うらはぐさ風土記

著者 :
  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (280ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087718591

感想・レビュー・書評

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  •  東京都心にありながら未だ昔の風情が漂う町、うらはぐさ地区。
     30年ぶりにアメリカから帰国し、古きよき時代の人情が残るこのうらはぐさの古家でひとり暮らしをはじめた熟年女性の日々を描くヒューマンドラマ。
               ◇
     玄関脇の50㌢四方ほどの土の部分から蔓性の植物が伸びているのに気がついた。河童の手のひらのような葉を広げ、黄色いつぼみもつけている。
     伯父が植えたものか尋ねると、従兄の博満は即座に否定した。伯父は認知症が進み、2年前から施設に入っているからだ。
     私の伯父は博満にとっては祖父に当たる。その伯父が住まなくなった家の管理に困っていた博満は、30年ぶりにアメリカから帰国し住まいを探していた私に格安で貸すことにしたのだった。

     家の中の説明からゴミ出しのルールまで細々と語る博満は、記憶の中の伯父にそっくりだ。そんな博満は私より5歳上だからもう還暦が近い。月日の流れをぼんやり考えているうちにひと通りの説明を終えた博満は、家賃の振込口座はメールで知らせる旨を告げ、そそくさと帰っていった。

     1人になった私は、6畳間にぺたんと座り、ガラス戸の向こうにあるこじんまりした庭を見る。昔からこんなふうだったかなとぼんやり眺めていると、柿の木の葉先からポツンポツンと水滴が落ち始め、すぐにザァーッと激しい雨に変わった。
     久しぶりに見る日本の夕立。東京でのひとり暮らしの始まりを私は実感していた。
          ( 第1話「しのびよる胡瓜」) 全9話。
        
           * * * * *

     大学卒業後アメリカに渡り、カリフォルニアの大学で職を得た田ノ岡沙希。年下のパートナーと結ばれて幸せな日々を送っていました。
     風向きが変わったのが勤務先の大学で沙希の担当する学部の閉鎖が決まったこと。夫との間も上手く行かなくなっていた時期でもあり、離婚に踏み切った沙希はアメリカでの生活にピリオドを打つことにしたのでした。

     30年ぶりに帰国した沙希ですが、両親はすでになく当然実家もありません。でも幸運なことに母校の女子大から特任教授として迎えられ、住まいも大学近くで空き家になっていた伯父宅を借りられることになりました。
     こうして始まった日本での沙希の生活が淡々と描かれます。
     大きな事件が起こるわけでもドラマチックな展開が待っているわけでもないのですが、不思議と読まされる作品です。理由はいくつもあります。

     まず、1話ごとの分量がちょうどいいこと。読んでいてきれいに頭の中でまとまります。
     それに各話のタイトルもシャレていていい。「しのびよる胡瓜」。何と素敵なタイトルでしょうか。調べてみたらホントにそんな胡瓜があるので感動しました。 ( メロスリア ペンデュラという種類だそうです。)

     次に、登場人物が実に魅力的な好人物揃いであること。特に伯父の友人で庭の植栽の世話をしてくれている秋葉原さんとその妻の真弓さんは、何となく安らぎを感じさせるような味のある人たちです。
     また、教え子学生のマーシーこと亀田マサミもなかなかいい。おかしな敬語を操り行動も少し変なのですが、本人は至って大真面目で一生懸命なところにしみじみ癒されます。

     そして何より、中島さんの描写が心にしっくりくること。大発展を続ける東京都心にあって、取り残されたように昔の姿を保っているうらはぐさ地区。ここで沙希の目にする天気なり植物なり街並みなり料理なりのイメージや風情が、頭の中でふわぁーと広がるのです。
     
     この街で生活することにより、失職や離婚のダメージから少しずつ回復していく沙希の姿が物語の中心ですが、もう1つ物語の核となるのがうらはぐさ地区再開発の話が持ち上がっていることです。
     沙希はうらはぐさが近代的な街に姿を変えることについて、やむを得ないとは思いつつも受け入れ難い気持ちが拭えません。

     けれど街の商店街で丸秋足袋店を営む秋葉原さん夫妻や、布袋という3代続く焼き鳥屋の店主である田中さんは、もっと恬淡として受けとめています。
     それは、施設に面会に訪れた沙希に伯父が口にしたことば、「いいもんにあれしなさい」によく表れていて、ほのぼのした希望が見えた気がしました。

     中島京子さんの作品世界や文章の持つリズムがもともと好きなせいもあるのでしょうが、ずっとつかっていたいぬるめのお風呂のような心地よさが堪能できる作品でした。

  • 離婚を機に、30年ぶりに帰国した沙希が出会ったのは、うらはぐさ地区の一風変わった人たち。
    店舗の屋上で野菜を育てる秋葉原さんや秋葉原さんと高齢結婚をした刺し子姫。
    独特な敬語を使う女子大生マーシーとその友だちのパティ。
    沙希の気さくな雰囲気は、真似できないなぁと感じたわけで…
    ゆるい感じがしたり、しなかったりのこの微妙な繋がりはなんとも表現し難いと思った。

  • 武蔵野の歴史の中に、戦争の記述もあった。生きて帰ってきても、PTSDで入院となり最後まで家族と会えなかった人が多く居たそう。A級戦犯の眠る靖国参拝をする自民党には、子供達の未来は託せない。

  • クスッと笑えて、ほっこりできて、じわっと心にもしみる、ご褒美的な物語でした
    懐かしいさと新しさの間でしなやかに生きる主人公が魅力的でした。あんな風に生きたいなぁ

  • ゆるーく始まるのだが、そこは中島京子。
    ゆるいだけで終わるはずがない。

    ゆるい中にも、山椒のようにピリッと現代社会に鋭く斬り込み、こんな社会で、こんな人生もアリだよね、と読者に囁く。思い切り頷いてしまいました笑 

    サッと読めちゃうのだが、いい小説!
    中島京子、好きだわ。

  • 「うらはぐさ風土記」書評 移りゆく時代 変えがたい風景|好書好日(2024年04月06日)
    https://book.asahi.com/article/15221359

    ◆暮らしのすべて つながる街[評]青木千恵(書評家)
    <書評>『うらはぐさ風土記』中島京子 著:東京新聞 TOKYO Web
    https://www.tokyo-np.co.jp/article/319610?rct=shohyo

    「足元にある歴史を眼差して」『うらはぐさ風土記』中島京子 | 集英社オンライン | ニュースを本気で噛み砕け(「小説すばる」2024年4月号転載)
    https://shueisha.online/articles/-/250035

    [巻頭エッセイ]土地の記憶、変化、未来 中島京子
    青春と読書2024年4月号(No.573)
    http://seidoku.shueisha.co.jp/2404/read02.html

    うらはぐさ風土記 | 集英社 文芸ステーション
    https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/urahagusa/

    うらはぐさ風土記/中島 京子 | 集英社 ― SHUEISHA ―
    https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-771859-1
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    (yamanedoさん)本の やまね洞から

  • アメリカ人夫との離婚をきっかけに30年ぶりにアメリカから帰国した50代前半の紗希が主人公。空き家となっていた東京都下(武蔵野)にある伯父の1軒屋に住み、同じ武蔵野にある母校の女子大で契約期限付講師となる。庭の野菜や植物の話、食べ物や料理の話、大学や教え子の話、商店街の話、など咲希の静かでささやかな日常生活が綴られている。地域の人や学生とのつながりを軸とした日常生活の模様が、特別なことはなくても小さな幸せを感じる日常が愛おしく感じられるような話だった。30年も暮らした海外から本帰国するというのはどのような気持ちか分からないが、自然豊かな武蔵野且つ、一般企業でなく大学での仕事という点、伯父の築いていた地域社会との繋がりも手伝い、すっと溶け込めているように感じた。個人的に武蔵野は住んだことはないが、好きな界隈なので、その場所に根付いた話というのも刺さった。諸行無常を感じるストーリーでもあったが、その中で目の前のことに一つずつ対処しながら幸せを感じつつ生活している人たちの話で癒された。

  • 過去にどんなことがあったかはさておいて…
    淡々と、日々を丁寧に暮らしている感じがする主人公が、とても愛おしく感じました。
    変な言葉遣いの女子大生とか、働いたことがないけど、ちゃんと生活しているおじいちゃんみたいな人とか、そのおじいちゃんとまあまあ最近結婚した奥様とか。
    ゲイの同僚とか。
    みんなみんな愛おしい❤️

  • 日本の四季を改めて感じながら読了。読んでるこちらも、うらはぐさ地区に愛着が湧く1冊。何よりお手製キーマカレーがすごく美味しそうだった!!
    しのび寄る胡瓜を筆頭に、山椒・柿・茗荷・紫蘇など、沙希さんが嬉々として収穫するものが、大人味覚過ぎませんか…?(笑)お正月の黒豆にクリームチーズを合わせるのも気になったし、しれっと料理しちゃうパートが興味深かったです(*´ω`*)

    『過去の話ばかりした後で、花言葉がひどく唐突な感じもしたけれど、過去の連なりの果てに現在はあり、未来もあって、それらはうらはぐさという地名でつながっているのだなあと沙希は実感する。』

    2024.9

  • 穏やか、和やかな一冊。

    東京武蔵野の一角、うらはぐさ地区で営まれる日常を描いた物語は嫌な人なんて一人も出てこなくて、四季の移ろいと人間模様が穏やかで和やかで気持ちがいい。

    主人公の沙希を軸に学生さんや商店街の人々が日常という物語にどんどん彩りを添え、沙希の心にうらはぐさがどんどん成長していくよう。

    時にぽつりと挟まれる戦争のことや、せつなく沁みスっと優しく届く言葉に出会えたのも良かった。

    その土地の過去を知り自然と未来に思いを馳せる。
    土地に根付くってきっとこういうこと。

    自分もこの地にお邪魔したくなる、そんな気分。

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著者プロフィール

1964 年東京都杉並生まれ。小説家、エッセイスト。出版社勤務、フリーライターを経て、2003 年『FUTON』でデビュー。2010 年『小さいおうち』で第143 回直木三十五賞受賞。同作品は山田洋次監督により映画化。『かたづの!』で第3 回河合隼雄物語賞・第4 回歴史時代作家クラブ作品賞・第28 回柴田錬三郎賞を、『長いお別れ』で第10 回中央公論文芸賞・第5 回日本医療小説大賞を、『夢見る帝国図書館』で第30 回紫式部文学賞を受賞。

「2022年 『手塚マンガで学ぶ 憲法・環境・共生 全3巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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