無知

制作 : 西永 良成 
  • 集英社
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レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087733402

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  • 冷戦の真っ只中、主人公の女性イレナは故国ボヘミアを棄てて、20年の長きにわたってフランスに政治亡命していたが、ソ連邦が崩壊すると事情は一変し、彼女も「祖国」に帰るのが当然という周囲の視線にさらされ、家族や友人の無理解や、自分の帰属を自分で決められない歯痒さに苦悩する。

    しかし、ようやく決心してプラハに帰っても、20年も留守にしていた「かつての」故郷に居場所はなかった。プラハの人々はイレナがパリで過ごした20年の記憶をなかったかのように手放すことを強要する。それが、彼女にとっての思考停止、自己否定、ひいては死を意味するというのに。イレナはますますもどかしさと悲しみを深めていく。

    やがてイレナはヨゼフとの偶然の再会を果たす。ヨゼフは彼女がかつて契りを交わした相手で、やはりチェコスロヴァキアからデンマークに亡命していた。ヨゼフとの再会によってイレナは性の記憶を再起動させ、思考を再開することで危機を脱し、文字通り人生を取りもどしていく。

    ドゥルーズは『プルーストとシーニュ』において「記憶におけるセクシャルなシーニュこそが、生のシーニュである」、と論じた。彼はそこで「真実はわたしたちに思考を強要するものに依存する」(前掲書)とも論じる。このドゥルーズの理論をなぞるように、イレナも自らの前に立ちはだかり思考を迫るヨゼフとの愛を通して、大衆を規制するキッチュなイデオロギーや機制、規範的慣習を踏み越えていく。そうすることで彼女は、自分の真実の感情を見つけようとする。

    キッチュとは、俗悪さ、俗に媚びることを意味し、クンデラが文学活動を通して一貫して反抗するものである。特にこの小説においてのキッチュは、故国に対して持つことを強要されている理不尽で盲目的な愛着、ノスタルジアである。このノスタルジアという規範が有効であるうちは、いかに理不尽でも私たちは地政学的な分布図に沿って感情や愛の対象を抱くように脅迫され続ける。

    クンデラはこの『無知』という小説で、ノスタルジアの圧制に反抗し、ノスタルジアのキッチュから解き放たれようと願い、もがいているのである。

  • ほろ苦く、でも、どこか晴れ晴れとした印象。人がいかに自分を、他者を、人生を、物事を知らないことか。または知ろうとしないことか。それでも手探りで進んでいくしかないのだ。亡命という特殊な状況を描きながら、人のありようを浮き彫りにしてすばらしかった。軽やかさも健在。

  • 亡命者の孤独。
    たとえ国の体制が変わっても、亡命は終わらないのかもしれない。

  • 男女関係の不条理と歴史の不条理を、哲学的に、文学的に綴ったクンデラお馴染みの手法。亡命という「物語」はつねに、故国から離れることの悲劇性と帰還の美しさを語ってきたわけだが、いざ亡命者が故郷に帰ればそこに彼らの居場所などありはしない。そうしたエピソードから炙りだされるのは、記憶はあまりにも小さく、経験や知識は常に何の役にも立たない、という人間の本質的な状況である。それが悲しくも愛すべき人間の「無知」というわけだ。

  • この人の描く人物像はどうしてこんなにリアルなんだろう。自殺未遂した女性の生き様は痛いくらいだった。

  • クンデラの最新小説にして、クラシックス

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著者プロフィール

1929年、チェコ生まれ。「プラハの春」以降、国内で発禁となり、75年フランスに亡命。主な著書に『冗談』『笑いと忘却の書』『不滅』他。

「2015年 『無意味の祝祭』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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