水たまりで息をする

著者 :
  • 集英社
3.38
  • (55)
  • (183)
  • (223)
  • (56)
  • (18)
本棚登録 : 2566
感想 : 230
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (144ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087717693

作品紹介・あらすじ

第165回芥川賞候補作

ある日、夫が風呂に入らなくなったことに気づいた衣津美。夫は水が臭くて体につくと痒くなると言い、入浴を拒み続ける。彼女はペットボトルの水で体をすすぐように命じるが、そのうち夫は雨が降ると外に出て濡れて帰ってくるように。そんなとき、夫の体臭が職場で話題になっていると義母から聞かされ、「夫婦の問題」だと責められる。夫は退職し、これを機に二人は、夫がこのところ川を求めて足繁く通っていた彼女の郷里に移住する。川で水浴びをするのが夫の日課となった。豪雨の日、河川増水の警報を聞いた衣津美は、夫の姿を探すが――。

【著者略歴】

高瀬隼子(たかせ・じゅんこ)
1988年愛媛県生まれ。東京都在住。立命館大学部文学部卒業。2019年「犬のかたちをしているもの」で第43回すばる文学賞を受賞。2020年に同作でデビュー。著書に『犬のかたちをしているもの』がある。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • あなたは、何日『風呂に入らない』ことができますか?

    ご飯を食べ、トイレに行き、夜眠る、そんな私たちの毎日の生活。その中でお風呂に入ることは当たり前というより、入らないという選択など考えられないくらいに私たち日本人の生活には当たり前のこととして存在する入浴。

    しかし、上記した三つが古の世からというより生物としてこの世に生きる限り必須のものである一方でお風呂に入る、入らないは必ずしも私たち人間が生きていく上で必須というわけでもないでしょう。実際、この一年を振り返ってみて、具合が悪い等なんらかの理由でお風呂に入らなかった日があったという方もいると思います。毎日入るのが当たり前、でも、それは必須というわけではない、それがお風呂に入るという行為だと思います。

    ということは、お風呂に入らなくても私たちは生きていけるということにもなります。では、あなたは、何日『風呂に入らない』ことができるでしよか?

    さて、ここに『夫が風呂に入っていない』ことに気づいた一人の女性が主人公となる作品があります。『夫が風呂に入らなくなって今日で五日目だ』、『夫が風呂に入らなくなって、一か月が経つ』、そして『夫が風呂に入らなくなって、三か月になる』と、そんな文章を読んでいる読者がかゆくもなってくるこの作品。『夫の体からはすえたにおいがして』…という表現に思わず息を止めたくなるこの作品。そしてそれは、そんな想像を絶するような夫の行動のその先に、『もしかして、今、夫は狂っているんだろうか』とそんな夫の姿を見守り続ける一人の妻の選択を見る物語です。

    『夫が風呂に入っていない』と、同じバスタオルがかかっているのを見て気付いたのは主人公の衣津実。『ねえ、お風呂入った?』と『ただいまの代わりに』訊く衣津実に、夫は『風呂には、入らないことにした』と答えます。『夜はいつも体調が悪そうに見える』という『今年三十五になる一つ年下の夫』の『上がりきらない口角が、かすかに震えている』のに気づいた衣津実は、『とりあえず、着替えてくるね』と言うと『リビングを出』ました。そんな衣津実は、『ひと月ほど前』『夫が濡れて帰って来た夜のことを思い出し』ます。『いつもワックスで横に流している前髪が、ぴたりと額に張り付いていた』という夫を『一目見て、雨に打たれたわけではないと』気づき『えっ、どうしたのそれ』と訊きます。それに『ちょっと悪ふざけをされて』と答える夫は会社の新年会で『入社して数年目の後輩に、水をかけられた』ことを説明します。『確かに落ち込んでいる様子』も、『次の日からはいつもどおりだった』こともあり、『それ以来話題にも出』ることはありませんでした。そんな翌朝、『タオルを濡らして顔を拭き始めた』夫を見て、『顔くらい、ちゃんと洗えば』と衣津実が声をかけるも『目をわざとらしい仕草で逸らし、首を傾げて洗面台を離れて行』きました。『今日こそ夫と話をしなければと思う』衣津実は、帰宅後、『ねえ、お風呂、今日も入らないの?』と夫に訊くと『もしかしてにおう?』と訊き返されます。『いつからだっけ、お風呂入ってないの』、『今日で、四日目?くらい。多分』という会話の中で『なんか入りたくなくて。風呂っていうか水が』、『うん、水。水道の、くさくない?』、『カルキなのかなあ。あとちょっと痛い』と語る夫。そんな夫に『服脱いでよ』と言う衣津実は、『絶対に風呂に入れなければ』と風呂へと夫を連れて行きましたが、結局、『水がくさいんだよ。それで、それが体に付くと、かゆい感じがする』と夫は風呂に入ることができません。そんな中、『夫が顔を拭くのに使っていたミネラルウォーターのことを考えた』衣津実は、『二リットルのミネラルウォーターを五本買って来』ると、『風呂に入らないなら、これで頭と体を流して』と夫に話します。そして、風呂場へと夫を連れて行き『夫の頭へミネラルウォーターをそそ』ぎ頭を洗わせた後、身体にも水を注いでいきます。先にリビングへと戻った夫に『ちょっとさっぱりした?』と訊く衣津実に『さっぱりした感じより、損なわれた感じの方が強いよ』と夫は返します。その日以降もやはり風呂に入らない夫。そんな夫に『前に、後輩に水をかけられたって言って、帰って来た日があったでしょ。あれってなんで、そういうことになったの?』と訊く衣津実は、『まさか会社でいじめられているとかでは、ないよね』と畳み掛けると、その顛末をしぶしぶ話す『夫は職場でなめられている』と思います。そして、『もう寝る』とそのまま寝入った夫を見る衣津実は、『子どもの頃に近所で飼われていた大型の雑種犬の姿』を思い浮かべます。『じゃれてくる犬はかわいかった』と思う衣津実は、『犬だって滅多に風呂に入らない。入らないけど、くさくったって、抱きしめていい』、そんな風に思います。そんな衣津実と夫のそれからの物語が描かれていきます。

    第165回芥川賞の候補作にも選ばれたこの作品。雑誌「すばる」の2021年3月号に掲載された高瀬隼子さんの二作目となる作品です。そんな物語は、内容紹介にある通り、”ある日、夫が風呂に入らなくなったことに気づいた衣津実”がそんな夫との生活を続けていく先の物語が描かれていきます。他の作品には見たことのない衝撃的とも言える設定の物語ですが、一方で芥川賞候補にもなったということで芥川賞作家さん的な比喩表現も登場します。まずはこの部分から見ていきたいと思います。主人公の衣津実があることがきっかけで『それは気分がいいものだった』という気持ちをこんな風に表します。

    ・『空っぽのパズルケースのまんなかに、ひとつだけぽんっと正解のピースを配置されたような感覚。ひとつしかないから完成していないけど、まんなかだし、正解だから、いい気持ちだった』。

    まさかの『パズルケース』、しかもたった一つのピースがまんなかに置かれたという状況に例えていくこの表現。そんな状況をあまり見ることがない分、えっ?という気持ちもわきます。なんとも面白いところを突く表現だと思います。もう一つ、ある場面でスマホの連絡先を削除していく衣津実という場面です。

    ・『画面から削除した連絡先の一行がぴんと伸びた線になり、それが太く、頑丈に変形して、鉛色の鎖になるところを想像した』。

    まるでファンタジー?とも思えるような表現ですが、そんな『鉛色の鎖』についてこんな風に続ける高瀬さん。

    ・『連絡先の行がひとつ減るごとに、彼女は自分の体に巻き付いた鎖に力がこもっていくのを感じた。がんじがらめで重たくて、どこにも行けなくなるのだった』。

    スマホで連絡先を一つずつ消していくという、それ自体は単純な操作が、一方で操作する衣津実の心に去来する複雑な思いを見事に表していると思います。この作品では、”夫が風呂に入らなくなった”という生々しい場面が描かれていますが、その分、このような比喩表現が逆に際立つようにも思いました。

    では、次にそんな”夫が風呂に入らなくなったこと”自体が描写されていく部分を見てみたいと思います。そもそもあなたは、毎日風呂に入らないということ自体どのように考えるでしょうか?何らかの理由でたまたまそのような日があったとしてもそれは例外だと思います。しかし、この作品に登場する夫の研志は、『夫が風呂に入らなくなって今日で五日目だ』…と、強烈な状況を見せていきます。考えただけで気持ち悪くなってもきますが、風呂に入らないとどんな変化が生じるのか、この作品では高瀬さんは怖い位に生々しくそんな夫の研志を描いていきます。怖いもの見たさで『風呂に入らなくなっ』た後の推移を三つの期間について見てみましょう。

    ・『夫が風呂に入らなくなって、一か月が経つ』。
    → 『シャツの袖口と襟が土色に汚れていた』という研志のシャツを手に取る衣津実。
    → 『シャツの襟を鼻に近付けてみる。目をこすったあとの指のにおいに似ている。湿ったにおい。それを何倍にも濃くした感じ』。

    ・『夫が風呂に入らなくなって、三か月になる』。
    → 『夫の体からはすえたにおいがして、服にいくら消臭スプレーや香りの強い柔軟剤を使っても、もう隠し切れなかった』。
    → 『近くに寄ると、まず嗅覚を遮断したくなる。慣れてくると、脳が自動でにおいの分析を始める。成分は、汗と尿と埃。毎日少しずつ違う』。

    ・『夫が風呂に入らなくてなって、もう五か月が経つ』。
    → 『夫の皮膚は、こすればこすっただけ皮がむけるようになっていたし、つんとした体臭はミネラルウォーターですすいでも、もう取れなかった』。
    → 『体のにおいは、ある水準を超えてからはずっと同じくらいに感じる…それは皮膚の表面のにおいではなく、毛穴のひとつひとつの奥、指の股のひとつひとつから湧き上がってきていた』。

    人によっては気絶しそうになる方もいらっしゃるかもしれません。あまりにリアルな描写に思わず息を止めたくもなります。それにしても、このリアルな描写はどのようにして生まれたのでしょうか?まさか、どなたかに依頼して実験されたとか?本当のところは分かりませんが、この作品の根幹部分であるからこその生々しい描写が強く印象に残りました。

    ところで、この作品は、ページ数が144ページと極めて短い作品にも関わらず、内容紹介が書きすぎではないかと思うくらいに先の先まで物語の内容を記してしまっています。『風呂に入らない夫』というシチュエーションと、上記した生々しい臭いの描写に興味を持たれこの作品を読まれたいと思った方は内容紹介は読まれない方が良いように思います。

    そんなこの作品の物語背景は一見単純です。『風呂に入らない夫』とそんな夫の姿に戸惑う主人公の妻・衣津実の姿が描かれていきます。『なんでお風呂に入らないの?』と『口に出すのがためらわれた』という衣津実は、一方で『三十五年も風呂に入ってきたんだから、数日入らないくらい、いいか。無理やり、そんな風に考えてみる』とその始まりを見ていました。それが、何日、何週間、そして何か月経っても『風呂に入らない夫』と対峙してしく衣津実の心の揺れが描かれていく物語は、不思議と読者の目を釘付けにしていきます。

    『もしかして、今、夫は狂っているんだろうか。彼女はそれが分からない。どちらなのか知りたい』。

    そんな思いにも囚われていく衣津実は、『狂う』という言葉をこんな風に思います。

    『狂うということは、感情の爆発の先にあるのだろうか。苦しさでいっぱいになったり、悲しみに暮れて耐えられなくなったりしたら、頭の中がそれだけに支配されて、感情が振り切れるのだろうか』。

    『狂う』ということをこんな風に考えていく衣津実は、そんな思いの中に、ある答えを見出してもいきます。

    『狂っているとしても、と彼女は考える。何かが狂ってこうなっているのだとしても、彼がぶるぶる手足を揺らして笑っていられるなら、それでいい』。

    物語はそんな思いに行き着いた先に実際の行動を起こしていく衣津実の姿が描かれていきます。まるで異世界の人になってもいくかのような研志をそれでも夫として共に暮らす人生を選択する衣津実。その人生はまさしく壮絶とさえ言えます。そんな物語は、鮮やかな伏線回収の先に、えっ?という結末を見せます。今までに読んだことのない強烈な前提を元にしたこの作品。そこには、『だって愛しているから付いていくのだ ー と、迷いなく思えたら、あるいは口にできたら、楽だろう』と『風呂に入らなくなった夫』を思う衣津実のあたたかい眼差しを見る物語が描かれていました。

    『夫が風呂に入らなくなった』。

    そんな目の前の動かし難い事実の先に、妻・衣津実の狂おしく揺れ動く内面が描かれていくこの作品。そこには、夫の急な変化に戸惑う衣津実視点の物語が描かれていました。芥川賞候補作らしい比喩表現の登場にニンマリするこの作品。『風呂に入らなくなって』○か月という描写のリアルさに思わず息を止めたくなるこの作品。

    次作で芥川賞を受賞される高瀬さんが描く、なんともシュールで不思議感漂う物語の中に、読む手を止めることのできない密度感のある描写が心に残る、そんな作品でした。

  •  繊細に過ぎ世間での居場所をなくしていく若い夫婦を描くヒューマンドラマ。
     物語は、妻の⾐津実の視点で語られていく。
              ◇
     ある⽇、風呂から上がった⾐津実は夫が⼊浴していないことに気がついた。浴室のドアに掛けられた夫用のバスタオルが乾いたままだったからだ。

     リビングに戻り風呂に入ったかと尋ねた衣津実に対し、PC でお笑いらしい動画を見ていた夫は立ち上がってカップ麺の容器をゴミ箱に捨てながらこう答えた。
     「風呂には、入らないことにした」
     そう言った夫の口元はかすかに震えている。夫は今年 35 歳だが近ごろ夜はひどく疲れた顔を見せるようになっていた。

     夫にかけることばが見つからない衣津実は、とりあえず寝間着に着替えようと寝室に入って、夫がずぶ濡れになって帰ってきたひと月ほど前のことを思い出したのだった。 ( 第1章「風呂」) 全3章。
              
         * * * * *

     精神を病んだとき、入浴はおろか手を洗うことすらできなくなる。そんな人を見たことがあります。

     当然、髪はベタついてぺったり頭に張り付いたようになり身体全体からすえたような臭いがするようになります。
     周囲の人から見れば不潔この上ないはずですが、本人には自分が異物だと感じたものに触ることがどうしてもできません。

     私が見たその人は、他人がよく触れるもの (例えばドアの取っ手など)に直に触ることもできませんでした。本人にとっては異物こそ不潔なのです。
     もちろん湯船も含め張られたお湯は異物でしかありません。ホースを通って出てくるシャワーのお湯も異物なのでしょう。
     やがてその人は、自分の部屋から出ることすらできなくなりました。


     主人公の夫は、段階で言えば入浴ができないでいるだけで、まだ症状は軽いと言えます。
     水道水のカルキ臭や石けんの匂いなどは受け付けませんが、ミネラルウォーターで軽く洗うことはできていました。
     手を打つならここでした。

     主人公は夫を気遣いながらも医療機関に繋ぐこともせず、徒らに時を浪費します。結局、飲み会でふざけて頭から水をぶっかけてくるような後輩のいる職場に耐えられなくなった夫は、症状を悪化させて退職してしまいます。

     ことここに至って、衣津実は夫を連れて郷里への移住を決意。人里離れた、川の上流の方にある廃屋で生活を始めることにしました。

     他人と顔を合わせずに済み、川で水浴びもできます。夫の精神を癒やすには最適な環境ではあるでしょう。
     衣津実が町役場の臨時職員として働いている間も、夫はお気に入りの川遊びをするため、外出するようになりました。
     そして、その日を迎えるのです。


     気の弱いところもありますが、穏やかで争いを好まず優しい夫。その夫が壊れていくさまを⾐津実はどんな思いで見ていたのでしょうか。
     思いやり合うことと、遠慮し合うことは違います。夫婦としてのスタンスはどちらが望ましいのかは明白です。
     夫の母親から「ままごと」のようと評された夫との結婚生活を衣津実はどう感じたのでしょうか。

     夫の母親からの忠告にも、自分の母親からの指摘にも、衣津実は真剣に取り合おうとはしません。ただ夫に目をやりながら手をこまねいているだけのように見えます。

     水たまりで息をすることはできる。衣津実はそれを知っています。でも、それが長くは続かないことも知っていたはずです。
     それでもそんな状態に瀕した夫を心から労ることにまで至らないのは、衣津実の未熟さなのでしょうか。
     
     弱気な夫と未熟で柔軟性に欠ける妻。現実社会で生きていくにはしんどいだろうと思います。でも他人にはどうにもできません。
     世間から忘れられた存在になってしまうかもしれない夫婦の在り方。読んでいて、薄ら寒くなりました。

  • 第165回芥川賞候補作。
    「夫が風呂に入らなくなった。」 何じゃそれwと手に。 …嗚呼とんでもない作品でした。。

    主人公である妻は、夫を大切に思っていたのかもしれない。でも、その気持ちは果たして愛なのか?
    彼女にとって夫は<金魚>ではなかったか。
    ラストシーン、彼女の胸に去来した想いは一体。

  •  続けて高瀬隼子さんの作品になります。なんとも、いい雰囲気の表紙ですよね…。

     衣津実と研志という、子供はなく共働きの30代夫婦のお話です。それなりにお互いに穏やかな生活を送れていた2人だったが、ある日突然研志が「もうお風呂には入れない」と言い出し生活が一変する…というものです。ある意味ちょっと怖い…。仕事にも家族関係にも環境にも支障を来していくことも予想はできますよね…。

     いちばん思ったのは、どうしてここまで夫婦でいられるのか??ってことでしたね…。ここまでいく前に夫婦関係を解消していたかもしれない…。それに、エンディングは…え?どうなったの??って…そこは、読み手が想像するしかないのか…う~ん、やっぱり、もやもやする…!!

    • aoi-soraさん
      かなさん
      けっこう衝撃的なお話でしたよね(⁠@⁠_⁠@⁠)
      かなさん
      けっこう衝撃的なお話でしたよね(⁠@⁠_⁠@⁠)
      2024/03/22
    • かなさん
      aoi-soraさん
      おはようございます。
      お返事が遅れてしまいましたm(__)m
      そうなんです、結構衝撃的…!!
      でも、この作品の...
      aoi-soraさん
      おはようございます。
      お返事が遅れてしまいましたm(__)m
      そうなんです、結構衝撃的…!!
      でも、この作品の作風、結構好きです(*'▽')
      2024/03/28
  • 正常と狂気の境界線を超えてしまった夫
    それを見守る妻
    狂っているのは夫なのか
    それとも社会なのか
    見守る妻も狂っているのか


    「風呂に入らなくなった時から、夫は向こう側にいるような感覚がある。
    足元を見るとうすく線が引いてある。」
    こんなふうに妻は感じるが、ただいつだってその線を超えられる。
    とも思っている。

    妻は子供の頃、台風の過ぎ去った水たまりの中で見つけた魚に「台風ちゃん」と名前をつけて飼っていた。
    その魚は水道水の中でも平気そうに泳ぎ、何年も生きていた。
    そして夫は水道水が臭くて触れる事が出来ない。

    夫が風呂に入らなくなってからの5ヶ月間、生きていくことの息苦しさを感じながらも静かに寄り添う妻。

    「狂っているとしても、笑っていられるなら、それでいい」


    何とも息苦しい物語だった。
    しかし振り返ってみれば、ただ「風呂に入らない」というだけなのだ。
    そこから少しずつ何かが壊れはじめ、穏やかな生活は崩壊してゆく。
    わたし達が生きている社会は、危ういものの上でバランスを取り、成り立っているのかもしれない。

    • みんみんさん
      あ〜!これはアレですね笑
      すっかり忘れてた!!読まないと\(//∇//)
      あ〜!これはアレですね笑
      すっかり忘れてた!!読まないと\(//∇//)
      2023/10/12
    • aoi-soraさん
      みんみんさん、忘れてた!?(笑)
      私も忘れてたんだけど、図書館の順番が来たのよ
      みんみんさん、忘れてた!?(笑)
      私も忘れてたんだけど、図書館の順番が来たのよ
      2023/10/12
  • 夫が風呂に入らなくなった。

    設定としての癖は強い。
    だからわたしは、『臣女』くらいのヤバさを、この作品に求めてしまっていたのかもしれない。
    しかし、この癖の強さとは裏腹に、まともな主人公のまともな目線で語られてゆく。

    夫が風呂に入らなくなった。
    風呂というとても日常的なテーマを取り上げつつしかし、事実として風呂に入らないことが継続するのは非日常で、だからその設定に、どこか、静かではっきりとした強い感情が読み取れる。

    わたしは、お風呂が嫌いだ。
    お風呂掃除も嫌いだ。
    だけど、先日お風呂掃除を少しだけ頑張ったら、なんか前よりもスっとお風呂に入れるようになった気がする。
    前は、湯船に入ると一日の反省会を始めてしまって酷く落ち込んだり、お湯を貯めている間に寝てしまってお湯が溢れかえっていることはしょっちゅうで、水道代もガス代もバカにならなくて、今は平日はシャワーだけで済ませてる。
    だけど休日、18時頃に入浴剤を入れたお湯にゆっくりと浸かって、トリートメントやパックを入念にして過ごすのは結構好き。湯船に浸かると意外と夜遅くまで身体がポカポカと暖かい。

    主人公は超がつくほどまともな35歳の女性、子なし。
    こうなると、欲しいのは夫からの目線だ。夫目線の章がほしい。主人公のみの視点で最後まで貫かれているのがいささか冗長に感じてしまって。

    途中から夫にむかついてしまうわたし。
    妻が気を遣って核心に触れずにあれやこれや手を焼いているのに「さむい」だの「危ないから行かない」だの、じゃあ風呂入れやーー!と、思ってくる。
    しかし一方で、まともな思考で処理しようとする自分自身も苦しかった。
    もっと夫を理解してあげたい、自分だけは夫の味方でいてあげたい。「そうありたい自分」がわたしの心の中でちらちらと顔をのぞかせる。

    この作品は、とても現実的に「もし自分だったらどうするだろう」っていうのを考えさせにくる感じのわりに、最後は唐突に、いきなり非現実世界にぶち込まれたような感じで、終わる。
    こんな終わり方をするなら、もっともっと夫と共に妻も狂ってしまえばよかったのだ。しかしそれをせずにここまで現実的に描いてきたのなら、現実路線でのハッピーエンドかバッドエンドがよかったかなぁ。
    というか、「飲み会の日の描写」がきっかけのような感じで描かれているのだから、そこをもっと掘り下げて欲しかったなぁ。夫目線がない以上、飲み会の日と風呂に入らないことの因果関係は不明なんだけど。

    もう一度考える。
    やっぱりわたしは夫が風呂に入らなくなったら、やっぱり入るようになってほしいと思う。
    これって、不登校の親御さんが子どもに学校に行ってほしいって思ったり、あるいは引きこもりの家族がいる人にとっては、働いてほしい、って思うのと同じことなんだろうか。

    そうなると、わたしはやはり、彼らの話を無視して、彼らが生きやすい世界をぶち壊す存在なんだよな。味方でいる、というフリをしている、この作品に出てくる義母のような存在なのかもしれない。
    その人らしい人生を、とか人には言うくせに、自分と一緒に生活をする人がそれと同じ状況だったらたぶん許せない。

    でも、夫が「働かなくなった」はなんとかできるかもしれない、だけど「風呂に入らない」ってどうすればいいんだ。
    周りがどうにかできる問題を遥かに超えていて、「本人がどうにかするしかない」の究極のような気がするんだ。この作品は、たぶんそれを問いかけてる。先ほど、「こんな終わり方をするなら、もっともっと夫と共に妻も狂ってしまえばよかったのだ」と書いたけれど、あの終わり方を、「妻の狂い始め」と捉えたら、妻のみの目線から描かれたこの作品は、また別の見方ができる。つまり、妻はまともに風呂に入らなくなった夫にしっかり対応しているようでいて、実はゆっくりと狂っていった、という見方もできる、ということだ。どん詰まりの状況を、一人でなんとかしようとすることは、人を狂わせるのかもしれない。

    現実路線のこの作品は『臣女』ほどの変態感はなかったけれど、愛する人の変貌にどう対応していくのか、というのを生理的な部分を中心に描いている点で、この2作品は共通している。
    そして、わたしはたぶん、一緒に住んでる人が臭いのは無理だ。でも、もし相手を好きだったら大丈夫だったりするのだろうか。それを、愛と呼んだりするのだろうか。

    • naonaonao16gさん
      たけさん

      おはようございます!!

      プレイリストの共有ありがとうございます!!ついに完成したんですね^^

      まさかのモーターサイクルとサザ...
      たけさん

      おはようございます!!

      プレイリストの共有ありがとうございます!!ついに完成したんですね^^

      まさかのモーターサイクルとサザンクロス!
      新旧しっかり入っていて良きですね!
      『虹を待つ人』で終わるのも、疲れたジョギングの先に希望がある感じがして最高です!

      最近毎日体重測るようにしたんですが…増える一方です…泣
      2022/04/06
    • たけさん
      「良き」との評価ありがとうございます。

      BUMPはこれまでなかなかじっくり聴く機会がなかったのですが、突然盛り上がってしまいました。
      「グ...
      「良き」との評価ありがとうございます。

      BUMPはこれまでなかなかじっくり聴く機会がなかったのですが、突然盛り上がってしまいました。
      「グングニル」や「天体観測」は大好きだったんですけどね。「K」がいいですね!「ロストマン」も頭にこびりつくフックを持つ曲だと思いました。

      体重増は恐れちゃいけないですよ
      2022/04/06
    • naonaonao16gさん
      たけさん

      おはようございます!!
      たけさんの中での、突然のBUMPの盛り上がり、非常に嬉しく思います!
      「K」いいですよね!初期の曲の中で...
      たけさん

      おはようございます!!
      たけさんの中での、突然のBUMPの盛り上がり、非常に嬉しく思います!
      「K」いいですよね!初期の曲の中で本当に好きな部類に入ります!あの曲からストーリー性のある曲にハマり、mixiで「ストーリー性のある曲が好き」っていうコミュニティに入ってました笑
      「ロストマン」「ダイヤモンド」は自信なくした時に聴くと効果絶大です。

      筋トレするとしばらくすると太って、その後痩せてくるってネットに書いてあったんでいつ痩せるのかと…
      2022/04/07
  • いよいよ明日は第165回芥川賞の発表日!
    僕の推しの高瀬隼子さんのこの作品がノミネートされている!
    興奮して今夜は眠れないかもしれない…

    ノミネートされていることをニュースで見た瞬間、Amazonでこの本の発売を知り、ソッコーで予約。一昨日、玄関にさりげなく置き配されてました。
    梱包をむしりとり、一心不乱で読みましたよ!

    で、感想。

    構造はデビュー作の「犬のかたちをしているもの」に似ている。
    夫(彼氏)とペットが同等な感じ、とか。
    前作は犬みたいな彼氏。今作は魚みたいな夫。
    そして、両作ともおだやかな幸せを脅かすハプニングが起こること、とか。

    高瀬さんはすでに自分のスタイルを持っているなぁ、と。僕はその型にかなりハマってます。
    つぼ、というか。好き。

    それにしても、風呂に入らなくなったオット。
    奥さん、どうですか!
    普通すぐ捨てるでしょ!
    捨てるべきだと思います。
    しかし、主人公の衣津実がとった行動は…

    ひとことで言えば、
    愛なんだな、
    と思った。

    なお、結末は読者に委ねられています。
    すぐ解釈できないので、時間おいて再読しようと思います。

    • チョコチョコさん
      初めまして。いよいよ今日ですね。とても楽しみです。

      昨日読みたかったのですが、地方ですので、今日発売になるようで読めてません。たけさんの感...
      初めまして。いよいよ今日ですね。とても楽しみです。

      昨日読みたかったのですが、地方ですので、今日発売になるようで読めてません。たけさんの感想を読んで、ますます読むのが楽しみになりました。芥川賞獲って欲しいです。

      ワクワクしすぎて投稿させて頂きました。
      失礼致しました。
      2021/07/14
    • たけさん
      チョコチョコさん。はじめまして!
      コメントありがとうございます!

      いよいよ発表ですね。
      とてもワクワクします。

      高瀬隼子さんは素晴らしい...
      チョコチョコさん。はじめまして!
      コメントありがとうございます!

      いよいよ発表ですね。
      とてもワクワクします。

      高瀬隼子さんは素晴らしい作家さんなので、今後ずっと追いかけて行きたいと思っています。
      芥川賞受賞できるといいですね!
      2021/07/14
  • ⚫︎感想
    さまざまな相反するものの両端とその間に横たわるグラデーションに思いを馳せることができる作品。

    社会生活(他人の目あり)と自然界(自己だけの目)、
    夫と妻の親しみと他人行儀、全体の幸せと個人の幸せ、夫と「台風ちゃん」など、両極端に位置するモノの中で、社会生活での常識、妻としての常識、夫に対する感情、そういったものの再考を迫られる衣津実。

    自然の水を求めに求めるようになった夫を、何となく受け入れていく。衣津実はその方向にやってみて、その通りになることと、ならないことの積み重ねの人生を思いかえす。衣津実は冷静で自分を客観視できる人物だ。

    ラストは夫がいなくなり、衣津実は水たまりで小さな魚を見つける。これは衣津実が夫と魚を重ね合わせているメタファーだと思った。


    ⚫︎あらすじ(本概要より転載)
    第165回芥川賞候補作

    ある日、夫が風呂に入らなくなったことに気づいた衣津実。夫は水が臭くて体につくと痒くなると言い、入浴を拒み続ける。彼女はペットボトルの水で体をすすぐように命じるが、そのうち夫は雨が降ると外に出て濡れて帰ってくるように。そんなとき、夫の体臭が職場で話題になっていると義母から聞かされ、「夫婦の問題」だと責められる。夫は退職し、これを機に二人は、夫がこのところ川を求めて足繁く通っていた彼女の郷里に移住する。川で水浴びをするのが夫の日課となった。豪雨の日、河川増水の警報を聞いた衣津実は、夫の姿を探すが――。

  • 第165回芥川賞候補作品。
    残念ながら受賞には至りませんでしたが、(今回はどの作品が獲ってもおかしくない程、全候補作評判が高かったですね)デビュー作に続いて読みやすく、楽しめました。

    “夫が風呂に入っていない”という一文から始まります。

    夫が風呂に入らなくなったというあらすじを知った時に、もう面白いに決まってると思ってました。

    小説を読みながら、顔を背けたくなるような臭いがしました。何度も。自分が妻だったらどうするだろうか。臭いのきつくなった夫を心配し、支えたい、そばにいたいと思えるか。

    「夫婦は血が繋がっていないから、書類一枚で他人になれる。夫婦は家族であろうという意思なしには、家族でいられない。」妻の愛、この人と家族でいたいという意思が、義母へのセリフや、夫に対する気遣い方、寄り添い方からも感じ取れました。

    ラストは読者が考える形です。
    私は、夫はもう…と思いました。
    また、時間を置いて再読してみたいです。

    高瀬さんには、これからも沢山作品を書いて頂きたいです。

    • たけさん
      チョコチョコさん、こんにちは!
      お読みになりましたか!

      なんとも臭いたつ作品でしたよね。
      僕も結末については、おそらくチョコチョコ...
      チョコチョコさん、こんにちは!
      お読みになりましたか!

      なんとも臭いたつ作品でしたよね。
      僕も結末については、おそらくチョコチョコさんと同意見です。
      いろいろな読み方ができる小説なので、読むたびに発見がありそうですね。
      2021/07/18
    • チョコチョコさん
      たけさん。こんにちは。
      読みましたー。ていうか、受賞ならなくて2日落ち込んでいました。一作違う作品を挟んで読みました。

      ラストですよね。ど...
      たけさん。こんにちは。
      読みましたー。ていうか、受賞ならなくて2日落ち込んでいました。一作違う作品を挟んで読みました。

      ラストですよね。どうなんかなぁと考えてたんですが、夫が居るべき場所に居なかった。ある訳ないけど、確認していなかった風呂場にも居なかった。話口調も過去形で話しているのを見てそうなんかなぁと。

      でも、本当に受け取り方は色々あると思うので、色んな方の感想だとか、あと芥川賞の選評を拝見したいですね!

      コメントありがとうございます。
      これからも、たけさんの感想楽しみにしております。
      2021/07/18
    • たけさん
      受賞できず、僕もとても残念でしたよ。

      でも、次作に期待してます。
      高瀬隼子さんは素晴らしい作家さんだと思ってます。

      今後ともよろしくお願...
      受賞できず、僕もとても残念でしたよ。

      でも、次作に期待してます。
      高瀬隼子さんは素晴らしい作家さんだと思ってます。

      今後ともよろしくお願いします!
      2021/07/18
  • 夫が風呂に入らなくなった。
    何も起こらないはずだった二人の生活が、静かに変わってゆく。
    ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼

    ふとした事がきっかけで、夫がお風呂に入るのをやめてしまった。
    平凡だった生活が、たったそれだけの事で大きく変わっていく。

    私が妻だったら、きっと衣津実のようにはいられないだろうな。
    めちゃくちゃ無理強いしてしまうし、なんなら病院に連れていこうと騒ぎ立ててしまうと思う。

    そして衝撃的な終わり方。

    ちょっと考えてしまう内容だったけど、読んでもなお、
    何が正解か分からない。

    心がざわざわする読書だった。
    高瀬さん、なんだかクセになりそう〜

    • mihiroさん
      みんみんさ〜ん、こんにちは(*^^*)
      コメントありがとうございます♡
      ちょっと笑える話か?と思いきや、これが深刻な話で、私も読みながら色々...
      みんみんさ〜ん、こんにちは(*^^*)
      コメントありがとうございます♡
      ちょっと笑える話か?と思いきや、これが深刻な話で、私も読みながら色々と考えてしまいました( > < )
      仕事は行くんですけどね〜(--;)
      どうなるんだろう?と思ったら、結末が衝撃でした。。
      2023/04/12
    • みんみんさん
      読みた〜い!でも怖〜い!
      先にブク友さんが読むはずだからレビュー楽しみに待ってよう( ̄▽ ̄)笑
      読みた〜い!でも怖〜い!
      先にブク友さんが読むはずだからレビュー楽しみに待ってよう( ̄▽ ̄)笑
      2023/04/12
    • mihiroさん
      あはは(≧∀≦)笑笑
      怖くはないですが、ちょっと臭い立つかも〜笑
      芥川賞候補作だったみたいなので、独特かもです♪
      ブク友さんのレビューも参考...
      あはは(≧∀≦)笑笑
      怖くはないですが、ちょっと臭い立つかも〜笑
      芥川賞候補作だったみたいなので、独特かもです♪
      ブク友さんのレビューも参考にしてみて下さいね〜♡
      2023/04/12
全230件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1988年愛媛県生まれ。東京都在住。立命館大学文学部卒業。2019年「犬のかたちをしているもの」で第43回すばる文学賞を受賞しデビュー。2022年「おいしいごはんが食べられますように」で第167回芥川賞を受賞。著書に『犬のかたちをしているもの』『水たまりで息をする』『おいしいごはんが食べられますように』『いい子のあくび』『うるさいこの音の全部』がある。

「2024年 『め生える』 で使われていた紹介文から引用しています。」

高瀬隼子の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×