- 集英社 (2021年7月5日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (312ページ) / ISBN・EAN: 9784087717495
作品紹介・あらすじ
路上、電車、学校、オフィス、トイレなど、日本の公共空間にはびこる〈マチズモ=男性優位主義〉の実態をライターが徹底調査!
ジェンダーギャップ指数、先進国でぶっちぎりの最下位――「関係ない」はもうありえない。
夜道を歩くことの恐怖、通学・通勤中の痴漢被害、発言権を奪われる不条理……最も身近な日常の場面から、変わらないこの国の「体質」をあぶり出す。
【目次】
一章 自由に歩かせない男
二章 電車に乗るのが怖い
三章 「男/女」という区分
四章 それでも立って尿をするのか
五章 密室に他人が入り込む
六章 なぜ結婚を披露するのか
七章 会話に参加させろ
八章 甲子園に連れて行って
九章 体育会という抑圧
一〇章 寿司は男のもの?
一一章 カウンターと本音
一二章 人事を握られる
おわりに
【著者略歴】
武田砂鉄(たけだ・さてつ)
1982年、東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりライターに。『紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす』で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。他の著書に『日本の気配』『わかりやすさの罪』『偉い人ほどすぐ逃げる』などがある。週刊誌、文芸誌、ファッション誌、ウェブメディアなどの媒体で連載を多数執筆するほか、近年はラジオパーソナリティとしても活動の幅を広げている。
みんなの感想まとめ
男性優位主義の実態を鋭く掘り下げたこの作品は、日常生活の中に潜むマチズモの問題を多角的に指摘し、読者に深い考察を促します。著者は、公共空間における女性の不安や、社会全体に根付く性別による不平等を具体的...
感想・レビュー・書評
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砂鉄さんと編集者の方が様々な角度からマチズモ=男性優位主義を指摘し、怒りまくっている本。
男性がこのような本を出すの、日本でも昔よりはジェンダー意識が進んだのかな、とは思うけど、欲を言えばじゃあどうしたらいいのかという解決策まで読みたかったなと感じた。簡単に策が出ないほど、日本の状況は終わっているということなのか。
各個人で男女差について思いを巡らせるきっかけとしては良い本だと思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
東京オリンピックのごたごたで、日本がいかにマチズモに囚われている国なのかがはっきりと浮かび上がったと思う。コロナ対策に関してもそれが根深く関わっているのではないかと感じている。マチズモによる弊害を放置してきた結果として当然とは言え、散々すぎる状況に憤りと絶望感でいっぱいだ。
2021年7月23日の毎日新聞朝刊のコラム「記者の目」は、フェムテック(女性の健康問題を解決するテクノロジーのこと)について取り上げている。コラムの最後のほうで、フェムテック関連の起業家が男性投資家に「これまで無くても困らなかったのだから何とかなるのでは」と事業について言われたことが綴られている。「こんなところにマチズモ」案件である。「無くても困らないということは問題が無いことと同じだし、それに多額の資金を投じて事業化することが何になるのだ」ということなのだろうが、先見の明もなく現実認識も雑なお前は投資家に向いてないから今すぐ辞めろって言いたい。
閑話休題。
マチズモがあまりにも浸透しすぎていて、問題点に気づかない人がたくさんいるのも事実だ。それは女性の中にも、悲しいかな存在する。
マチズモを保とうとする雰囲気を許さないことを表明するには、砂鉄さんの言うように、いちいち突っ込むことを根気強く続け、事実を冷静に突きつけていくしかない。
そして、砂鉄さんのように女性の声を無視せず、一緒に考えてくれる男性がもっと増えてほしいと切に思う。男性の中にだって、マチズモの蔓延る世の中で犠牲になっている人がいるはずだから。 -
ずっとモヤモヤしていたことをたくさん名言化してくれた本。
私はこの本に書かれている理不尽なことや性犯罪はだいたい受けてきたタイプなので「あるある」話だったが、こういう目に遭ったことがない方が読まれたら、なんて世の中だと憤慨されるかもしれない。
まだ声を上げる女性は少ないし、嫁に行っても母になっても黙って頑張っている人が多いからしばらくは変わらないかもしれないが、気づいた女性から「これっておかしいんじゃない?」と声をあげていけば、もしかしたら少しは心地良くかもしれないなと思った。
ベビーカーを持つ人は周りに注意しろとアナウンスが流れる日本ってやっぱりちょっとおかしいのだろうか。
そのアナウンスを聞くとベビーカーなんか持って歩いている人が悪いんだろうという気分になるけど、本当は周りが注意してあげるべきらしい。
こんな国でよくみんな子どもなんか産むなと思う。
街中でわざとぶつかってくるおじさんの話にも共感した。確かにあの人たち彼氏と歩いてるときにはぶつかってこない気がする、、なんなんだろう笑
「清楚なワンピースのお嬢さんで安心しました。」「お箸使いやビールの注ぎ方ざとても上品で好感度大」「親の前で息子を呼び捨てにされ、少しあきれました。」それぞれに「いちいちうるせぇな」と舌打ちしたくなるこちらは式を挙げずに正解だったとしみじみ痛感するという、結婚式の話はよくぞ言ってくれたと思った。私も結婚式の意味が分からない。なんで人に披露するのか、友達の結婚式に行くのもとても嫌だ。嫁に行くみたいな感覚も全く分からないし、相手の両親とか、「だから何?」という感じ。
女子マネージャーという文化はどうやら日本だけ。
私は女子校だったからグラウンドにも余裕で入れたけど、やっぱり野球部強豪校では女子マネージャーはグラウンドには入れないらしい、、それなのに校外のランニングには男子と同じように走らされて命を落とすなんて悲しい、、この話は笑えない。
スポーツ選手の話は、よくあんな格好で人前に出られるなと思う。高性能のフィルターを駆使した盗撮技術と戦う必要があるのだろうか。
秘書とかナースとか補助的な職業がエロコンテンツに結びついているのもなるほどと思った。「いつでもなんでも言うことを聞く立場」だから自分もたくさんセクハラを受けたんだ。仕事の補助はするけど、男性社員の欲の補助はしたくなかったのに、、。
この本読んで思ったけどみんな本当にすごい。よくやってる。 -
ライターの武田砂鉄さんの本。
男性優位社会=マチズモ について担当編集者Kさん(女性)の檄文(げきぶん)から始まり、二人で考察して深く穿っていく、という内容。
「この社会は中年男性のための社会だ」と常日頃から痛感していた私としては、これを身近な男性全員に読んで欲しい、もっというなら日本中の男性に読んで欲しいと思うほどの内容でした。
この本の一番のポイントは、ジェンダー論を当事者であり被害者である女性の視点(Kさん)を取り入れながらも、男性著者(武田氏)が書いているところ。こういった内容の本でありがちな、「ほら、また女がなんか言ってる」を払拭してくれるのです。だって著者が男性だから。男性フィルターもきちんと通してますよ、というわけです。
いつも苦しい状況を「この人ならわかってくれるかも」と一縷の望みを抱いて吐露するも、「気にしすぎなんじゃない」「そんな大げさな」「被害妄想強すぎ」などと一蹴されてしまう。そういう経験は女性ならばかなりの人がされているのだろうと思います。
すべての章を読むのが面倒だなという人は、個人的には1、2、4、5、12章は必須で読んで欲しいと思います。
ちなみに本書で最も頷き度合いが強かった一文は、
【一体いつになったら、私たち(女性たち)は楽になるのか、というストレートな告発が重い。そのストレートな告発を避け続けてきた私たち(男性たち)は、もうすでに楽なのだ。】 ー 287ページ
この本を著した武田さんには「よく発行してくれました」という気持ちと同時に、「でも著者は今、同じ苦しみは共有していないんだよな」という一抹の寂しさが過ります。
男女平等問題というのは、何にもとらわれず、制約など気にせずに素通りできるフリーパスを持った存在=男性で、「それならフリーパス制度をなくしましょう!」もしくは「女性にもフリーパスを!」というシンプルな話なのですが、既に特権階級と化した男性たちは「いやいや、そんなとんでもない」と考えています(このことを著者は、(会社の人事では)「単純に実力不足」と表現しています)。その男性たちの地位の裏側には女性たちの死体が転がっていることに気づきもしないか、気づいていても見ない振りをしているのです。結局、我が身可愛さにそのまま現状が維持されればいい、苦労していた身分はこれからも自分達のために苦労していればいい、ということなのです。だから、女性が声を上げれば「ヒステリー」「被害妄想」「これだから女は」とこき下ろして何とか問題を別方向へと向けようとします。
この構造が頁をめくるたびにハッキリと浮かび上がってきて、(時折、著者が「何様のつもりだ」などと軽快に突っこんでくれるのがありがたいものの)当事者として読むと、とても重苦しい気持ちにさせられます。
「おわりに」で著者が述べているのですが、「最近、ちょっと言うだけですげー叩かれるじゃん」と被害者側にすっと立ち位置を変える男性たちにこそ、読んでいただきたい一冊です。
「個人を責めているのではなく、社会構造に疑問を投げかけている」ということを分かってもらえたら、この問題も、もう一歩、二歩くらいは先へと進められるのかもしれません。 -
マチズモ=男性優位主義。私が体験しており、そうそう、と頷きながら読めるもの、経験ないけど話には聞く、というものなど、納得のいく話ばかり。主張にもそれよ、と膝を打つ思い。
想像以上に女性は不利にされていたのだと改めて思う。そして、一番嫌だと思うのは、小さい時からの刷り込み効果があるということだ。これはおかしいと思わずにやってしまう原因の一つだが、多大なる影響を与える。そういうことを植え付けないような環境は大事だ。 -
あまりに頷けることばっかりで、頷き過ぎて首がちぎれそう。
フェミニズムは男性を貶めるものだと思い込み、やたらフェミニズムに憎しみを抱く人がいて、そういう人はフェミニストは女性かトランスジェンダーの人しかいないと思ってるけど(この本にも取り上げられた作家とかね)、アディーチェも言ってるように男も女もみんなフェミニストじゃなきゃね。
この本が良かったことの一つは、著者が男性だということ。現代日本で権力を持っている男性に是非とも読んで欲しい。
立って放尿するなら、掃除もしろよ。ほんと。
この本は結構売れているようで、ということは男性読者もいるのだと思う。それも嬉しい。
しかし、#MeToo運動を支援した男性議員に対して「もしかして枝○にケツでも掘られたか?はたまた福○に舐められたか?ならMeTooの資格ありや。」とツィートした作家の本の方がずっと売れている。
買ってる人たちはこんなおぞましいほど下劣な作家を支持していると胸を張って言えるのか。
インテリを自認する男のいやらしさ、男のプライドをくすぐり持ち上げるだけの「会話美人」(めちゃくちゃモテる)。
ほんと、たくさん見たわ。
引用しだすと止まらないからやめておくけど、ここだけは。
「オレがこう思っているんだからこうだろ、に対して、別にそっちがそう思っているからって、そう決まっているわけではないでしょ、と切り返していく。」(p180) -
こういうジェンダー問題の本を読むと、分かる分かる、となることが多すぎて、これも分かる、あれも体験済み、あ、この手の話なら私の場合、こういうことを言われましたよ、が次々に溢れでてきてしまって、書ききれない。
だから、逆に読んでいて驚くこと(こんなことがあるんだ)は、ほとんどないのだけど、今回、さすがにこれは驚いた、と言うところを。
●国会の女性用トイレの実態、、、さすが日本のジェンダー格差の順位を下げている大きな要因の現場。職場に安心していけるトイレが無いなんて、地獄。
●2006年に起きた、特急サンダーバード号内で起きた、女性へのレイプ事件について、”痴漢から女性を守る会著”/江川雄一監修『満員電車には危険がいっぱい』で、「この一件に教訓があるとすれば、『女性も自衛しなければならない』ということです。残酷な意見と思われるかもしれません。ですが、先の状況を変えられる可能性があったのは、被害者の女性だけです」としている。
え????????どういうこと???????
まず、これって”痴漢から女性を守る会”と言う団体の著書、なんだよね?守る会がレイプ被害者女性に自衛を求める。へえ。
砂鉄さんの説明を読んで、一応当時の記事も読んでみたけど、女性はナイフで声を出さないよう脅されてトイレに連れ込まれた。泣きながら引きずられてるのに痴話げんかと思われたのか誰も助けてくれず、乗務員へ伝えた人もいない。でも、女性が自衛するしかない。じゃあ、どうしてもレイプされたくなかったら、レイプか刺されるかの二択で刺される方選んだら周りがさすがに助けるよ、ってことなのかな?
これはさすがに極端な例なのに怒りすぎだよ、って思われるかもしれないけど、これを本として出してしまうってことが闇が深いなと実感してしまうのだ。誰も、さすがにそれはおかしくないですか?と言う人が、出版社側にも、会の人(って誰なのか1人なのか分からないけど)も、監修の人も、誰もいない、ってことに絶望する。
この後にも、レイプ被害の女性が訴えた裁判で、泥酔・嘔吐するなどの状況下で拒否できない状況だったが、被告側がそのことを認識していたとは認められない、ってことで無罪になっている。
絶望のその上は、なんて表現したらいいんですか?(さすがにこれはその後二審で有罪になっているとのこと)
怒りすぎて、何だかトイレネタばかりになってしまった(苦笑)
しかし、それ以外のところは、女性としては、社会に出てから(痴漢なんかは中学生から経験してるけど)
日々、自分や友達や同僚が経験していることなので、今回は省略。
それから。
こういう女性の生きづらさについて取り上げている本や記事を読むたびに、以前からずっと気になっていたことがあり。今回のこの著書で、砂鉄さんが触れてくれていて、改めて思ったことがあるので、書留めておきたい。
それは、この男性優位社会を変えるためには、男性が、女性が差別されていると言う事実だけでなく、男性社会は男性にとっても苦しいこと・おかしいことが色々潜んでいるという事実もスルーしないで、と言うこと。体育会系の話とか、人事権の話とか、男性同士のマウントとか、男性だって疲れませんか?男性が苦しくなくなったら、女性に「男だって大変なんだよ」をぶつけなくて良くなりませんか?育休、男性が取ったってキャリアに不利にならなければ良くありませんか?個人個人の全ての男性の問題だとは思っていないんです。砂鉄さんの言うように、個人の問題と社会の問題、重ね合わせて捉えてもらえませんか?
もう1つは、女性が女性を苦しめること辞めませんか?と言うこと。以前から、女性マナー講師などが出す、女性向けのビジネスマナー、愛される女性、みたいなものが嫌いで、読まないようにしているのだが、本書で一部抜粋されているのを読むと、やはり酷い、、、女性が女性に『男社会の中で好かれる女になるための作法』を説いてどうするの。自分たちが苦労したことを問題定義しないで下の世代に強いてどうするの。ビジネスマナーは男女共通の常識を共有する、それだけで十分。
感想で「絶望」を連呼したけど、これを変えていくには、砂鉄さんがおっしゃるように『変わらないな、という憤りを保たなければ、マジで変わらない。マチズモを削り取るための有効な方法はないし、すぐに改善はできないけれど、このまま続けていくしかない。体系的にではなく、ひとつひとつ、目の前のことに突っ込んでいくしかない』のだろう。「なんか最近、ちょっと言うだけですげー叩かれるじゃん。」で終わらせちゃいけないのだ。
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男みんな読んだ方がいい
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この本を読んでいる間、私が都内の大型書店で働いていた時に経験したいくつもの嫌なことやセクハラを思い出して心がざわついた。元勤務先はオフィス街にあり、顧客の8割が中高年男性だった。「少子高齢化」の棚の場所を訊かれて案内すると、「あなたは結婚しているの?」。まだだと答えると「早く結婚して子どもを産まないとね」などと言われる。おつりを返す時にトレイではなく手渡ししてほしいというご要望通りにしたら差し出した手を握られる。外見をじろじろ見られて品定めされる。あるいは(これは不審者だったと思うが)いきなり住所を訊かれる。みんな初対面である。
「ここでは接客業の女は全て男性を接待するためにいると思われているのだ」と感じて、年々心がすり減っていった。
夜道を一人で歩く時も、電車に乗っている時も、不動産の内見の話もそうだ。なぜ女はただ外出するだけでこんなに恐怖を感じなければならないのか? 長年自分の中に澱のように溜まっていた憤りが表面化するのはつらいし苦しいが、よくぞ書いてくれました、という気持ちも大きい。施設の受付や客室乗務員などの女性もみんな同じ思いだろう。中高年男性が若い女性に訳知り顔であれこれ教えたがる、マンスプレイニングという行為も自分の父親から日常的に受けており長年のストレスだった。
特に面白かったのは「それでも立って尿をするのか」問題。意地でもトイレでは立って用を足すというつまらない男のプライドが嫌でたまらなかったが、「座って用を足すことを強要するのは個人の自由の圧迫」という日本トイレ研究所代表理事の意見にもなるほどなあ、と思った。武田さんのおっしゃるように、「それでも立ってするなら自分で掃除しろ=つまり結局は座ってした方が楽」というのが一番公平だ。
他にも「なぜ結婚を披露するのか」の章、「商社の食堂で会話を聞く」のパートは潜入ルポになっていてとてもわくわくした。
「体育会の抑圧」の章の指摘も重い。部活の女子マネージャーの存在によって「男が身の回りの世話をしてもらうのは当たり前」という価値観のまま社会に出て行く。それでなくても家では母親が何くれとなく世話を焼いてくれる。これは私の持論だが、”家事をしない男”を育てているのは女だという矛盾も忘れてはならないと思う。
部活での理不尽な要求はそのまま会社で「いつもいる」「根性で仕事を乗り切る」ことにも繋がり、息苦しい思いをしている男性も多いはずだ。妊娠・出産で一時的に職場を離れる女性は歓迎されないから、未だに女性の管理職や議員が増えない。根気良く考え、この負のスパイラルから脱却することを言い続けていかなければ社会は変えられない。こんなに粘り強く訴え続けなければならないのか、という読後感がずっしりと残った。ただ男性を批判するのではなく、男性側の生きづらさも考慮した上で答えを導き出せる社会にしたいと心から願う。
最後に、あおり運転の加害者の96%は男性であること、そのうち20代から40代が69%を占めており上の世代だけがマチズモの権化ではないこと、元勤務先の男性客は高齢の人ほど物腰が柔らかく謙虚で、尊敬できる方々も多かったことを申し添えておく。 -
身近に潜む男性優位主義を、編集者がお題を出し筆者が考察していくというスタイルで暴く。賃金、家事や育児や介護という定番でなく、ふだん気づきにいが言われてみれば確かにおかしいな、と思う視点からの切り口が面白かった。特に、不動産の内覧、女に会話に口を挟ませない、寿司屋やバーで繰り広げられる人間関係、人事権で行使される差別などは、これまでほとんど考えたこともなかった。ごく単純にいえば、女性は身体面と社会制度上で「弱者」扱いされている。男性優位主義者の主張の多くが「これまでこうだったのだからこうなのだ」という強弁に集約されるのは、強者=既得権益受給者、多数派、体制側が主に男であって、マチズモが改まらないのは本当は根拠もない強者である人たちの地位が脅かされることにあるのだという主張に賛同する。フェミニズムの意見をすると、別にその人の批判でもないのに「男を批判された」と、自分が男の代表のように怒り出す人がいる、とあとがきにあったが、これなどは、先述の自分の地位が脅かされる恐怖心の裏返しなのだろうと思う。
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「就活でポニーテールにして面接に臨むと清楚に見えて面接官のウケが良い」というエピソードを読んで思い出したことがあった。
私が就活していた頃は「女子はどんなに寒くてもパンツスーツは着ない方がいい。スーツは必ずスカートで。」と言われていた。
タイツもNGとされていたので寒い中スカートにストッキングで就活していたのを覚えている。
おかしいと思っていたが、落とされたら困るからだ。
では、なぜパンツスーツはNGなのか。
「生意気に見えるから」だそうだ。
「生意気だから」ではない。
「生意気に見える」から。
本当に本当に意味がわからないのだが、ポニーテール問題と根っこは同じで、女子学生は面接官=男に承認されなければいけないのだ。
(ただ、最近の就活生を見ているとパンツスーツの女子学生をよく見かけるようになった。
まじでどっちでもいいと思っているので、女子学生には好きな方を履いてほしいと思う。)
「会話に参加させない」というのもハッとした。
意図的に仲間に入れず、「女であるお前は自己主張するな」という空気を感じたことはあるが、違和感を覚える程度でこれはどういうことなんだとつきつめて考えていなかったので、言語化されて理解できてスッキリした。
寿司の章はもやもやしてしまった。
『ザ・ノンフィクション』の上京物語も観ていたので、男性が先輩から可愛がられているのに対して女性がなかなか会話に入れないシーンを思い出してぶんぶんうなずきながら読んだ。
「いやいや、お前北大路魯山人かよ!」というツッコミ、今度から使おうと思います。
そして、編集者のKさんが本当に素晴らしい。
私ももっと怒らなくては、というポジティブな気持ちにさせられた。
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「先回り」してかわすトレーニング!これだけでも女性の気苦労が推し量れる。
夫婦間でも、ガチンコでぶつかるのではなく、妻側が"かわいらしく"お願いすれば、男性は快く"しょうがないなぁ〜おまえは非力だからなぁ"と進んでるやってくれるはずだから夫は手のひらで転がしましょうよ説があるが、社会ではこれらオッさん育児の拡張バージョンがあちこちに存在しているのだなぁ。
しかし社会にこれほどのマチズモが蔓延している事実は、男性がそれだけ精神的に幼いという証のような…確かに成熟した男性は、地位に関係なく余裕があり謙虚だ。
社会に担わされている男女の役割を、1年間、完全に交換する取り組みがあったら面白いな。
小学校の校長から性風俗まで、ドラえもんのふしぎ道具かなんかの作用で、完全チェンジ。
男女の性差の本質に気づくと思う。女性が声高には言わないけど得してることもある。
新しい自分に目覚める人たちが、社会構造を変えそう。 -
男性に生まれた自分には気付けなかった大変さ
大変さに気付かずに大人になれたのは男性だから
「だってそういうものなんだから、そうしてよ」
数々の"当然とされてきたこと"が当然などではなく
すぐ隣には苦しんでたり怖がってたり怒っているんだと知って、うるさいなあと思うのか、改めていくのか
女性専用車両がなぜ出来たのか?その理由を考えもせずに、男だって大変なんだよ。的な本質のすり替えはしないように心掛けます。こういうのって結構根深いところに巣を作っててふとした時にあっさりと顔をだしたりしがちだから -
良い本だとは思うのだが、私にはちょっとタイミングが遅かったかなと思う
武田氏の担当編集者が疑問や怒りを投げかけるかたちで章がたてられ、世に蔓延るマチズモについて述べていく1冊
たぶんフェミニズムやマチズモ批判の入口の人にはよい本だと思う。やっぱりこれっておかしいよな?なんでこんなことがまかり通っているんだ?という社会への溜飲を下げるような本ではあるのだが、いかんせんこのマチズモを主導している人たち(主に男性)へのアプローチがほぼ書かれていないため、こっからどうすればいいんだよとなるので、基本的なフェミニズムやマチズモ批判の考えや知識をすでに持っている人には物足りないかもしれん
入門や入口としてはわかりやすく、おもしろく読めていい。北大路魯山人が女が一人で寿司を食べるなぞよろしくないと言っていたことがわかり、こんにゃろー!うるせー!一人で寿司ぐらいくったるわ!となった -
2025年6月21日読了。ライター武田砂鉄が女性編集者と、日本社会にはびこるいくつもの男性優位・マチズモ思想を取り上げと考察する本。女性を不当な地位に置こうとするマチズモ思想の根拠は「今までそうだったから」という点と「それが自分にとって都合がいいから」という点、派生して「女性もそれで得をしているんでしょ?」という点あたりに落ち着くのだろうが、世の中の常識は今までも変わってきたし今後も変わりうるものなのだから、それを当然の所与とせず女性も男性も「それっていかがなものか」と声を上げないといけないのだと思う。自分自身も男性として社会から様々な特典を受け取ってきたし将来にわたってその恩恵はあるのだろうから簡単なことではないのだと思うが、社会が男性・女性を見るまなざしに対し「それっておかしくないか?」と考える姿勢は崩さないようにしたいと思う。
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「マチズモ=男性優位社会」の問題を、身近な場面での事象から考察し(怒りまくり)、ジェンダーギャップ指数が最下位レベルのこの国の構造的な問題にまで踏み込むエッセイ。
全12章に及ぶ考察は、どれも集英社の雑誌「すばる」の担当編集者Kさんの檄文から始まる。
この二十代の女性編集者がなかなか過激なのだが、男性である筆者がその怒りを受け止め、冷静に、時に現場に足を運んで同じ男性としての反省や恥ずかしさを感じながら考察していく姿が面白い。
中には多少こじつけっぽい論理展開や、ちょっと古いかな〜と思われるところもあるものの、いまだに跳ね返される分厚い壁は健在であることは事実。
特に納得したのは、女性マネージャー問題を分析した第8章「甲子園に連れてって」と、体育会系社会の問題を考察した第9章「体育会という抑圧」。
確かにな〜、となると根は深いところにあるな〜と絶望的にもなったり。
まずは、社会に充満する「そういうことになっているから、そういうことにしておけ」という考え方なんとかしないといけないんだな〜。
ジェンダーの問題を口にすると「面倒くさい」とか「やりにくいんだよな」という雰囲気になりがちだけど、諦めずに、ひとつ一つ憤り続けていかなければ変わるものも変わらないのだとしみじみ思った。
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「マチズモ」という言葉をこの本のタイトルを見るまで知らなかった。この言葉の元になっているらしい「マッチョ」という言葉は知っていたけど、それが「ラテンアメリカで賛美される『男らしい男』を意味するスペイン語」というのもわかっておらず、筋肉ムキムキの人あるいは状態を指すという程度に思っていた。だって「細マッチョ」とかの流れでしか聞いたことないし。
ということで、マチズモとは男らしい男が男らしさを押し付けまくる男性優位主義を指すんだそうだ。それを「削り取れ」とは、また穏やかではない。そう、この本は穏やかではない。穏やかどころか怒っている。怒りまくっているのである。
本著者は名前を見ただけでは性別がわからないが、男性である。彼に宛てて毎回女性編集者から檄文が届く。この檄文が怒っている。道を歩くだけで、電車に乗るだけで、女であることが時には恐怖の原因にもなる世の中に怒っている。この檄文に応える形で筆者が一緒に怒ったり自省したりする形で各章が展開する。
怒っている人に相対するのは疲弊する。それが文章でも同じである。なので、この本は疲弊する本であり、読後感が爽やかというわけにはいかない。若い女性であれば檄文を書いている女性編集者に共感し、普段はかき起こさないようにしている怒りの炎がメラメラと立ち上って疲弊するかもしれない。それよりも年長の女性であれば、もう麻痺したようになっている遠い怒りを思い出させられ、やるせない気持ちに鬱々とするかもしれない。
また、主にマチズモに対して怒りが生じているので、その体現主体である男性と性別を同じくする人(つまり男性)はこの本を読むとおそらく居心地が悪いであろう。別に読んでいるあなたに対して怒っているわけではないのに、この本にもあるようになぜか男を代表して居心地悪さを味わい、弁護に走りたくなるのではないだろうか。さらにちょっとくらいは思い当たることがある場合には、まさに自分に対する怒りに直撃されることになるので、本を閉じてしまいたくなるかもしれない。
じゃあいったいこの本誰得なんだろう? 各章できっちりと怒りの気炎を上げ続ける著者と編集者のやりとりを読みながら、私はそれが気になって仕方なかった。私自身にとっては特に新しい怒りがなかったからだけでなく、怒りでは人を不快にはできても説得はできないだろうと思ったからだ。そして本書を読み終わる頃には一応自分なりの結論が出た。
この本は、なんとなく不快だったり、居心地悪かったりしている全ての人に「それって本当はこういう仕組みのせいなので、怒っていいものなんだ、みんなもっと怒ろうよ」と言っているのである。もっと言えば、怒り方を教えているのであろう。
男性陣は、じゃあやっぱりこの怖い本はオンナに怒り方を教えてるってことで、オンナ向けなんだな、どうりで怖いはずだ〜クワバラクワバラ、と思われるかもしれない。いやいや、人類の半分しか怒らないのでは世の中は変わらないのである。マチズモの厄介なところは、マチズモに乗っかって成功した人のみはマチズモを維持したいという点なのだが、男性も本当は大半の人はマチズモがない方が楽に決まっているのである。
お互いに男性とか女性とか年齢とか出身とかの「属性」で判定し合うのはやめて、それぞれの「個」を尊重し合うようになれば、もっと多くの人が生きやすくなるはずである。そのきっかけとしてのマチズモへの気づきと怒りをもたらす本書、気持ちにゆとりのない時にはお勧めできないが、背筋を伸ばして読書できそうな時にチャレンジしてほしい。 -
日本において起きているマチズモを読み解いていく本。
満員電車や夜道など全体的に公の空間が男性が圧倒的な力を持っている。
体育会系部活と仕事の繋がりや不動産屋の仕事、トイレの便座など幅広い場面の話が盛りだくさん。
女性が痴漢の話をしていると「でも冤罪あるじゃん?」と反論する男性がいるのはやはり女性側の問題を問題視していない、真剣に取り合ってくれていないんだなと改めて感じた。いつもモヤモヤした気持ちになっていたが、砂鉄さんの文章を読んで少しスッキリした。
初めて武田砂鉄さんの本を読んだが、言い方が激しめでキツい口調で逆に面白かった。やはり男性目線からマチズモや男性特権について語られているのがポイント大きいのかなと思った。
星が3つなのはあくまでもそうなのか!という新しい発見がなかっただけで、中身はとても素晴らしかった。 -
「夜にゴミ出しに行くのが怖い」
友達に言った時に失笑されたのが嫌だった。
その友達はわたしのビビり方にあまりにも大袈裟すぎるという意味で笑ったと解釈したから流したけどそもそも、夜出歩くことになんでこんなにビビらなきゃいけなくなってるのか。
「医者をつくるのには1億もかかるんだから人生に休止期間が多い女性がその機会が剥奪されるのは正当だ」みたいな、は?と思考停止せざるを得ない「普通」がまかり通っているのか。穴埋めができない社会システムが問題だと思わないのか。
どうしてみんな平気で生きていられるのか、どうしても「笑っている女」にはなれなくてずっと耐えられなくてひとりで怒っていて、ああでもわたしも笑わなくちゃいけない?と悩んでいたときにやっぱりこんなクソみたいな世の中怒ってキレて生き延びて当たり前だよなと思った。 -
すごーく読み進めるのに時間がかかかる。なぜなら、書いてあることひとつひとつの事例に都度あなたはどう考える?と投げかけられているような感覚があり、立ち止まるから。
こんなに時間がかかる本はないけど、読むと自分の想像力を鍛えられる。
まだまだ手にとって考えていこう。
著者プロフィール
武田砂鉄の作品
