石ころだって役に立つ 「本」と「物語」に関する記憶の「物語」

  • 集英社 (2002年4月26日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (200ページ) / ISBN・EAN: 9784087745788

作品紹介・あらすじ

私は本をたくさん読む。起きては読み、立って読み、手洗いで腰かけて読む。電車で読み、歩きながら読み、ベッドで読み、読みながら眠る。私にとって読書とは? 団塊の世代の読書でたどる戦後史。

感想・レビュー・書評

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  • 本書に書かれているエッセイというか小説というか、は「本の旅人」という雑誌に1997年から1998年にかけて書かれたもので、連載の意図として筆者は、あとがきに下記のように書いている。
    【引用】
    この本ではおもに1960年代から70年代なかばまでのできごとを、本や物語に託して書いた。それは高度成長期と呼ばれる時代で、いわゆる「戦後」の核心期と目されるのだが、教養主義や個人的進歩主義の空気に満たされていたという点からいうと、文化としては「戦前」の延長であったといまにしてわかる。還元するなら「戦前」は70年代なかばまで継続していたわけで、このずれと、つづく新しい時代を迎える覚悟のなさが現在の混迷の主因となっているのは、個人も社会も同じである。
    【引用おわり】

    関川夏央は、私より10歳上の、いわゆる「団塊の世代」に属する人である。関川夏央の書くものは、総じて好きなのであるが、自分を「団塊の世代」として意識して、あるいは、ことさらに「自分はそうではない」と強調する文章は読みにくい。読みにくい理由は、関川夏央の世代が共通して過ごした時代を私が知らず、その時代のことを知らないと分からないような話を書くからである。本書もそのような「読みにくい」文章で埋まっている。須賀敦子に関しての文章だけは、世代と関係なく読めるのであるが、その他のものは、関川夏央が何を言いたかったのか、あまりよく理解できなかった。

  • 私にとって読書とは何だろうか、と考えることがある。私は読書が好きなのだろうか。
    それでも私は本が好きだった。おそらく読書の中に我を忘れたかったのだろうと思う。いや、たしかにそうなんだ。
    須賀敦子さんは、本好きだった。何を読むか、ということが大事なのではなかったから、手当たりしだい、要するに読むものなんらなんでもよかった。
    須賀さんは上智大学国際学部で、日本文学を教えていた。1998年に他界された時もイグナチオ教会で葬儀が行われた。

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著者プロフィール

1949年、新潟県生まれ。上智大学外国語学部中退。
1985年『海峡を越えたホームラン』で講談社ノンフィクション賞、1998年『「坊ちゃん」の時代』(共著)で手塚治虫文化賞、2001年『二葉亭四迷の明治四十一年』など明治以来の日本人の思想と行動原理を掘り下げた業績により司馬遼太郎賞、2003年『昭和が明るかった頃』で講談社エッセイ賞受賞。『ソウルの練習問題』『「ただの人」の人生』『中年シングル生活』『白樺たちの大正』『おじさんはなぜ時代小説が好きか』『汽車旅放浪記』『家族の昭和』『「解説」する文学』など著書多数。

「2015年 『子規、最後の八年』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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