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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784087733907
作品紹介・あらすじ
何故か塩酸を持ち歩く「危険な」男。アーティスト兼デザイナーの女。フランス人カップルが日本を舞台に、いつ終るとも知れぬ「最後の別れの儀式」を繰りひろげる。新宿、京都…愛の終りの永遠の物語。
みんなの感想まとめ
愛の終わりをテーマにしたこの作品は、複雑な感情を抱えたフランス人カップルが日本を舞台に繰り広げる「最後の別れの儀式」を描いています。かつての愛が崩れ去ったにもかかわらず、離れられない彼らの矛盾した関係...
感想・レビュー・書評
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ふむ
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外国語が原典の小説、翻訳小説は読みにくいのが常だけど、この小説は特に。ジメジメ、ウジウジした私小説は日本ならではのものという認識でいたけれど、この小説もそんな感じ。読み手にとっては過剰ないちいちの描写もまたストーリーのなかに入っていくのを妨げる。
訳者あとがきによると、この著者はこういう風変わりなのがもちあじでもあるらしい。「世の中にはこんな小説もあるんだと驚き呆れていただきたい。」(p.177)なんて書いてあるし。
訳もちょっと面白く「靴下はだし」なんてことばがあったよ。靴を脱いで靴下でいることらしい。確かにずっと靴を履いて過ごすのが常の西洋の人からすればあり得る表現かも。 -
東京で,別れゆくフランス人カップル。外国人だから感じられる東京はなんだか膜一枚向こう側にあるようでなんだか新鮮。彼女側の感性はやはりフランス的で,実際にはいろいろとめんどうなものだが,小説としては納得できることが多かった。
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恋の終わり―まさにそれだけをこの一作全部で書き上げてる作品だと思った。
言葉で言い表すことが難しい状態を言葉で紡ぐ感覚が素晴らしい。
訳者もきっとそういうセンスの優れた方なんだろうな。
風邪を引いたこともあんなに面白く書けるんだって感心してしまった。
独特のユーモアがあって、それがフワッと優しくも残酷にも感じ、なんせ切ない。
日本的なものを詰め込み過ぎな感じがちょっとだけ気になった。 -
ジャン・フィリップ・トゥーサン『愛しあう』。翻訳は、月曜会で素晴らしい講演を聞かせてくださり、訳文から受ける印象を裏切らない、穏やかで優しいお人柄で参加者の心をわしづかみしてしまわれた、あの野崎歓氏です。
私がこの本に興味を持ったのは、野崎氏の著書『翻訳教室』(こちらも名著なので、ご興味のある方はぜひ手に取ってみてください)にて、氏の翻訳家デビューがトゥーサンのデビュー作『浴室』であり、以後、ずっとトゥーサンの小説も翻訳していると知ったからでした。せっかく野崎氏の講演を聞けるのに、ご本人やその作品について何も知らないのが申し訳ないような気がして、出版当初に読んだきりの『浴室』を再読し、その勢いでトゥーサン最新4部作(日本での既刊は3作品ですが、そろそろ4冊目が出版されるようです)の1冊目、この本を手に取りました。そして冒頭の1行から引きこまれ、のめりこみ、続けざまに既刊3冊を読むことになるわけです。
塩酸を詰めた小瓶を肌身離さず持ち運ぶ「ぼく」の口から語られる、「ぼく」とその恋人マリーの物語。付き合いはじめてから七年が経とうとしている二人には、この関係が終わる日がそう遠くないことがわかっていて、それでも離れられずにいます。ファッションデザイナーのマリーが東京で展示会を行うことになり、「ぼく」も同行して、二人は一緒に日本へやってくるのですが、ストーリーらしきストーリーはなく、「ぼく」の心象風景と、「ぼく」の目に映るマリーの描写がひたすら淡々と描かれている小説です。社会的地位のある女性でありながら、「ぼく」の前ではただの泣き虫な女になってしまうマリーの言動と、「ぼく」が語る地の文章から、一度は手にしていた恋が終わってしまったことのある者なら誰にでも覚えのある「終わりの予感」がひたひたと押し寄せてきて、胸がどうにも締めつけられます。
野崎氏の解説にもありますが、登場人物の感情がいっさいといっていいほど描かれていない初期のトゥーサン作品とは、まったく趣の違う作品です。感情表現と文体が本国フランスで絶賛されたようですが、野崎氏の素晴らしい訳文からもそれはうかがえます。あまりにも心に響いてしまい、読んだそばからつい2回、3回と読み返してしまったお気に入りの箇所があるので、ここに引用して、この本の紹介を終わりたいと思います。
「だが、最初のキスに先立つ甘美なひとときを引き延ばしたいと思わない人間がいったいいるだろうか――お互いに好意を感じている二人は、心の中ではキスをしようともう決めていて、意味深長なまなざしを交わし、微笑みを浮かべ、唇と手は予感に満ちているのだけれども、しかしお互いの口が初めて優しく触れあうその瞬間を、なおも先延ばしにしようとするのだ。」 -
恋人たちの愛が終わりゆくさまを丁寧に紡いだ物語。
個人的な偏見で言うと、フランス文学に持っているイメージそのままのような一冊だった。
みんなして熱っぽかったり突然嘔吐したりとすぐに体調を崩すし、感情的でよく泣いたり叫んだりする(皮肉っぽいユーモアというか、おかしみというか)。
それと対極のように、透明度が高く、淡々と硬質なトーンの文章。
そして景色の美しさ。
光の印象がとても強い。風景そのものは具体的に浮かばなくても、差し込む朝日が首筋に当たった温度、ホテルの窓ガラス越しの街のネオン、そういうものが強烈に想起される。
自分の中の強情さ、理不尽、暴力的なほどの恋情、我儘、衝動、そういうものを一個一個並べて冷静に観察させられているような感じ。
舞台が東京であることも、やけどしそうに熱い缶コーヒーも、早朝の地震も、別れ際の恋人同士の不自然さも、いたたまれないくらいのリアリティをもって書かれる。
恋人でありながらもうキスすらままならない距離、の描写に胸がひりひり。
読み終えると疲弊していた。冷たく整えられたベッドにぐったりと倒れ込みたくなった。
でも、名作だと思う。本当に。
そういえば主人公の年齢は28歳くらいのつもりで読んでいたので、40前だというくだりで少しびっくりした。
あと、装丁が素晴らしい。
読む前は外国人の好きそうな日本風だな、と思っていたのだけど、この物語には、この表紙が抜群に似合う。
背表紙の色気のないフォントも、いい。
「愛しあう」のは、難しく切なく、実に愛しいことよなあ。としみじみ。 -
かつての愛は崩れて戻らないのに、わかっていながら離れられないふたり。お別れをするために関係を持ち続ける矛盾。ものごとの「終わり」には幅があると思う。時間的にも空間的にも、感覚的にも。ここで描かれているのはたしかに恋の終わり、だけど、なかなか終わらない終わり、なのだ。
近づいたり遠ざかったりしてゆれる感情の、はざまの描きかたが絶妙。何も起こらないし何も変わらない物語なのにすごいダイナミズムを感じる。「塩酸」という風変わりな小道具の使いかたもすてき。 -
思わず一気読み。
一文が長すぎるのがくどかった&説明しすぎなところもありましたが、大体において好きでした。
闇の緑や青や赤の薄暗い光の中でうごめく感情に、すごく惹きつけられました。 -
購入してはみたものの、別れるためにセックスする、せずにはおれない男女の激しいまでの愛憎に、なんだかついていけないような気がして放置すること6年。ようやく、平静をよそおって読めるまでに成長できたのではと本棚から取り出した。
なんていうか…フランス人(ベルギー人?)って繊細なのだなあ。そこかしこに不安定なかれらのメタファーがちりばめられていて、正直なところ、読んでいくうちに消耗してしまうのだけど、トゥーサンらしいことばたちのあとを追っていくのは飽きないのだなあ。とはいえ、これまでにないトゥーサンであったこともたしか。
彼が肌身離さず持ち歩く塩酸の行方が、また。 -
東京を舞台にしたフランス人カップルの別れの物語。女性誌のブックレビューで観て、たまには、と思って読んでみたけど、ひたっすら退屈でした。人のコイバナほどどーでもいい話はないって思っちゃうんですよね。情緒なくてスイマセン…。
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刹那は熱く切なく、でもそれが理性には滑稽で冷たく、そんな劣情と客体をいきつもどりつつ繰り返しながら、終わりをひとつひとつ確かめる為に、愛しあう。
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フィリップ・トゥーサンは、浴室とかカメラも好きだけど。なぜかうちにあるのはこれ。
ロストイントランスレーション的かも -
ちょうど映画の「ロスト・イン・トランスレーション」を観たばかりだったので、そのイメージがすごくありました。こういう目で見ると日本って変な国なんだなぁ、と思ったり。一度壊れた恋人同士はどうあがいても好転せず、それが切ないっす。
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