった弟、不器用に櫛作り一筋に生きる父親。周りに反対されながら櫛作りに生きようとする主人公の登瀬。
地味な本だが、必死で生きようとするこの時代の人間の姿が見れた。
妹の嫁いだ先での生活の話辺りから、じーんときて目に涙たまった。いい作品だった。 -
ひさびさに小説を読んだ気がしますが、とても読み応えがあって、満足感高し。。。!
一応、幕末が舞台で、和宮降嫁や天狗党処刑などが関係してきます。が、その物語との関わり加減の絶妙さひとつとっても、見事というか上質というか、素晴らしいなあと思います。
どういう話って一言で表しにくい。そしてどう終わるのかも想像がつかず、ハラハラした。
まとまらなさそうなので雑感箇条書き。ややネタバレありかも。
・職人もの。職人気質という気持ちよさ。
・主人公である長女と母と妹と。女の道。映像化するなら妹は黒木華にやってもらおう(笑)
・どろどろしそうでしないのは、結局のところ主人公の人柄(職人気質なところも含めて)の魅力からなんだろなあ。その品のよさがそのまま木内昇の魅力なのかな。いかにも外食!っていう濃い味ではなく、でも確実にプロの味で、それでいて肩が凝る料亭みたいな偉そうさはなく。
・問屋の宗右衛門が良かったなあ。ちょい役だけど。
・抱擁シーン、じーんとしちゃった。これもまたさじ加減が最高。
・夫となる人物の描きかた、見せ方、これまたうまかったなあ。 -
木内昇が紡ぎ出す人情噺が、随分と現実味を帯びて聞こえるのは、背景に流れる歴史を意識してしまうからという面も確かにあるとも思うけれど、先ずは人物の描かれ方の巧みさによるものが大きいのだろう。感情移入している訳ではないのだけれど、何時の間にか登場人物の抱える押し殺したような思いに同じように歯がゆさを覚えながら読んでいる。確かにそのような人物がその時そこにいたのであろうな、と思いながら読んでしまっている。もちろん、登場人物に重ね合わせて見ているものが、現代人である自分達の価値観の投影を免れているのかと問うならば、答えは否であるのだろうけれども。
自分自身、木内昇が描くものを歴史小説として読んでいる意識はないのだけれど、この作家が描く対象を先の見えない現在(混沌としていない現在なんていつの時代にも存在したためしはないと思いつつも)の中に求めて、同じような人情噺を展開しても面白くは読めないだろうな、とは思う。つまり、木内昇の描いているものが、時代の要求する価値観と、それにすり潰されてしまいそうになる個人の対比のような構図があってこそのものであり、読むものがその枠に嵌って筋をなぞって行くところに醍醐味があるからなのだと思うのだ。落語の人情噺を聞く時に、何が許されていて何が許されていないのかを飲み込みながら、分かっていた筈のお涙頂戴にやっぱり涙するのと、実は似た構図が木内昇の描く噺にもあるように思うのである。
しかし木内昇の小説が人情噺に終わらないのは、決まり切った約束事なんてものは実はふわふわとしたものであることを見せてくれるからだとも思う。例えば、連作短篇であった「茗荷谷の猫」では一つのエピソードが狂言回しのように時代の移り変わりの中で登場し、その意味が時と共に変わってしまいそうになるのを読む。実際には、人情話の根本的な意味は変わりはしないのだけれど、時代の要請する価値観という文脈に人がどれだけ縛り付けられているものなのかを、ぐっと思い知らされるところが小気味好い。それが中山道のとある宿場町の櫛職人の技の話であろうと、江戸の植木職人の新種の桜の話であろうと、はたまた戦後の喜劇役者の苦労話であろうと、底流にある何かしら訴えかけてくるようなものの根源は同じであると思うのである。個人は常に歴史を背景にして存在しているのであって、逆ではない。しかし歴史を題材にするとき多くの個人はともすると背景として処理されてしまう。そんな逆転を質しているのが木内昇の小説であるように思う。
結局のところ、歴史を描くということは、現代の要請する価値観との違いを明らかにするということなのかも知れない。そしてそれが如何に移ろい易いものなのかということを歴史が証明しているということを。そんなことを考えていると、歴史の中の善悪を現代の価値観で判断してはならない、などということもつらつらと考えてしまう。もちろん、そんなことは木内昇の小説の面白さとは関係のないことかも知れないけれど。雲の上でハンナ・アーレントを描いた映画を見たからという訳ではないが、歴史の中で固有名詞が一般化されてしまうことに対して、この作家は何か特別な思いを抱いているような気がしてならない。
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マメな人が羨ましい(๑•́ ₃ •̀๑)
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お互い様だわ!
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