ユートピア

著者 :
  • 集英社
3.23
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087716375

作品紹介・あらすじ

舞台は太平洋を望む美しい海辺の町。足の不自由な小学生久美香と、親友の彩也子の友情を契機に、三人の女性たちによって車椅子の基金「クララの翼」が設立される。だが些細なことから連帯が軋みだす。傑作心理ミステリ!

感想・レビュー・書評

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  • ”いやあ、転職して良かったです。休暇も取れるし、残業もきちんとつけることができる。ユートピアって感じです”

    転職してきた同僚との会話のワンシーン。もちろん誇張も入っているでしょうし、転職前より酷くなったなんて思いたくもないのでしょうが、流石にユートピアなんて大袈裟だよな、という感想を抱いてしまいます。”ユートピア”、理想郷とも訳されるその世界。この世にそんな場所があるのだろうかと思うその世界。でも思った以上に耳にする言葉でもあります。他人から言われて初めて、この場所が”ユートピア”なんだ?と気づくその不思議感。同じ場所にずっといる人間には狐につままれたような話です。でも、この場所を”ユートピア”だと言う人の気持ちを勝手に否定するのもおかしな話です。一度しかない人生。幸せを求める気持ちは誰だって同じです。少しでも良い人生にするために。ここではないどこかへ、と”ユートピア”を探し求める先にはどんな世界が広がっているのでしょうか?

    『車いす利用者に快適な町づくりを。そんな願いを込めて立ち上げられたブランド「クララの翼」』、『すべての人に社会へ飛びたてる大きな翼』を意図して『天使の翼をモチーフにした素焼きのストラップ』が大人気と特集する雑誌『FLOWER』。取材を受ける堂場菜々子は、今までの道のりを振り返ります。『太平洋を望む人口約七千人の港町、鼻崎町』は『日本有数の食品加工会社、八海水産の国内最大工場を有する』港町。『〈鼻崎ユートピア商店街〉には、全盛期には一日約一万人が訪れていた』という古き良き時代。『こんな田舎町、まっぴらだ』という菜々子でしたが『短大進学で一度は外に出たにもかかわらず、この町に戻り、その上、さらに古いしきたりの残るところに住む人と結婚してしまった』という結果論。『そんな思いに捉われるたび、菜々子はかぎ針を手にして、一心不乱に花のモチーフを編み続け』ます。『虚しさや怒りを花に変えれば少しは気が紛れると、編み物を教えてくれた』のは義母でした。それが『当の本人はその怨念が込められたストールを巻いて、寝たきりの夫を見捨て、五年前に行方をくらました』という衝撃の展開。『八年前の結婚当初から、義父はまだ寝たきりではなかったものの、認知能力はかなり曖昧になってきた』という義父。やむを得ず『仏具店』を継ぎます。そんな諸々を振り返っていた菜々子は『議題も把握していないまま、ブロック会長の乾物屋の主人に名前を呼ばれて生返事をしてしまいます。『とんでもない役を引き受けることになってしまった』というその役。『第一回花咲き祭りatユートピア商店街』の実行委員。『そんな手間のかかる役を受けられる状態ではないことくらい、誰もが理解してくれていると思っていた』という菜々子は、『あ、あの、我が家は、皆さんもご存じの状態でして…』と語るのは『七歳になったばかりの菜々子の一人娘、久美香』が交通事故に遭い、『一年経った今なお、車いすでの生活を余儀なくされている』という現実でした。しかし『両手を合わせて頭を下げられたら断ることはできなかった』という結末。そしてそんな菜々子がやむなく出席した実行委員の会議には『商店街の集まりだというのに、誰一人知った顔がいなかった』という驚き、さらに『それ以前に…半分以上が鼻崎町の顔じゃない』という予想外の展開が待ち受けていました。

    「ユートピア」というなんだかいいことが起こりそうな、夢があるような書名のこの作品。どんより曇った空の下に寂しげな灯台が描かれた表紙からはそんな印象は全く感じられないのみならす、カタカナ五文字に微妙に白い横筋が入り文字がずれているというどう考えても何かありそうな雰囲気そのものの世界が展開していきます。かつて賑わっていた港町である『鼻崎町』、『駅から遠ざかるほど寂れていき、四丁目、五丁目などは九割方シャッターが下りていた』という昨今問題視されるシャッター街の姿が思い浮かびます。主人公である菜々子も『こんな田舎町、まっぴらだ』と考え愛着など全く感じられません。しかし、そんな街にやってきた陶芸家の すみれは『自分たちがどんなところに住んでいるのか気付いていないこの町の人たち』と移り住みたくなるほどに魅力的なこの町の良さが長らくそこに住んでいる人には分からないんだという思いで『わたしたちのアートを通じて知らしめてやるのだ』とその良さを伝えていこうとします。同じ景色、同じ環境、同じ人達の中にこの感情の差が現れる不思議。その真逆な考え方は人の価値観の違いも大きいのだとは思いますが、そこに比較という考え方が載ってきます。『こんなすばらしいところにそっぽを向いて、より便利なところに家を建てようとする』という考え方はどこまでいってもすれ違いを続けます。そこで、湊さんはそこに面白い考え方を提示します。『日本人は何か特別なもの、プラスアルファに価値を求め、外国人は元ある姿、ゼロに価値を見出す』というもの。このあたりも一概に外国人と括るのはどうかとは思いますが、とても興味深い考え方だと思いました。

    人によってどんな世界を理想郷とするかは、その人がそれまでに生きてきた環境、経験、そして人間関係によっても変わってくるものだと思います。そして、他の場所を知らなければ『生まれた時から住んでいる場所を、花が咲いて美しいところだとか、青い海を見渡せて最高だとか、温暖ですごしやすいとか、特別な場所だと思ったことなど一度もない』という感情を抱くのも自然のことだと思います。『そういうのは、外から来た人が感じることだ』というある意味での観光客の視点から見る理想郷の姿は、外から見てこそ感じられるものだとも思います。それ故に、長らくそこに暮らす人達が『だからといって、その人たちに町の良さを教えてもらう必要などまったくない』と考えるのも当然でしょう。『ユートピアを求める人は、自分の不運を土地のせいにして、ここではないどこかを探しているだけだ』と語る湊さん。『今回は、ひとことでいえば、「善意の行き着く果て」みたいなものを書いてみたいなと思いました』という意図で書かれたこの作品には、人によって異なる『ユートピア』、そんな理想世界を実現しようという人達の善意の行き着く果てが上手く描かれていたと思います。悪意ではなく、善意、どこまでも善意でなされることほどある意味でタチが悪いという現実社会を生きる難しさ。それ故に人の”善かれ”という善意、そしてそこから派生する妬み、僻み、そして陰口、悪口が全編に渡って展開するこの作品を読むのは苦痛を伴いました。特に何も起こらないただの日常にそれらが執拗に描かれる前半の苦痛度は湊さんの作品の中でもトップクラスではないかと思います。一方で結末の数行でサクッと種明かしをして作品を締める痛快さはお見事でした…ただ、それでもモヤモヤする感情が残るのは湊さんお得意のある意味安心の読後感です。

    何もない、何も起こらない日常に普通に見られる人の優しさ、あたたかさから差し出される善意の感情。そんな善意の感情に鋭く切り込んだこの作品。改めて『善意』とはなんなのだろうとふと考えてしまう、そんな作品でした。

  • 地方の田舎町で出会う3人の女性と2人の少女を軸に。
    彼女らの生き方、理想を求め進む物語。
    成功と思われたボランティア基金。
    そこで生まれた互いの不信感。不協和音。
    事件は少女達にも様々なかたちで影響を及ぼし…。
    読んでいく度に物語の世界に嵌り、暗い気持ちにされていく。
    湊かなえさんの世界観が存分に現わされていると思いました。
    最後の手紙には…。そういう事なんだろうなと。

  • 読後すぐレビュー書いてないので、朧げだけど
    最初は善意が変わっていく様子が怖かった。
    どこかで悪利用とかあるから
    単純な自分は人間不信になる。

    義援金とか、寄付とか
    される側は辛いものがある。
    善意の押し付けとか

    さらっと自然体でできるのが望ましい「論旨はずれてる」

  • ★3.5

    事故で車椅子の小学生・久美香の存在をきっかけに、
    母親達がボランティア基金「クララの翼」を設立。
    しかし些細な価値観のズレから連帯が軋み始め、
    やがて不穏な事件が姿を表わすー。


    太平洋を望む人口約七千人の美しい景観の港町・鼻崎町。
    町には日本有数の食品加工会社八海水産・通称ハッスイがあり、
    そこに勤める住人と、昔から住んでる地元住人と、「岬タウン」に暮らす
    移住してきた芸術達。それぞれ異なるコミュニティの人々が暮らしている。

    15年振りの商店街のお祭り「花咲き祭り」をきっかけに、
    商店街に古くから続く仏具店の嫁・菜々子。
    ハッスイ勤務の夫の転勤により社宅住まいをしている水稀。
    岬タウンへ移住してきた陶芸家・すみれ。
    立場の違う三人女性が出会う。

    菜々子の娘・久美香は事故により車椅子で生活を送っている。
    水稀の娘・彩也子は久美香をいつも見守っている。
    彩也子が久美香を想って書いた作文「翼をください」が新聞に掲載された事を
    きっかけに、陶芸家のすみれは、久美香を広告塔に車椅子利用者を支援する
    「クララの翼」を立ち上げ、翼のストラップを販売することを思いつく。
    出だしは良かったが、「実は久美香は歩けるのではないか」という噂が、
    ネットで流れ徐々に歯車が狂い出す…。

    元々友人でもなかった三人の女性達。考え方も価値観も全く異なっている。
    善意で始めたかの様に見えるクララの翼だったが、裏では善意を利用して
    有名になりたい下心がチラチラ…。
    小さな事件がきっかけで不和が生じ、猜疑心が膨らんでゆく。
    三人の間だけでなく、地元の人と転勤してきた人、芸術家同士。
    人間の心の醜さ、嫌な部分がこれでもかって、ジワリジワリと描かれている。
    プライドや嫉妬や自惚れや妬みや嫉みや怨念…。
    ドロドロとした感情が延々と続きどんよりとした気分になった。

    湊さんらしい作品だったと思いますが、
    ラスト辺りの事は予想していた範疇で、
    衝撃を全く受ける事が出来なかったのが残念でした。

    タイトル文字のユートピアにヒビが入っているのが物語を語っていた。
    善意は悪意より恐ろしい…。

  • ひびが入った”ユートピア”のタイトル…。

    舞台は、豊かな自然に囲まれた、
    大企業の工場が唯一の産業である鼻崎町。
    そこで暮らす土地の人、社宅の人、ニュータウンの人、
    誰の描く世界が、真のユートピアなのか…。

    地元の仏具店の嫁・菜々子。
    工場勤務の夫の転勤により社宅に住む水稀。
    開発されたタウンに移住してきた陶芸家・すみれ。
    そして、菜々子と水稀のそれぞれの娘である久美香と彩也子。

    『リバース』で大打撃を受けて、もう読みたくないなと思っていたのに…。
    あいかわらず人間の持つ、できれば隠しておきたい、
    どうしようもなく嫌な部分を、これでもか!と見せつけられる。

    憧れと妬み、善意と悪意、
    そんな感情の入り混じった海から、やっと這い上がったと思ったら、
    かわいらしい小さな手によって、再び突き落とされた感じ…。

    それでも最後は、彼女たちなりのユートピアを見つけて、
    そこへの一歩を踏み出せそうな気も…。

    怨念のつまった花のモチーフが怖い。

    • 杜のうさこさん
      わ~、センパイ、お疲れなのに、ありがとうございます!
      早速見に行きます!

      荻原さんは好きな作家さんで、ほとんどの作品を読んできたんで...
      わ~、センパイ、お疲れなのに、ありがとうございます!
      早速見に行きます!

      荻原さんは好きな作家さんで、ほとんどの作品を読んできたんですが、
      この作品もよかったです。

      今、感想を書いてたんですが、
      いつになく時間がかかって思うように書けません。
      私が動揺してどうするんだって話ですよね。(笑)
      2016/07/19
    • koshoujiさん
      さっきまで生中継の録画だったのに、今見たら何故か映像が編集されていて、生のインタビューじゃなくなってますね。
      映像がなくなって、声だけにな...
      さっきまで生中継の録画だったのに、今見たら何故か映像が編集されていて、生のインタビューじゃなくなってますね。
      映像がなくなって、声だけになっています。
      文藝春秋からクレームでもあったのかなあ。
      それともニコニコ動画からかな??
      2016/07/19
    • 杜のうさこさん
      エッ?そうだったんですか~。
      声だけでおかしいなとは思ったんですが。
      なんか動いてるのはスタッフさんの頭だけでしたね。
      でもお話は聞け...
      エッ?そうだったんですか~。
      声だけでおかしいなとは思ったんですが。
      なんか動いてるのはスタッフさんの頭だけでしたね。
      でもお話は聞けたので良かったです!
      2016/07/19
  • 車椅子の女児と友人の絆が深まる一方、その親と芸術家の三人には微妙な距離が。突然殺人事件の事実が迫る。

  • 読み終えると必ず「やっぱり止められないわ、湊さんの小説」って思います。読後感のザワザワした感じ。本当に凄い。
    人の気持ちって複雑。いい面ばかり見て、同意して、みんな気持ちよく楽しくっていうのが幸せのようなんだけど、その反面、悪意のある意見が聞こえたり、疑ったり、陰と陽があって人間なんだろう。
    そういう所をいつもうまく書いてるなと思いました。
    友情や友達付き合い、夫婦関係、そして殺人事件も絡まれてて凄い本です。

  • 面白かった。
    女同士の面倒くさいお付き合い。共感できる部分がたくさんあった。
    三人で初めてランチをするシーン。いっせいのせで食べたいものを指差す。料理が来たら他の人を待たずに食べる。分かる分かる。私もそうしたい、って思った。
    人間の裏というか負の部分を描くから暗いんだけど、私は大好物!
    明るく前向きなだけじゃなく、ひねくれたり妬んだり、それが人間だと思うから、それでも必死で頑張ろうとしている人が私は好きだ。
    ユートピアなんて何処にもない。でも、探さなくったって、今いる場所を自分にとってのユートピアにすることは出来るんじゃないかなと思った。

    読んでて思った。私やっぱり湊かなえ大好き!

  • 田舎の閉塞的な人間関係が描かれていて、
    自分の中高時代を思い出した。
    里香のように、自分の陰口を言ってていたり、話し方が棘や嫌味があるように話す部分も、心配する言葉をかけてくる部分も、全てをひっくるめてその人。

    先入観や決めつけでその人と距離をとってしまうのは、もったいないなと感じた。
    でも一方で、その人が本当にヤバい人だったら先入観や決めつけもある程度大事だし...
    何が正解なんだろう?

  • 主人公の女性3人の表面上では仲良くしているけれど、裏では文句や不信感が積もっていく感じがリアルで怖い。子供同士が仲良しだから、尚更気を遣ってしまうよな〜。花が咲き誇る美しい町だからこそ、不穏な空気や閉塞感が際立って苦しくなりながら読んだ。
    登場人物たちがこれから本当のユートピアを追い求められるといいな、と思わされるラスト。そして、火事の真相にちょっとびっくり。でも、若干スッキリしない部分も残った。

    カバーを外すと彩也子の詩が…!

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著者プロフィール

1973年広島県生まれ。2007年『聖職者』で「小説推理新人賞」を受賞。翌年、同作を収録した『告白』でデビューする。2012年『望郷、海の星』(『望郷』に収録)で、「日本推理作家協会賞」短編部門を受賞する。主な著書は、『ユートピア』『贖罪』『Nのために』『母性』『落日』『カケラ』等。23年、デビュー15周年書き下ろし作『人間標本』を発表する。

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