慈しみの女神たち 下

  • 集英社
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感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (440ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087734744

作品紹介・あらすじ

ユダヤ人絶滅の任務と正義を負わされた兵士たち。極限と混沌のさなか、しかし誰が彼らを殺さずにいられたか-小説という虚構によってこそ見出される、ナチス・ドイツのかつてない真実。フランス二大文学賞受賞、世界各国で話題沸騰の問題作ついに日本上陸。

感想・レビュー・書評

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  • 質・量ともに超メガトン級の小説だった。元SS将校の回想録という形で、ナチ側から見た当時の戦況が克明に語られていく様子は圧巻だし、アウエの屈折した性格や男色趣味の原因となっている家族間の物語も織り込まれて重厚。ナチという怪物を描きながら、人間の負の部分を描いた物語だった。これだけの長さを必要としたのは、冒頭に挙げられたように『死者たちのために』書かれた物語だからだろう。ナチもユダヤもなく、全ての死者たちのために。

  • 上巻ラストの展開から突然冷静に戻ったように見え、嘔吐も影をひそめる。それはむしろ語り手の精神が一線を越えてしまった故であることが次第に明らかになる。むきだしの残虐と淫猥、ラストの衝撃。
    p56「人々は戦後になって、起きてしまったことを説明するために、非人間的なものについて大いに語った。だが、申し訳ないが、非人間的なものなど存在しない。あるのは人間的なものだけで、人間的なものがえんえんと続く。」
    p86「わたしはSS看守が乱暴になり、サディストになるのは、非拘留者が人間でないからではない、という結論に達した。逆に、非拘留者が他人から教わったような下等人間であるどころか、詰まるところ彼自身と同じひとりの人間なのだと気づくときに、看守の怒りは激化してサディズムに変化する。」

  • ※感想は上巻に。

  • 元ナチ将校の回想。
    戦争は終結し、廃墟に徒労感と空虚な悲しみだけが残る。

    元SS将校で法学者であった老齢のアウエが、戦時下を振り返って語る物語の下巻である(上巻:"http://booklog.jp/users/ponkichi22/archives/4087734730/"『慈しみの女神たち 上』)。

    上巻ではロシア・ウクライナ戦線にいたアウエは、負傷の後、ドイツとポーランドで職務に就く。
    戦火は激しさを増してゆく。しかしその一方で、指揮系統と現場の解離もまた垣間見える。将校たちがある意味優雅な暮らしをしている一方で、戦場で、収容所で、多くの人が犠牲になっていく。まるで別々の世界で起こっている出来事のような、その現実味のなさが、逆に実際もそうであったのではないかと思わせる説得力がある。
    エピソードが羅列的に語られ、読みやすい本ではないのだが、こうしたエピソードの中に、時折、まるで本当にそうであったのかと思わせる描写がある。
    ごくごく普通の家庭のように見えるナチ高級官僚の家。
    信仰を持っているかの問いに「かつては持っていた」と答える医師。
    橋を造るのではなく、破壊する仕事ばかりさせられている橋梁技術者。
    「収容者の栄養管理は収容所の責任であって、働かせることがこちらの仕事だ」と言い切る、工場技師。
    抑圧的な支配を続けたがゆえに、異常なサディズムに走る収容所員達の頻出。
    職務を果たしている人々が描かれる。淡々と職務を果たしているだけだ。ただ、“人道的な思いからその枠を出る”、ということがなかっただけで。
    アウエはここでは、一対の目である。

    この膨大な物語に流れるもう1つのストーリーラインはアウエの家族についての物語である。双子の姉との道ならぬ恋に始まる、家族の葛藤と確執。
    アウエは知能は高いのだろうが、人格的には、幼さから脱却しきれない歪んだ人物である。この人格と姉へのかなわぬ思いが互いに互いを増長させていく。戦火の中で、彼は個人的な思いに耽溺する。倒錯的な性愛妄想が延々と続く。
    彼に対しては、戦禍の虐殺が、姉に対する背徳的な恋愛以上に強い影響を与えたとは思えない。

    この物語のボリュームとがっぷり四つに取り組むだけの時間を自分が掛けたかといえばそうではない。その点は認めた上で、だがしかし、単独でも重い戦争の物語に、この不快な家族の物語をなぜ重ねたのか、個人的には疑問が残る。
    表題の元は、ギリシャ悲劇『オレステイア』であった。巻末の訳者あとがきで、解題されている。一応はなるほど、と思う。

    しかし、加害者側に立つことを考えたとき、この物語はありえた物語なのかもしれないが、結局最後まで、私には「自分にも」ありえた物語としては読めなかった。脇役の誰かではありえたかもしれない。でもアウエにはならないし、なれなかっただろう。
    膨大な資料に基づく史実に近い部分だけをもう一度拾い読みしてもよいのかもしれないが、それならむしろ、この本でなく、小説形式でないものを探した方がよいのだろう。

    荒廃した廃墟に立つアウエの徒労感と、絶望的な大きく深い悲しみと。
    それをわずかでも共有できた思いはある。そうであるならば、なにがしかの意味はあったということか。


    *ナチ将校の原語カタカナ表記と意味、主要登場人物については、巻末にでも表が欲しかったなぁ・・・。

    *『オレステイア』は読み直そうと思う。トレヴァー・ローパーもリストには入れておこう。

  • 下巻になると、主人公の内面的な葛藤、壊れた変質的な心理状態にウエイトが移って来たようね気がする。そして相変わらずの悲惨な戦争描写。どこにも希望のない、出口のないやり切れなさの、たまらない描写。堪能しました。
    「観念は実在せず言葉だけが、言葉に固有の重さだけが、現実にある」

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