ユリシーズ 3 第十五挿話(後半)から第十八挿話まで

制作 : 丸谷 才一  永川 玲二  高松 雄一 
  • 集英社
3.67
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本棚登録 : 59
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (742ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087732269

作品紹介・あらすじ

6月16日、夏の長い1日は終ろうとしている。ブルームはスティーヴンと連れ立って家に帰る。台所でココアを飲み、話し、庭に出て星空を見あげ、並んで小便をしてから別れる。最後の第18挿話は、ブルームの妻モリーのYesに始まりYesに終る句読点なしの独白。それは男の立場で語られて来た長い物語への、女の立場からの長い反歌。第15挿話「キルケ後半」から第19挿話「ペネロペイア」まで。

感想・レビュー・書評

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  • もしも、ジョイスが『ユリシーズ』を書かなかったら、ナボコフの『ロリータ』も、ダレルの『アレクサンドリア四重奏』も、この世に存在しなかっただろう。ヴァージニア・ウルフだって、その下品さにはうんざりさせられながらも、ひそかにライヴァル意識を燃やしながら『オーランドー』を書いたにちがいない。この途方もない小説には、読む者をして、これを読んだ後、以前と同じ平静な気持ちで小説に対峙することを不可能にさせる魔力がある。

    『ユリシーズ』は、言うまでもなくホメロスの『オデュッセイア』を下敷きにしている。トロイヤ戦争から帰国の途次、英雄ユリシーズは、神を怒らせたため、魔物や怪物に帰還を邪魔される。夫の帰りを待つ貞淑な妻ペネロペイアは、ユリシーズの後を襲おうと押しかける求婚者たちに悩まされていた。苦境を見かねて父を捜しに出たテレマコスは、ようやく父を探し当て、二人は故郷イタケに帰って求婚者たちを追い払うという物語だ。

    主要な登場人物三人のうち、ユダヤ系アイルランド人の広告取りレオポルド・ブルームがユリシーズ、その妻でスペイン系の歌手モリーがペネロペイアに、そして、教師兼著述業の青年スティーヴン・ディーダラスが息子テレマコスに擬せられている。

    舞台はアイルランドの首都ダブリン。時は1904年6月16日木曜日の朝から翌日の午前4時頃まで。つまり、この作品はとある夏の一日、ダブリンの町中を彷徨するブルームとディーダラスに、ユリシーズの長い航海をなぞらえているわけだ。しかも、矮小化はそれにとどまらず、家で夫の帰りを待つはずの妻は、どうやら浮気をしているようで、ブルームはそれを知っていながら見逃している様子。つまり、枠組みは借りながらも、英雄は猥本好きで争いごとを好まない小市民的人物に、貞淑な妻の見本は夫のいぬ間に間男をくわえ込む好色な女に変更されている。

    ジョイスは「たとえダブリンが消滅するようなことがあっても、それは『ユリシーズ』に含まれ ている証拠から容易に復元できる」と言ったそうだが、そう豪語したくなる気持ちも分かるほど、街路から飲み屋、肉屋の一軒一軒まで、実に細かに描き出されている。ナボコフでなくても、地図を脇に置いて登場人物の歩く道を鉛筆でたどりながら読みたくなる。しかも誰と誰がどこかで出会うのは何時か、という空間と時間の結節点を細密に記述していく。ナボコフが「同時生起」と呼ぶこの手法は、まるで映画を見ているような気にさせられる。

    主要な登場人物も、別の章ではまるで点景人物の一人のように素っ気なく描写される。それとは逆に、盲目の調律師や、茶色の外套(マッキントッシュ)を着た男のように、人物と人物とを結びつけるためにだけ登場しているような人物もいる。特に度々登場するマッキントッシュと誤って呼ばれる謎の人物はいったい何者なのか、ナボコフは解決したと自慢しているが、それが正解かどうかは誰にも分からない。この例一つをとってみてもそうだが、チラシ一枚とってみても、度々言及され、その航海の跡をたどれるように書かれている。

    さらに文体の問題がある。ナボコフに倣って大きく三つに分けると、
    1.本来のジョイスの文体―直截、明晰、論理的。
    2.いわゆる意識の流れ―未完結で、素速く、切れ切れの語法。
    3.文体模倣―非小説形式(音楽、芝居、教義問答集)、文学的文体と作家のパスティーシュ。
    これらが、時には入り混じり、あるいは一章ごとに姿を変え、次々と変化する目まぐるしさには、「異化作用」を狙ってのことだとは思うものの、正直ついていくのに閉口する。

    地口、洒落、なぞなぞ、流行り歌からアリアまで、ありとあらゆる言葉遊びを投入し、さんざっぱらふざけ散らす。酔っぱらいの喧嘩、放屁、手淫とブルームズベリー・グループならずとも目を背けたくなる乱暴狼藉かつ下品で卑猥なシーン、とモダニズム文学が採り上げなかったような叙述の様々なレベルを採用し、有名な句読点抜きのモリーの独白で終わる、この小説。読み終わっての感想は、不思議に心に残るものがある。

    これまでの小説にはなかったリアルな人間がいる。「意識の流れ」の手法を過剰なまでに使うことで、切れ切れな思考の間にエロティックな妄想に耽ったり、つまらぬことに気をやってみたりと、ブルームほどではないにせよ、我々人間がそういつも立派なことばかり考えたりしたりしているわけでもないことが嫌でも分かる仕組みになっている。その、しようもない人間が、一方で動物や、弱い立場にいる人々に心を寄せ、争いごとが嫌いなくせに、ユダヤ人差別には一言言ってやらねば治まらないところも持っていることが、じんわりと伝わってくる。

    一度や二度読んだだけでは、もったいない。第十二挿話「キュクロプス」の「おれ」という視点人物は誰なのか。柳瀬尚紀に拠れば「犬」の視点から書かれているのだということになるが、果たして本当にそうなのか。いくつもの謎を解くために、数多ある注釈本を探し、別の訳者による翻訳で読んでみたり、と楽しみの尽きない書物である。(『ユリシーズ』1・2を含む)

  • ジョイスの『ユリシーズ』は、プルーストの『失われた時を求めて』と並ぶ近代文学の金字塔といわれる小説だが、『失われた時を求めて』とは、また全く違う難解さがある。

    しかし、『失われた時を求めて』よりは、ずっと読破率が高いだろうと予測される。
    なぜなら、『失時』とは量が違うし、筋だけを追えばいいのであれば、1日の出来事の小説なので割と簡単にFINに辿りつくのだ。

    だが、『ユリシーズ』は、そんな簡単な書物ではない。

    『Ulysseus』とは、『Odysseus』のラテン名 ウリッセース の英語読みである。
    『ユリシーズ』は、ホメロスの『オデュッセイア』を下敷きとして書かれており、まず『オデュッセイア』を完読していなければ、真に『ユリシーズ』を楽しむことは不可能といえる。

    『ユリシーズ』は、十八の挿話によって構成され、その表題はすべて、『オデュッセイア』の重要登場人物や地名等をそのまま借用している。
    もちろん、それだけではなく、小説すべてが『オデュッセイア』と照応しており、挿話の冒頭でどの部分に対応しているのかも明かされる。

    『オデュッセイア』は、トロイア戦争終結後、ポセイドンの怒りに触れたため、10年もの間、漂流をし、やっと妻子の待つ故郷のイタケ島に帰り着くという物語であるが、ジョイスは、10年ではなく、たった1日の時の流れで『オデュッセイア』に呼応した『ユリシーズ』を書き上げている。

    この一日というのは、1904年6月14日であり、場所はダブリン。
    『ユリシーズ』の主要登場人物は、スティーヴンという22歳の詩人、学校教師と、レオポルド・ブルームという38歳の広告会社の営業のユダヤ人と、その妻モリー。

    ちなみに6月14日は、ブルームズ・デイと呼ばれているらしい。この日は、ジョイスがのちの自身の妻となるノラとはじめてデートした日でもある。

    ブルームの妻のモリーは、多くの求婚者を拒否しつづけ、貞淑の象徴 オデュッセウスの妻のペネロペと照応しているが、モリーは、夫のブルームと夫婦仲がしっくりいっておらず、浮気をする。
    妻が浮気をすることを予知していても夫のブルームはそれを事前に阻止できない。

    ジョイスは、1904年以来、ヨーロッパ各地を転々とし、アイルランドへも1912年以後は戻ることはなかったが、小説の舞台は常に故郷ダブリンだった。
    『ユリシーズ』は、1904年のダブリンをそのまま閉じ込めて描かれており、
    「たとえ、ダブリンが消滅するようなことがあっても、それは『ユリシーズ』に含まれている証拠から容易に復元できる」とジョイスが述べているとおり、
    1904年6月14日 日の出日の入り、鉄道、船などの交通手段、人々の生活、通り、酒場などの様子、市民の生活等当時のダブリンを忠実に舞台として描いている。

    また、『ユリシーズ』は、『オデュッセイア』の照応ということだけでなく、文体や言語遊戯という意味でも意義深い書物だ。
    語り、弁証法、カノン形式によるフーガ、戯曲風、教義問答、句読点なしの科白などさまざまな手法が用いられている。

    そして、多くの訳注がついているが、多ジャンルの芸術方面からの引用、比喩、符牒など、訳注によってジョイスの意図を汲み取りつつ読み進む。

    最初、文庫で『ユリシーズ』を読みはじめたが、1巻を読んだところで、文庫本から単行本に変更した。
    理由は、文庫本では訳注が巻末にあるので、いちいち後ろのページをめくりながら読まねばならず非常に読みにくかった。
    単行本は、下に書いてくれていて、訳注が多すぎるためにページがずれこむことも多々あるが、文庫本のそれとは違って、やはり至便であった。

  • ダブリン、アイルランドなどを舞台とした作品です。

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著者プロフィール

1882年アイルランド生まれ。20世紀最高の小説家の一人。意識の流れ、神話、パロディ、造語といった小説技巧を駆使して、ダブリンの人々を描いた。本書のほか『フィネガンズ・ウェイク』『ダブリナーズ』など。

「2016年 『ユリシーズ1-12』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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