愚者の階梯

  • 集英社 (2022年9月5日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784087718034

作品紹介・あらすじ

「勧進帳は不敬である!」
昭和十年、東京。満州国皇帝溥儀が来日し、亀鶴興行は奉迎式典で歌舞伎の名作「勧進帳」を上演。
無事成功するが、台詞が不敬にあたると国粋主義者が糾弾。
脅迫状が殺到した直後、亀鶴興行関係者が舞台装置に首を吊った姿で発見――。
江戸歌舞伎狂言作者の末裔、桜木治郎が大いなる謎に挑む、驚嘆の“劇場×時代ミステリー"!
あの戦争へ、日本が最後の舵を切った時代を彫刻する渾身作。
『壺中の回廊』、渡辺淳一文学賞受賞『芙蓉の干城』に続く、昭和三部作完結!

■著者略歴
松井今朝子(まつい・けさこ)
1953年、京都市生まれ。早稲田大学大学院文学研究科演劇学修士課程修了。歌舞伎の企画制作に携わった後、故・武智鉄二氏に師事し歌舞伎の脚色・演出を手がける。
1997年『東洲しゃらくさし』で小説デビュー。同年『仲蔵狂乱』で第8回時代小説大賞、2007年『吉原手引草』で第137回直木賞、2019年『芙蓉の干城』で第4回渡辺淳一文学賞
を受賞。著書に『壺中の回廊』『師父の遺言』『縁は異なもの 麹町常楽庵月並の記』『料理通異聞』『江戸の夢びらき』などがある。

感想・レビュー・書評

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  • 微妙な年代の歌舞伎とシネマの時代が交差する背景に、迫りつつある戦局とそれを止められない従順な民族の限界を描こうとしているように思う。無党派層というポピュリズムが覆う世相はこの描かれた時代とどう違っていたのか。違っていて欲しいと切に思う。来年も選挙かあ。

  • 昭和初期の演劇界の雰囲気がプンプンする。

    序盤はとても惹きつけられたが、中盤からテンポが落ちた感じがする。
    昭和初期の雰囲気をじっくり味わうにはそうあるべきかもしれないが。

    ちょっとした行き違いから雰囲気と忖度に流されて思わぬ結末を迎えるというのは、今にも通じる。古今東西共通か。

  • ふむ

  • 忘備録。輝ける人間ってを慕って意に沿おうとした結果、敬愛する恩師の命を奪うことになった人間が害虫呼ばわりされてしまおのは気の毒すぎる。自らの輝きで人を惹きつけて大いに稼ぐ人間はしっかり守られても、片や職務に忠実で従順な凡人が虫けらのように扱われてしまうというのではいいわけがない。本文から

  • 松井さんの昭和初期歌舞伎座3部作の最新の1冊。歌舞伎「勧進帳」のセリフにケチをつけた国粋主義者の言動がきっかけで、老舗の劇場で不幸な事件が起こる。さらに、明確な意図のないまま、第二第三の事件が起こる。タイトルにある愚者の階梯は、ちょっとしたことで悪に手を染めたものが、どんどん深みにハマる状況をよく描写している。自分にも該当することがないか、省みる良いきっかけ。これで完結かと思いきや、さらなる続編も期待できるかも。

  • 戦争の足音の聞こえる昭和10年、劇場を舞台に亀鶴興業の専務が自殺する。その死をめぐって桜木治郎は探偵もどきに謎に迫っていく。舞台裏の様子、特に仕掛けなど大道具の扱い、劇場の運営の大変さなど興味深く、警察や右翼に染まっていく民衆の雰囲気など不気味な背景が迫ってきた。

  • 事件の顛末と時代の空気感をリンクさせて表現した伝統芸能ミステリー。使われる言葉や文章表現からして時代感を表現できているのはすごい。あまりにも文章が巧みなのでどんどん読み進めてしまう。それぞれの人生模様が面白い。ただし、正直ミステリーとして読むには説得力が足りないように感じたし、首謀者不在の時代犯罪に警鐘を鳴らすには描かれる事件とエピソードが弱すぎると思った。

  • 昭和10年の頃の出来事、第ニ次世界大戦前の日本はこんな時代だったろう。映画は無声からトーキーへ関東大震災があり、特高がバッコし住みにくい時代だった。殺人事件を追う刑事と歌舞伎役者、そしてかけだしの映画俳優の絡むミステリーだった。

  • 散りばめられた謎に引き込まれ、読むのを止められず。
    作品の時代の空気が、現代と重なる部分が多く見られ、恐ろしくも興味深かった。
    作中、いくつもの階梯を見た。感じた。
    とりわけ心に残ったのは、内在する光源によって照らされた階梯。
    それを昇るべきか否かを見極める力、勇気が、真に生きるためにいかに大切か。
    今、自分のいるところから世界を、人生を、我が心を改めて見渡す。
    そんな思いになった。
    何度も読み返したい、好きな作品。

    >>備忘録として

    P112
    人間誰しも人生でやりたい役と、できる役は違うのだ。

    P115
    ゆっくり階段を昇るように、一作ごとに経験を積み重ねていけば、いつの間にか屋上に出て広々とした外の景色が眺められるもんなんですよ、この世界は。

    P164
    ただ上手に踊るというだけならお素人さんだってできることです。役者の踊りはそこにちゃんと役の性根が見えなくちゃいけない。

    P202
    優れた芸は人を悲惨な現実から、たとえ一時でも逃してくれるのだった。それゆえ現実が厳しければ厳しいほど人は芸能を必要とするのだと確信した。

    P213
    ライトを浴びた女優の顔がスクリーンの中で美しく浮かび上がるのは当然だ。けれどライトを浴びない姿にこうして間近で接しても、彼女は全身がぼうっと光の膜に包まれたように見えるのだ。
    その光源はきっと本人に内在して、それは努力だけで身につくものでは決してないような気もした。

    大幹部の女優は、本人に内在した光源が階梯を照らして昇りやすくしたのではなかろうか。澪子は自分にそんな光源があるようにはとても思えなかった。好きな道ならどんな努力も苦にならないはずだと人は言うけれど、努力では決して身につかないものがあると知っていながら、果たして人はその道をたゆまず、まっすぐに進んで行けるものだろうか。
    ただ、内在した光源は本人や周りの目に、生まれ持ってはっきりと見えるわけではないのかもしれない。この世界なら、監督や台本や相手役との出会いで、埋もれていた灯心が急にかき立てられたかのように輝きだすケースも多いはずだ。そんなふうに考えないと、人は生まれたおちとたんにこの世で一生を費やす意味をなくしてしまう。

    P220
    戦争というのは常にあっけなく始まるんだよ。始まったら最後だれも止められない。始める連中は、後のことなんか何も考えちゃおらんさ。

    P325
    思えば彼は常に周囲の意に沿って動こうとする人間だった。それが皆に調法された。だから歪んだ梯子も昇り始めたら最後、途中で降りられなくなったのだ。そして踏み板からうっかり足を滑らせ、一段、さらにまた一段と転がり落ちて、他人を奈落に沈め、自らは心の地獄を味わうはめになった。それはただ運が悪かったで済ませられる問題ではない。そうした愚かしさ、心の弱さは何も塚田に限らず自分にも大いにあるのだ。この国の多くの人がそうなのではないか、と治郎は自らを省みた。

    P350
    理想的兵卒は苟も上官の命令には絶対服従しなければならぬ。絶対に服従することは絶対に責任を負わぬことである。即ち理想的兵卒はまず無責任を好まなければならぬ。(芥川龍之介)

    P355
    ともすれば人を器量や才能で仕分けしようとする自分とは無縁なところで、人はだれしも自らの運命と格闘し続けるのだ。それが愚かなことは百も承知の上で。なぜならそれが人間がこの世に生まれた理由というものだし、それはだれにも侵せない心の領土なのである。

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著者プロフィール

1953年京都生まれ。小説家。早稲田大学大学院修士課程修了。松竹株式会社で歌舞伎の企画・制作に携わる。97年『東洲しゃらくさし』でデビュー。『仲蔵狂乱』で時代小説大賞、『吉原手引草』で直木賞受賞。

「2018年 『作家と楽しむ古典 好色一代男 曾根崎心中 菅原伝授手習鑑 仮名手本忠臣蔵 春色梅児誉美』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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