【第162回 芥川賞受賞作】背高泡立草

著者 :
  • 集英社
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レビュー : 69
  • Amazon.co.jp ・本 (152ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087717105

作品紹介・あらすじ

草は刈らねばならない。そこに埋もれているのは、納屋だけではないから。
記億と歴史が結びついた、著者新境地。第162回芥川賞候補作。

大村奈美は、母の実家・吉川家の納屋の草刈りをするために、母、伯母、従姉妹とともに福岡から長崎の島に向かう。吉川家にはとがあるが、祖母が亡くなり、いずれも空き家になっていた。奈美は二つの家に関して、伯父や祖母の姉に話を聞く。吉川家はが建っている場所で戦前は酒屋をしていたが、戦中に統制が厳しくなって廃業し、満州に行く同じ集落の者から家を買って移り住んだという。それがだった。島にはいつの時代も、海の向こうに出ていく者や、海からやってくる者があった。江戸時代には捕鯨が盛んで蝦夷でも漁をした者がおり、戦後には故郷の朝鮮に帰ろうとして船が難破し島の漁師に救助された人々がいた。時代が下って、カヌーに乗って鹿児島からやってきたという少年が現れたこともあった。草に埋もれた納屋を見ながら奈美は、吉川の者たちと二つの家に流れた時間、これから流れるだろう時間を思うのだった。

【著者略歴】
古川真人(ふるかわ・まこと)
1988年福岡県福岡市生まれ。國學院大學文学部中退。2016年「縫わんばならん」で第48回新潮新人賞を受賞しデビュー、同作で第156回芥川賞候補に。2017年、第2作「四時過ぎの船」で第157回芥川賞候補、第31回三島由紀夫賞候補、2019年、第4作「ラッコの家」で第161回芥川賞候補。

感想・レビュー・書評

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  • 吉川家は長崎の島に、納屋の他に家族の者たちが〈古か家〉と〈新しい方の家〉と呼ぶ二軒の家や、物置代わりに使っている建物を所有している。でも、祖母が亡くなってから誰も住んでいない。

    大村奈美は、吉川家の納屋の草刈りをしに、母、伯父、伯母、従姉妹ととも福岡から島に行く。奈美は二つの家に関して、伯父や祖母の姉に話を聞く。

    そこから、家や島の歴史が広がっていく…

    要は、誰の使うこともない納屋の草刈りに行くだけの話なんだけど、小説の長さ以上のボリューム感がある。そこはかとなく読者の方の世界が広がっていくというか。
    人の営みの儚さとか、奥深さとか、感じ入ってしんみりする。

    人生ってもしかしたら空き家の草刈りをするようなものなのかもしれない。「そんなこと無駄じゃないのか?」と自問しながら。

    なるほど、こういう小説好きだわ。
    何度も読み返したい。

    タイトルがなぜドクダミやススキやその他様々な種類の雑草ではなくセイタカアワダチソウなのか?
    が疑問としては残ったかな。誰か解釈を教えてください。

  • 今、自分が関わっている様々なことに共通していて、
    心に熱いものが走りました。

    そのなかで一番はアスファルトに咲く
    四季海棠の花。

    もうすぐお別れ。

  • 親戚が集まるとどこにでもあるような喧しい会話、異年齢の集まりにありがちな話がずれていたり通じなかったり、けれど親し気な遠慮のない会話。
    まるでうちの親戚かと思うほど普通。普通の人々の何でもない一日を切り取って読ませてしまう、さすが作家。

    草に覆われている人が住まなくなった家があり、どの家にも家にまつわる過去の物語がある。草を刈ることで見えてくる家と過去の物語。そしてまたすぐに繁殖力のある草に覆いつくされて見えなくなるのだろう。そしてまた草を刈る…その繰り返し。

    背高泡立草をはじめとするたくさんの草に取り囲まれ、家だけがじっと過去の物語を抱えて佇んでいる様子が、遺構や廃墟を目の前にした時の気持ちにちょっと似ていた。

  • 抑えきれない「草刈りに行って帰ってくるだけの話じゃん⁈」という感情は湧き上がる訳ですが、しばらく経つと「他の人はもしかしてここに何かを読み取ってるのかな?」と少々気にならなくもない。

  • *図書館。

    開幕の視点人物は30代女性だが、どこかしら幼い印象。つい20歳くらいと想像した。
    彼女の母、そして祖母、親戚が集ってうーじゃーぱーじゃー話す。この饒舌。
    となると中上健次を思い出さざるを得ない。
    が、中上の小説が猥雑で雑然としていて奥行があるのに対し、本作は、うーんなんというか、薄い筆で一筆書きにしたような淡白さがある。
    と思いつつ検索していたら、作者のインタビューに、

    ─ 「サーガ」を書いた作家といえば中上健次がいますが、特にお好きということは?
     中上健次の小説には、ノックアウトされるような文章の圧力は感じますが、男くささがみちみちていますよね。本来、子は母親から生まれてきますが、中上健次の小説は、人間が男から生まれているような、男が出産しているような、そんな印象を受けます。それは、先ほど述べたような、どちらかというと女の親族に囲まれて育ってきた僕の家族の歴史とは何か違うなと。影響という意味では、津島佑子さんの小説の影響を受けています。

    とあった。
    おそらく中上フォロワーなのだろう、津島佑子の名前を出すくらいだから。
    だが中上と自身の質の違いを冷静に把握した上で、真似ではない自分なりの世界構築に落とし込もうとしている(文体は稚拙な中上という感じだが)。
    この点だけで、従来の中上フォロワーより誠実だと思う、おい、おめぇーらのことを言ってるんだよ、中上パクリでデビューしたくせに素知らぬ顔の日曜美術館で藤田嗣治メガネをかけてるてめぇー、そして海外生まれの糞ボンボンの立場を利用して中上の猿真似をした挙句に自ら芥川賞ノミネートを辞退するような自意識たっぷりのてめぇー。おめぇーらが権力ふりかざして文芸界をダメにする未来が見えてるんだよ。
    ……ハッ。つい脱線と暴言を書いてしまったが、備忘録だからそのままにしよう。

    一言で言うなら、個人的には好み。
    だがいかんせん話が面白くない。
    島へのこだわりには共感するが、こだわりを表す方法が、こんなに細切れでは。
    とはいえ「中上を経ての淡白さ」には個人的に共振する。
    追っていきたい作家。


  •  長崎の母の実家である空き家の納屋の草刈りを、母・伯母・伯父・従姉妹と共に行う主人公。草刈りする必要性を疑問に思いつつ、母の依怙地な性分に仕方なく精を出していたが、心の奥底ではその意味を何となく分かっていた。1日かけた大仕事の過程の合間に挟まれた祖先や島で起こったエピソードと刈っても刈ってもまた生えその度に草を刈る繰り返しに、綿綿と続く時の流れ、子孫に受け継がれる何かを幾分感じつつ読めた。

  • 納屋のまわりの草刈りをしに行く美穂、奈美、哲雄、智香。物語の視点が、草刈りに行く道中から、納屋の周辺でおこった過去の出来事に移る。そして、現代の草刈りに戻る。難しいというか自分には作品の良さが理解できなかった。

    納屋のまわりの草が何かを暗示しているのだろうか。納屋は変わらない吉川家を、毎年草刈りをする行為は時間の繰り返しを、草刈りをする親子・兄妹・従姉妹は時間の繰り返しの中の継続を示しているのだろうか。そして背高泡立草は時間の流れの中の個人に視点を集中させたのだろうか。つらつらと書いたが、結局何かを読み解いた気にはならなかった。

  • 第162回芥川賞受賞作。新聞に掲載された選評を読んでいたので、あまり期待はしていなかったが、うーん……と納得した。意味のとりにくい方言での会話、冗長に長い文章、日帰りで帰省して草刈りをするという内容、間に挟まれるすぐには意味がわからない過去の情景など、令和の作品とは思えない古さを感じた。小津安二郎の映画を想起すると言ったら褒め過ぎだな。著者の過去作も同じらしく、この作品だけでいいやと思ってしまった。

  • 芥川賞受賞作。前読んだのは…たぶん「共喰い」以来かしら。そのときはずいぶんスタンダードな話だなぁと思ったけど。いやぼくの知ってる近代文学のモチーフが「親殺し」と「性交」だけだったという恥ずかしい話なんだけど。このお話だとモチーフはなんなのかしら。うーん。一言で表せる語彙がない。。
    長崎の方は自分にとっての「田舎」で、そんな縁で読んだ。その田舎に住む叔母が言っていたことを思い出す。叔母は子どもたちが福岡なんかの都会に出ていき、祖母と共に二人で暮らしていて。叔母も都会に出て暮らしたら、なんて聞くと「その方が便利やろうけど、ばあちゃんはここで暮らしたがっとるし、先祖の墓の手入れもせねばならんしねぇ」なんて答えたのだっけ。墓の手入れなんかと当時のぼくは思ったけれど。でも否定はできなかった。
    少し話が逸れたけど、方言やどことなくある会話の空気感が懐かしく、挿し込まれる過去の話より現代のお話の方が楽しめた。過去話の読みときが難しいけど…。時代を越え、その家に「居着かなかった」人たちの物語で、家になにがしかの爪痕を現代まで残している。古い家の大黒柱に残された背比べの傷跡のような。
    そんな微かな物語、誰かの人生の気配が、消えてゆき、なくなってゆき、忘れられていく時の流れに、ほんの少しだけ抗うような。それは思いやりや、優しさや、謙虚さを伴う行為で。でも同時にほんの少しだけ愚かさと諦念をも孕む行為だ。ぼくはそれを否定できないし、どこか尊く感じることも本当なのだ。

  • 芥川賞受賞作ということで図書館で借りて読んだ。ストーリーは20年以上前から使われていない納屋の周りに生える草を刈りに行って帰るまでの話し。途中にその土地、島の過去からの時代の流れが挟んである。
    大村奈美は母に使ってもいない納屋の周りの草を何故刈りに行くのかと聞く。
    母は「あんまし草茫々やったら、みっともないじゃんね」「良いやないね」と言うが奈美は納得しない。
    昔の思いを感じるために草刈りに行くのだろうか?
    やっぱり、私は芥川賞受賞作よりストーリーを重視した直木賞や本屋大賞の本のほうが好きである。

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著者プロフィール

古川真人(ふるかわ まこと)
1988年、福岡県生まれの小説家。神奈川県横浜市在住。第一薬科大学付属高等学校卒業、國學院大学文学部中退。2016年「縫わんばならん」で第48回新潮新人賞を受賞、同作で第156回芥川龍之介賞候補にノミネート。2017年の「四時過ぎの船」で第157回芥川龍之介賞候補、第31回三島由紀夫賞候補にノミネート。2019年、「ラッコの家」で第161回芥川龍之介賞候補に3度目のノミネート。

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