THE HOURS―めぐりあう時間たち 三人のダロウェイ夫人

  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087733792

作品紹介・あらすじ

人生は謎。時を超えてめぐりあう三人のダロウェイ夫人。六月のある美しい朝。三人の女の特別の一日が始まる…ヴァージニア-ロンドン郊外。1923年。文学史上の傑作『ダロウェイ夫人』を書き始めようとする…ローラー-ロサンジェルス。1949年。『ダロウェイ夫人』を愛読する主婦。夫の誕生パーティを計画し、息子とケーキを作り始める…クラリッサ-ニューヨーク。20世紀の終わり。『ダロウェイ夫人』と同じ名ゆえに元恋人リチャードにミセス・ダロウェイと呼ばれる編集者。文学賞を取った彼のためにパーティを開こうと、花を買いに行く…異なる時代を生きる三人の「時間」はいつしか運命的に絡み合い、奔流のように予想もつかぬ結末へ…。ピュリッツァ賞&PEN/フォークナー賞受賞。本年度アカデミー賞受賞、映画「めぐりあう時間たち」原作。

感想・レビュー・書評

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  • V・ウルフ『ダロウェイ夫人』をめぐり、時空を超えて三人の女性の人生が重なり合っていく。凝った構成、精緻な心理描写、美しい文体、どれをとっても溜息の出るような完成度。
    三人の女性たちはそれぞれ無力感を抱きながら日常を生きている。現実逃避のように浮遊し過去や虚構に飛んでいく意識が克明に描かれるが、あくまで突き放した語り口。『ダロウェイ夫人』は彼女たちを映し出す鏡であり、また取り憑いた亡霊でもある。

  • カニンガムがヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」に触発されて描いた、時代を越えて交錯する3人の女性のある日の物語。
    こういう複雑な構造は、近年のアメリカ文学の傾向にあるらしいです。

    一人目は作品を書いていた頃の原作者のウルフ。鬱病の治療のためロンドンを離れ、新作に希望を見いだしますが、死のイメージも離れがたくつきまといます。
    二人目は第2次大戦後のアメリカで一人「ダロウェイ夫人」を読みふける大人しい専業主婦のローラ。
    三人目は90年代のニューヨークでダロウェイ夫人というあだ名を持つ、有能でパーティ好きなクラリッサ。
    どこか孤独で迷いや寂しさを抱えながら、ささやかな集まりや日常のことに喜びを見いだそうと懸命に取り組む女性達。
    バラの花束や六月、パーティの準備、昔の恋人など幾つもの共通したモチーフをちりばめ、微妙に響きあうのが不思議なムードを醸しだしています。

    特にカニンガムの母親をモデルとしているせいか、ローラの危うさはリアリティがありました。
    無理に良い主婦になろうとしていたのが静かに破綻しつつあるのです。
    直接は関係ない3人にどういう縁があるのか、それぞれの危機がどう展開するのか、そのへんの謎も興味をひきます。

    後で映画を見たら、壊れかけた母親を見守る男の子役が上手いんですが、一緒にはらはらさせられ、画面が綺麗なだけに何だかホラーみたいな感じでした。
    現代版のダロウェイ夫人は、ニューヨークのゲイ達のまっただ中で本人もレズビアンのカップルとして暮しています。
    それがもはや先鋭的でもなんでもない、若い世代からは古臭いと思われているというのが…
    時代がここまで変わっても親子の問題は変わらないということでしょうか。

  • 三つの物語の交錯。死から生を見つめる、喩えていうと地面から空を見上げる感じ。重いのだが、わたしには心地よい。主婦が2時間だけホテルでダロウェイ夫人を読む過程が輝いている。

    映画を見た時は彼の自死のシーンが強かったかが。

  • 死から始まり、
    死を恐れつつどこかで憧れ、
    記憶と今流れる時間が入り乱れる、
    ありきたりな一日の物語。

    素晴らしいのは、
    最後にクラリッサが生きることの喜びを見出す瞬間。
    そのために全ての言葉が紡がれてきたのだとさえ思える。

    何処にでもありそうな「ふつうの」日常は、
    言葉にされた時点で、非日常となる。

  • 三人の女がいる。それぞれ生きている時代も場所も異なる。一人は1923年のロンドン郊外に。もう一人は1949年、ロサンジェルス。最後の一人は20世紀も終わろうとするニューヨークに。六月のある晴れた朝、ニューヨークでは、クラリッサが今夜のパーティー用の花を買おうとして部屋を出るところだ。彼女のあだ名は「ミセス・ダロウェイ」。親友のリチャードが18歳の時命名した。

    ロンドン郊外にあるホガース・ハウスでは、ヴァージニアが目ざめたばかり。彼女は新しい小説の書き出しを思いついたところだ。召使いに邪魔されることをおそれ、そっと書斎に入ると思いついたばかりの一行を書きつける。
    「そうね、花はわたしが買ってきましょう、とミセス・ダロウェイは言った。」

    ロサンジェルスでは、ローラ・ブラウンがベッドの上で読みかけていた本の表を下にして、後もう一頁を読もうか読まないでおくか思案していた。今日は夫のダンの誕生日、起きてケーキを焼かなければいけないのに、ローラはいつまでもベッドから離れられない。今読んでいるのは、ヴァージニア・ウルフ作『ダロウェイ夫人』。

    いうまでもないことだが、『ダロウェイ夫人』とは、ヴァージニア・ウルフの代表作であり、今では話題に上ることもない「意識の流れ」の手法を用い、人物と人物が街角や部屋ですれ違うたびに視点が交代し、いつも誰かの視点から周囲で起きる出来事が語られる、当時としては実験的な作品である。『めぐりあう時間たち』は、「ダロウェイ夫人」と呼ばれる女と、『ダロウェイ夫人』を書く女、そして『ダロウェイ夫人』を読む三人の女の物語である。

    これがポスト・モダン小説とでもいうのだろうか。カニンガムは、ウルフの『ダロウェイ夫人』を素材に、人物同士の関係やプロットを一度ばらばらに分解し、あらためて人物や情景に現代的意匠を施した上で再構成するという手の込んだ作業を行っている。しかも、作者であるヴァージニア・ウルフその人の伝記、評伝を参考にしながら『ダロウェイ夫人』執筆時の作家の心理や家族との葛藤までも織り込むという懲りようである。訳文で知るかぎりではあるが、原作と読み比べてみると、文体模倣はパロディやパスティーシュといったレベルを超えている。

    原題は“THE HOURS”。バージニア・ウルフが最終稿を書き上げるまでの仮題としていた『時間』を自作の題にしている。そう、この小説の主題は時間である。人が生きている「今」という時間は、唯に現在であるばかりでなく、不断に侵入してくる過去によっても構成されている。我々は否応なしに過去の自分と向き合いながら毎日を生きているのだ。

    ミセス・ダロウェイは52歳。美しさは変わらないが老いが見えはじめてもいる。友人たちから見れば何不自由のないヒロインだが、自分の人生を肯定しながらも別の生き方があったのではないかという思いが残る。そして、自分にとっての人生の最良の時はすでに過ぎ去っている。ミセス・ブラウンは夫と子どもを愛しながら、そこが本当の自分の居場所ではないような気がしてならない。神経を病むヴァージニアもまた、夫の愛は理解しながらも、ここではない世界に行きたいと執拗に願っている。

    ジョン・エヴァレット・ミレイ描く『オフィーリア』の表紙が暗示するように、この物語には「身を投じる」という身振りが終始つきまとっている。「舞い上がる気分!大気に身を躍らせる気持ちよさ!」。それまで結ばれることもなかった三人の時間はリチャードの飛び降り自殺によって劇的な出会いを迎えることになる。小説の中ではミセス・ダロウェイは死なず、リチャード(原作ではセプティマス)が代理のような自殺を遂げるのだが、1941年、「レンブラントかベラスケスの描く肖像さながら」に美しかったヴァージニア・ウルフはウーズ河に身を投じて死ぬことになる。59歳のことであった。

  • 装丁はミレイのオフィーリア(部分)。数年前テート美術館が来日した時Bunkamuraに観にいった。表紙には顔が無く、藻が生い茂る川に浮かぶ手だけにしたのはなぜだろう。入水自殺したヴァージニア・ウルフのオマージュ、いやこれはイマージュか。読んでいて息苦しい。咀嚼するのが難しい。3人の女主人公の意識の流れ。またもういっかい読む。

    (再読中)

  • ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』を読んでないのにいきなりこれを読むのはちょっと無理があったかもしれない。繊細なタッチは好感が持てたが、『ダロウェイ夫人』を読んでないせいで、一番おいしい部分を逃してしまったような気がする。後追いで『ダロウェイ夫人』を読んでも大丈夫だろうか?映画版の方がとっつきやすったかな。

  • スティーブン・ダルドリーによる映画化された本作が
    何より好きだ。生涯に残るベストに入る。

    それぞれの時代を生きる3人の女性を描く、
    彼女らの内面を事細かに表現した文章の羅列が、
    少しくどいくらいに読み進めるにも時間を要する。

    それでも読み進めることを止められないのは、
    それぞれの次の展開が、他者との接触によって
    彼女らの思わない方向に展開してゆく様が面白いから。

    私は、この小説を細かく論じられるほど、
    海外文学への造詣はないけれど、
    それでも時間をかけて読むことを楽しむ一冊として、
    本作を読んでよかったと思う。

    あと、映画化にあたって原作に書かれていた女優が
    登場することは、ちょっとしたサプライズになるか。
    映画好きとしては、原作を読んで
    素直に嬉しくなった。

    2023年ラスト読書に選んで、正解だったと思う。
    けれど、映画同様に読後感はとても重かった。

  • ふむ

  • 語る言葉を知らない。すべてが完全に著わされた作品について述べるとき。

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