処女神 少女が神になるとき

著者 :
  • 集英社
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本棚登録 : 104
レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087715644

作品紹介・あらすじ

少女がダライ・ラマのように転生するという、ネパールに実在する生き神・クマリ。この処女神を中心に、日本の観音信仰にもつながる女神信仰の謎と系譜を、長年の調査研究に基づいて解き明かす。

感想・レビュー・書評

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  • 世界唯一、国が認める生き神・クマリ。選ばれた小さな少女が神として生きているネパール。会いたいと思っていたクマリに実際会ってみて益々興味が湧きました。私たちが会えたのは、ロイヤルクマリ。カトマンズのタメルにあるクマリハウスで外界と遮断されて生きています。少女がクマリの役目を終えるまで、地面に足を付けることもなく、学校に通う事もなくお友達や家族を遊ぶこともなく過ごします。でも選ばれたクマリを目の当たりにして感じたことですが、その堂々とした貫録と、皇女のような品の良さ、そして神秘的な存在感。小さな少女というより、本当に神様のようでした。目が合うと願いが叶うということでしたが、委縮してしまってとても何かを願うことなんてできませんでした。

    現在確認できているネパールのクマリは11名。ロイヤルクマリ意外は、行事意外の時には外へ出たり、家族と暮らしたり、学校に行ったりとわりと自由みたいで、なんと60歳を超える自称だけど何かパワーを持つオールドクマリなんてのもいるらしいということが分かりました。

    本書はクマリを研究者の集大成の一冊。少し脱線するようなエピソードや、世界的に似た例をあげてくれ、写真も豊富。難しそうな本だけれど、ネパールの貴重な文献で、しかもクマリに特化しているとあって本当に面白かったです。我々がネパールを訪れた日はクマリの交代の時期なのか、オーディションみたいなものをやっていました。でも本書の500人クマリのイベントにも似ているように思えました。真相は分かりません。

    謎に包まれたクマリの存在。クマリをやった後の日常生活への復帰やクマリをやった人(EXクマリ)と結婚すると夫が死ぬという迷信などが問題になっていたりしますが、最近は配慮があるようです。またネパールは王政が王族暗殺により終わってしまい、クマリとの密接関係にあった王族との関係性が途絶えたりと変換機なのかもしれません。でも観光産業が主なネパールでは、やはりクマリは重要な存在。もちろん神様としても。

    それぞれの地域や神々との密接な関わりを持つクマリ。長きに渡る調査でもまだまだ全貌は見えてこず、そのルーツや伝説の曖昧さがあることも著者は吐露されています。クマリの選考基準も凡そ理解できるところと、なんだそりゃってとこもあるのが、いかにもネパールらしいくて笑ってしまいました。

    *ロイヤルクマリ(1人)
    *カトマンズのローカルクマリ(3人)
    *パタンのクマリ(1人)
    *パタンのオールドクマリ(1人)
    *バクダプルのクマリ(3人)
    *チャバヒル・クマリ(1人)
    *ブンガマティ・クマリ(1人)

    無垢で美しくて聡明でな選ばれた何等かの出血のない少女。特にロイヤルクマリは、サキャ・カーストに属していて32の身体検査をパスし、ダサイン最終日の深夜に最終選考を受けます。108頭の水牛と山羊の生首が並ぶ中庭を時計回りに歩き、平常心を保てればタレジュの神の化身と認めれるのだとか。世界中に祭の最中にだけ神になる少女がいても、この現代に徹底的な伝統を守る風習が公的にあるネパール。そうした謎に満ちた部分が惹かれるのかもしれません。

    当初は私の人生の中で行ってみようというリストには全く入っていなかったネパールだけれど、なんだか行くことが決まっていたかのような縁を感じます。そしてまた行くことが約束されている、そんな気がします。

  • 世界で唯一国が認める「生き神」クマリ。
    ヒンズー教国なのにマイノリティの仏教徒から選出され、彼女には国王すら跪く。
    しかも初潮前の少女のみがなるとされ、32もの身体的特徴を備える必要がある……。
    と聞けばおどろおどろしさも予期してしまうが、そこまででもない。
    国全体の宗教観、村の宗教観、さらには家族がクマリになった家の生活まで丁寧に描いてくれているので、多角的に納得できた。

    完全な秘教でもなく観光産業でもなく、その村の素朴な感情としてクマリが敬われていることの好ましさ。
    クマリがどんな動作をしたらどんな意味、という読みをするらしいが、小さな女の子だから押さえつけてもどうしても動いちゃうのでは……。若干笑ってしまう。
    とはいえ少女の清浄な足に拝跪するフェティッシュな感情も、同時に感じてしまう。マリア。アマテラス。
    祭り上げられてしまった少女の、自信と裏腹な不幸も。人権派の主張も頷けないことはない。
    EXクマリの着実な生活も描かれていて一安心。

    本書を読んで収穫だったのは……
    ・クマリへの関心からスタートして、「ヴィーナス←大女神信仰イシュメル→観音菩薩」と各地域の土着神話と融合しつつ伝播する過程。
    ・長年かけて変化した宗教を、時間の観念を捨象して現在から二次元的に観察するために、男女生死昼夜破壊慈悲といった対立概念がひとつの信仰対象に同時に含まれてしまう、ということ。
    ・何よりもクマリたちの写真!みな素敵な眼をしている。
    ・神性を引き換えに受胎能力を得る少女の変態の神聖さ。

    文化人類学の学術論文でもなく紀行文でもなく、きれいに収めることが難しい本だが、そのぶん情熱的。
    アイドルやアニメや皇室や処女厨やとサブカルチャー大国日本を見るための物差しにもなりそうだ。

  • 傑作です。
    初潮前の少女を生き神として祀るネパールのクマリ信仰についての、著者長年のフィールドワークの結晶であり、無垢なものこそが強力で、処女こそが母であるという神話的思考に切り込んだ中央アジア一帯の大女神信仰の解読でもあります。

    個人的にはシュメールから続く

    イナンナーイシュタルーアプロディテーアナーヒターーサラスヴァティー弁財天までの、大女神信仰とクマリ信仰の接合点について興味深く読みました。

  • ヤバい感じ

  • 歴代クマリの年表や多数の写真、インタビューと、貴重な資料が満載でよかった。
    本文は、かなり主観から書かれているなあ、と感じた。

  • ネパールのクマリに関する紀行文?研究?
    インドラジャトラやマチェンドラナートなどのお祭りとクマリの起源が主な焦点
    ネパール仏教からヒンドゥー教、大乗仏教キリスト教など広範囲にわたるアヴァロキテシュヴァラなどの関連性やら、『ロリータ』、『エコール』は当然として『百年の孤独』などまで取り合げていて面白く読めた

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著者プロフィール

1947年東京都生まれ。宗教人類学者。京都造形芸術大学教授。東京大学卒業。東京大学大学院人文科学研究科(宗教学)博士課程修了後、シカゴ大学大学院に留学、M・エリアーデらのもとで研究を続ける。NYのニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ(人類学)客員教授、関西大学教授、人間総合科学大学教授などを歴任。四十年以上、世界各地で宗教人類学調査を続けている。主な著書に『生きるチカラ』『偶然のチカラ』(共に集英社新書)、『官能教育』 (幻冬舎新書)、『賭ける魂』(講談社現代新書)ほか。

「2017年 『運は実力を超える』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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