善悪の彼岸へ

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  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087744767

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  • オウム真理教の発生原理を読み解く内容。20年近く前の出版だが、社会に対する本質的な考察があって興味深い。

  • <透明な闇>
    ある小説家がいた。ある日、彼は奇妙なことに気づく。今、自分が書いている小説が目の前で現実化されていくような既視感にとらわれたのだ。小説の中で、ある教団が武装し警察の強制捜査が入るシーンを書いた3ヶ月後に地下鉄サリン事件が起こった。以来、この作家はオウム真理教という日本という国の透明な闇を一身に化体する現象にとらわれいく。

    宮内勝典はニューサイエンス、ニューエイジと現在呼ばれる現象群を数十年前に自ら体験している。新興宗教のスーパーマーケットと化したすれっからしの米国からの目でオウムという現象の紋切り型を透視しつつマスコミに代表される日本の知性のナイーブさに驚く。ただ相も変らぬ繰り返しということに収まらない過剰なものをオウムという現象の中に見出した彼はその教理そのものを批判するという行為でオウムという現象に対決しようとする。カリフォルニアの闇を代表するような人民寺院事件などと、オウムの同質性と相違性を比較していく彼の筆致は鋭く、深い。核戦争という世界の終わりという不安を中核に教団が自己拡大していくメカニズムは驚くほど同じだ。

    「かれは(教祖)、おびえている。だが、教祖たる者が心的異常であると見なされることだけは、なんとしても避けなければならない。だから教祖は、信者たちにも同じ不安を植えつけようとする。不安を共有化してしまえば、それは教義にもなりうる。/教祖の不安やパラノイアが核となって、集団エネルギーは共振しつつ、増幅し、それがさらに人を引きつけていく。/そこには陶酔や、高揚感がある。そうして信者たちは、教団という共同体に帰属することに生きがいを覚えるようになる。」

    米国の新興宗教は、すべてパラノイアの極点において自滅し集団自殺に代表されるような終焉を迎える。例外はない。米国においてオウムが驚きを持って迎えられたのは、自滅ではなく、自らその世界を破壊しようとしたからだ。

    宮内は連合赤軍事件がその後長い期間にわたって精神性を求める若者たちの動きに冷や水をかけニヒリズムを醸成していったと同じ、あるいはより大きな影響をオウムが及ぼすと感じている。オウムの信者の若者は、深い軽蔑感を持って、宮内にこう投げかける。

    「見てくださいよ、この日本を。/この日本に何がありますか。/金と、セックスと、食い物だけじゃないですか。」

    宮内は、日本の離人症的、透明な闇の中に必然的に広まっていくオウム的なものの論理と正面から対決する。その過程で、仏教史の中で隠蔽されつづけてきた雑密の世界をあばきだしていく。タントラ・ヴァジラヤーナ〔秘密金剛乗〕。アジアのアウトカーストのルサンチマンを化体した暗黒の教義。仏教というものの本質の中にあるニヒリズムの論理を露骨にそして狡猾に教義化したオウムのニヒリズムは底知れず、そして手強い。この強度のニヒリズムが、自滅ではなく、破壊を引き寄せていく。

    無神論の国に立ち尽くしていた透明な子供たちは、オウムのようなものに致命的なほどに惹かれていく。

    「離人症の感覚を持つ、透明な存在である若者たちは、自己の実在性をリアルに体感させてくれる強度に乾いていた。/破壊神をグルとして仰ぐのも不思議ではない。先進国が失ってしまった野性や、荒ぶる自然、強い父親、あるいは混沌のかたまり、強度であったと言ってもいい。」

    オウムは終わっていない。オウムという現在に立ち向かうという絶望的な戦いの中で彼が引くブッダの言葉は、闇をてらすたいまつのように揺れ動きながら、力強い。

    「犀の角のように、ただ独り歩め。」

  • 宗教や瞑想などについて、なんとなく感じていたことが言語化されていて、腹に落ちました。しかし、それは寂しいことでもありました。
    オウムについても、客観的、冷静に書かれていて興味深い内容でした。
    あまり考えずに、唯、唯、生きるのが正解なのかもしれない。

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著者プロフィール

1944年ハルピン生まれ。鹿児島県立甲南高校校卒業後、アメリカへ渡る。ニューヨークで通算13年暮らし、世界60数カ国を歩いた。
早稲田大学客員教授、大阪芸術大学教授などを歴任。
著書『南風』(文藝賞)、『金色の象』(野間文芸新人賞)、『焼身』(読売文学賞 芸術選奨文部科学大臣賞)、『魔王の愛』(伊藤整文学賞)。ほかに『グリニッジの光りを離れて』、『ぼくは始祖鳥になりたい』『金色の虎』、『永遠の道は曲りくねる』など多数。

「2019年 『南風』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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